陸上イージス(イージス・アショア)は日本の防衛に不可欠 元東部方面総監 渡部悦和 2018/08/09

陸上配備型イージス・システム(本稿では陸上イージスと呼称する)2基の導入については、2017年12月末の閣議において決定された。閣議決定後の重要な手順が陸上イージスに搭載するレーダーの機種選定であったが、防衛省は7月30日、レーダーの機種選定結果を発表し、米国のロッキード・マーチン社が提案したLMSSR(Lockheed Martin Solid State Radar)に決定したと発表した。この決定により陸上イージスの能力や価格が明らかになってきた。
陸上イージスの価格が公表されると、それを待っていたかのように大手メディアをはじめとする陸上イージス反対派が反対キャンペーンを開始した。主な反対理由は、高価である、米朝首脳会談などによる緊張緩和に逆行する、北朝鮮・中国・ロシアが反対しているなどである。
しかし、陸上イージスは、従来のイージス艦とPAC-3による2層の弾道ミサイル防衛体制を大幅に強化する優れた装備品だ。例えば、北朝鮮の弾道ミサイルのみならず、中国の中距離弾道ミサイルにも対応可能で、北朝鮮の弾道ミサイル(たとえば火星14)のロフテッド機動[1]の射撃にも対応可能で、異種弾道ミサイルの多数同時射撃にも状況により100%ではないが対応可能であり、我が国の防衛体制の強化や日米同盟の強化に寄与できる非常に優れた装備品である。
我が国の周辺国が反対したとしても、我が国が自らの安全保障に関する決定を行うことは当然のことである。
陸上イージスは、2019年度予算の審議及び決定の過程において間違いなく議論の焦点になるであろうし、秋から始まる臨時国会でも大いに議論されるであろう。本稿においては、メディア等で批判されている陸上イージスが、我が国の防衛に大きな貢献をする必要不可欠な装備品であるという観点で議論を進めていきたいと思う。

陸上イージスについて
 そもそも陸上イージスとは何かについて、簡単に紹介したいと思う。
●イージス・システムとは
 陸上イージスを説明するためには、イージス艦に搭載され、陸上イージスにも搭載されるイージス・システムついて説明しなければいけない。イージス・システムは、遠距離を飛行する敵機やミサイルを正確に探知できる索敵能力、迅速に状況を判断し対応できる情報処理能力、一度に多くの目標と交戦できる対空射撃能力を備えた画期的な装備品だ。
イージス・システムは当初、空母や揚陸艦などを対艦ミサイル攻撃から防護する目的で開発された。特に重視された機能は、同時多目標交戦能力だ。飛来する多数のミサイルを同時に認識・追尾するとともに、脅威度に応じて優先順位をつけ、優先度が高い目標から順番に、艦対空ミサイルを発射して交戦することができる。イージス・システムでは同時に10発以上の敵ミサイルに対応できるといわれている。
その監視能力と処理能力の高さが注目されて、のちに弾道ミサイル防衛(BMD : Ballistic Missile Defense)の機能が付加され、イージスBMDが登場した。

●我が国が導入する陸上イージス
 BMDの機能を備えたイージス・システムを海上ではなく、陸上で実現したのが陸上イージスということになる。つまり、イージス・システムを構成するコンピュータ、今回機種選定された最新レーダーLMSSR、Mk.41ミサイル発射器などの機材一式を、陸上に設置する建物に収納し、出来上がるのが陸上イージスだ。

陸上イージスの優れた点
我が国が導入する陸上イージスは世界最高水準の能力を有する
 我が国が導入する陸上イージスで注目すべきは、最新レーダーであるLMSSRと日米が共同開発しているミサイルSM3ブロックIIAを採用することで生じる相乗効果だ。
・最新レーダーLMSSRの探知距離は1,000km以上で、イージス艦に搭載されているSPY1レーダーの探知距離(約500km)の2倍以上だと報道されている。

陸上イージスの取得価格がある程度高くなるのは、SPY1レーダーの代わりに高い能力を有するLMSSRを導入することを考慮すると致し方ない面がある。

・ミサイルについては、現行のSM3ブロックⅠAの射程が1,200kmであるのに対して、SM3ブロックIIAの射程は2,000kmだ。そして、到達高度(射高)は、ブロックⅠAの600km に対して、ブロックIIA では1,000kmを超えている。この能力差は圧倒的な差で、我が国のBMDに非常に大きな影響を与えることになる。
・この能力の高いLMSSRとSM3ブロックIIAが合体することにより、高度1,000km程度における弾道ミサイルの迎撃が可能になる。この意味するところは大きい。

