機動戦は迅速な移動以上のもの (U.S. Naval Institute Proceedings)
MILTERMで2020年9月以降に紹介してきていた米海兵隊のGazette誌に連載のいわゆる機動戦学派の論文「Maneuverist Paper(#1~#23)」は、米海兵隊のドクトリン文書「MCDP 1 Warfighting」の改訂を議論する意図があったと理解している。ここでの議論は、ドイツの電撃戦をはじめとする機動戦というコンセプトの萌芽から戦い方が進化してきている中での機動戦の意義について論じているものであった。
2022年2月24日のロシアのウクライナ侵略が開始されて以来、ロシアの当初の短期間での侵略目的の達成が困難になり、時が経過するにつれ、ドローン等の投入による戦場の様相の変化が機動戦に関する議論をより複雑なものへと変えていっているのかもしれない。
ここで紹介するのは、昨年2025年4月に米海軍研究所(U.S. Naval Institute)のProceedingsに掲載の機動戦に関する論稿である。ロシア・ウクライナ戦争での戦いの様相を観察しての機動に関する理解、「機動戦とは速く動くことではなく、敵の心と意思決定を崩すための戦争哲学である」という論旨を展開している。(軍治)
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機動戦は迅速な移動以上のもの
Maneuver Warfare Is More Than Rapid Movement
機動戦は、単なるドクトリンや作戦術ではなく、敵の士気、信頼、そして意思に直接狙いを定める哲学である。
Not merely doctrine or operational art, maneuver warfare is a philosophy that aims squarely at the enemy’s morale, trust, and will.
By Major Aric Ramsey, U.S. Marine Corps
April 2025
U.S. Naval Institute Proceedings
ラムゼイ(Ramsey)米海兵隊少佐は、海軍水陸両用タスク・フォース51/第5海兵遠征旅団の作戦計画担当官を務めている。米陸軍高等軍事研究院(SAMS)、海軍指揮参謀大学、海兵隊遠征戦争学校を修了し、経営学修士号と応用数学の学士号を取得している。
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機動戦は、戦争における、あるいは戦争に関するあらゆる行動を形作るための思考の一方法である。
ー米海兵隊ドクトリン発行文書1(MCDP1)用兵(Warfighting)
現在進行中のロシア・ウクライナ戦争は、西側諸国が採用してきた機動戦(maneuver warfare)への批判を多く引き起こしている。このコンセプトは、その意味を丁寧に解きほぐす必要がある。ロシアの戦略は、突破を伴う機動を使用しキーウを占領し、数週間で戦争を終結させるというものだった。その失敗は、機動戦はもはや時代遅れであり、技術の進歩と地政学的景観の変化の犠牲者になった証拠だと批判者は主張する[1]。優位性の陣地を維持しつつ、敵に大きな損害を効率的に与えることで特徴づけられる防御は、戦争の方法論のツールボックスの中で、再びその地位を取り戻しつつあるとされている[2]。
機動戦に関する浅い解釈、あるいは完全な誤読は、藁人形論法を生み出している。すなわち、機動戦は勝利理論としてあまりに狭く、退役米陸軍中佐エイモス・フォックス(Amos Fox)が「戦いにおける真の実践家(artists)たる能力」と呼ぶ、リーダーの振舞いを制約してしまうという主張である[3]。
機動戦は、敵対者を奇襲し、その抵抗能力と意思を削ぐための位置的優位性を獲得するための迅速な移動以上のものである。それはまず敵に焦点を当て、その大義への道徳的献身をいかにして最も効果的に損なうかを理論化し、最後に、個別に調整された多様な手段を戦術的に適用することで敵を撃破するという哲学である[4]。この哲学は、今後も海兵隊作戦の指針であり続けるべきである。
何ではないのか
オスマン帝国に対するアラブ反乱での闘いについて記した中で、トーマス・エドワード・ローレンス(Thomas Edward Lawrence)中佐は、数的に優越した部隊に対する自らの作戦を、「我々の手の届く限り、敵の心を攻撃する」ものと表現した。トーマス・ローウェル(Thomas Lowell) |
