ゲラシモフの防衛戦略 (mickryan.substack.com)
7月6日に紹介した、ウクライナと将来の軍のリーダーのための教訓に続いて、ロシア軍のウクライナでの戦争の今後の動向に関する退役豪陸軍少将ミック・ライアン氏の記事を紹介する。ウクライナにおけるロシアの特殊軍事作戦の総指揮を執っていると思われるゲラシモフ将軍の戦略に関するミック・ライアン氏の分析であり、ロシア軍とプーチンとの間に立つ優秀と言われる将軍の苦悩もうかがわせる。(軍治)
ゲラシモフの防衛戦略
受動的な防御とは言い難い
Gerasimov’s Defensive strategy
Hardly a Passive Defence
mickryan.substack.com
2023/07/24
プリゴジンの反乱(Prigozhin mutiny)後、初めて公開したビデオでのゲラシモフ(出典:@michaelh992) |
我々の南と東の土地にいるロシア軍は、我々の戦士を阻止するために全力を投入していることを、我々全員がはっきりと-可能な限りはっきりと-理解しなければならない。そして、1,000メートル進むごとに、我々の各戦闘旅団の成功のたびに、感謝に値する。
ウクライナのロシア占領軍はここ数カ月、守勢に回っているが、だからといって、ウクライナのあらゆるレベル、あらゆる地域で守勢に回っているわけではない。ウクライナにおけるロシアの特殊軍事作戦の総指揮を執っていると思われるゲラシモフ将軍は、防衛戦略(defensive strategy)を実施している。しかし同時に、戦術レベルや作戦レベルで攻撃的な活動も行っている。
ゲラシモフの最初の戦略的オプション:Gerasimov’s Initial Strategic Options
ゲラシモフの防衛戦略(defensive strategy)を探る前に、ウクライナが2023年の攻勢を開始した時点でゲラシモフに用意されていたオプションを確認しておこう。2023年6月の記事で、私はゲラシモフに可能な3つの大まかな行動指針(courses of action)を探った。プーチンは戦争を長引かせることに優位性を見出しているため、彼の戦略的オプションはかなり狭かった。そのため、ウクライナから奪取した領土を保持することが、ゲラシモフの戦略の中心とならざるを得なかった。
私が6月に確認したゲラシモフに可能な大まかな行動方針(courses of action)は以下の3つだった。
オプション1:屈しない(Hang Tough):ゲラシモフの最初のオプションは、当面はじっと耐え、ウクライナの攻勢の初期段階の展開を観察することだった。そのため、ゲラシモフはウクライナの主力がどこに集中するかを見極めるため、できるだけ長く待機したかったのだろう。ゲラシモフは、おそらく昨年のへルソン-ハリコフ間のワンツーパンチを意識して、陽動(feints)やその他のウクライナ側の欺瞞(deception)に目を光らせていただろう。
ゲラシモフにとって、現在占領しているウクライナの全領土を保持し、ウクライナの攻勢を吸収し、ウクライナの戦果を最小限に抑えることが望ましいオプションであったことは明らかだ。そうすることで、ゲラシモフはおそらく、ウクライナの攻勢が頂点に達すれば、今年後半にロシアが何らかの攻勢作戦(offensive operations)を展開するのに十分な戦闘力を保持することを望んだだろう。
オプション2:(更に)屈しない(Hang Tough(plus))。ゲラシモフの次のオプションは、オプション1のバリエーションであったが、ウクライナの弱点への限定的な攻撃的ジャブであった。これは、すでに弱体化している戦力から攻撃作戦のための戦闘部隊と支援部隊を編成する必要があるため、より複雑なオプションとなる。これはおそらくウクライナのインテリジェンス収集計画にすぐに現れ、ターゲットにされるだろう。オプションの一つではあるかもしれないが、ロシアは今年、攻勢作戦で大きな獲得を得るものをかぎつける勘(flair)を発揮していない。
オプション3:防衛の方向転換(Reorient the Defence) 。おそらく政治的に最も困難だが、軍事的には効果的なのは、クリミアとドンバス周辺のロシア防衛の方向性を変えることだろう。これは、ロシアが2022年2月以降に不法占拠した領土の大部分(すべてではない)を放棄することを意味する。そうなれば、ルハンスク、ドネツク、クリミアの3つの地域に防衛を集中させることになる。
そうすれば、前線を大幅に短縮し、ロシア軍にとって重要な移動予備を構成することができただろう。しかし、これではクリミアへの「陸橋(land bridge)」が消えてしまい、プーチンにとっては政治的に不可能である。これは、今後数カ月でロシア側に不利な状況に陥った場合の予備手段としては有効かもしれないが、現在の環境ではオプションとして好意的に考慮されることはないだろう。
ゲラシモフの反応:オプション2を実行:Gerasimov’s Reaction: Option 2 is Executed
