間違った問題を解決していないか?非正規戦における戦役遂行のための実務家の手法 (Irregular Warfare Center)
今回は、米国の非正規戦センター(Irregular Warfare Center: IWC)発行の論稿を紹介する。
非正規戦センター(IWC)は米国国防総省(DoD)所管の組織で、国防総省内の政策担当次官系統に置かれ、特殊作戦・低強度紛争担当次官補(ASD SO/LIC)の監督下で運営されている。
本稿の著者らは、非正規戦センター(IWC)の教育課程の担当教官である。
論稿では、米国がベトナム、イラク、アフガニスタンなどの非正規戦で十分な軍事力を持ちながら期待した成果を得られなかった原因を、「実行力不足」ではなく「誤った問題設定」に求めている。著者らは、従来の「最終目的・方法・手段(Ends-Ways-Means)」による計画手法は何を行うかを示せても、なぜ相手の行動が変化するのかという因果関係を説明できず、複雑な問題を単なる技術的課題として扱う危険があると指摘している。
非正規戦には明確な終着点や決定的勝利が存在しないことが多く、重要なのは「勝利」ではなく、国益を守り推進できる「優位性の立場(Position of Advantage)」を継続的に築くことである。そのためには、影響力を蓄積して優位性を生み出し、それをレバレッジとして活用する長期的な発想が必要となるとしている。
また、武力紛争未満の領域では軍が主役とは限らず、大使館や各政府機関を含む「誰の問題か」の整理が不可欠である。組織間で問題認識を共有できなければ、いかに優れた計画も機能しない。
著者らは、問題の本質を見極め、複数の仮説を検証しながら学習と修正を繰り返す「因果適応型手法」を提案する。非正規戦は人間や認知の領域を巡る終わりなき競争であり、拙速な解決策ではなく、継続的な学習と適応を通じて優位性を積み上げる思考こそが成功の鍵であると結論づけている。
論稿中にある「この手法は、従来型の戦役遂行にも同様に有効である」は、現実に起きている終わりの見えない戦争を横目で見ながら、本論稿を読む意義を感じる。(軍治)
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間違った問題を解決していないか?非正規戦における戦役遂行のための実務家の手法
Solving the Wrong Problem? A Practitioners’ Method for Campaigning in Irregular Warfare
Irregular Warfare Center
20260723
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退役大佐モンゴメリー・アーフォース(Montgomery Erfourth)、ポール・バートン(Paul Burton)、ブライアン・プティ(Brian Petit)、ジェレマイア・モンク(Jeremiah Monk)、およびジョン・A・ペネル博士(いずれも非正規戦センター所属)による。
モンテ・アーフォース(Monte Erfourth)は非正規戦センター(IWC)の契約社員である。統合特殊作戦大学(JSOU)の教官を務める。退役米陸軍大佐(FA59 戦略家)であり、元海兵隊将校で、30年以上の経験を持つ。戦略、非正規戦、大国間競争に関する2冊の著書と100本以上の論文の著者である。
ポール・バートン(Paul Burton)は退役米陸軍大佐(特殊部隊)で、現在は非正規戦センターの契約社員である。米陸軍ジョン・F・ケネディ特殊戦センター・学校のシニア非正規戦教官を務める。非紛争国および戦闘地域での勤務経験があり、40か国以上に派遣された実績を持つ。
ブライアン・プティ(Brian Petit)は退役米陸軍大佐(特殊部隊)で、現在は非正規戦センターの契約社員である。戦略、計画立案、特殊作戦、レジスタンス、および統合特殊作戦大学において教育・コンサルティングを行っている。
ジェレマイア・モンク(Jeremiah Monk)は退役米空軍大佐で、現在は非正規戦センターの契約社員である。米特殊作戦コミュニティにおける主要なデザイン実践者の一人である。以前は米特殊作戦軍(USSOCOM)の計画・戦略デザイン部長を務め、統合特殊作戦大学で教鞭をとった。
