ロシアのウクライナに対する戦争 -現代のクラウゼヴィッツ戦争の複雑性- ⑧国家・国民・軍隊の三位一体 ロシア・セミナー2024

前回の投稿「ロシアのウクライナに対する戦争 -現代のクラウゼヴィッツ戦争の複雑性- ⑦ロシアの帝国政策:理論と現実 ロシア・セミナー2024」に続いてロシア・セミナー2024の論文集の第8弾を紹介する。ロシア・ウクライナ戦争の長期化を支えるロシアをクラウゼヴィッツの「三位一体(trinity)」の観点で分析したものである。論考では、クラウゼヴィッツの戦争論は1920 年代のソ連の軍事理論(ドクトリン等)に影響を与えたことを示したのち、ロシアの三位一体(国民・国家・軍隊)をそれぞれの強さの点から分析し共生の関係にあるとしている。次に2022年2月から2024年2月までのロシアの特別軍事作戦を戦いの形態から分析し、「消耗戦(attrition warfare)」であるとし、ロシアの共生関係にある三位一体はこの戦いの形態に適合し戦略的強みとなっていると論じている。戦いの形態を、時間、空間、強さの要素から観察しており参考になると考える。(軍治)

ロシアのウクライナに対する戦争 -現代のクラウゼヴィッツ戦争の複雑性-

Russia’s war against Ukraine -Complexity of Contemporary Clausewitzian War-

8_国家・国民・軍隊の三位一体‐ロシア・ウクライナ戦争(2022– 2024年)における戦略的優位性

8_ THE TRINITY OF STATE, PEOPLE AND MILITARY – A STRATEGIC advantage IN THE RUSSIA-UKRAINIAN WAR 2022– 2024

ピーター・A・マトソン(Peter A. Mattsson)とヤコブ・シャピロ(Jakob Shapiro)

ピーター・A・マトソン(Peter A. Mattsson)博士はストックホルムの国防大学戦争学部の上級講師。

ヤコブ・シャピロ(Jakob Shapiroはストックホルムの国防大学戦争学部助手。

ロシア・セミナー2024におけるピーター・A・マトソン(Peter A. Mattsson)とヤコブ・シャピロ(Jakob Shapiro)のプレゼンテーションは、フィンランド国防大学(FNDU)のYouTubeチャンネル(https://youtu.be/P8VA1bT8ADs)5:40:12よりご覧いただける。

「敵に危険をもたらす者は、危険を撃退する者よりも優れた不屈の精神を示す。さらに、その結​​果、未知への恐怖が増す。敵の領土に侵入すると、敵の強みと弱みがはっきりとわかる」。

スキピオ・アフリカヌス(Scipio Africanus)[1]

はじめに

「軍事作戦の指導に対する政治の有害な影響について話すのは間違いである。害をもたらすのは政治の影響ではなく、間違った政策である。正しい政策は軍事作戦の成功にのみ貢献する」。

A.A.スヴェーチン[2]

本稿執筆時点で、ロシアとウクライナの戦争は2年以上続いている[3]。2022年2月の時点では、ウクライナもロシアも本格的な戦争を起こす力はなかった。当初、キーウ(Kiev)の政権転覆、ウクライナの軍事力低下、NATOの拡張阻止という政治的到達目標を達成するため、ロシアはキーウ、ハルキウ(Kharkiv)、ヘルソン(Kherson)の各都市に対して電撃戦(blitzkrieg)を仕掛けた。しかし、ロシアの電撃戦(blitzkrieg)は成功しなかった。ウクライナ国防軍は主要都市を守り、効果的な自衛を確立することに成功し、ロシア軍を主要都市から撤退させることに成功した。その後、戦争はウクライナ東部地域での陣地をめぐる戦術的な会戦に変わり、政治戦略的な消耗の戦争(war of attrition)が世界的な規模に拡大した[4]

この2年間の戦争の間、ロシアとウクライナの政治的・軍事的指揮の誤りによって、双方に大きな損害がもたらされ、軍司令部と軍産複合体には、軍事力を維持し、発展させ、更新するという、かつてない政治的・戦略的要求が同時に突きつけられた。本稿の冒頭でスヴェーチン(Svechin)は、我々の解釈では、軍事作戦は通常、現実的な政治的目標に基づいているときに成功すると述べている。ウクライナ・ロシア戦争は、健全な政治的目標によって方向づけられたものではなく、むしろ、双方の交戦国にとって非常に大きな物的・人的損失を伴う総力戦(total war)という形をとっている[5]。初期の破壊戦争から、資源を大量に消費する静的な消耗の戦争(war of attrition)へと発展した戦争である。このため、ロシア軍には政治的、戦略的にかなりの要求が課せられ、ロシア軍は望ましい政治的到達目標の達成に大きく貢献しなければならない。

したがって、本稿の主な目的は、カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)の軍事理論のいくつかの重要なコンセプトを適用して、ロシア国家(政治的力)、ロシア連邦軍(軍事的力)、ロシア国民(国民的力)の相互関係を論じることである。第二の狙いは、消耗戦(attrition warfare)がなぜソビエト連邦、そしてその後のロシアにおいてドクトリン上の方向性を示すようになったのかを説明することによって、現在進行中のウクライナ戦争におけるロシアの戦略的目標に消耗戦がどのように寄与しているかを論証することである。

本稿は、ドイツ語およびロシア語の一次資料の分析、ロシア国家の民間能力(ホモ・ソヴィエティカス(Homo Sovieticus1)からヴァトニク(Vatnik2)へ)と軍事能力の拡大に関する考察、ウクライナ戦争の経験的データに対するいくつかの重要な軍事理論コンセプトの検証、そして最後に、本稿の研究貢献となる著者らの結論で構成されている。マルチメディアもまた、我々の多角的な研究アプローチの一部である。

※1 ホモ・ソヴィエティカス(Homo Sovieticus)とは、ソビエト連邦をはじめとする東欧圏の平均的な順応主義者を指す蔑称である。ソビエトの作家アレクサンドル・ジノビエフ(Aleksandr Zinovyev)によって広められ、否定的な意味合いを持つようになり、ソビエトの政策の結果であると認識されるようになった。(参考:https://en.wikipedia.org/wiki/Homo_Sovieticus

※2 ヴァトニク(Vatnik)は、ロシアやソビエト連邦後の他の国家で、ロシア政府のプロパガンダを信奉する堅固な愛国主義者に対して使われる政治的な蔑称である。(参考:https://en.wikipedia.org/wiki/Vatnik)

歴史を振り返ると、帝政ロシアは世界大戦に敗れ、ペトログラードのボリシェヴィキ(Bolsheviks)は政治的・軍事的指導者に対する蜂起と革命を成功させた。1917年の革命後、ロシア赤軍は、外部の敵対国の支援を受けたロシア白軍と6年間にわたる血なまぐさい内戦を戦った。しかし、ボリシェヴィキ(Bolsheviks)は政治的、軍事的に勝利し、白軍を打ち破った。内戦後、ソ連の著名な軍事理論家たちは、戦争(war)と戦い(warfare)、ソ連の軍事ドクトリンと防御、軍隊を大規模な民衆軍(popular army)として編成すべきか、職業的戦闘部隊(professional fighting force)として編成すべきかについて議論した。クラウゼヴィッツの戦争の中心コンセプトのいくつかは、1920年代の軍事理論と実践をめぐるこうした闘争に関与していた[6]

カール・フォン・クラウゼヴィッツの不朽の影響力

それゆえ、戦争は、具体的なケースごとにその性質をいくらか変えるので、まさにカメレオンであるだけでなく、その全体的な現れにおいて、戦争に蔓延する傾向との関係において、奇妙な三位一体(Dreifaltigkeit)でもある、憎悪と敵意は、盲目的な自然本能とみなされ、確率と偶然の戯れによって魂の自由な活動となり、政治的道具の従属的性質によって単なる理性の餌食となる。

カール・フォン・クラウゼヴィッツの著書「戦争論(Vom Kriege)」[7]

カール・フォン・クラウゼヴィッツの著書「戦争論(Vom Kriege)」は、理論的にも実践的にも軍事理論に大きな影響を与えてきた[8]。同書は、軍事および民間の教育・研究において、ユニークかつ重要な位置を占めている。政治的手段としての戦争を理解する上でのこの本の考え方は、深い学問的な意味ではないものの、政治やビジネスにもある程度影響を及ぼしている[9]。「戦争論(Vom Kriege)」には、「戦争の本質と性質(the nature of war and the characteristics of war)」、「絶対戦争と現実戦争(absolute and real war)」、「戦争の術と学(art and science of war)」、「戦争における攻撃と防御(offensive and defensive in war)」など、弁証法的なスタイルで提示された、いくつかの重要なコンセプトが含まれている[10]

本稿の目標は、「素晴らしい三位一体(eine wunderliche Dreifaltigkeit)」として知られるクラウゼヴィッツの三位一体戦争論(trinity war theory)を分析し、1920年代のソ連の軍事理論に与えた影響と、2022年から2024年にかけてのロシア・ウクライナ戦争への影響について論じることである。クラウゼヴィッツは、戦争は3つの核心的要素、つまり憎悪と敵意(Hass und Feindschaft確率と偶然(Wahrscheinlichkeit und.. Zufall、そして政治的手段の本質(Natur eines politischen Werkzeugsから構成されると主張した。これらの要素は互いに補強し合わなければならない。戦争の最初の要素は国民(The first element of war is the Volk(国民:people)、将軍と軍隊(Feldherren und Heer(軍事指導者と軍隊:Military Leader and the Army)、そして 政治的目的と政府(Politischen Zwecke und Regierung(政治的目的と政府:Political purposes and the Government)である。

