大綱・中期防

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新たな「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」

(着実な進歩しかし足枷は残った)

元東部方面総監 渡部悦和

2018/12/27

何を変え、何を変えないか:ニーバーの祈り

我が国の安全保障上、平成30年は極めて重要な年であった。今年、改正・改定の対象になったのは、「日本国憲法」と私が戦略3文書と呼んでいる「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」であった。この戦略3文書は、米国的に言えば「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「国家軍事戦略」に相当する文書であるべきだと思っている。

これらの文書の改正・改定の結果を分析していると、有名なニーバーの祈りを思い出した。この祈りは米国の神学者ラインホルド・ニーバーが作った祈りで、「主よ、 変えられないものを受け入れる心の静けさと、変えられるものを変える勇気と、その両者を見分ける英知を我に与え給え」というものだ。

本来ならば上位の文書である「日本国憲法」と「国家安全保障戦略」が改正されて、それを受けて下位の文書である「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」が改定されるべきである。しかし、最上位に位置する憲法については、改正のための本格的な道筋をつけることができなかった。日本の安全保障にとって大きな制約になっている憲法第9条を改正できないことは戦略3文書に極めて大きな影響を与える。速やかなる改正を切望する。

また、残念ながら「国家安全保障戦略」も改定されなかった。憲法が改正されなくても、現行の憲法下でも改定すべき事項はあったのにもかかわらずである。

改定されたのは下位の文書である「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」であった。

改定された「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画」について、「今までのものに比べて完成度が高い」と評価する人もいるが、「上位の2文書が改正されないという条件下では比較的まとまったものになった」と私は評価している。

以下、戦略3文書の改定について論を進めるが、本稿においては、決定された「防衛計画の大綱」を「新大綱」、「中期防衛力整備計画」を「新中期防」と記述し、大綱と中期防を合わせて新大綱等と表現する。

 

新大綱等の特徴

  • ドナルド・トランプ大統領の大きな影響と政治主導

トランプ大統領の対日貿易赤字削減圧力が新大綱等に大きな影響を与えた。日本の対米貿易黒字の削減を求めるトランプ大統領の意向を受け、これに対処するのは安倍晋三首相以下の政治家の役割であり、新大綱等が政治主導で策定されたことは当然の結果であった。

日本政府は米国製兵器の購入拡大を決断したが、その典型例はF-35やイージス・アショアなどの高額兵器の購入だ。特にF-35AやF-35Bは合計105機追加購入されると報道されている。F-35Bを搭載するために護衛艦「いずも」を改修するという決定もなされた。これら一連の決定は、海上幕僚監部及び航空幕僚監部の願望もあったであろうが、最終的には政治主導で決められたとみていいだろう。

いずれにしろ新大綱等はトランプ大統領の影響が色濃く反映されたものとなった。

一方で、高額な米国製兵器の取得のために他の装備品の取得が抑制されたり、国産の装備品の購入や国内の研究開発が抑制されるというマイナスの側面もあることも認識すべきであろう。

  • 国家安全保障局(NSS[1]の初仕事

平成26年1月に内閣官房の一組織として設置された国家安全保障局が、今回の国家安全保障戦略や大綱の改定において重要な役割を果たした。NSSにとっては、今回の新大綱の策定が初めての仕事になったが、出来上がった大綱を評価する人達は多い。

一方で、NSSが国家安全保障戦略を改定しなかったのは問題であったと私は思う。新大綱では我が国を取り巻く安全保障環境について「極めて速いスピードで変化している。中国等の更なる国力の伸長等によるパワーバランスの変化が加速化・複雑化し、既存の秩序をめぐる不確実性が増している。」と認めているにも拘らず、国家安全保障戦略を改正しなかったのは解せない。

平成30年は、米朝の覇権争いが米中の貿易戦争として現実化するという歴史的な年であり、安全保障環境は、前大綱が策定された2013年以上に厳しい状況であった。国家安全保障戦略が記述する「専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず・・」などという抑制的すぎる防衛政策では対処し得ない状況だ。特に中国は、経済的にも軍事的にも強大化し、日本単独では対処が難しい状況になっている。国家安全保障戦略を改定し、より現実的な防衛政策を示すべきであった。

  • 日米共同の重視

米国製の兵器の購入を拡大すれば、日米共同作戦が円滑化する効果はある。特に海自と空自が購入する兵器には、日米の相互運用性の観点で優れた点がある。例えば、大綱等の策定の末期に突然出てきた海自の護衛艦「いずも」の改修とF-35Bの取得は、単に空自が取得するF-35Bが改修された「いずも」を使用するのみならず、米海兵隊のF-35Bも「いずも」に離発着することが可能になる。米海兵隊は、「いずも」の多目的化を歓迎するであろう。

陸自による陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)の取得、海自のイージス・システム搭載護衛艦の能力向上、空自の地対空誘導弾ペトリオットの能力向上も日米共同の「総合ミサイル防空能力」の構築の一環と解釈できる。米軍の統合防空ミサイル防衛(IAMD)構想は、同盟国との協力を得て構築することを重視している。米軍にとってIAMDの構築に日本ほど協力する国はない。日米共同の「総合ミサイル防空能力」の構築は、双方にとって大きなメリットがある。

 

高く評価できる点

  • 領域横断作戦(CDO[2])の重視

 新大綱の目玉は、領域横断作戦を重視する「多次元統合防衛力」を打ち出した点だ。新大綱等においては、自衛隊が作戦を実施する領域として、従来からの陸・海・空の領域だけではなく、宇宙・サイバー・電磁波という新たな領域に着目し、合計6つの領域における領域横断作戦を重視することを明示した。