ジョン・A・ペネル(John A. Pennell)博士は非正規戦センター(IWC)の契約社員であり、『PRISM: The Journal of Complex Operations』の編集長を務める。また、元米国上級外交官(Minister-Counselor)であり、戦闘地域やハイブリッド戦地域を含む世界のあらゆる地域で20年以上の現場経験を持つ。
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はじめに
非正規戦センター(IWC)の上級戦役課程(IW401)を教える我々5人は、長い間、有能な人々がゆっくりと負けていくのを見てきた。米軍部隊がほぼ常に勝利した戦場だけでなく、その上空の空間-戦役がデザインされ、紛争がしばしば早々に失われる場所-においてもだ。
ベトナム、イラク、アフガニスタンでの戦争はその一例だ。いずれのケースでも米国はより強力な戦力を投入したにもかかわらず、達成しようとしていた目標には届かないまま撤退した。都合のよい説明としては、我々の実行がまずかったのだとし、もう少し決意があれば、あるいはもう少し資源があれば結果は変わっていたはずだ、というものがある。
我々は、数多くの戦役計画を統合司令部、また戦闘軍司令部や米国大使館における「省庁間戦略(interagency strategies)」として、十分に書き上げてきた。その結果、より居心地の悪い結論に達した。米国が非正規戦や紛争で繰り返し失敗してきたのは、実行の失敗であることはほとんどなかった。むしろ、間違った問題を自信を持って追い求めていたのである。
それは認めるのが難しい。なぜなら、それは「どう闘うか(how we fight)」ではなく「どう考えるか(how we think)」に我々を問い詰めるからだ。我々は闘うのは得意だ。しかし、闘いの前に始まり、闘いの後も長く続く、よりゆっくりとした仕事には慣れていない。つまり、課題を十分に理解して行動に移すこと、そもそも誰の課題なのかを合意すること、そして何年にもわたる小さな行動を積み重ねて優位な立場を築くことだ。
これら三つのタスクこそが、武力紛争のレベル以下の戦役の真の核心であり、その三つすべてを一つの考え方(idea)で覆い尽くすものは存在しない。以下に示すのは、計画担当者が会議室に持ち込み、圧力のかかる状況でも使えるよう、それらを順序立てて整理しようとする試みである。これは非正規戦センター(IWC)のIW401課程から生まれ、また我々五人が、優れた計画が部隊の質とは無関係な理由で失敗するのを何十年も見続けてきた経験から育まれたものである。
図.戦役遂行の三つの編み込まれた分野。デザインは正しい問題を枠組み化し、省庁間調整は誰がその問題を担当するかを整理し、戦役遂行は時間をかけて優位性を築く。これらの分野が重なる部分では、共有された問題枠組み、戦略的志向、そして取組みの統一が生まれ、統合された非正規戦に収束し、国家権力のDIMEFIL手段によって支えられる。 |
計画策定は戦略ではない
まずは、我々が最初に手に取り、最も信頼しているツール、すなわち統合計画策定プロセスと、そのおなじみの「最終目的・方法・手段」の論理から始めよう。このモデルは決して役に立たないわけではない。作業を整理し、資源を調整し、参謀に共通の語彙を与えてくれる。しかし、それは静かに、ある潜在的な誤りを助長する。計画担当者が枠を埋め、その結果を「包括的(comprehensive)」と呼び、そのいずれかが実際に彼の望む結果をどのように生み出すのかを一度も言わないままにしておくことを許してしまう。
「最終目的(ends)」「方法(ways)」「手段(means)」は計画を説明する枠組みである。しかし、それだけでは、なぜ敵対者やターゲットとする民衆が、我々の目標達成に必要な行動をとるのかという理論は含まれていない。我々は皆、参謀が磨き上げた「取組み目標(line-of-effort)」の図表を作成し、それを本気で説明したものの、最後に「なぜこれで誰かが振舞いを変えるのか(why will this cause anyone to behave differently)」という単純な問いに答えられなかった戦役デザインの説明会に参加したことがある。
そのチャートは、我々が何をするかを記述していた。しかし、なぜそれがうまくいくのかについては、一切説明していなかった。活動と因果関係のあいだにあるそのギャップこそが、非正規戦役(irregular campaigns)が静かに失敗していく場所なのである。
より深刻な問題は、最終目的・手段・方法のモデル(ends-ways-means model)が終着点を前提としていることだ。望ましい最終状態(desired end state)を定義し、そこから逆算して計画を立てる。それは、勝利という目標に向けて計画できる場合には有効である。