まず、中国人民解放軍の弾道ミサイルへの対処能力が大幅に向上する。特に、日本国内の重要インフラや米軍基地をターゲットとする準中距離弾道ミサイルDF-21、中距離弾道ミサイルDF-26Cなどに対する対処能力が大幅に向上する。
次いで、ロフテッド軌道で発射された北朝鮮の弾道ミサイル(例えば火星14)に対する対処能力が大幅に向上する。ブロックⅠAではロフテッド軌道のムスダンへの対処は非常に困難であったが、ブロックIIAは高度1,000km付近でロフテッド軌道で飛翔する弾道ミサイルを迎撃可能になる。
さらに、陸上イージス(LMSSRとSM3ブロックIIA)、イージス艦、PAC-3の組み合わせで、異種弾道ミサイルの多数同時発射への対応が、状況により100%ではないが可能となる。異種弾道ミサイルとは、例えばDF-21と火星14の組み合わせだ。現在、異種弾道ミサイルの多数同時飛来する弾道ミサイルへの対処はある程度可能であるが、陸上イージスの導入により、より確実に対応する可能性が出てくる。

●陸上イージスは現在の弾道ミサイル防衛態勢を更に強化する
 現在の弾道ミサイル防衛は、イージス艦のミサイルSM3とPAC-3ミサイルによる2層の防衛体制であり、改善すべき問題はあった。例えば、PAC-3は限定された地域をカバーする拠点防衛の装備品であり、狭い範囲の防衛はできるが広域の防衛はできないという欠点を有している。また、イージス艦は、1日24時間365日、BMD対処のためにのみ日本海に張り付けていくわけにはいかない。東シナ海など中国海軍への対処などの任務にも就かなければいけないし、何よりも乗員の訓練、休息、艦艇の定期的な保守・整備が欠かせない。2017年を振り返ると、北朝鮮は多数の弾道ミサイルの発射を行ったが、海自のイージス艦はそれへの対処のために長期間、日本海に貼り付けになっていた。そのため、乗組員は休息が不十分で疲労は激しかったと聞いている。
陸上イージスが導入されると、海上自衛隊のイージス艦の負担を軽減し、運用を柔軟にすることが期待される。日米で共同開発を進めている弾道弾迎撃ミサイルであるSM-3ブロックIIAは広いカバー領域を有し、日本国内の東西2カ所に配備すれば日本全土をカバーできる。この2カ所に配備された陸上イージスはBMDの堅固な土台を構築することになる。
陸上イージスが導入されると、これが1日24時間、1年365日のBMD対処にあたることになる。イージス艦の負担が格段に軽減され、イージス艦は、BMDだけではなく、本来の艦隊防空(航空機や対艦ミサイルを迎撃する任務)等の任務に従事することができるようになる。また、訓練の時間を確保でき、乗員の休息、艦艇の保守・整備も可能となる。つまり、我が国防衛態勢に大きな良き影響を与えることになる。
また、米軍と互換性のある装備品を導入することで日米同盟が強化されることも重要な点だ。

●イージス艦に比し陸上イージスは少人数で運用可能
 海上自衛隊のイージス護衛艦1隻当たりの乗組員は通常300~310人必要だという。陸上イージスの場合、艦艇を動かすための乗組員を必要としない。武器システムを操作するための戦闘情報センター(CIC : Combat Information Center)で勤務する要員がいれば用が足りる。1日12名の3交替で合計36名程度の要員でBMD対処が可能となる[2]。もちろん、システムを操作する要員だけでなく、基地施設の警備・防衛を担当する要員や、食事の用意をはじめとする後方支援業務も必要になる。しかし、既存の基地や駐屯地に配備すれば、インフラを新たに用意する負担はかなり抑えられるであろう。