政治権力と呼ばれる政治指導者が戦争を始めようとする場合、市民を説得して参加させ、敵として知られる相手側に自分たちの意志を押し付けるために暴力の道具を用いなければならない。軍隊の指揮官とその部隊は、三位一体(trinity)の軍事力を代表する政治的暴力の道具として機能する。政治権力は、憎悪と敵愾心を煽ることによって、軍事的暴力体制を支持する方向に民意を形成することを狙いとしている。非軍事的な人々は、勤勉さと犠牲によって戦争に貢献することが期待されている。軍は政治的意思に従うことが期待される。

ロシアの視点から見ると、政治指導者は軍と国民を統制し、影響を与えようと努力する。20世紀における革命戦争の歴史的経験は、真の権力を獲得するためには、政治的扇動、プロパガンダ、教化、経済的没収、恐ろしい恐怖の手法が重要であることを示していた。ソ連の指導者たちは、こうした革命前の経験から学ぶことをためらわなかった。国家が中心的な焦点となり、政治的、抑圧的な方法と組織の革新によって、次の世紀も維持された。ソ連の指導者たちは、クラウゼヴィッツの戦争の3つの核心的要素を用いて、国民、歴史、国家を形成し新世紀に大きな影響を及ぼした。

1920年代のソ連軍事理論家たちの大闘争

1920年代、ロシアの軍事理論家になるのはかなり危険なことであった。それは、彼らがいかに深刻なテーマを論じていたかを物語っている。議論の背景には、1905年の日露戦争、第一次世界大戦、ロシア内戦、ポーランド・ソビエト戦争など、20世紀初頭にロシア軍、後のソ連軍を苦しめた一連の敗北と苦難があった。理論家たちの間で共通していたのは、ソ連軍に対抗するために新しく改良されたソ連軍が必要だということだった。分裂は、多くの血が流された細部にあった。最終的に勝利した最も重要な考え方は、シャポシニコフ(Shaposhnikov)のSTAVKA3の考え方であり、今日に至るまでロシアにとって決定的な要因となっている。STAVKAの考え方は、フォン・クラウゼヴィッツの三つ組(triad)の考え方や消耗戦の考え方に大きな影響を与えている。長期的な権力の垂直統合、あるいは文民と軍の中央集権的な指揮は、ロシアに一定の利益をもたらす[11]

※3 スタブカ(Stavka)(ロシア語およびウクライナ語: Ставка、ベラルーシ語: Стаўка)は、かつてロシア帝国とソビエト連邦で、現在はウクライナで使われている軍隊の最高司令部の名称である。帝政ロシアでは行政幕僚を、19世紀末の帝政ロシア軍では総司令部を、その後のソビエト連邦では総司令部を指す。西側の文献では、頭字語ではないが大文字(STAVKA)で書かれることもある。スタブカ(Stavka)は、そのメンバーや司令部の所在地(原義は古いロシア語のставка「テント」)を指すこともある。(参考:https://en.wikipedia.org/wiki/Stavka)

フルンゼ – 統一軍事ドクトリンとソ連軍

ミハイル・フルンゼ(Mikhail Frunze)(1885-1925)は、共産主義指導者の間では、実行と政策に関して非常に独創的で、ほとんど異端的な見解を持っていることで知られていた。彼は、複雑な軍事的目標を成功裏に追求し、共産党が非合法であった時期にも耐え抜いたことで、同志たちの尊敬と称賛を集めた。フルンゼ(Frunze)は、彼の軍事ドクトリンについて記憶している人もいる。

フルンゼ(Frunze)は、20世紀の新しいタイプの戦い(new type of warfare)には新しい軍事科学が必要だと指摘する。ソビエト・ロシアは経済的にも政治的にも未発達の国であり、その軍隊には新しい近代戦争を闘うための軍事科学的知識が欠けている。旧帝国主義の参謀本部には強力な軍事ドクトリンがなく、小規模な戦争しか闘った経験がなかったため、20世紀初頭には回避可能な敗北を何度も喫している。このため、新しい大量戦(mass warfare)に適応した統一的で新しい軍事科学的なドクトリンが強く必要とされる。そうでなければ、ソビエト・ロシアはこれまで苦しめられてきた連敗を続ける危険性がある。ドクトリンは必然的に統一されたものでなければならず、権力者である社会階級の統一された意思の表現でなければならない。また、軍事思想(military thought)の統一だけでなく、軍事組織と政治組織の統一も必要である。統一ドクトリンの焦点は、ソビエト・ロシアを、プロレタリアートの意志の表現として、国家全体の狙いに従って、技術的領域(technical sphere)(ロシアは技術的に近隣諸国より劣っている)でも政治的領域(political sphere)(ロシアは政治的にも近隣諸国より弱い)でも発展させることである[12]

トロツキー – 軍事ドクトリン、あるいは想像上の軍事ドクトリン

レオン・トロツキー(Leon Trotsky)(1879-1940)は、初代人民軍事海軍委員であり、赤軍(Red Army)の創設者である。正統的なマルクス主義(marxist)の立場から、さまざまな政治的・文化的テーマについて執筆。彼の主な考え方は永続革命の考え方であり、それは軍事ドクトリンの問題についての彼の分析に見ることができる、そこで彼はフルンゼ(Frunze)の統一軍事ドクトリンの考えに対する分析的批判を表明している。

トロツキー(Trotsky)は、フォン・クラウゼヴィッツの有名な格言「戦争とは、他の手段による政治の継続である(War is continuation of politics, by other means)」に言及することで、ドクトリンに関する彼の見解を紹介している。トロツキー(Trotsky)は、マルクス主義そのものが、戦争と社会における軍隊の組織について明確な理論を与えていないとしながらも、「戦争が他の手段による政治の継続であることが真実であるならば、軍隊は、銃剣を持っただけの、社会国家組織全体の継続であり、冠である」と言う。トロツキー(Trotsky)は、軍事ドクトリンの必要性に懐疑的であり、その代わりに、軍事問題については、教条的な規定(dogmatic provisions)の総体としての「軍事ドクトリン(military doctrine)」からではなく、労働者階級の自衛の必要性に関するマルクス主義的な分析(Marxist analysis)から進めると述べている。トロツキー(Trotsky)は、イギリス、フランス、ドイツ、米国の軍事ドクトリンは時代とともに変化し、特定の歴史的文脈における政治的狙いと可能性から導き出されると指摘している。例えば、イギリスは海軍帝国であったが、世界政治が変化したため、やがてその力を失い、同じことは、19 世紀にまずアジアに、そして 20 世紀にはヨーロッパに介入したことにより、孤立主義から帝国主義の軍事ドクトリンへと移行した米国の台頭についても同じことが言える。

トロツキー(Trotsky)とネズナモフ(Neznamov)は、軍事ドクトリンについて、国民の戦争観、世界革命のために闘う意欲(willingness to fight for the world revolution)、軍事的・政治的組織の全体的かつ有機的な見方として、同じマルクス主義的理解(marxist understanding)を共有している。トロツキー(Trotsky)は、国際的政治的現象としての戦争と作戦的戦略的現象としての戦争を明確に区別することによって、フルンゼ(Frunze)の統一ドクトリンの考えを批判している。戦争は攻撃的なものだけであってはならず、時には、戦略的撤退も必要である。例えば、ロシア革命の時、赤軍は、ロシア帝国の他の領土で革命を勝利させるために、ポーランドやバルト三国を放棄しなければならなかった。これは、攻撃戦(offensive warfare)に対し防御戦(defensive warfare)、政治的作戦に対し軍事的作戦とい​​うマルクス主義の弁証法に該当する。トロツキー(Trotsky)は、ソ連は、複雑な国際政治環境の中で、経済的、政治的に未発達な革命国家であり、軍事ドクトリンの見解を単純な規則やドクトリンの集合に還元することはできず、その代わりに、プロレタリアートを利用して、世界革命の狙いのために目前の問題に取り組むことができる、優れた、分析的な軍事的、政治的指導力を必要としていると結論付けている[13]

スヴェーチン – 戦略的要因と消耗戦

アレクサンダー・スヴェーチン(Aleksandr Svechin)(1878-1938)は、ロシアとソ連の軍事指導者、軍事作家、教育者、理論家であり、軍事的古典「戦略(Strategy」の著者である。スヴェーチン(Svechin)は、ソ連軍には軍事思想(military thought)が欠如していることを認めている。根本的な変革が必要であり、それは新しい軍事教育学、統一されたドクトリンではなく「心のドクトリン(doctrine of the heart)」によってなされなければならない。この「心のドクトリン(doctrine of the heart)」は、活動を目指し、勝利を育むものでなければならない。スヴェーチン(Svechin)は、スヴォーロフ4のドクトリン(Suvorovan doctrine)に対する薬漬けの理解(Dragomirovan understanding)に言及している。スヴェーチン(Svechin)にとってのドクトリンとは、トロツキー(Trotsky)やネズマノフ(Nezmanov)にとってのドクトリンのように、エリート主義的な科学的プロジェクトではない。軍事術(military art)の開発とその習得が最も重要であり、軍事科学そのものではない。軍事術(military art)が習得されてはじめて、統一された軍事ドクトリンと軍事科学が存在しうるのである。スヴェーチン(Svechin)によれば、それまでは、各兵士と各部隊は独自のドクトリンを開発し、それを習得しなければならない。