非正規戦においては、敵対行為の明確な終結が必ずしも容易に達成されるとは限らず、見極めがつかない場合もあれば、そもそも生じないことすらある。統合ドクトリン・ノート1-19(JDN1-19)は、平和な状態から戦争へと一気に反転する世界ではなく、「競争の連続体(competition continuum)」を描いている。さらに「競争のための統合コンセプト(Joint Concept for Competing)」は、キッシンジャー(Kissinger)の言葉を借りて、到達目標は勝利そのものというより、持続的な戦略的進展であると一歩踏み込む。決して鳴らない笛を前提に、笛が鳴らない試合を逆算して計画することはできない。それは、完成して書類棚にしまい込む文書ではなく、継続的な思考のあり方を求めるものだ。
計画から実行へと一直線に進むその手法は、複雑な環境下では、行動を起こした瞬間に環境が反応し、計画段階では想定外だった新たな変数が生じうるという事実を見落としてしまいがちである。当初のシナリオに固執すれば、その取組みは無意味なものとなるどころか、かえって逆効果を招きかねない。例えば、反乱分子を掃討しようと一軒一軒を捜索した結果、かえって地元住民の反感を買い、排除しようとしていたまさにその反乱分子を自ら生み出してしまう、といった事態である。
ここで最も重要になるのが「メンタル・モデル(mental model)」である。明確な問題や、単に複雑なだけの問題であれば、専門知識やプロセスを適用することで対処でき、一度理解してしまえば自信を持って解決策を立案できる。一方、それとは異なる「複雑な(complex)」性質を持つ問題も存在する。デビッド・スノーデン(David Snowden)とメアリー・ブーン(Mary Boone)が「クネビン・フレームワーク(Cynefin framework)に関する研究」で論じたように、こうした問題では、因果関係は後になって初めて明らかになるものであり、問題を理解することと解決することは切り離せない一体の行為なのである。非正規戦は、まさにこうした厄介な問題の領域に属している。
複雑な問題を、単に「込み入った(complicated)」問題として扱ってしまうと、我々は性急な行動に走りがちになる。込み入った問題には通用するような「自信(confidence)」を、自信を持つことがかえって仇となるような状況に持ち込み、その結果、実際には存在しなかった問題に対して、見事に作り上げられた解決策を適用してしまうことになる。解決を試みる前に「適切な問題(right problem)」を定義する-すなわちデザインという営みは、まさにそうした性急さから我々を守るために存在する。
勝利とは「立場」であり、到達点ではない。
目指すべき最終的な勝利がないとすれば、我々は何を成し遂げようとしているのか。率直に言えば、それは「優位性の立場(position of advantage)」を確保することであり、その立場を、自らの利益を前進させつつ同時に守り抜くのに十分な期間にわたって維持することである。
いわゆる「完全な勝利(total victory)」というものは、我々の直感が抱くイメージよりもはるかに稀であり、かつ脆いものである。ヴェルサイユ体制は1939年の事態を招く土壌となった。1945年のドイツと日本の降伏も、わずか数ヶ月後には冷戦へと取って代わられた。決定的な軍事的勝利であっても、それは決着をつけて事態を終わらせるというよりは、むしろ次の争いの幕を開けるものとなりがちなのである。
したがって、戦役に携わる者(campaigner)は一撃での決着を狙うのをやめ、立場の構築に着手すべきである。なぜなら、優越した立場にあれば、国家のあらゆる力を行使する手段がより効果的に機能し、選択肢は広がる一方で、競争者の選択肢は狭まるからである。こうした優位性は、一度獲得すれば安泰という「トロフィー」のようなものではない。むしろ、状況の変化に応じて開いたり閉じたりする「窓(window)」のような性質のものである。それは蓄積して温存できるものではなく、絶えず更新し続けなければならないものであり、それこそが、競争が決して終わらない理由なのである。
協力(cooperation)、競争(competition)、そして武力紛争(armed conflict)といった要素は、整然とした順序で推移する段階的なものではない。むしろ通常は共存している。例えば、米国と中国は西太平洋では軍事的に競合しつつ、貿易面では協力関係にある。したがって、同じ週の間に、ある問題では公然と対立しながら、別の問題では静かに協力し合うといった状況が、同一のライバル関係の中で生じ得る。