ゲラシモフがオプション2に決めたことは明らかだ。彼の主な取組みは明らかに、ドネツクから西のへルソンに至るウクライナ南部の地盤を維持することだ。この地域はウクライナの経済的将来にとって不可欠な地域であり、ロシアがこの地域を占領することは、ウクライナが重要な鉱山や農地にアクセスすることを否定することになる。また、ウクライナがクリミアに対して長距離打撃(long-range strikes)を行ったり、ロシア占領下のクリミアに対して将来軍事作戦を展開できる位置まで前進したりする能力を低下させる重要な緩衝材にもなる。
ゲラシモフにはいくつかの支援の取組みがある。ひとつは、ウクライナの民間人をターゲットにしたドローンやミサイルによる打撃(strikes)である。最近では、オデーサに対する打撃(strikes)も含まれている。もうひとつの支援は、ウクライナ東部のバフムート周辺での防衛の取組みである。東部のウクライナ軍はバフムート周辺を獲得し、ますます有利な戦術的位置につけている。この活動の主眼は、バフムートの奪還ではなく、6月にワグネル・グループが撤退した後、現在そこで交戦しているより精鋭のロシア軍を追い詰めることにある。
ゲラシモフは全体的な防衛態勢を維持する一方で、ウクライナ北東部で一連の攻撃(series of attacks)(攻勢(offensive)と呼ぶには大げさすぎる)を開始した。ロシア軍はスヴァトフ-クレミンナ軸で攻勢作戦(offensive operations)を展開しているが、6月4日と7月23日の以下の2枚の地図が示すように、この軸でのロシアの進展は限定的である。
2023年6月初旬のルハンスク(左)と現在のルハンスク(右)(出典:ISW) |
とはいえ、ロシア軍がある程度の攻勢能力(offensive capability)を保持していることを示している。ゲラシモフは、ウクライナの占領地を保持するための全体的な防衛戦略(defensive strategy)において、完全に受動的であるつもりはない。ゲラシモフはドネツクでも攻撃(attacks)を開始し、ウクライナ参謀本部によれば、過去1カ月間にロシアの攻撃(assaults)はアヴディフカ、ネヴェルスケ、クラスノホリフカ、マリンカ、ノヴォミハイロフカ付近で撃退されたという。ルハンスクとドネスクの攻撃(attacks)は大規模なものではなく、ウクライナ領土の大部分を占領する可能性は低い。しかし、これらの地域でウクライナ軍を守勢に立たせ、南部での突破口を開くために控えている予備兵力の投入を引き出す可能性もある。最後に、ゲラシモフはプーチンの支持を維持するために、わずかな成功を収めようとしている。
ゲラシモフの評価:ウクライナ反攻の最初の7週間:Gerasimov’s Assessment: The First Seven Weeks of the Ukrainian Counter Offensive
ウクライナの戦闘力の大部分はまだ投入されていないが、ゲラシモフにはウクライナ南部と東部におけるウクライナ軍とその攻撃の実施(conduct of their attacks)を観察し、学ぶための7週間以上の時間があった。この戦争におけるゲラシモフのこれまでのパフォーマンスは、それほど印象的なものではなかったかもしれないが、彼でさえ、この7週間からいくつかの教訓を得ることができ、それを今後数カ月の間に自分の配置と戦術を適応させるために利用することができただろう。
このように、ゲラシモフはウクライナ攻勢作戦の最初の数週間からどのような気づきを得たのだろうか。もちろん、プリゴジンの反乱(Prigozhin mutiny)に対処し、自らの立場を強化し、ワグネルに親和的な将官をミニ粛清する合間に、何らかの学習を行ったことが前提である。
第一に、ゲラシモフはウクライナ南部の広範な防御陣地(defensive positions)を整備する取組みが報われたと安心したことだろう。ゲラシモフは、ドクトリン上の防御的な機動の計画(doctrinal defensive scheme of maneuver)を展開したことで、ウクライナの攻撃(attacks)を吸収しつつ、中期的にウクライナの戦闘力を低下させつつ、南部での戦闘力を維持するための息抜きができたと感じているのだろう。ウクライナ軍は南部で前進を続けているが、ゼレンスキー大統領が言うように、望むよりも遅々として進んでいない。中隊レベル以上の諸兵科連合作戦(combined arms operations)に課題があり、ウクライナ軍旅団の質にもばらつきがある。フランツ・ステファン・ガディとマイケル・コフマンが最近ウクライナを訪問した際の見解は、一読の価値がある。
とはいえ、ウクライナの前進が遅いために、ロシアはウクライナの戦闘部隊や支援部隊を消耗させる時間ができている。南方におけるウクライナの挑戦は、ロシアが「ウクライナの反攻は失敗した(Ukraine’s failed counteroffensive)」「ウクライナを支援することはいかに無意味か(how supporting Ukraine is pointless)」というメッセージで世界的な偽情報戦役(global disinformation campaign)を展開することも可能にしている。この戦略的メッセージは、7月21日の安全保障理事会でのプーチン自身の次のような発言によって強化された。キエフ政権の西側キュレーターたちが、現ウクライナ当局が数カ月前に発表した反攻作戦の結果に失望していることは、今日、明らかだ。少なくとも今のところ、結果は出ていない。キーウ政権に投入された莫大な資源、戦車、大砲、装甲車、ミサイルなどの西側兵器の供給、わが軍の戦線を突破しようと最も積極的に利用された何千人もの外国人傭兵やアドバイザーの派遣は、何の役にも立っていない。