※4 スヴォーロフとは、イタリア皇太子アレクサンドル・ワシリエヴィチ・スヴォーロフ=リムニクスキー伯爵(1729年11月24日または1730年5月18日-1800年5月6日)は、ロシア帝国に仕えたロシアの将軍、軍事理論家。(参考:https://en.wikipedia.org/wiki/Alexander_Suvorov)

現代ロシアの軍事論議において、アレクサンダー・スヴェーチン(Alexander Svechin)は重要な地位を占めており、彼の戦略観、戦略的要因の重視は、常に独自の作戦として考慮されるべき軍事作戦に大きな影響を与えている。第一に、彼は軍事戦略と政治的目標の整合性を強調し、政治的目標と軍事的目標を支える経済的要素を統合する必要性を説いている。第二に、政治的・軍事的目標を支持するためには、国民の意志と士気の一致が必要である。第三に、政治的目標を達成するためには、外交とグローバルな取り組みが必須である。第四に、この政治的・軍事的共生を達成するためには、中央集権的な国家権力の手段であるSTAVKAが必要である。

この見方からは、消耗戦(attrition warfare)と戦略的要因(strategic factors)が中心となるスヴェーチン(Svechin)の物質主義的、大衆主義的な影響が見て取れる[14]

ネズナモフ-国民の戦争と決戦

アレクサンダー・ネズナモフ(Aleksandr Neznamov)(1872-1928)は、集団軍(mass armies)による戦争の本質と性質、戦争の計画策定と遂行、軍事術(military art)における新しい現象としての作戦の本質について書いた。彼はまた、目的とデザインの統一によって一体化された会戦と会戦の集合としての作戦の理論を実証し、1つの軍隊と軍隊の集団の連続的な作戦という考え方を提唱した。ネズナモフ(Neznamov)は主著「現代戦(Modern Warfare)」の中で、軍隊の作戦の本質を明らかにしようとした。ネズナモフ(Neznamov)は著作を執筆する際、明らかにマルクス主義(Marxist)の階級観の影響を受けている[15]

ネズナモフ(Neznamov)の見解によれば、真のドクトリンと純粋に理論的なドクトリンとの間には違いがあり、したがって、決戦(decisive battles)という伝統的な純軍国主義的な考え方と国民の戦争(people’s war)という考え方との間にも違いがある。ネズナモフ(Neznamov)によれば、真のドクトリンとは国民の戦争の考え方である。ネズナモフ(Neznamov)は軍事ドクトリンという考え方に階級的な視点をもっている。ネズナモフ(Neznamov)によれば、真の軍事ドクトリンとは、要するに、プロレタリアートの戦争観と戦争の実装であり、言い換えれば、国民の戦争である。それは有機的で全体的な歴史的産物であり、単純な文書では表現できない。軍事ドクトリンは、兵士の手引書や軍上層部の統治文書に至るまで、数多くの政治的・軍事的文書や考え方の中に表現されている。ネズナモフ(Neznamov)はこれを、彼によれば決戦の考え方に基づくアカデミックでエリート主義的な戦争理解と重ね合わせる。これは高級将官や政治家によって書かれた軍事科学的な文書であり、実際の戦争とはほとんど関係がなく、またネズナモフ(Neznamov)によれば、世界中のすべての軍司令部で非常に類似している[16]

シャポシニコフ-国家と軍隊の中央集権化

ボリス・シャポシニコフ(Boris Shaposhnikov)は野戦元帥兼参謀総長で、ニコラエフ参謀アカデミー(Nikolaev General Staff Academy)で学んだ旧帝国軍将校であり、第一次世界大戦に参戦して負傷した。1917年に革命に参加したが、政治的イデオローグを表明していなかったため、共産党への入党は1930年と遅かった。スターリン(Stalin)の最も信頼する将校の一人であった。同志と姓の代わりに名と姓で人を呼ぶ旧ロシア式の呼び方をした数少ない人物の一人。

シャポシニコフ(Shaposhnikov)は、戦争を帝国主義戦争とプロレタリア戦争の2つに分類した。帝国主義戦争はエリートを富ませることを狙いとしたブルジョアジーの戦争であり、プロレタリア戦争は世界革命を推進することを狙いとした戦争である。シャポシニコフ(Shaposhnikov)はクラウゼヴィッツを敬愛し、彼を軍事学の「ナポレオン(Napoleon)」と見なしていた。彼の中央司令部の理論またはSTAVKAの理論は、クラウゼヴィッツの「政治と戦争の関連性の理解」に触発されたものである。シャポシニコフ(Shaposhnikov)は、マルクス(Marx)とエンゲルス(Engels)は偉大な歴史家ヘーゲル(Hegel)と偉大な軍事学者クラウゼヴィッツの両方からインスピレーションを受け、マルクス主義(Marxism)を創始したのだと考えている。シャポシニコフ(Shaposhnikov)は、レーニン(Lenin)もまたマルクス(Marx)とエンゲルス(Engels)の著作の中でクラウゼヴィッツの重要性に気づいており、レーニン(Lenin)自身もまたクラウゼヴィッツに触発されていたという事実に言及している。シャポシニコフ(Shaposhnikov)自身も、モルトケのクラウゼヴィッツに対する見解(Moltkes view of Clausewitz)を引用し、「戦争は、他の手段による政治の継続であり、戦略は悲しいかな、政治から切り離されたものではない、なぜなら、政治はその到達目標を達成するために戦争を利用し、戦争の開始と終結に決定的な影響を及ぼすからである」と述べている。したがって、STAVKAは政治的な部分と軍事的な部分の両方で構成される必要があり、計画策定にはその両方が含まれる必要がある[17]

1929年に「陸軍の頭脳(The Brain of the Army)」という著作を著し、共産主義的(進歩的)戦争の新しい形態、政治戦(political warfare)、経済戦(economic warfare)、軍事戦(military warfare)の関連性、強力で中央集権的な軍事・政治指導部を創設する必要性について述べている。このリーダーシップは、主にスヴォーロフ・アカデミー(Suvorov Academies)を通じた軍事的・愛国的教育によって生み出されることになる。ソ連とプーチンのロシアには、教会、学校、博物館、新聞など、あらゆるものを含む広範な軍事愛国教育プログラムがある。ソ連とロシアには、かつてスタブカ(Stavka)として知られていた国家指導者センターがある。

ソビエト-ロシア国家の三位一体

ロシア国民の力

カール・フォン・クラウゼヴィッツは戦争の道徳的力について研究した。道徳的な力は、軍事紛争における摩擦を克服する道具となりうる。ロシア政府もまた、「伝統的価値観(traditional values)」という道徳的な力を、軍事的・政治的努力の双方において、国内的にも世界的にも重要な要素であると解釈している。政府は、伝統的価値を軍事文書における参照対象としてだけでなく、帝政ロシアとソビエト連邦の権力を維持するために必要であったように、政治的軍事的狙いの正当化の源泉や大衆を動員する手段としても用いている[18]。ロシア連邦の伝統的価値は、国の安全保障において世界的な脅威にさらされていると見られている。このことは、2021年からの国家安全保障戦略で確認することができる。

「ロシアの伝統的な精神的、道徳的、文化的、歴史的価値は、米国とその同盟国、そして多国籍企業、外国の非営利非政府組織、宗教団体、過激派組織、テロ組織によって、積極的な攻撃を受けている。彼らは、ロシア連邦の人々の伝統、信念、信条に反する社会的、道徳的態度を広めることによって、個人、集団、国民の意識に情報的、心理的影響を及ぼしている」[19]

これらの価値観はまた、国内的にも世界的にも、ロシア連邦にとって不可欠な発展資源とみなされている。ロシア人はこれらの価値観を、国際関係においてもロシア国家においても不可欠なものだと考えている。ロシアはまた、これらの価値観はそれ自体に価値があり、リベラルな価値観よりも優れていると考えている。このことは、国家安全保障戦略の次の一節に見ることができる。

「世界秩序の新たな構造、ルール、原則の形成は、ロシア連邦にとって新たな課題と脅威だけでなく、新たな機会の出現を伴っている。世界におけるロシアの長期的な発展と位置づけの見通しは、その内的潜在力、価値体系の魅力、行政の効率化によって競争上の優位性を実現する準備と能力によって決まる」[20]

2021年からの国家安全保障戦略では、さまざまな伝統的価値が定義されている。これらの価値観は、さまざまな生活を包含するものであるため、空間、人、時間を超えて、価値観によって分断されるのではなく、価値観によって一体化されるという、全体的、包括的、有機的な社会観を生み出すものである。また、これらの価値観は具体性に乏しく、個人に縛られない普遍的なものであるが、その一方で、地球上のどの国も似たような価値観を共有している可能性が高い。

「ロシアの伝統的な精神的・道徳的価値には、何よりもまず、生命、尊厳、人権と自由、愛国心、市民権、祖国への奉仕とその運命に対する責任、高い道徳的理想、強い家族、創造的労働、物質的なものよりも精神的なものを優先すること、ヒューマニズム、慈悲、正義、集団主義、相互扶助と相互尊重、歴史的記憶と世代の連続性、ロシア諸民族の団結が含まれる。ロシアの伝統的な精神的・道徳的価値観が、多国籍・多民族のこの国をひとつにしている」[21]