機動戦(maneuver warfare)は消耗の対極ではなく、消耗戦(attrition warfare)の対極である。後者は、交戦国の国民が和平を求めるよう強いられるまで、その人員と装備を可能な限り多く破壊することで勝利を目指す[5]。敵部隊の集中は最大のターゲットとなるため、継続的に探し出され、それに対して機動が行われる[6]。カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)は、「多くの流血なしに敵を武装解除または撃破する巧妙な方法」は誤りであると論じている[7]。
クラウゼヴィッツ(Clausewitz)の見解は、機動戦が消耗を回避するものとされることで、大国間の紛争に適用した際にその有用性が空洞化すると主張する現代の批判者たちの主張と一致している[8]。機動戦を、非対称的な移動の優位性に大きく依存する間接的アプローチとして狭く定義することで、批判者たちはそれを、フォックス(Fox)と海兵隊のクリストファー・デンゼル(Christopher Denzel)米海兵隊少佐が「ヤギを見つめる男たち」的な大規模な機動と呼ぶものへと矮小化する―「敵が手を上げて・・・・『いったい何が起きたんだ?』と言うほど、何かすごくかっこいいことをする」というものだ[9]。機動戦は、戦争において必要であれば、消耗や正面攻撃さえも受け入れる[10]。
機動戦は、特定の戦争の種類、技術、作戦環境に依存するものではなく、単に近代化された電撃戦(modernized blitzkrieg)を適用しただけのものではない。機動戦に対する主な反論の一つは、それが一面的であり、作戦環境の変化が作戦のデザインや戦闘の遂行にどのような影響を及ぼすかを考慮していないという点である[11]。
20世紀の機動戦の提唱者たちが、そのコンセプトを説明するために電撃戦(blitzkrieg)や物理学の方程式、冷戦期の想定を強く参照していたのは事実である。もしそれらが唯一の根拠であったなら、そのコンセプトが拡張や適応に向かないと見なされやすい理由も容易に理解できる。
しかし、ジョン・ボイド(John Boyd)が孫子(Sun Tzu)、チンギス・カン(Genghis Khan)、ナポレオン(Napoleon)、T・E・ロレンス(T. E. Lawrence)、J・F・C・フラー(J. F. C. Fuller)、毛沢東(Mao Zedong)ら、その他多くの著作を合成したものを読めば、それがごく限られた状況的応用にしか当てはまらないと論理的に結論づけることはできない。機動戦は作戦環境に条件づけられるものではない。それは実践者に、その環境を自らの優位性のためにに操作することを求める。
最後に、機動戦は疑似科学ではない[12]。機動戦は、物理的・精神的次元を、主たるターゲットである道徳的次元に影響を与えるための経路と見なす。道徳的次元は、士気、信頼、意志といった無形の要素によって特徴づけられる。確かに、人間の意志に関する理論的記述は必然的に定性的なものとなる。しかし、社会科学に定量的手法を適用しても、それが優れた意思決定に寄与しうる科学的営みとしての価値を失わないのと同様に、このことは機動戦を無効にするものではない。
機動戦に基づく作戦アプローチの有効性を定量的に測定することは必要であり、かつ可能である。敵の陽動に対する反応の不一致、離反率、中立国との対話の変化、意思決定者のレトリックの不整合などを検知することは、機動戦アプローチを調整するための、観察可能な手段のほんの一例にすぎない[13]。
第一次世界大戦の膠着状態に対するドイツの答えは浸透戦術であり、ここでは1918年の春季攻勢における突撃隊による攻撃が示されている。浸透戦術は機動戦の多くの要素を示したが、ドイツ軍が人間の意志を考慮した勝利の理論を構築しなかったため、戦略的勝利をもたらすことはできなかった。(写真:Alamy社) |
浮上する機動
第一次世界大戦の膠着状態に対するドイツの答え—のちに電撃戦を生み出す浸透戦術—は、機動戦の多くの要素を示したが、戦略的勝利をもたらすことはできなかった[14]。戦間期に連合国は戦車のような技術的解決策を模索した。ドイツの電撃戦は、敵の結束を打ち砕き、敵部隊に降伏か各個撃破を迫ることで、敵の強さを無意味にすることを目指した、ドクトリン上の解決策であった[15]。