統合ドクトリン・ノート1-19(JDN1-19)は、この点をドクトリンとして次のように定めている。すなわち、事態は「協力(cooperation)」から「武力紛争に至らない競争(competition below armed conflict)」、そして「武力紛争(armed conflict)」へと至る連続体(continuum)を成しており、戦役(campaign)は往々にして、それらの状態のうち複数に同時にまたがって展開されるものである。したがって、関係全体を単一の枠組みに無理やり当てはめるのではなく、誰との間で、どのような問題について、現在どのような状態にあるのかを見極め、それに応じた行動をとることが、戦役に携わる者(campaigner)のタスクである。
これらすべての根底では、あるメカニズムが一定の順序で機能している。まず、関心が影響力を求める動きを駆り立てる。間接的な手段で何らかの結果をもたらす力である「影響力(influence)」は、やがて「優位性(advantage)」へと蓄積されていく。「優位性(advantage)」とは立場の優越を指し、「優位性(advantage)」が実際に活用されると「レバレッジ(leverage)」となる。
「レバレッジ(leverage)」の実現とは、ある結果、すなわち「他の行為主体(another actor)の行動の決定に生じる変化」を指す。「競争のための統合コンセプト(Joint Concept for Competing)」においても、統合部隊が競合相手(rivals)に対して影響力、優位性、そしてレバレッジを獲得すべきだと説く際、まさにこの順序が示されている。この順序は単なる飾りではない。十分な基盤を築かずにレバレッジを行使しようとする戦役は、残高のない口座で小切手を切るようなものである。そもそも、影響力、優位性、そしてレバレッジというものは、有限の資本のような性質を帯びている。
それらを獲得するには時間とコストがかかる一方で、消費するのはあっという間であり、一度失えば取り戻すのは困難、あるいは不可能である。このことを深く理解している計画担当者は、慎重な人が貯蓄を大切に扱うのと同じようにそれらを大切に扱い、単に劇的な効果を狙って残高を一度に使い果たしてしまうような計画には警戒心を抱くはずである。
立場の構築は、計画担当者が同時に考慮すべきいくつかの変数に左右される。優位性を築く場所と時期は「時間」と「空間」によって規定されるが、ここでの「空間」が意味するのは単なる地形にとどまらない。それは各ドメインにまたがり、各指揮の境界(seams)を横断し、さらには民衆や指導者の思考にまで及ぶものである。
有能な競争者は、米国の強みが発揮されない領域や、我々が地図上に恣意的に引いた地域区分(そしてそれを現実の世界そのものと錯覚しがちな境界線)の枠外にある領域を、意図的に闘いの場として選ぶ。時間そのものもまた、一つの兵器である。好機が訪れては去る中で、通常、より長期的な展望を持つ行為主体(actor)が主導権を握り、条件を決定する。これに対抗するため、計画担当者は早期に基盤となる条件を整えておく必要がある。権限の確保、アクセス権の確立、そしてパートナーからの信頼構築にはいずれも長い時間を要し、危機の最中に突如として生み出せるものではないからである。
その場合、計画担当者は小さな重要な行動を配置し、積み重ねが立場になるようにすべきだが、段階的な戦役の基準で累積的な戦役を評価しようとする衝動には抵抗しなければならない。計画担当者がこのように評価するなら、蓄積された優位性が自らを明らかにする瞬間まで、「何も起きていない」と結論づけることになるだろう。
ここで、我々の直感に対して一つの修正を加えておく必要がある。非正規戦において生じる「効果(effects)」とは、敵の死傷者数ではなく、振舞いの変化であることが多いからだ。その活動の大部分は累積的な性質を帯びている。つまり、指し示して測定できるような単一の決定的な一撃ではなく、数多くの小さな行動が積み重なることで、有利な状況が形作られていくのである。物事を「数える」ことに慣れ親しんできた組織にとって、こうした本質は居心地の悪いものかもしれないが、それこそが「争いの本質(nature of the contest)」なのである。
それは誰の問題なのか?