ロシア連邦政府が伝統的価値観とみなし、人権や自由のような普遍的価値観とどこで乖離しているのか、その輪郭は先の文章で見ることができる。しかし、より明確にするために、保守的な哲学的観点から科学的・学術的文献からこれらの価値を明確に定義している別の資料を参照することにする。この文献はまた、より具体的で、よりロシア的な哲学用語や宗教用語を用いており、政治的で普遍的なものではない。

「感性的なメシアニズム(主の計画を実現するために生きることと定義される)、ロシア人の主な性質としての主への信仰、ロシアの伝統と歴史に対する忠実さ(ロシアの規範、ロシアの聖なる伝統、「ロシアの聖なる霊的な父と修道士の道」に対する忠実さ)、真理、真正性、正義に対するコンセプト的な固有の理解(「ロシアの思想」)、ソボルノスチ」(ロシアの人間、社会、政治生活の完全性と定義)、自己犠牲、献身、利他主義に対するロシア人の素質、思索的、精神的、終末論的な思考のパラダイム、自己批判、自分の弱点や欠点の告白と誇張に対するロシア人の心構え、国家主義と大国の地位(「国家としての地位」と「力」)」[22]

伝統的価値観は、政府機関、国営メディア、国営愛国団体やNGO、正統派教会、立法府などを通じて大衆を動員する作業の基礎にもなっている[23]。この動員の狙いは、国民の戦争への備えを高め、戦争に勝利することだけでなく、国民全体の士気を高めることでもある。クラウゼヴィッツ理論は、軍事的勝利と道徳的勝利を分けている。軍事的勝利は短期的なものであり、道徳的勝利は長期的なものである。クラウゼヴィッツはナポレオン戦争の分析において、三位一体(trinity)の考え方、軍事的勝利と政治的勝利を用いて、なぜナポレオンが容易に敗北したプロイセン軍よりも成功したのかを示している。クラウゼヴィッツはここで、三位一体だけでなく、信仰や宗教の重要性も指摘している。伝統的価値観は、正統派の宗教に基づくもので、内在的、神秘的、解放的な性質を帯びており、長期的な道徳的勝利の確率を高めるのに役立つ。これらの伝統的価値観はまた、現在のリベラルな政治秩序に代わる政治的選択肢を生み出す。ロシア正教の信仰と伝統的価値観は、歴史崇拝(帝国とソビエトの両方)と結びついて、一種の国家イデオロギーの基礎を形成している[24]

ロシアの軍隊は、公式行事、聖人、朗読、祝福、通過儀礼、浄化行為、聖なる物など、正統派の儀式を用いる。その最も有名な例のひとつが、核ミサイルの祝福と浄化の儀式である。ロシアの核兵器部隊にも、祈りを捧げる聖人セラフィム(Saint Seraphim)5がいる。その他の例としては、教会や聖堂の建設、特にロシア軍の主聖堂(キリストの復活の聖堂、2020年完成)、定期的な説教、悔恨の行為などが挙げられる[25]

※5 「セラフィムSeraphim」とは、旧約聖書に記されている神に仕える最高位の天使・熾天使のこと。六つの羽をもち、複数で飛び交い、神の栄光をたたえ、全知を体現し、預言者たちに言葉を与えたとされる。(参考:https://www.ongakunotomo.co.jp/)

ロシアの軍隊の力

ロシア軍には、軍事的・政治的脅威を抑止し、ロシア連邦の経済的・政治的利益を支援する使命がある。さらに、非戦闘作戦に備え、汎用目的戦力と核戦略部隊の作戦能力と可用性を維持する必要がある。軍隊は、局地的、地域的、大規模な戦争を含む武力紛争に従事するために訓練されている[26]。武力行使の目的は、ロシア連邦の安全を確保することである。ロシア軍は、5つの軍管区と5つの作戦司令部に組織されている。ロシア軍参謀本部は、ロシアとウクライナの紛争に関する総合的な中央指揮統制機関である[27]

「ミリタリー・バランス2024」では、ロシア軍は110万人の人員で構成され、さらに150万人の戦略予備役がいるとされている。ロシア軍は、地上部隊50万人、海軍14万人、航空宇宙部員16万5000人、戦略ミサイル部員5万人、空挺部隊3万5000人、特殊作戦部員1000人、鉄道部員2万9000人、指揮支援部員18万人、憲兵隊・準軍事部員55万9000人で構成されている[28]

2014年のロシア軍事ドクトリンは、武力防御に対する国の姿勢とその準備を概説している。現在の軍事ドクトリンには、防御のための軍事経済部門が含まれている。そのタスクは、平時、侵略の脅威が差し迫っている期間、および戦時において、軍事政策を実施し、軍事組織のニーズを満たすために必要なレベルで、国家の軍事経済的・軍事技術的潜在力を持続的に発展させ、維持することである。軍隊に兵器、軍事装備、特殊装備を装備するには、ハイテクで持続可能な多産業部門としての軍産複合体の発展が必要である。

イスラエルの軍事研究者ウド・ヘヒト(Udo Hecht)によれば、ロシアとウクライナの紛争は、近代技術に支えられた高強度戦争(high-intensity warfare)という西側の支配的な軍事理論に疑問を投げかけたという。この紛争は、サイバー戦(cyber warfare)や高精度兵器(high-precision weapons)、プロの契約兵士による小規模な地上部隊によって勝利したわけではない。軍事力、ドクトリン、作戦環境は、NATOや他の西側諸国とは異なっていた。大量の旧ソ連型兵器が戦場に大きな影響を与えた。しかし、垂直や非対称的なドローン戦(drone warfare)の使用も、戦争に信じられないような効果をもたらした。その結果、ロシアとウクライナの人的資源(manpower)の死傷者数が多くなり、軍部隊や装備の損失も大きくなった[29]

ロシアの軍需産業でさえ、これらの損失と使用された膨大な量の弾薬を交換することはできなかった。中国、イラン、北朝鮮などの外部の売り手(external vendors)が、ロシア軍の作戦在庫の一部を回復するのに役立った。対照的に、ウクライナは開戦以来、外部からの経済・軍事援助に頼っており、現在、弾薬と人的資源(manpower)を緊急に必要としている。イギリスの研究者ワトリング(Watling)とレイノルズ(Reynolds)は、ロシアの軍事的目標達成能力と今後2年間の軍事能力について批判的な見解を示している。彼らによれば、ロシアの軍産複合体は深刻な品質と生産性の問題に直面しているという[30]。他の情報源は、ロシアには巨大な軍需産業能力があり、したがって大量の軍備と軍需品の生産に問題はないと主張している。民間の工場はソビエト規格であり、民間生産から軍事生産への転換は容易である[31]

2004年の「ロシア軍白書(White Paper on the Russian Military)」には、ロシア国家が2020年代に向けて打ち出した方向性が明確に記されている。博物館への学校訪問や退役軍人との面会は、戦争とその必要性を組織的に内面化したものと理解できる。現在ロシアでは、愛国的な青年軍事団体[ロシアの主要都市すべてに存在]への若い市民の参加、士官候補生学校の急速な拡大、民間青年学校での士官候補生クラスの設置、3年生から11年生までの民間軍事訓練の義務化、そしてとりわけ、2023年までに100万人以上の若者を含むと予想される青年軍隊を通じて、このようなことがより広範囲にわたって行われている。

ロシア国家の力

ロシア政権の安全保障を最大化するという目標は、ロシアとソ連の長い伝統の一部である[32]。それは軍事的な手段であることもあれば、非軍事的な手段であることもある。ウクライナでの戦争は、ロシアにとって西側周辺部により安全な国境を作ることになる。ロシアはまた、保守的な価値観と多極的な世界秩序を広めることで、西側の自由主義に代わる政治的な存在になりたいと考えている。G8はロシアのガスと石油に一部依存しているからだ。2023年、ロシアは名目GDPで世界第11位、購買力平価(PPP)で世界第6位、世界銀行で世界第5位の経済大国となった。したがって、ロシアの政治的野心と能力が西側の専門家によって過小評価されがちであることは明らかだ。

ロシアの経済力と政治力を理解することの複雑性は、その国の大きさにも起因している。ロシアは国土面積で世界最大の国であり、石油、天然ガス、鉄、ニッケル、ウラン、魚、ビートなどの天然資源に非常に恵まれている。しかし、世界で最も不平等な経済のひとつでもある。この不平等は、国家による将来への脅威としても理解されている。それでもロシアは、世界中で使用されている核、軍事、宇宙技術を大量に生産してきた。確立されたソ連の産業基盤は、ロシアの軍事生産にとって大きな恩恵となっている。なぜなら、これらの工場は容易に拡張できるように建設されており、民間の平時の生産から軍の戦時生産に転換することもできるからだ。

また、ロシアは指令経済(command economy)であり、透明性が低いため、自由主義市場経済よりも統計的な分析が難しい。しかし、指令経済が、特に効果的なリーダーシップと組み合わさった場合、自由主義市場経済よりも良い結果を残すことがあるのも事実だ。アジアの4つの虎やドラゴンはその一例である。シンガポールと韓国は、どちらも元独裁政権(ex-dictatorships)または独裁国家(dictatorships)であるため、比較対象としてより興味深い例である。経済的発展と政治的発展が連動する必要はないという点を証明している。中国経済の奇跡も同様の例である。