しかし、ドイツは電撃戦の論理を、永続的な平和を勝ち取るための戦略的コンセプトに適用することに失敗した[16]。戦場での成功を享受しながらも、彼らは同盟国、中立国、そして相手の民衆に至るまで、組織的(systematically)に敵意を向けさせた。最終的に、彼らは人間の意志を考慮した勝利の理論を構築することに、見事に失敗したのである。
20世紀半ばに登場したジョン・ボイド(John Boyd)の理論は、機動戦運動の枠組みを確立した。それは、消耗の紛争と機動の紛争(ボイド(Boyd)は別の箇所でそれぞれ道義的・物理的・精神的戦いという用語を用いている)[17]も加えて含む三位一体の一部として、道義的紛争の優位性(primacy of moral conflict)を認めるものであった。彼の根本的な前提は、人間の振舞いは、自らの条件で残存性を確保するという最終目標によって形作られるというものだった[18]。
この残存性には適切な決心が必要であり、それは思考と経験を通じて構築され、洗練されていく。現実をより正確にモデル化することに失敗すれば、不適切な決心が生じる。もしそのような失敗が、脅威(menace)・不確実性(uncertainty)・不信(mistrust)を生み出し、利用し、増幅させる主体が意図的に引き起こすことができれば、その結果は「相手の有機的な全体が存在することを可能にする道徳的絆を破壊する」ことになる[19]。
この基盤の上に立って、海兵隊の画期的なドクトリン文書『用兵(Warfighting)』は、各相手は単一の存在ではなく、無数の精神的・道徳的・物理的要素から成る複雑なシステムであり、それらの組み合わせが独自の性格を決定することを認識している[20]。敵を独自のシステムとして理解し、そのシステム内で敵の意思決定を劣化させ、システムを結束させている道徳的絆を破壊することが、機動戦の核心をなす。
戦いのツールボックス
ノースカロライナ州キャンプ・ルジューンでの演習中、急襲作戦の実行を前に命令について話し合う第22海兵遠征部隊の海兵隊員たち。機動戦とは、単に敵の意表を突いて位置的優位性を獲得するために迅速に移動すること以上のものである。(写真:米海兵隊/カイル・バスキン) |
多くの批評家の主張とは裏腹に、物理的・消耗的な紛争は、機動戦の適用において極めて重要である。実際、機動戦は、敵システムの最終的な崩壊に寄与するために、適切な時と場所で敵部隊を繰り返し素早く撃破することに依存している[21]。
このコンセプトに基づけば、今日のウクライナ前線であっても機動戦を適用することは十分にあり得る。しばらくの間、ロシアの闘う意志にとって最大の脅威は国内の不満であると仮定してみよう。この場合、主たるタスクは、情報ドメインにおいて弾薬を途切れなく確保し、戦争の代償がプーチンのご機嫌取り以上の価値を持つという考えのもとに、有力なロシア人たちを結束させることである。
戦略レベルでは、これ等の取組みは、ロシアの資源を最大限効率的に破壊することを目指す防衛、ロシアのあらゆるエリート層に影響を及ぼす制裁を課す用意のある同盟国、そして戦争の破壊性をロシアの主流の意識に持ち込むための時折の縦深打撃を通じて行われてきた。
作戦レベルでは、ハルキウ攻勢のような定期的かつ経済的な攻撃は、ウクライナ側とロシア側の士気の格差を示すとともに、対峙するロシア軍の兵士や指揮官の精神的・肉体的な強靭さを損なうために極めて重要である[22]。この視点から見れば、膠着した塹壕戦のように見えるものも、実際には勝利の機動戦理論に基づく道筋をたどっている。消耗は前提条件に過ぎない。戦場での行動だけにとどまらず、敵の意思を包括的に損なうことこそが答えである。
精神的葛藤は、敵のシステム内に不確実性、奇襲、衝撃を生み出そうとする。従来型の戦いにおいては、電撃戦とそのソ連版である同時性およびデサンティ(desanty)(降下:空挺作戦や水陸両用作戦によって敵地深くに侵攻部隊を突入させること)がこの効果を生み出す[23]。闘う部隊は、相互支援の手段が断たれ、食料・燃料・弾薬の補給が制限されると、一般に結束と主導権を失う。
彼らは総合的な戦闘力を大きく失ってはいない―突破は防御線のごく一部に集中し、当初は縦深に配置された強力な拠点を避けている―が、精神的には敗北へと向かいつつある。健全な作戦上の決心を集団として下せず、全体は認知の面でバラバラに砕け散り、その結果、各部隊の相対的な戦闘力は、連携(coordination)・支援(support)・自らの意志を貫徹するための統一された計画を失ったことで、大きく低下している。