第2のタスクは、多くの計画担当者が最も議論したがらないものである。なぜなら、より優れた計画を立てたところで解決できる問題ではないからである。それは、誰の問題なのだろうか。
武力紛争のレベルに至らない段階では、軍がその問題の主導的な役割を担うことは稀である。特定の国において、米国の行動、影響力、および国益に関する主導的な役割を担うのは駐在する米国大使であり、軍はその支援を行う立場にある。
おそらく外交に携わる大半の米国人にとっては嘆かわしいことかもしれないが、米国政府は単一の組織として計画を立てたり行動したりするわけではない。実際、ある問題が誰の管轄に属するかは、多数の行為主体が入り乱れる状況次第で決まるものであり、「省庁間(interagency)」は、各省庁を一つの統一された権力体として頭の中でひとまとめに捉えるための便宜的な枠組みにすぎない。つまり、米国政府における「省庁間(interagency)」とは、実際に足を運べる場所や、タスクを直接付与できる司令部のような実体ではない。
むしろそれは、文化や国益の解釈、権限、資金源が異なり、さらには利害の対立によって往々にして「縄張り争い」に発展しがちな人々や競合組織が関与するプロセスなのである。特定の問題を誰が所管しているのか、各行為主体が法的に、また組織文化的に何を行い得るのか、そしてそれらの間でどこに摩擦が生じているのかを把握することは一つの専門的規律であり、その難易度は作戦的デザイン(operational design)に決して劣るものではない。
米大使館の「国別チーム(country team)」の一員として、あるいはその枠組みの中で働いた経験のある人なら誰でも、この状況を理解できるはずである。防衛駐在官、政治担当官、情報担当者、そして統合戦闘軍から派遣された作戦計画担当者-彼らは皆、有能で善意に基づき行動してはいるが、それぞれが異なる指揮系統に属し、異なる「成功」の定義に従っているため、目指す方向性が微妙に食い違ってしまうことがある。
合衆国法典第10条(軍事・国防に関する法律体系)と第22条(外交・対外関係に関する法律体系)の当局者は大使館で会合を開くが、必ずしも握手を交わすとは限らない。こうした摩擦は、意図的に排除すべき欠陥ではない。それは環境そのものであり、そうでないと主張する戦役は、実際には存在しないプロセスや制度構造のための計画策定に過ぎない。
戦役が最も頓挫しやすいのも、まさにこの段階である。「問題の枠組みを定めること」「誰がその問題を担うかを明確にすること」「時間をかけて優位性を築くこと」という3つのタスクは、ある一つの要素を共有して初めて、互いに絡み合い、一体化する。その要素とは、問題に対する「共通かつ検証済みの理解」である。単一の「診断(問題の捉え方)」と単一の「主体(担い手)」について合意がなされない限り、関係者や組織が戦役のために結束することはないだろう。
デザインの段階で適切な「問題(problem)」が特定されない限り、戦役の各段階を適切に順序立てることはできない。しかも、「問題(problem)」は複雑であり、敵対者も状況に応じて適応してくるため、その共通認識が完成することはない。対抗の過程で「自分たちの認識の一部が誤っていた」と教えられるたびに、その認識を繰り返し修正していく必要があるからである。したがって、本格的な戦役において最初に行うべきことは、選択肢を創出することではない。チーム全員が真に納得・共有できる「診断(diagnosis)」に到達し、かつその診断の妥当性を常に再確認し続けることなのである。
学習する手法
これらは固定された台本通りには機能しない。問題が絶えず変化し、共有される認識も修正され続ける以上、戦役の運営においては、「学習(learning)」を単なる付随的な活動ではなく、主たる活動として位置づける必要がある。我々はこれを「因果適応型の手法(causal-adaptive method)」として指導しており、その運用は単なる計画の実行ではなく、一つのサイクルとして回っていくものなのである。
まず、真の課題を理解し、人間的・政治的な力学を、それらに押し付けられた官僚的なラベルから切り離し、関係機関が最初から診断を主導できるよう共同で作業を進めることから始める。次に、クネビン分類(Cynefin distinction)が要求するトリアージを行う。この問題は、綿密な計画策定が適した複雑な問題なのか、それとも反復的なデザインが必要な難解な問題なのかを判断する。
その判断を誤れば、その後のすべての段階にその誤りが引き継がれてしまう。そこからチームは、根本原因、直接的な原因、そしてそれらがもたらす結果を因果関係の連鎖として描き出し、課題に関する理論を構築する。そうすることで、単に手近で対処しやすい箇所を狙うのではなく、システムを実際に動かすことのできるポイントを的確に捉えた介入を行えるようにする。