第二に、ゲラシモフは南部の戦力の相関関係を注意深く観察している。南部のロシア軍は比較的フレッシュだが、ウクライナ軍はかなりの犠牲者を出している。ウクライナ側の焦点の一つは、ロシアの複雑な偵察・打撃(recon-strike complex)、特に野戦砲の劣化である。戦争初期には、ロシア軍は砲兵システムの数とそのための弾薬で大きな優位に立っていた。
しかし、西側の牽引砲、自走砲、ロケット砲システムの提供や、西側の精密弾薬、両用改良型通常弾(Dual-Purpose Improved Conventional Munitions :DPICM)の供給により、この優位性は著しく低下している。ゲラシモフは今後数週間、この砲兵システムの戦いを注視し、ウクライナがこの重要な戦場能力で総合的に優位に立つような転換点がないことを願っている。ロシアの砲兵の消耗がどのように進んでいるかは、2023年6月に入ってからのロシアの大砲の損失に関するグラフをご覧いただきたい。
(Source: www.ukr.warspotting.net) |
第三に、ゲラシモフは、ウクライナ軍がロシアの南部防衛組織(defensive scheme)をゆっくりと闘い抜く際に経験するかもしれない困難を悪化させ、引き出す方法を模索しているだろう。ゲラシモフがそこで成功を収めたと思えば、南部やの他の占領いたウクライナの地域に地雷原を含むさらに多くの防衛施設を建設することで、この「成功(success)」を強化するかもしれない。おそらくゲラシモフは、機械化された工兵車両を大量に配備する大規模なNATOプログラムがなければ、そしておそらく地雷原を迅速に除去・貫通する新しい方法がなければ、ウクライナの今後の進展は困難なままだろうと評価している。
とはいえ、英国、フランス、ドイツ、イタリアだけでも、250両以上の装甲工兵車両、250両近い車両敷設橋、500両の装甲回収車両を保有している(出典:The Military Balance、2021年)。しかし、このような西側の追加支援が実現したとしても、ウクライナ南部で確認されている旅団レベルの諸兵科連合の課題をいくつか改善するためには、大規模な集成訓練(large-scale collective training)が必要となる。
第四に、ゲラシモフはおそらく、ウクライナの攻勢が頂点に達した後のロシアの作戦のオプションについて考えていることだろう。彼の想定は、ウクライナが南部と東部で大きな突破口を開くことはないというものだろう。もしその想定が現実のものとなれば、ゲラシモフは今年後半、前線の他の地域での攻勢活動を検討することになるかもしれない。そして彼は、(ロシアから見て)失敗したウクライナの攻勢をきっかけに、停戦の申し出(offer of a ceasefire)が実行可能かどうかについて、ショイグやプーチンと話し合うことになるだろう。
とはいえ、今年ゲラシモフが展開した効果的でない攻勢は、兵士の死傷者数に加え、軍の弾薬と装備の膨大な割合を消費した。このため、ゲラシモフが現在あるいは2023年以降に攻勢活動を行うことは、完全に阻害されるわけではないが、制約されることになるだろう。
最後に、ゲラシモフはまだプリゴジンの反乱(Prigozhin mutiny)の余波にのまれているのだろう。個人的な評判への影響に対処しなければならないだけでなく、おそらくワグネルのシンパを根絶やしにする取組みの先頭に立っているのだろう。このことは、ウクライナにおけるロシアの指揮系統の上下の信頼に影響を及ぼしているだろう。
7週間が終わった後のこれからの長い道のり:Seven Weeks Down and a Long Way to Go
ゲラシモフにはまだ複数の課題がある。より高度な軍事戦略やロシアの軍事作戦の調整だけでなく、ロシア軍とプーチン大統領の間の政治・軍事的インターフェイス(politico-military interface)を提供し続けなければならない。
ウクライナにおける過去10年間の軍事改革と敗北を見事に生き抜いてきたゲラシモフ将軍は、ウクライナで現在の防衛戦略(defensive strategy)を実行し続ける可能性が高い。ウクライナにおけるロシア軍総司令官は、彼の計画によって、ウクライナ軍が南部のロシア軍防衛網を突破する前に終結することを望んでいることだろう。
ウクライナ側もロシア側も、北部の夏から秋にかけての長期の戦役(long campaign)を想定していただろう。2023年初頭のウクライナとロシアの参謀本部の戦略評価では、戦線の長さ、現地の各軍の規模、双方の目的達成への決意を考慮すれば、これは長期の戦役(long campaign)になると想定していただろう。それが現実となった。
両陣営とも、このウクライナの2023年反攻作戦(counter offensive)での最初の経験を経て、両陣営は、今後の長期にわたる軍事作戦のために、現状を把握し、学び、適応し、頭を下げたように見える。