非正規戦(irregular warfare)は、物理的な戦線よりもさらに一貫して精神的な戦線で攻撃を仕掛ける。軍隊は防衛しうるが、ある着想(idea)は無敵でありうる[24]。対立集団は、敵の政権の政治的・同盟的・経済的構造の内部にある論理的不整合を突くことで、その統治能力を崩壊させようとする[25]。ときには迅速かつ焦点を絞った軍事力が必要とされるが、それはあくまで相手部隊を解体し、民衆の間に敬意を喚起するためである[26]。
このような手法がうまく実行されると、この戦略は、政府が国民からますます孤立する一方で、反対勢力が民衆の支持を得るという結果をもたらす[27]。敵の精神的強さの源泉を最も効果的に弱めるには、従来型の方法と非正規の方法の組み合わせが必要であり、これらは戦いの種類にかかわらず、創造的な方法で適用することができる。
物理的・精神的な紛争、それ自体を対象として追求すべきではなく、機動戦の真の対象である道徳的紛争へ至るための手段として扱うべきである。特定の手段がどのように道徳的強さ(moral strength)を損なうかという議論は、必然的に定性的な性格を帯び、その手段は相手の組織体の構成によって変化しうる。たとえば、国民国家の道徳的強さを攻撃するのに有効な技法が、国家を持たないイデオロギー集団に対してはまったく無力である場合もある。
歴史と創造性を組み合わせることは、あらゆる状況で道徳的効果をいかに達成するかを特定するための優れた出発点である。モンゴル帝国の課題は、武力で直接支配できない広大に分散した帝国群をいかにして服属させるかであった。そこで彼らは、移動力、インテリジェンス、プロパガンダ、そして恐怖を用いて、自分たちに敵対する者たちの抵抗の意思を削いだ[28]。T. E. ロレンス(T. E. Lawrence)の敵対者は数的に優位であったため、彼は迅速かつ限定的な規模で物理的攻撃を繰り返し、敵を絶えず苛立たせた[29]。これらの攻撃は、以下の点に対する縦深での道徳的攻撃によって補完された。
敵の心、すなわち我々が届く限りの範囲の敵の心:[同様に] 銃火線の背後で我々を支える国民の心、判決を待つ敵国民の心、そして傍観する中立国の心。印刷機は、現代の指揮官の兵器庫における最大の兵器である[30]。
ドイツは、ヨーロッパの中央に位置する自国の地理的条件から、隣国を迅速に征服することが極めて重要であると認識し、電撃戦を発展させた。電撃戦が有効だったのは、突破を達成したからでも、後方連絡線(lines of communication)を脅かしたからでもない。その成功は、個々の要素—複数のジレンマ、脆弱性への集中した力、優れたテンポ、作戦レベルの曖昧さ—の総和が、全体としての効果、すなわち敵のシステムの崩壊をもたらしたのである[31]。これらの例や他の事例は、時間や場所、技術にかかわらず、道徳的強さ(moral strength)が多様な形で損なわれうることを示している。
機動戦は決して死んではいない。機動戦はドクトリンではなく哲学であるという点を、その批判者たちは見落としている。機動は他の戦いの形態を超越する。それは、その場の状況に合わせてデザインされた独自の方法の組み合わせを通じて、相手の闘う精神(fighting spirit)を打ち砕くことに焦点を当てる。そこには決まったレシピはなく、完全に理解している者がほとんどいないほどの創造性と柔軟性を要求する。
20世紀初頭に機動戦が再興した頃と同様に、将来の紛争において米軍は兵力で劣勢に立たされ、政治的意思の面でも不利な立場に置かれる可能性が高い。消耗戦は選択肢にはならない。すべての海兵隊員に機動戦のマインドセットを教え込むことで、歴史に裏打ちされた創造性が彼らの中に育まれ、いかなる敵の心臓部にも、他のいかなるアプローチにもできない方法で打撃を与える無数の計画を生み出すことができる。
ノート
[1] Amos Fox, “Manoeuvre Is Dead? Understanding the Conditions and Components of Warfighting,” The RUSI Journal, 166: 6–7, 10–18; Anthony King, “Is Manoeuvre Alive?” The Wavell Room, 7 October 2022; and Amos Fox, “Setting the Record Straight on Attrition,” War on the Rocks, 30 January 2024.
[2] King, “Is Manoeuvre Alive?”