次のステップは、多くの参謀が見落としがちなものであり、戦略と計画策定を分かつ重要な分かれ道でもある。チームは、成功に至るための「対抗しうる複数の仮説」を策定する。それぞれの仮説は、特定の一連の行動によってシステムを有利な方向へどう変化させるかについて、検証可能な主張を提示するものである。あえて複数の仮説を立てるのには理由がある。戦略というものは、対案との比較において初めてその是非を判断できるものであり、対抗案のない計画とは、単なる「好みの表明(preference wearing a uniform)」に過ぎないからである。
続いて、各候補案に対して「失敗の理論」に基づくストレス・テストを行う。これは、その理論の前提となっている仮定を明らかにし、思考力を持つ敵対者がどう適応してくるかを予測し、さらに軌道修正が可能な段階で理論の破綻を警告する指標をあらかじめ定義しておくという、「構造化したプレモーテム(structured pre-mortem)」の手法である。
その段階に至って初めて「行動(action)」が始まるが、その行動自体も学びを促すように構築されている。リーダーは、あらかじめ決められた台本通りに動くのではなく、失敗しても致命的なダメージにはならない実験(safe-to-fail experiments)をいくつも同時に開始する。彼らは指標を注視しながら、状況を探り、変化を察知し、それに応じて対応する。そして、うまくいったものには投資を続け、うまくいかなかったものからは手を引き、失敗を個人のキャリアに対する「評決(verdict)」とみなすのではなく、貴重な「情報(information)」へと転換していく。
あらゆる行動は新たな情報を生み出し、それが理論の修正へとつながり、そして再びサイクルが回る。その全体を貫くのは、関与する行為主体に対する絶え間ない共感と関わり合いという中核的な要素であり、また、あらゆる段階で不可欠となる基盤的条件-政府全体での統合、同盟国との共同デザイン、データやインテリジェンスの誠実な活用、法・政策面での整合性確保、そして規律ある戦略的コミュニケーションーも同様に重要である。「統合戦役のための統合コンセプト(Joint Concept for Integrated Campaigning)」もまた、戦役を単発的かつ狭義の軍事的なものとしてではなく、継続的かつ統合的なものと捉えることで、同様の方向性を示している。
なぜこれが非正規戦に適しているのか
この手法は、従来型の戦役遂行にも同様に有効である。しかし、非正規戦に特に適しているのには、明確に述べるべき3つの理由がある。第一に、非正規戦の勝敗は、人間および認知のドメインで決まるということである。それは「人々の心と精神(hearts and minds)」をめぐる古くからの争いを新しい名称で呼ぶものにほかならない。そして、この手法は人々の理解を中核に据えており、後付けでその戦いに適応させたものではなく、そもそもその闘いのために構築されたものなのである。
第二に、このアプローチは暴力を主要な手段とはしない。影響力、プレゼンス、パートナー、そしてナラティブを通じて機能し、武力行使は実際に行うよりもむしろ「予備」として温存されることが一般的である。これこそまさに、国防総省令(DoD Instruction)3000.07や国家防衛戦略の「非正規戦(Irregular Warfare)」に関する付録が説いている姿勢に他ならない。第三に、これは終わりのない競争を前提として構築されている。そこでは優位性が緩やかに積み重なっていくが、相手がその優位性を覆すよりも速いペースで学習し続ける側こそが、長期にわたってその立場を維持できる。
異なる思考の方法
我々が提示するのは、単なる「より優れた計画(better plan)」ではない。そこにこそ、本質的な意味がある。我々が関わる組織に欠けているのは、計画を策定する能力などではない。むしろ、そうした能力を過信しすぎているきらいさえある。これまで繰り返し欠けていたのは、問題の複雑さを率直に認め、複数の仮説を同時に保持し続ける規律を持ち、単なる「勝利」を追い求めるのではなく着実に「優位性」を築き上げる忍耐強さを備えた、そうした思考のあり方なのである。これらは決して目新しいことではない。その多くは、我々がすでに保有しているドクトリンの中に存在しているが、本来意図された通りに読み解かれることは稀なのである。冷戦時代の事例を振り返れば、こうした思考や手法が実際に適用されていた例は枚挙にいとまがない。
有能な参謀が次に「緩やかな敗北(lose slowly)」へと乗り出す際、その理由は十中八九、前回と同じものになるだろう。すなわち、誰も立ち止まって問いの形にさえしなかった問題に対する、自信に満ちた答えである。ここで示された手法によって、非正規戦が容易になるわけではない。何をもってしても、それは容易にはならない。
しかし、それによって、我々が持つ多大な力を注ぎ込んで、またしても間違った問題に性急に飛びついてしまうのを防げるかもしれない。
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本記事で述べられている見解は、あくまで著者個人のものであり、非正規戦センター(Irregular Warfare Center)、陸軍省、または米国政府の方針や見解を反映するものではない。

