軍事即応体制の静かなエンジンのモデリングとシミュレーション (NDIA)
軍事における即応性を高める際にモデリングとシミュレーション(M&S)の活用の重要性は今更語る必要はないのかもしれない。しかし、これまで受け止められていた訓練の補助的意味合いから、訓練の中核へと移りつつあることは意外と知られていないのかもしれない。毎年開催のI/ITSECが今年も12月初旬に開催される。全米防衛産業協会(NDIA)のサイトに掲載のNational Training & Simulation Associationの協会会長の記事を紹介する。(軍治)
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全米防衛産業協会(NDIA)の視点:軍事即応体制の静かなエンジンのモデリングとシミュレーション
NDIA PERSPECTIVE: Modeling and Simulation a Silent Engine of Military Readiness
10/31/2025
By Sean S. Buck
退役米海軍中将ショーン・S・バック(Sean S. Buck)は、全米訓練シミュレーション協会の会長である。
国防総省の写真 |
ペンタゴンの即応性(readiness)への重点は、かつてないほど明確になっている。対等な競争者、係争化するドメイン、そして限られた予算に直面する米軍は、複雑で不確実な状況下で闘い、勝利できるよう訓練されなければならない。その準備は、ますます野戦、海上、あるいは空中で始まるのではなく、人工的な世界から始まるようになっている。
モデリングとシミュレーションは、米軍の即応性(readiness)における静かなるエンジンとなっている。長らく補助的なものと考えられてきたが、今日では米海軍、米陸軍、米空軍、米海兵隊、そして米宇宙軍が人員とプラットフォームを戦闘に備える上で中核を成している。モデリングとシミュレーションは戦力増強装置として、致死性を高め、資源を節約し、統合部隊全体の適応を加速させる。
モデリングとシミュレーションの中核は、戦闘員が安全で繰り返し実行可能かつ費用対効果の高い環境でマルチドメイン作戦をリハーサルできるようにすることである。燃料、弾薬、射撃場のスケジュール、プラットフォームの消耗など、あらゆるコストが上昇する実地訓練とは異なり、シミュレーションは最小限の費用でスケールを実現する。部隊は、艦隊や飛行隊を動員することなく、通信遮断から統合火力統合まで、複雑なシナリオを繰り返し訓練することができる。
経済性は重要である。第5世代戦闘機の運用コストは1飛行時間あたり平均数万ドルにも及ぶ。弾道ミサイル搭載潜水艦の場合は、その額はさらに大きくなる。シミュレーションによって、部隊は故障モードを予行演習し、決心サイクルにストレスをかけ、現実では危険であったり非現実的であったりするエッジ・ケースを試験することができる。
同様に重要なのは、シミュレーターが直接的に致死性に寄与することである。今日のシミュレーターは、人工知能、サイバー効果、そしてほぼ対等な脅威を再現する高度な敵対者モデルを統合している。これにより、指揮官は統合部隊の相互作用が大規模にどのように展開するかを視覚的に確認することができ、実際の戦場での試験前に教義の策定を加速し、戦闘技能を磨くことができる。
世界中に展開する米海軍艦隊にとって、シミュレーションは不可欠である。仮想会戦ネットワーク(Virtual battle networks)は、水上、潜水艦、航空、宇宙の各艦艇を共通の訓練環境にリンクし、指揮官が同等の敵艦を相手に分散した海上作戦のリハーサルを行うことを可能にする。空母打撃群から対潜水艦戦まで、水兵たちは展開前に共に闘うことができる。
米陸軍は、モデリング・シミュレーション・オフィスと合成訓練環境を通じて、地上、サイバー、情報ドメインにおけるAIを活用した対抗部隊に直面することができる。ライブ訓練、バーチャル訓練、そしてコンストラクティブ訓練を組み合わせることで、旅団は限られた資源を最大限に活用しながら、「米陸軍2030(Army 2030)」に向けた即応性(readiness)を強化することができる。
米空軍は、保有する最も高価な資産の一部を扱うため、シミュレーションに大きく依存している。米空軍モデリング・シミュレーション局は、戦闘機パイロットと爆撃機乗組員が高忠実度シミュレーターで高度な脅威に対するミッション・プロファイル全体をリハーサルする一方で、システム間の相互運用性を確保している。
一方、米海兵隊は、サイバー戦と情報戦を組み込んだ合成地形(synthetic terrain)において、水陸両用強襲から密集市街地戦闘に至るまで、諸兵科連合作戦のリハーサルを行っている。これにより意思決定のタイムラインが短縮され、米海兵隊の遠征における優位性(expeditionary edge)が維持されている。
最新の部隊である米宇宙軍は、モデリングとシミュレーションを基礎に据えている。ガーディアンは、模擬ジャミング、対衛星攻撃、そして争われた軌道環境を想定した訓練を行う。合成コンステレーションと堅牢な指揮・統制アーキテクチャにより、ライブの訓練では再現不可能なシナリオにも対応可能である。
モデリングとシミュレーションは、そのメリットにもかかわらず、多くの課題に直面している。各軍種やプラットフォーム間の相互運用性は依然として不均一である。共通標準、連合したアーキテクチャ、そして厳格な妥当性確認と検証がなければ、シミュレーションは誤った安心感を与えるリスクがある。また、調達文化は作戦上の需要に追いついておらず、実績のある技術が「死の谷(valley of death)」に取り残されてしまう。
だからこそ、全米訓練シミュレーション協会(National Training and Simulation Association)や、その主要イベントであるInterservice/Industry Training, Simulation and Education Conference(通称I/ITSEC)のような組織が極めて重要なのである。これらの組織は、政府、産業界、学界を結びつけ、AI、デジタル・ツイン、ライブ・バーチャル・コンストラクティブ・インテグレーションといった新興技術の導入を促進している。また、体系的なマッチメイキングやデモ・デーを開催することで、ユーザー・コミュニティとイノベーターが直接交流し、上級管理職の指示と運用者のニーズのギャップを埋めている。
ピート・ヘグゼス(Pete Hegseth)国防長官は明言している。即応性(readiness)は譲れないものであり、致死性は用兵の必須条件(warfighting imperative)である。規律への回帰を求める彼の呼びかけは、モデリングとシミュレーションが単なる補足ではなく、基礎となる役割を強調している。「戦争に備えよ(Prepare for war)」とは単なるレトリックではなく、戦闘効果を高めるために利用可能なあらゆるツールを活用するという命令(mandate)である。シミュレーションは、その準備を反復可能、拡張可能、そして低コストで実現する。
しかし、リーダーシップのコミットメントが成功を左右する。国防総省は、シミュレーション基盤への投資を継続し、相互運用性を強化し、各部隊に合成訓練を即応性(readiness)パイプラインに統合する責任を負わせる必要がある。この点に重点を置かなければ、米国は同様の技術に多額の投資を行っている敵対者に訓練における優位性を失うリスクがある。
モデリングとシミュレーションは、米軍の即応性(readiness)における静かなエンジンとなっている。米海軍、米陸軍、米空軍、米海兵隊、そして米宇宙軍は、現実的な訓練を行い、各ドメインを統合し、貴重な資源を節約しながら、次の闘いに備えることが可能となっている。
モデリングとシミュレーションはもはや訓練の補足ではなく、即応性(readiness)のインフラストラクチャである。これをそのように捉えることで、米国の戦闘員は準備不足のまま戦場に足を踏み入れることなく、常に勝利に向けてリハーサルを積んだ状態で臨むことができるようになる。