[3] Amos Fox, “A Solution Looking for a Problem,” Real Clear Defense, 2 February 2018; Amos Fox and Christopher Denzel, “Dead Men Have No Will,” Revolution in Military Affairs (podcast), 15 January 2024, 9:20, 10:55; Fox, “Manoeuvre Is Dead?”; Amos Fox and Heather Venable, “Maneuver Warfare: Doctrine or Dogma,” Revolution in Military Affairs (podcast), 27 November 2023, 13:50; Maj Christopher Denzel, USMC, “Maneuver Warfare is Just Operational Art,” U.S. Naval Institute Proceedings 149, no. 11 (November 2023); Fox and Denzel, “Dead Men Have No Will,” 4:12; Fox, “Setting the Record Straight”; and Jeffrey Lloyd, “Our Warfighting Philosophy,” Marine Corps Gazette 73, no. 11 (November 198): 24.
[4] U.S. Marine Corps, Warfighting discussion panel (video) featuring Gen Alfred Gray, USMC (Ret.) et al.; U.S. Marine Corps, Marine Corps Doctrinal Publication 1: Warfighting, 94; Robert Leonard, Art of Maneuver (New York, NY: Penguin Random House, 1994), 61, 76, 80; William Lind, Maneuver Warfare Handbook (New York, NY: Routledge, 1984), 18-24; and Edward Luttwak, “The Operational Level of War,” International Security 5, no. 3 (Winter 1980–81): 61–79.
[5] Fox, Setting the Record Straight, 3; and Warfighting, 36.
[6] Warfighting, 36; and John Boyd, A Discourse on Winning and Losing, ed. Grant T. Hammond (Maxwell Air Force Base, AL: Air University Press, 2018), 132.
[7] Carl Von Clausewitz, On War, trans. Michael Howard and Peter Paret (Princeton, NJ: Princeton University Press, 1976), 75.
[8] Lloyd, “Is Manoeuvre Alive?” 24; Fox, “Setting the Record Straight,” 9, 13.
[9] Fox, “Manoeuvre Is Dead?” 18; Fox, “Solution Looking for a Problem,” 2; Fox and Denzel, “Dead Men Have No Will,” 9:20, 10:55, 15:00, 24:48.
[10] Warfighting, 38–39, 72; Luttwak, Operational Level of War, 65; Lind, Maneuver Warfare Handbook, 19; William Lind, “Defining Maneuver Warfare for the Marine Corps,” Marine Corps Gazette 60, no. 3 (March 1980); and Ian Brown, A New Conception of War (Quantico, VA: Marine Corps University Press, 2018): 127–31.
[11] Fox, Solution Looking for a Problem, 1, 3; Fox, “Manoeuvre Is Dead?”, 14; Venable, “Maneuver Warfare,” 13:50; Fox and Denzel, “Dead Men Have No Will,” 9:20, 10:55; King, “Is Manoeuvre Alive?”
[12] Fox and Denzel, “Dead Men Have No Will,” 9:42, 13:20.
[13] Boyd, Discourse, 134.
[14] Leonard, Art of Maneuver, 48; and Lind, Maneuver Warfare Handbook, 11.
[15] Richard Simpkin, Race to the Swift (Lincoln, NE: Nebraska University Press, 1985), 27; and Boyd, Discourse, 88.
[16] Brown, New Conception, 137.
[17] Boyd, Discourse, 131, 19.
[18] John Boyd, “Destruction and Creation,” www.coljohnboyd.com, 1976.
[19] Boyd, Discourse, 142.
[20] Warfighting, 4, 45.
[21] Warfighting, 72–73.
[22] Steve Maguire, “Yes, Maneuver is Alive. Ukraine Proves It,” The Wavell Room, 4 November 2022. Another example of maneuver warfare philosophy applied to what seemed a battle of attrition is Gen Graves Erskine’s 3d Marine Division’s action on Iwo Jima, summarized by then-Colonel Anthony Zinni: www.youtube.com/watch?v=YpsW_5_mqc0&t=3200s, starting at 1:31:06.
[23] Simkin, Race to the Swift, 37; Leonard, 48–52.
[24] T. E. Lawrence, “The Evolution of a Revolt,” U.S. Army Combat Studies Institute Reprint, 1990, 8.
[25] Boyd, Discourse, 112.
[26] Boyd, 115; and Lawrence, “Evolution of a Revolt,” 15.
[27] Boyd, Discourse, 114.
[28] Boyd, 45; Mark Cartwright, “Mongol Warfare,” World History Encyclopedia, www.worldhistory.org/Mongol_Warfare; and Dana Pittard, “Genghis Kahn and 13th Century Air Land Battle,” Military Review 66, no. 7 (July 1986).
[29] Lawrence, “Evolution of a Revolt,” 14–15.
[30] Lawrence, 7.
[31] Boyd, Discourse, 105, 135.