ロシア国家は、大衆監視(mass surveillance)[33]、批判的なメッセージの検閲(censorship of critical messages)[34]、テロリストや外国のエージェント/NGOとの闘い[35]などの手段を通じて、政治的、宗教的、その他の反対勢力を抑圧している。特にロシアの若者は傷つきやすく、それゆえ外国のメディア、宗教、国際NGO[36]によって敵対的な外国からの「堕落した(depraved)」「危険な(dangerous)」影響から守られるべきであると考えられている。ロシア政府は、2018年にプーチン大統領の4期目の任期が始まって以来、少なくとも116,000人のロシア人を政治的な理由で刑事告発や行政告発の対象とした。これは、スターリン(Stalin)の時代以来、政治的反対意見に対する最大の取り締まりである[37]。ロシアは人口問題を抱えているが、この問題はほとんどの西側諸国とは異なっていない。その上、ロシアは移民率が高いが、それを補うように南や東からの移民が多い。現政権はこれをロシアの将来に対する脅威と見ているが、ロシア国家もまた、ロシアが歴史を通じて移民と移住の国であったことを認めている[38]

ロシアとソビエトの帝国史は過去のものではなく、現代世界にも存在している。ロシアの政治的、軍事的、人的資源は、ラテン米国からアフリカの奥地、アジアの幅、ヨーロッパの中心部まで、地球上のあらゆる場所に広がっている。したがって、ロシア国家とその野望の終着点に明確な線を引くことは容易ではない。ロシアは歴史上、この30年間で400年の歴史よりも多くの領土を失ったが、その影響力は依然として広く及んでいる。

2022年2月から2024年2月までのロシア・ウクライナ戦争

ロシア・ウクライナ戦争は2014年2月に始まったが、8年後の2022年2月には本格的な軍事紛争(full-scale military conflict)に発展した。ウクライナ側から見れば、ロシアの残忍な軍事的侵略と見なされ、開戦初日に総動員が行われた。紛争を通じて、ウクライナ軍は主に防御と存亡をかけた会戦に従事した。2022年2月21日、ロシア安全保障理事会は軍事作戦を「特別軍事作戦(Special Military Operation)」と表現し、多数の予備役の動員による内政上のリスクから、全軍の動員を回避した。しかし、この特別軍事作戦は短期間で成功するよう計画されていたため、多数の軍を動員する必要はなかった。

クラウゼヴィッツは、絶対戦争(absolute war)と限定戦争(limited war)の違いについて論じた。この違いは、交戦国双方の戦争の狙いを分析することができる。最初のウクライナの戦争の狙いはロシアの侵略から国を守ることであり、2番目は2014年にロシアに占領された領土をすべて取り戻すことであり、3番目はロシアの政治的・軍事的指導者を戦争犯罪の罪で裁判にかけることであった。ロシアの3つの戦争の狙いは、ウクライナの政治力を無力化し、ウクライナの軍事力を低下させ、ウクライナの中立性を確保することだった。開戦時、ロシア軍は15万から18万人、ウクライナ軍は40万人と推定されていた。装甲車、砲兵、航空機、艦艇による兵力の相関関係は、ロシアに大きな優位性をもたらした。戦争は数週間も続かないと考える専門家も少なくなかった。

ロシアとウクライナの戦争がどのように始まり、2年の間に発展したのかについて、さまざまな情報源がさまざまな分析と解釈を示している。直接的な情報源はウクライナ国防省とロシアである。しかし、どちらも客観性に乏しく、積極的な戦略的宣伝手段として理解できる。より信頼できる他の情報源は、戦争研究所(Institute of the Study of War)、Russia Matters、英国防省(Ministry of Defense UK)、ロイター(Reuters)である[39]。このロシア・ウクライナ戦争における主要な戦役の説明では、バル=イラン大学のベギン=サダト戦略研究センター(BESA)の視点と洞察を用いることにした。本稿では、ベギン=サダト戦略研究センター(BESA)の研究論文で述べられている5つの戦役に、第6の戦役(ロシアの反攻)を加えた[40]

2024:2022年2月から2024年2月までのロシアの「特別軍事作戦」

1. 2022年2月から2022年3月の特別軍事作戦

最初の戦役は「特別軍事作戦」で、ロシアの「電撃戦(blitzkrieg)」の機動が複数の戦線で迅速に展開された。ウクライナの防御は成功し、作戦の計画策定と実行におけるロシア軍の無能さは、キーウとハルキウの戦線における戦略的敗北と失敗に大きく影響した。ロシアは、迅速な軍事的勝利を達成するために、大量のロシア戦術部隊と連携していない限られた数の戦略部隊を投入して機動戦(maneuver warfare)を行うという決定を下したが、高い意欲と戦術的熟練度を持つウクライナの防御部隊に対する戦略的ミスであった。

2. 2022年4月から2022年7月の東部ウクライナにおけるロシア主たる取組み

ロシア軍がキーウ戦線から撤退し、ウクライナ東部での軍事作戦に集中したのが第2次戦役の始まりだった。この段階では、通常のロシア軍のドクトリンに従った古典的なロシアの諸兵科連合戦(combined arms warfare)が見られた。第1次戦役で見られた、分散した戦力不足の戦術会戦グループ(tactical battle groups)6による縦深打撃というコンセプトは、偵察戦術と作戦攻撃の集中、小規模で分散した突撃部隊の使用に取って代わられた。ロシアが選択した約1,000キロに及ぶ前線に沿った陣地戦(positional warfare)は、ウクライナ軍を疲弊させ、第2次戦役を生き残るためには、迅速な兵力補充とNATOによる軍用兵器・弾薬の増援が必要だった。

※6 ロシアの2014年のクリミア侵攻時に話題となった大隊戦術グループ(Battalion Tactical Group: BTG)のことを指していると思われる。これは、Reflections on Russia’s 2022 Invasion of Ukraine: Combined Arms Warfare, the Battalion Tactical Group and Wars in a Fishbowl ; https://www.ausa.org/publications/reflections-russias-2022-invasion-ukraine-combined-arms-warfare-battalion-tactical 邦訳「ロシアによる2022年のウクライナ侵攻に関する考察 www.ausa.org」で触れられていることと同様の意味合いであろう。

3. 2022年8月から2022年10月のウクライナの反攻

第3次戦役の間、ウクライナ軍は反攻に転じ、予備役、州兵、新規志願兵など70万人を含む100万人以上の兵力に拡大した。大量の兵士と新たに納入されたNATOの兵器・弾薬が投入された結果、兵力・兵力ともに劣勢だったロシア軍に対して軍事的優位性に立った。ハルキウの東で、ウクライナ軍は弱体化したロシア軍の前線を突破し、1ヶ月以内に広大な領土を奪還した。ウクライナの勝利により、ロシア軍は30万人の予備役の部分的動員を余儀なくされた。要約すれば、この第3次戦役におけるロシア軍の敗北と損失は、戦力不足によるものであり、そのため、優れたウクライナ軍が決定的な攻撃戦役を成功させることができたのである。

4. 2022年11月から2023年4月の均衡と待機

長期にわたる陣地戦争が第4次戦役を特徴づけた。ロシア軍とウクライナ軍は、さらなる軍事作戦に備え、準備態勢を整えていた。ロシア軍は大規模な攻撃作戦を展開できるほど強力ではなかったが、小規模な作戦を展開し、限られた目標を占領してウクライナ軍を消耗させた。予想されるウクライナ軍の反攻に備えて、ロシア軍も大規模な要塞を建設し、作戦予備軍を再配置した。ロシア軍もウクライナ軍もこの戦役中、敵対部隊の弱体化を意図して攻撃をエスカレートさせたが、戦場では欺瞞に満ちた結果は得られなかった。

5. 2023年5月から2023年10月のウクライナの第2次反攻

第5次戦役では、NATOが訓練した部隊、資材、ドクトリンに支えられたウクライナの反攻に対し、ロシア軍は諸兵科連合(combined arms)と統合作戦(joint operations)を駆使した徹底的な防御戦略で対抗した。しかし、この攻撃的アプローチは最初から失敗し、ウクライナに大きな損害をもたらした。より大規模な旅団や大隊を削減し、間接火力に支えられた中隊や小隊単位で潜入戦術(infiltration tactics)を実現しようとした試みも失敗した。その結果、NATO支援のウクライナ軍はこの戦役で戦略的敗北を喫した。

6. 2023年11月から2024年2月のロシアの反攻

最後に、現在進行中のロシアの反攻は、この戦争で6回目の戦役である。それは、ウクライナの主要な正面防御線を弱体化させ、戦術的な機会を見つけてうまく侵入し、弱点を突くために、多くのベクトルで広範な正面攻撃を行うことと特徴づけられる。これは、ロシア軍の連合・統合作戦戦(combined and joint operation warfare)であり、おそらく、ウクライナ軍に決定的な縦深攻撃作戦を実施させることができるように、ウクライナ軍を絶頂に至らせることを狙いとしている。この戦役は、ロシアの攻撃的消耗戦(aggressive warfare of attrition)とも言える。

2022年から2024年のロシア・ウクライナ戦争での時間・空間・強さの分析

「… 一般的に言えば、戦争には2種類ある。敵を打倒することが目標の戦争と、敵国の国境で何らかの征服を行うこと、あるいは何らかの戦利品を獲得して交渉で有利になることが目標の戦争である」。

バイロン デクスター – クラウゼヴィッツとソビエトの戦略。1950 年 10 月 1 日[41]