陸上イージスに対する主要な反対論に対する反論
●米朝首脳会談などで芽生えた「緊張緩和の流れ」に逆行する?
 朝日新聞は、8月1日付の社説「陸上イージス 導入ありきは許されない」で、「ようやく芽生えた緊張緩和の流れに逆行する」と記述しているが、この認識は甘い。何故ならば、6月12日の米朝首脳会談から約2ケ月が経過するが、北朝鮮による非核化に向けた具体的な行動は何もない。反対に、核兵器開発と弾道ミサイルの開発を継続しているという有力な情報さえ出てきている。結局、北朝鮮に非核化の意思がないことが明らかになってきた。当然ながら弾道ミサイルも化学兵器や生物兵器も廃棄されない公算が大きくなってきた。
北朝鮮の核兵器は残るし、弾道ミサイルも残る。日本に直接の脅威となる短距離及び中距離弾道ミサイルの保有数に全く変化はなく、日本に対する脅威は厳然として存在する。
つまり、陸上イージスに対する反対論者が主張する緊張緩和や朝鮮半島の平和には実体がない。幻想の緊張緩和を根拠として陸上イージスに対する反対論を唱えているのだ。
我が国周辺の安全保障環境の中でミサイル防衛は中核的要素だ。自衛隊の装備品が全てそうであるように、陸上イージスは我が国に向けて発射される全てのミサイルに対処するものだ。北朝鮮の弾道ミサイルのみが対象ではない。中国とロシアの弾道ミサイルも対処の対象となる。特に中国人民解放軍の弾道ミサイルは多種多様であり、陸上イージスの導入により人民解放軍の弾道ミサイルに対する対処能力が格段につくことになる。

陸上イージスは高価すぎる?
 陸上イージス反対論者は、「陸上イージスは高価すぎる」と批判するが、事実はどうなのかを検証してみたい。
・陸上イージス2基と最新イージス艦「まや」型2隻の比較
陸上イージス2基と最新イージス艦「まや」型2隻の費用を比較すると陸上イージスの方が安価であるという計算結果になる。以下、説明する。
防衛省のHPで公開している「陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)の構成品選定結果について」によると、以下のような経費になる。

①陸上イージス1基の取得経費(*1)  約1,340億円  2基の取得経費2,679億円
(*1:レーダーを含む陸上イージス構成品購入費に加え、運用開始までに必要な初度費、補用品費、技術支援費)
②教育訓練に係る経費(*2) 約31億円
(*2:初度要員養成費に限る)
③30年間の維持運用経費(*3) 約1,954億円
(*3:陸上イージスの導入後、30年間の維持・運用に必要な経費)
結論として、2基の30年間のライフサイクルコスト(開発・取得・維持・運営に係る経費の合計)=①+②+③=約4,664億円になる。この30年間のライフサイクルコスト4,664億円を公表したために、「非常に高価」だという批判を浴びたのだと思う。

一方、イージス艦「まや」型2隻の経費であるが、
①イージス艦「まや」型1隻の取得経費 約1,680億円  2隻の取得経費3,360億円
②2隻の30年間の総経費(ライフサイクルコスト) 7,000億円

下図は防衛省装備施設本部が公表している「平成26年度ライフサイクルコスト管理年次報告書」に記載されている「27年度型護衛艦」2隻のライフサイクルコストを示している。平成26年から平成56年までの30年間のLCCは約7,000億円となる。

 結論として30年間の総経費で比較した場合、陸上イージス2基で4664億円、イージス艦「まや」型2隻で約7,000億円となり、陸上イージス2基の方が安価であるという結論になる。
なお、上記のLCCの中にはミサイルの取得経費は入っていない。ミサイル1発の経費は数十億円(40億円という報道もある)であり、それに取得数をかけたものがミサイルの取得経費である。 

今後の課題
 防衛省は今後、なぜ陸上イージスを導入するのかについて、その必要性、利点、問題点とその対策などについて、国民に分かりやすく説明する必要がある。特に陸上イージス配備の候補地となっている青森県と山口県には十分な説明を行い、協力を得なければいけない。
また、陸上イージスは、米国のFMS(対外有償軍事援助)の枠組みで調達をすることになるが、価格の高騰を心配する者が多いのも事実だ。防衛省は、米軍と十分に調整して、FMSの問題点の是正に十分な対処をし、努めて安価に陸上イージスの取得を実現してもらいたい。

最後に、我が国を取り巻く安全保障環境は世界の中で類を見ない厳しい環境である。我が国周辺には、「日本を火の海にする」「日本を沈没させる」と脅迫してきた北朝鮮、2050年までに世界一の強国になると宣言する中国、大国復興を目指すロシアが存在する。米朝首脳会談以降に一時的に緊張緩和ムードが漂ったが、北朝鮮は非核化のそぶりを一切見せていない。幻想の緊張緩和ムードに流されることなく、安全保障の鉄則である「最悪の事態に備える」という態度が日本には求められる。この観点で、陸上イージスは、我が国の防衛体制を強化し、日米同盟を強化する非常に有効な手段であり、装備化が遅滞なく実現することを願ってやまない。

[1] 弾道ミサイルの打ち上げ要領の一つで、通常よりも角度を上げて高く打ち上げる方法で、落下速度が速くなり、これへの対処は難しくなる。
[2] 井上孝司、陸上型イージスの長所は「12人で動かせること」、日経ビジネスオンライン