リアリティを再定義する -ミッション・プランニングのためのメタバース・モデルの創造(Army ALT Magazineから)

バーチャル・リアリティ技術を軍事分野で活用する話題を探すのには事欠かない。しかし、実際の採用とその成果に関する事例は、そんなに多くはないと認識している。

Facebookという社名がMetaに変更されたというニュースは、Metaverseという言葉が関係していることはよく知られているが、Metaverseが一体何なのかまではその実態がよく知られているとは言えないのであろう。

紹介するのは、この新たなMetaverseという概念を軍事に適用することに関する米陸軍の研究者による投稿記事である。

VR、AR、MR、XR・・・のその先にあるMetaverseとは何かを知る一つのきっかけになると考える。(軍治)

リアリティを再定義する -ミッション・プランニングのためのメタバース・モデルの創造

-REDEFINING REALITY- Creating a metaverse model for mission planning.

January 26, 2022

Army ALT Magazine, Science and Technology

 by Thom Hawkins, Lt. Col. Matt Maness, Mark Dennison and Pete Khooshabeh

 

窮屈な仕事場:現在のプロセスやネットワークの制限により、作戦を遂行するためには参謀が物理的に一堂に会することを余儀なくされている。メタバース(Metaverse)は、作戦を分散させることで指揮所をより生存しやすくすると同時に、作戦を可能にする潜在的な解決策を提供する。

(写真:第101空挺師団第1旅団戦闘団広報ボニー・ライト(Vonnie Wright)米陸軍少佐)

挿話・・・・

ナローパス(Narrowpass)米陸軍少将は、拡張現実(AR)バイザーのタイマーがあと2分とカウントダウンしていくのを焦りながら見ていた。彼は自律型セキュリティ・ボットASB-3の方を向いて、「魂のない人工知能が長距離通信を行うのに最適な窓を計算したからといって、指揮官らと話すのに待ちぼうけを食らうのは嫌だ」と不平を漏らした。

ASB-3は、コメントに対する回答は適切でないと考えていた。ナローパス(Narrowpass)は、通信残存性ウィンドウの外で送信した場合の結果を理解しており、注意喚起を評価しないであろう。

任務はあまりにも複雑で、変数が多すぎる。音声や映像の伝送では、今は間に合わない。彼の要請により、分散した師団参謀とすべての隷下の指揮所は、師団のクロス・リアリティ指揮所(XR Command Post)で完全なリハーサルを行えるように、通信ウィンドウを調整した。

ナローパス(Narrowpass)は戦術的メタバース(tactical metaverse)への接続を開始すると、すぐに参謀のアバター、主要参謀、すべての隷下部隊指揮官達が出迎えてくれた。全ドメインの共通作戦運用図(COP)の上にある不吉なタイマーは、この仮想環境にいる全員が残存性移動または一時的な通信停止のために電源を落とす必要があるまで15分未満であることを示していた。

「チーフ、地形の飛行路を再生して 3Dモデルの摩擦点を表示してくれ・・・・闘いに介入する必要がある場所を理解する必要がある。軍用メタバースは現在では単なるコンセプトに過ぎないが、米陸軍の研究者は将来的な可能性を探っている。

共通作戦運用図:THE COMMON OPERATIONAL PICTURE

「理解する必要がある」というのが、ミッション・コマンドのための技術を支える第一の原動力(primary driver)であろう。共通作戦運用図の開発と維持の基本コンセプトは、状況認識(situational awareness)を強化し、状況理解(situational understanding)を可能にし、すべての指揮階層にわたる共有された理解(shared understanding)を促進することである。

デジタル・システムと連携して2Dや3Dの地図に情報を表示する複雑なアプリケーション・プログラミング・インターフェースや、紙の地図に敵味方の情報を手動で追跡することで実行されるが、この30年間、そのプロセスはあまり進化していない。

このような取り組みには、集中化された人材と技術をリソースとする大規模で煩雑な指揮所が必要となる。この指揮所は作戦プロセスを実施し、最終的には指揮官と参謀が最も迅速かつ正確な判断を下すために使用できる共通作戦運用図を生成する。

しかし残念なことに、作戦がより複雑になり、データがより大量にあるため、部隊は情報と知識の管理を効果的に行うのに苦労している。指揮所はその必要性を満たすために、規模と範囲を拡大してきた。人員数の増加とネットワークへの依存により、今日の指揮所は十分な機動性と残存性がなければ、敵の攻撃に対して脆弱なものとなっている。

メタバースは、作戦プロセスを可能にする一方で、作戦を分散させることで指揮所をより残存性あるものにし、物理的・電磁的専有面積を削減することができる潜在的な解決策を提供する。

メタバースでの会合:将来的には、兵士が仮想環境に「ドロップ・イン」して、作戦実行前に作戦計画を立てることができるようになるかもしれない。「軍事用メタバース」はまだコンセプトに過ぎないが、米陸軍全体の研究者や科学者がその応用の可能性を探っている。

(写真:ミッション・コマンド・バトル研究所)

メタバースって何?:WHAT’S A METAVERSE?