我々がカール・フォン・クラウゼヴィッツの絶対戦争と限定戦争という軍事コンセプトに関心を抱いているのは、それが破壊と消耗というコンセプトとして戦争遂行に影響を及ぼすからである。アレクサンダー・スヴェーチン(Alexander Svechin)は、クラウゼヴィッツの影響を受けて次のように述べている。「軍事作戦には、破壊戦、消耗の戦争(war of attrition)、防御戦、攻撃戦、機動戦、陣地戦といったさまざまな形態がある」[42]。スヴェーチン(Svechin)の考えによれば、最も重要な形態は破壊戦争と消耗戦争である。破壊の戦略(strategy of destruction)とは、時間、空間、力を集中的に組み合わせ、敵の主力部隊(通常は軍隊の主要な要素)を完全に打ち負かすことである。すべては、時間と空間における強さ(strength)と位置の決定的な取組みに集中されるべきである。それは、いくつかの連続した作戦を組み合わせて巨大な攻撃作戦を形成することもありうる。すべてを勝つか失うかというリスクは、破壊的戦争の大きなリスクである。大胆な指揮官にとっては、戦略的大勝利も戦略的大敗北もありうる。破壊戦(destructive warfare)を用いる場合は、期待される利益がリスクを上回る場合にのみ戦え。

消耗の戦争(war of attrition)は、ソ連の軍事理論家の観点からは、限定した目標の戦争と理解することができる[43]。その目的は、時間、空間、武力を駆使して、敵の軍事的、経済的資源を低下させ、敵の人的資源(manpower)を肉体的、道徳的に消耗させ、最後に敵の政治的意思を打ち砕くことである。軍事的、政治的、経済的状況についての入念な戦略的研究に依拠し、柔軟な長期的政治戦略を可能にする。成功する消耗戦略は、多くの場合、直接的に死傷者を出し、敵の兵站、士気、結束力、闘う意志(will to fight)を低下させることに依存する。消耗(attrition)は、軍事的、経済的、心理的な方法を組み合わせたものである。敵の防衛作戦の成功を奪うために、自軍の物的・人的資源(manpower)の優越の局面を演出することで、ダイナミックで持続的、かつ繰り返し戦争を形成することができる。戦略的予備軍や同盟国を経済的、政治的に動員し、長期的な目標を設定することで、破壊的な短期の到達目標志向のアプローチに比べ、消耗の戦争はより複雑で、ダイナミックに拡大、深化していく[44]

戦役

期間 WD WA MW PW OW DW
1. 特別軍事作戦 2022年2月‐2022年3月 x   x   x  
2. 東部ウクライナにおけるロシア主たる取組み 2022年4月‐2022年7月   x   x   x
3. ウクライナの反攻 2022年8月‐2022年10月   x   x   x
4. 均衡と待機 2022年11月‐2023年4月   x   x   x
5. ウクライナの第2次反攻 2023年5月‐2023年10月   x   x   x
6. ロシアの反攻 2023年11月‐2024年2月   x   x   x
凡例:

WD =破壊の戦争、WA =消耗の戦争、MW =機動戦、PW =陣地戦、OW =攻撃戦、DW =防御戦

表1. 2022-2024年のロシア・ウクライナ戦争におけるロシアの6つの戦役に関するスヴェーチン(Svechin)の戦争と戦いのコンセプトの分析

消耗戦で成功するためには、国は国民を支え、プロの軍隊を持ち、バランスの取れた国家経済と競争力のある軍産複合体によって支えられている必要がある。ロシアは、国民の愛国心を向上させ、兵士、士官候補生、将校の教育と訓練を拡大し、軍隊を近代的な軍隊に再編成して投資し、競争力のある経済と産業を創出し、ロシアの生活の質を高めることによって、一般的な合理的能力を高めるという戦略的到達目標を掲げている。彼らはすべての到達目標を達成することには成功しなかったが、西側に対する「新世界秩序(New World Order)」の新たな方向性が始まった。この時期は、軍国主義、愛国的動員、西側との対立が強まった時期だった[45]

ロシア・ウクライナ戦争の6つの戦役に関するこの分析は、カール・フォン・クラウゼヴィッツの理論的コンセプトを派生させたと考えられるアレクサンダー・スヴェーチン(Alexander Svechin)の戦争(war)と戦い(warfare)のさまざまな形態に関する記述に基づいている。第一の分析要素は、破壊と消耗という戦争の時間的性質であり、第二は、攻撃と防御という戦いの強さ(strength of the warfare)であり、最後に、第三は機動と陣地という戦いの空間的性質である。その結果、最初の攻撃的攻撃が失敗した後、ロシア軍はその後の第5次戦役すべてにおいて、陣地的と消耗的の防御戦(defensive warfare)に移行したことがわかった。

時間の要素

ロシア・ウクライナ戦争に関する我々の分析によれば、ロシア軍は当初、キーウに位置するウクライナの政治指導部を排除するための電撃戦(blitzkrieg)に投入された。ロシア軍は最初の戦役に失敗し、その後の戦役のほとんどは消耗戦(attrition warfare)が中心だった。戦争当初から、ロシア軍は軍事産業能力の戦略的目標を攻撃した。その目的は、ウクライナが国内の軍備を生産、維持、修理する重要な能力を否定することだった。これによってウクライナは、必要な軍事用ハードウェアやソフトウェアの外部支援、さらには莫大な経済支援に依存せざるを得なくなった。一方ロシアは、ウクライナの打撃や破壊工作(sabotages)の影響を受けない無傷の軍産複合体を持っていた。

消耗戦の大きな優位性は、時間と戦略的資源の優れた到達点である。絶対的な時間に対する相対的な時間が、対ウクライナ戦争におけるロシアの重大な優位性である。このことは、人員や物資の損失にも表れている。絶対的な面では、より小さく弱い部分がより成功したように見えるかもしれないが、長期的な観点では、量的資源と質的資源のバランスでなければならない。戦略的消耗戦(strategic attrition warfare)の決定的な弱点は、時間、量、持続性である。多大な物的・人的損失を補うことは、能力の調達と再生産のプロセスとして理解できる。

空間の要素

分析すべきもう一つの要素は、ウクライナとロシアの戦争における空間の利用である。ロシアは当初、主要都市に迅速に到達し、ウクライナの政治権力を転覆させるため、機動戦(maneuver warfare)を用いた電撃戦(blitzkrieg)を展開した。ロシア軍は当初分散し、兵力と火力の集中を失った。この戦いの遂行は伝統的なロシアの軍事ドクトリンに反するものであり、脆弱な戦術的会戦グループ(tactical battle groups)によるロシアの攻撃の断片化は、ウクライナの戦術的防御を強化した。ロシア軍が大都市から撤退し、長さ1000キロの固定戦線に沿って長期間の陣地戦(prolonged positional warfare)に集中したとき、彼らは能動的防御ドクトリンに戻った。戦略的に優越した部隊のリスクは、機動戦に比べて陣地戦では相対的な損失が少ないことである。陣地戦は通常、優勢な部隊により多くの統制力を与え、戦略的予備兵力や敵の縦深への火力打撃によって強化することができる。センサー能力と偵察攻撃は、時間をかけて相手の防御能力を系統的(systematically)に低下させることができる。

この戦争ではこれまで、決定的で縦深作戦を実施できるほど強力な軍隊は、どちらの側にも存在しなかった。ロシアの戦略部隊は当初、縦深機動作戦(deep maneuver operations)を実施しようとしたが、戦力が小さすぎ、自軍の連合統合部隊(combined joint forces)との必要な連携が欠けていた。地上部隊は数が多すぎ、攻撃力よりも防御力が強く、作戦戦略的効果(operational strategic effect)を達成するチャンスがなかった。陣地戦のもう一つの説明は、戦術的・作戦的縦深ともに航空優越(air superiority)がないことである。同じ結論が海のドメインにも言える。優れたロシア黒艦隊は、ウクライナの海上防衛システムに対抗できず、水陸両用上陸作戦(amphibious landing operations)と縦深海上作戦(deep naval operations)というロシアの野望を非常に高いリスクにさらしている。地上部隊の曳航式および自走式榴弾砲、多連装ロケット・システム、長距離精密ミサイル、前線航空プラットフォームの無誘導・誘導爆弾およびロケット弾による戦術火力が、この戦争における地上火力システムの主流であった。戦略空軍と海軍のミサイル・プラットフォームは、ウクライナの作戦的縦深および戦略的縦深に戦略的打撃を与えた。しかし、人工衛星からドローンまで、大量の監視資産と、致死性で正確な空のキネティックな兵器の組み合わせが、領土的空間に最も大きな影響を及ぼしている。宇宙ドメインと戦いの垂直的次元(vertical dimension of warfare)は、これまでのところ、この戦争で全盛期を迎えている[46]

強さの要素

この分析では、攻撃と防御が強さの要素である。クラウゼヴィッツによれば、戦争では攻撃よりも防御が強い。防御的アプローチは通常、相手が数的に強く、軍事能力がより優位性がある場合に選択される。ロシアとウクライナの戦争では、戦力の相関関係を正しく分析し理解することは容易ではない。2022年2月の開戦時、ウクライナは人的資源(manpower)では量的優越を保持していたが、陸軍、海兵隊、空軍の軍事力では大きく劣っていた。多くのベクトルにおける長大な前線の高強度化により、双方の軍事アセットと人的資源(manpower)の損失が非常に大きくなった。