領域横断作戦を分かりやすく説明したい。例えば、日本を攻撃する敵と戦う場合、自衛隊が撃破すべき目標は敵の艦艇と潜水艦であり、その航空機だ。例えば、艦艇を撃破する陸自の地対艦ミサイルが敵艦艇を撃破すると、これは陸から海への領域横断作戦だ。また、海自のイージス・システムや陸自のイージス・アショアが敵の弾道ミサイルを破壊すると、それは陸や海の領域から空や宇宙にの領域に向けた領域横断作戦だ。

新大綱では6つの領域における領域横断作戦を統合作戦として遂行する防衛力を称して「多次元統合防衛力」と呼称した。この「多次元統合防衛力」は、過去の大綱で使われた「動的防衛力」などの理解困難な用語と比較すると、非常に分かりやすい。

なお、領域横断作戦は、米国の統合参謀本部議長マーティン・デンプシー大将(当時)が提唱したもので、これを日米双方が採用すると、日米共同作戦は円滑に行われることになる。

  • 領域横断作戦に必要な部隊の新編や新装備品の取得・開発

陸自はサイバー部隊、電磁波作戦部隊、弾道ミサイル防衛部隊2個隊、水陸機動連隊を新編する。海自は水上艦艇部隊、哨戒艦部隊を新編する。空自は警戒航空団、戦闘機部隊1個飛行隊、空中給油・輸送部隊1個飛行隊、無人機部隊1個飛行隊、宇宙領域専門部隊を新編する。共同の部隊としてサイバー防衛部隊なども新編される。これらの新編事業は確実に日本の防衛を強化するものだ。

また、相手の射程外から発射することができるスタンド・オフ・ミサイル(JSM、JASSM、LRASM)の整備を進めることが明示されている。また、島嶼防衛用高速滑空弾、新たな島嶼防衛用対艦誘導弾、極超音速誘導弾の研究も列挙されているが、着実に開発を進めてもらいたい。これらの兵器は領域横断作戦の鍵を握る装備品だ。

 

今後の課題

  • 「専守防衛」からの脱却が急務

憲法改正が進捗しなかったために、国家安全保障戦略も改定されず、NSSは早い段階で国家安全保障戦略を改定しないことを決定したが、これは問題であった。結果として「専守防衛に徹する」とか「他国に脅威を与えるような軍事大国とはならない」などという軍事的合理性に欠ける非論理的な政策を踏襲している。これらの非論理的な政策は、戦後70年以上にわたる不毛な安全保障論議の元凶であり、それを削除できなかったという意味では、「新大綱等は、本質的な部分で何も変わっていない」と言うこともできる。ぜひ、今後の検討で「専守防衛」に代わる「積極防衛(アクティブ・ディフェンス)」を採用してもらいたいものだ。

  • 中国に対する甘すぎる脅威認識

新大綱は中国について「我が国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念」と表現し、「今後も強い関心を持って注視していく必要がある」と分析している。一方、北朝鮮については「我が国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威」と表現し、「地域及び国際社会の平和と安全を著しく損なうもの」と分析している。北朝鮮を脅威と言いながら中国を「懸念」と表現することは不適切だ。日本にとって最大の脅威はその能力及び意図において北朝鮮ではなく中国であることは自明であろう。

中国に対する現実的な脅威認識を「脅威」と明示しないから、防衛費や防衛力整備に対する国民の理解が進まないのだ。

  • 統合運用の重視と統幕の機能強化

今回の新大綱等の策定の段階で統合幕僚監部(統幕)の力不足を実感した者は多かったと思う。本来ならば統幕が検討し結論を出すべきだが、それができなかった場面があったと思う。例えば、統合運用構想の確立である。日本の防衛に関する統合運用構想を確立し、それを基にして各自衛隊が取得すべき装備品を決定するのが筋だ。しかし、F-35Bの取得や、F-35Bを運用するための護衛艦「いずも」の改修の決定において、統合運用構想に基づいた説明はあったのか。少なくともその説明は公開されていない。

「多次元統合防衛力」を実現するためには統幕機能の強化は避けては通れない。さらなる検討の深化を期待する。

  • 各種機能の強化

新大綱や新中期防で記述されている各種機能の強化は喫緊の課題であり、避けては通れない。特に、募集適齢人口の急速な減少に伴い、隊員募集がますます難しい状況にあり、「人的基盤の強化」は待ったなしだ。継戦能力の向上のために、弾薬・燃料・整備用部品の確保などの「兵站基盤の強化」も重要だ。

そして、声を大にして強調したいのが、「技術基盤の強化」「産業基盤の強化」だ。防衛費の不足や米国製の装備品の増加等により、国内防衛産業は厳しい状況にあり、撤退する企業も出てきた。我が国の優れた装備品を支えてきた日本の「技術基盤の強化」や「産業基盤の強化」は急務である。

中国では兵器の国産化を着実に推進しており、その質も逐次向上している。この事実に危機感を持つべきだ。

 

おわりに

私は新大綱と新中期防を評価する。しかし、憲法第9条を改正しない限り、我が国の非論理的で軍事的合理性のない不毛な安全保障議論は終わらないと思う。憲法の速やかな改正を実現してもらいたいものだ。その責任は政治にある。

一部の野党やメディアは今後も、「専守防衛」を念仏のように唱え、反対するのであろう。すでに、改修する護衛艦「いずも」を空母と称し、「空母は専守防衛に反する」と批判している。やりきれない気持ちになってしまう。少なくとも「専守防衛」という言葉を使うことを止めにすべきではないだろうか。そして、新大綱と新中期防の登場を機に、より現実的で、実効性のある我が国の防衛態勢を築こうではありませんか。

 

[1] National Security Secretariat

[2] Cross Domain Operation