ハーバード・ケネディ・スクールの最新の「ロシア・ウクライナ戦争報告書(Russia-Ukraine War Report Card)」(2024年2月27日)[47]によると、軍事的死傷者の相対的な数は、軍用車両や装備品と同様、ウクライナ軍にマイナスである。絶対数ではロシアの損失の方が大きいが、ロシアの若い軍人の数、士官候補生の数、徴兵された少尉の数、ロシア軍に入隊する志願兵の数に見られるように、より多くの人口を通じて新たな軍事力を再生するロシアの能力がある。そして、必要に応じて使用できる150万人の戦略的予備兵力もある。ウクライナは、政治的、経済的、軍事的に、この戦争中の経済的・軍事的損失を補い、均衡を保つために、外国からの支援に全面的に依存している。

「ロシア・ウクライナ戦争報告書(Russia-Ukraine War Report Card)」には、軍事支配地域の変化、軍事的死傷者と装備の損失、民間人の死傷者、避難民、経済的影響、インフラ、国民の支持といった戦略的な定量データがある。これらの指標は戦争の結果に影響を与えるが、それ以外にも、弾薬や軍備の供給、新たな戦力を生み出す能力、政治的・軍事的指導力、軍事訓練・演習の時間と縦深、自国民の道徳的支持、自発的に軍に参加する魅力、外国の経済的・政治的・軍事的支援といった基準や重要な定性的指標がある。闘う力(fighting power)と軍事能力(military ability)という強さの要素を双方で議論する場合、これらの基準はすべて何らかの形で考慮されなければならない[48]

戦争の最終的な到達目標を達成するための国家・国民・軍隊を組み合わせる

「我々は戦争をあらゆるレベルで理解しなければならない。長期的な国家および政治的目標、大戦略、軍事戦略、体系的作戦計画策定、戦術的会戦、技術戦術、兵站、情報、ナラティブ、そしてもちろん戦力増強とその適用方法のコンセプト。ますます複雑化し、明確な境界を失いつつある戦争に勝つためには、あらゆるレベル、あらゆる側面で優位性を示さなければならない。おそらく何よりも、我々は戦争をその独特の文脈で理解しなければならない」[49]

イスラエルの軍事理論家ロン・ティラ(Ron Tira)は、軍事的、民間的、政治的な相互作用を含む戦争の複雑性を強調している。彼は、全体論的アプローチが我々の理解を高めると主張している。ロシア国家は複雑性を扱ってきた・・・

ロシアの国家、国民、軍隊の三つ組(triad)は、調和しバランスがとれていれば、政治的戦略的相乗効果を生み出すことができる。ロシア国民の結束と性質は、歴史、宗教、保守的価値観に対する深い理解に基づく。この核心は何世紀にもわたって国家によって形成され、利用されてきた。軍事機関は、その長い伝統と歴史的行為を通じて、子どもから若い兵士に至るまで、あらゆる年齢の個人をそのアイデンティティと正統性で教化してきた。国家は、若いロシア人たちが将来の紛争に従軍し、軍隊に加わるよう組織的に準備してきた[50]

ロシア国民の結束と性質は、小さな戦争という点ではナポレオン戦争期のスペインや孫子(Sun Tzu)の時代の初期中国帝国に、大きな戦争という点ではナポレオン戦争期のフランスやフリードリヒ大王(Frederick the Great)のプロイセンに、いずれも比較することができる。ロシアの歴史には、ボロジノ(Borodino)やスターリングラード(Stalingrad)のような史上最大の陸上会戦(land battles)もあれば、コサックの襲撃、焦土戦術(scorched earth tactics)、パルチザンなどの例も数多くある。このことは、歴史を通じてロシア人が深い結束力と強力な軍事力を持っており、その結果、ロシアを守り、拡大し、強化するという明確な文明的到達目標を掲げて、小さな戦争も大きな戦争も強い闘う意志(strong will to fight)を持っていたことを示している。こうした資質は、ロシア国家がその到達目標を推進するためにうまく利用されてきたし、現在も利用され続けている。ロシア国家は強力な資産と強力なナラティブの両方を有しているため、戦争遂行のために動員することが容易なのである。

本稿の最後では、ロシアの戦略的強みと弱みについて詳しく述べる。

結論:ロシア国家、軍隊、国民の共生

ロシアとウクライナの戦争という文脈では、クラウゼヴィッツの理論は、ロシアの戦争のあり方を分析する上で、なお妥当である。内戦、大祖国戦争、ロシア・ウクライナ戦争といった歴史上の重要な局面におけるロシアの経験と軍事理論の発展によれば、戦争とは本質的に兵器と人間の使用であり、人間が最も重要である。ロシア・ウクライナ戦争におけるロシアの政治的・戦略的目標に資する消耗戦(attrition warfare)を成功させるためには、国家、軍隊、国民のロシア的共生が必須条件である。

クラウゼヴィッツの三位一体(trinity)について、コンセプトや解釈、文脈の分析を通して探求した軍事理論家は少なくない。我々の研究アプローチは、情熱(passion:Hass und der Feindschaft)、偶然(chance:Wahrscheinlichkeiten und…Zufall)、政治(politics:Natur eines politischen Werkzeugs)という第一のコンセプトを、国民(people:Volk)、軍隊(armed forces:Feldherren und…Heer)、国家(state:Politischen Zwecke … Regierung)という第二のコンセプトに解釈している。我々は、三位一体の論理の重要性を認識しているが、それは逆説ではない。三位一体の強さとは、その相互強化であり、相乗効果(synergy)と力(power)を増大させる能力である。クラウゼヴィッツの理論に基づくロシア・ウクライナ戦争のこの分析方法は、我々の結論が示すように、適切で価値のあるものである。

ロシアは2つの部分、すなわち国民としての祖国(Motherland)と、国家によって統一され指揮される軍隊としての祖国(Fatherland)とで表現することができる。モンゴルの侵略から現在のウクライナ戦争に至る歴史的経験は、独立国家として生き残るためには包括的なアプローチ、すなわち総力戦(total war)のアプローチが必要であることを示している。これらの経験は、軍事システム、人間、政治を組み合わせることによって、ロシアの軍事力を発展させる重要な原動力となってきた。軍事力の主要な手段は、適切な軍事理論、軍事実践、そして「軍の頭脳(the brain of the army)」としてのロシア参謀本部の手中にある中央集権的な指揮(centralized command)を発展させることであった。

クラウゼヴィッツは戦争の本質と性質に重点を置いていた。戦争は絶対戦争(absolute war)として行われることもあれば、制限戦争(restricted war)として行われることもある。絶対戦争(absolute war)は非常に危険であり、ロシアにとっては核兵器を含む国家資源への完全なアクセスを必要とする。望ましい選択肢は、戦略的に長期にわたって維持される均衡のとれた戦力を用いた制限戦争(restricted war)である。この選択肢は、長期にわたる実質的な物的・人的資源を必要とする消耗戦(attrition warfare)を意味する。戦略的効果は長期にわたって開発されなければならない。ロシアは過去20年間で、自国民に根強い軍事的愛国心を内面化し、軍事産業能力を大幅に強化した。

全体として、本稿の主な結論は、ロシア国家の重心は、国民、軍隊、国家のバランスの取れた共生関係にあるということである。この戦略的強みは、ロシアの戦略的脆弱性でもある。現実的な政治的到達目標なしに戦術的な会戦に勝利することは、軍隊とその軍事指導者にとって軍事的な任務を成功させることにはならない。カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)の素晴らしい三位一体(trinity)という軍事コンセプトは、戦争の最も重要な要素を全体的かつダイナミックに理解することを意味している。

ノート

[1] Tira, R.: The Nature of War. Conflicting Paradigms and Israeli Military Effectiveness. Brighton: Sussex Academic Press, 2010, p. 130.

[2] In our English translation: “It is misleading to speak of the harmful influence of politics on military leader- ship. It is not the influence of politics that causes harm, but the wrong politics. The right politics can only contribute to the success of military actions”. A. A. Svechin.

[3] The military conflict between Russia and Ukraine started in February 2014 but first in February 2022 Russia used significant military forces in its Blitzkrieg against Ukraine. – Lewis, R. Ukraine Crisis. Ukrainian history [2013-2014]. Britannica. Source homepage: https://www.britannica.com/-topic/Ukraine-crisis, Accessed: 2024-02-22.

[4] Ukraine Conflict Updates. Reports of 2022 and 2023. Washington, D.C.: Institute for the Study of War. Source homepage: https://www.understandingwar.org/, Accessed 2024-02-22.

[5] Russia Matters. The Russian-Ukraine War Report Card, Feb. 20, 2024. Boston, MA.: Harvard Kennedy School, Belfer Center for Science and International Affairs, 2024.

[6] Vershinin A.A., Krivopalov A.A.: ‘Russian strategic culture: the experience of a historical retrospective’. Russia in Global Politics. 2023. T. 21. No. 6. pp. 80–98 and Stoecker, S, W. Historical Roots of Contemporary Debates on Soviet Military Doctrine and Defense. Santa Monica, CA: RAND N-3348-AF/A. 1991.

[7] “War is, therefore, not only chameleon-like in character, because it changes its color in some degree in each particular case, but it is also, as a whole, in relation to the predominant tendencies which are in it, a wonderful trinity, composed of the original violence of its elements, hatred and animosity, which may be looked upon as blind instinct; of the play of probabilities and chance, which make it a free activity of the soul; and of the sub- ordinate nature of a political instrument, by which it belongs purely to the reason” translated by Colonel J. J. Graham 1874/1909 (https://www.gutenberg.org/files/1946/1946-h/1946-h.htm#chap01, Accessed 2024- 02-01).

[8] Algreen Starskov K.: Clausewitz’s Trinity: Dead or Alive? Fort Leavenworth, KS.: School of Advanced Military Studies, United States Army Command and General Staff College, 2013., Holmes, T, M. ‘Clausewitz’s “Strange Trinity” and the Dysfunctionality of War’. The Philosophical Journal of Conflict and Violence, Vol.VI, Is- sue 1/2022.

[9] A group of academic people has established a special homepage in the name of Clausewitz, Source homepage: https://clausewitz.com/index.htm, Accessed 2024-02-22.

[10] Herberg-Rothe, A. Clausewitz’s Puzzle: The Political Theory of War. Oxford: Oxford University Press, 2007, pp. 68−88, and pp. 91−118.

[11] Stoecker S. W.: Historical Roots of Contemporary Debates on Soviet Military Doctrine and Defense. Santa Monica, CA: RAND N-3348-AF/A. 1991.

[12] Савикин. А (ред.): Русская военная доктрина – Материалы дискуссий 1911-1939 годов. Российский Военный Сборник – Выпуск V, 1994, Москва: www.rp-net.ru, с. 131−139 & Фрунзе, М.: Единая Военная Доктрина и Красная Армия, Москва, Военное Издательство Народного Комиссариата Обороны Союза ССР, 1941.

[13] Савикин. А (ред.): Русская военная доктрина – Материалы дискуссий 1911-1939 годов. Российский Военный Сборник – Выпуск V, 1994, Москва, www.rp-net.ru, с. 110−130. & Троцкий, Л.: Военная доктрина или мнимо-военное доктринерство, Петроград, Политическое Управление Петроградского Военного Округа. 1922.

[14] Савикин. А (ред.): Русская военная доктрина – Материалы дискуссий 1911-1939 годов. Российский Военный Сборник – Выпуск V, 1994, Москва, www.rp-net.ru, с. 70−73. & Свечин, А.: Стратегия, Москва, Военный Вестник, 1927.

[15] Азясскый. Н.Ф.: Незнамов Александр Александрович. Большая Российская Энциклопедия 2004-2017, Министерство Культуры Российской Федерации. Доступно: https://old.bigenc.ru/military_science/text/2652581 (2024-02-24).

[16] Савикин. А (ред.): Русская военная доктрина – Материалы дискуссий 1911-1939 годов. Российский Военный Сборник – Выпуск V, 1994, Москва, www.rp-net.ru, с. 74−76. & Незнамов, А.: Современная война – часть 1, Москва, Государственное издательство.

[17] Шапошников. Б.: Мозг Армии – Книга третья, Москва, Государственное издательство, 1922, с. 226– 256.

[18] Sanborn, J, A.: Drafting the Russian Nation. Military Conscription, Total War, and Mass Politics 1905-1925, DeKalb, IL., Northern Illinois University Press, 2003/2011.

[19] National Security Strategy of the Russian Federation, 2021, p. 35.

[20] National Security Strategy of the Russian Federation, 2021, p.7.

[21] Ibid., p.35–36.

[22] Зеленков, М.Ю.: Основы теории безопасности. Москва, Московский Университет, 2016, с. 59.

[23] Ordinance of the Government of the RF from 30 December 2015 No. 1493.

[24] Гольц, А.: Военная реформа и русский милитаризм. Санкт Петербург, Норма, 2019. с.284–343

[25] Adamsky, D.: Russian Nuclear Orthodoxy: Religion, Politics and Strategy. 2019. Redwood City, CA., Stanford University Press. & Hollis, A.: Weapons in the Hand of God: The Russian Orthodox Church and Russia’s Nu- clear Weapons Establishment, Nuclear Network, Center for Strategic and International Studies, August 16, 2019, Source: https://nuclearnetwork.csis.org/weapons-in-the-hand-of-god-the-russian-orthodox-church-and-russias-nuclear-weapons-establishment/, Accessed: 2024-02-25.

[26] Source: https://eng.mil.ru/en/index.htm, Accessed 2024-02-25.

[27] Khudoleev, V.: ‘At the origins of the country’s defense’. Red Star (Красная звезда), 02/18/2022.

[28] The International Institute for Strategic Studies. The Military Balance 2024. London: Routledge, 2024, p. 205.

[29] Hecht, U.: ‘The Ukraine War After Two Years: Initial Military Lessons’. The Jerusalem Strategic Tribune. January 2024. Source: https://jstribune.com/hecht-the-ukraine-war-after-two-years/, Accessed: 2024-02-26.

[30] Watling, J. and Reynolds, N.: ‘Russian Military Objectives and Capacity in Ukraine Through 2024’. RUSI, 13 February 2024. Source: https://www.rusi.org/explore-our-research/publications/commentary/russian-military-objectives-and-capacity-ukraine-through-2024 Accessed 2024-02-24.

[31] Roth, A.: ‘A lot higher than we expected¨: Russian arms production worries Europe’s war planners. Guardian Thu 15 Feb 2024. Source: www.theguardian.com/world/2024/feb/15/rate-of-russian-military-produc- tion-worries-european-war-planners, Accessed: 2024-02-25. & Сергей Асланян: Об отличиях вооружений России и Украины | Фрагмент Обзора от Bild. Youtube, 19 February 2023. Accessed: https://www.youtube.com/-watch?v=y153YXzHbuk, (2024-02-18).

[32] Tsygankov, A, P.: The Strong State in Russia. Development and Crises. Oxford: Oxford University Press., 2014, Fedor, J.: Russia and the Cult of State Security. The Chekist Tradition, from Lenin to Putin. New York, NY.: Routledge, 2011, & Сорокин, В.: День Опричника. Москва: Захаров, 2006.

[33] Borogan, I & Soldatov, A.: In Ex-Soviet States, Russian Spy Tech Still Watches You Wired, 2012: https://www.wired.com/2012/12/russias-hand/, (2024-01-07).

[34] Federal Law of 29 December 2010. No: 436-FЗ, Section 1 Article 5.

[35] Federal Law of 12 January 1996. No: 7-FЗ, Section 1 Article 6.

[36] Зеленков, М.Ю.: Основы теории безопасности. 2016, с. 59.

[37] Коростелев, А & Резникова, Е.: Исследование путинских репрессий. Проект.Медиа. 2024. Доступно:

https://www.proekt.media/guide/repressii-v-rossii/ (2024-02-25).

[38] Лабутин, А.: К вопросу обывателя, почему Россия такая большая страна и как её сохранить? Клуб военачальников РФ. 2021, Доступно: http://kvrf.milportal.ru/k-voprosu-obyvatelya-pochemu-rossiya-takaya-bolshaya-strana-i-kak-eyo-sohranit/, (2024-02-46).

[39] Sources: https://www.understandingwar.org/, https://www.russiamatters.org/; https://www.gov.uk/government/organisations/ministry-of-defence, and https://www.reuters.com/graphics/UKRAINE-CRISIS/MAPS/klvygwawavg/ Accessed 2024-02-24.

[40] Hecht, E. & Shabtai, S (Eds.): The war in Ukraine: 16 Perspectives, 9 Key Insights. Mideast Security and Policy Studies No. 201, Ramat, Bar-Ilan University, The Begin-Sadat Center for Strategic Studies (BESA), 2023, pp. 16–19 and Hecht, E.: ‘The Ukraine War After Two Years: Initial Military Lessons’, The Jerusalem Strategic Tribune, January 24, 2024. Source: https://jstribune.com/hecht-the-ukraine-war-after-two-years/, Accessed 2024-02–25.

[41] Dexter, B.: ‘Clausewitz and Soviet Strategy’, Foreign Affairs, October 1950, p. 2.

[42] Svechin, A, A.: ‘Combining Operations for Achieving the Ultimate Goal of the War’. In Svechin, A. A.: Strategy. Minneapolis, MN., Eastview Press,1992/2004, pp. 239–240.

[43] Pavlenko, N.: ‘Some Questions Concerning the Development of Strategic Theory in the 1920s’ in The Evolution of Soviet Operational Art 19271991: The Documentary Basis, Volume II, Operational Art 1965-1991, London: Frank Cass, 1995.

[44] Naveh, S.: In Pursuit of Military Excellence. The Evolution of Operational Theory. London: Frank Cass, 1997/2004.

[45] Sakwa, R.: Russia against the Rest. The Post-Cold War Crisis of World Order. Cambridge, Cambridge University Press, 2017; Ledeneva, A.V.: Can Russia Modernize? Sistema. Power Networks and Informal Governance. Cambridge, Cambridge University Press, 2013; Clover, C.: Black Wind, White Snow. The Rise of Russia’s New Nationalism. New Haven, CT.: Yale University Press, 2016, and Golts, A.: Military Reform and Militarism in Russia. Washington, D.C., The Jamestown Foundation, 2018.

[46] Watling, J.: The Arms of the Future. Technology and Close Combat in the Twenty-First Century. London, Bloomsbury Academic, 2023.

[47] Harvard Kennedy School, Belfer Center for Science and Internal Affairs in Boston MA, publish every week a Report Card that contains relevant and interesting data of the Russia-Ukraine War. Source: https://www.russiamatters.org/news/russia-ukraine-war-report-card/russia-ukraine-war-report-card-feb-27- 2024, Accessed: 2024-03-01.

[48] Ibid.

[49] Tira, R.: The Nature of War. Conflicting Paradigms and Israeli Military Effectiveness. Brighton, Sussex Academic Press, 2010, p. 130.

[50] Danchenko, A. M. & Vydrin, I, F. (Eds.): Military Pedagogy. A Soviet View. Honolulu, HI., University Press of the Pacific, 1973/2002.