メタバースとは、ニール・スティーブンソン(Neal Stephenson)が1992年に発表した小説「スノウ・クラッシュ(Snow Crash)」の中で、ユーザーが仮想空間で交流するオンライン世界を表現した造語で、セカンド・ライフ、ロブロックス、マインクラフトといった大規模多人数参加型オンラインゲームや仮想世界を通じてすでに親しまれているものである。モバイル・デバイスが過去10年間にインターネットの消費方法を変えたように、新世代の技術(この場合は、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)のヘッドセット)が、コンテンツの消費方法に新しい視点をもたらしている。

これらのヘッドセットは、もはや平面パネル画面の枠にとらわれることなく、物理的な世界の上に、あるいはその代わりに描画された3Dオブジェクトやメディアを知覚し、操作することを可能にする。このコンセプトは、リモート・ワークの流行により、さらに人気を集めている。Facebookは、仮想現実(VR)ヘッドセット・メーカーOculusの買収と独自のメタバース・プラットフォーム「Horizon Worlds」の開発を梃子に、このシフトに将来を託し、2021年10月に親会社の名称をMetaに変更したほどである。

ベンチャー・ファンドのパートナーであり、著名なビジネスライターでもあるマシュー・ボール(Matthew Ball)が、9回にわたるブログシリーズで、メタバースについて最も徹底的な解説を行ったものがある。ボールの入門書は、メタバースの7つの側面に焦点を当てている。

○ ネットワーク化

○ バーチャル・プラットフォーム

○ ハードウェア

○ コンピュータの計算能力

○ 交換ツールおよび標準。

○ 決済サービス

○ コンテンツ、サービス、アセット

各分野の進捗状況や、モバイル・インターネットの後継としてメタバースを完全に実現し、導入するための方法について述べている。

バーチャルからリアルへ:大規模な指揮所が物理的な専有面積を分解し、デジタル環境に依存するようになると、メタバースのようなコンセプトは、参謀が現実世界の作戦の計画策定に役立つかもしれない。

(画像提供:米陸軍省のインテリジェンス・電子戦・センサー計画実行官)

ネットワーク化:NETWORKING

今日の戦場では帯域は希少な資源であり、メタバースを完全に実現するためには技術的なブレークスルーが必要となる。しかし、多くの戦術的シナリオでは、地理空間的な位置(geospatial position)、部隊の状態の概要、現在の目標など、特に密度が高くなく、したがって送信に必要な帯域幅が少ない情報が有益となる場合がある。

さらに、作戦地域の高解像度3D地形モデルや、ターゲット認識支援アルゴリズムを訓練させるための未知の敵車両の映像など、より密度の高い情報は、ネットワーク上でリアル・タイムに送信する必要はない。

このため米陸軍は、情報の移動や処理に効率的なだけでなく、データやサービスを要求している、あるいは要求する可能性のあるクライアントにとって情報の価値を理解するインテリジェンスによって制御されたクラウド・サービスを活用する必要がある。

生死を分ける重要な問題は、この情報の遅れや遅延である。友軍部隊の位置が変化した、あるいは変化していないとの想定は、メタバース全体に決心の滝を引き起こし、任務の状態の視点を変える可能性がある。

より良い意思決定を可能にするために、米陸軍は適切な関連情報のみが送信される超効率的なネットワークを構築する必要がある。兵士の「デジタル・ツイン」の表現と行動は、共有された空間に接続されている他のすべてのデバイスで同期される必要があるため、このリアル・タイムの情報のアップデートの概念(notion)は、メタバースで利用される没入型ハードウェアの重要なコンポーネントとなる。

商業的な世界とは異なり、メタバースの戦場では、戦闘員が相手のネットワークをダウンさせ、そして情報の流れが相手の意思決定を低下させるように、例えばディープ・フェイク画像を使ってネットワークを落とそうとする。

マイクロソフトのフライト・シミュレータ:MICROSOFT FLIGHT SIMULATOR

マイクロソフト社の人気ゲーム「フライト・シミュレータ」シリーズには、地球の「デジタル・ツイン」があり、地図と衛星画像を組み合わせて、建物や樹木までリアル・タイムの天候や航空交通とともに表現している。これは巨大なモデルであり、戦術的なエッジでの限られた帯域幅では実用的ではないが、このモデルや他の同様のモデルによって、クラウド接続された上位組織やホーム・ステーションのリソースで、車両や武器効果の超リアルなモデリングとシミュレーションを行うことができる。

新しいオブジェクトのレンダリングは、NVIDIAのOmniverseのような世界構築パッケージによって容易になり、構築やシミュレーションのためのビルディング・ブロックとして素材、テクスチャ、動きが含まれている。これらのワールド・ベース・モデルの低解像度版も、部隊が同じ場所にいるかどうかに関係なく、コンセプトのリハーサル・ドリルやミッション・ウォークスルーに使用することができる。

現在使用されている没入型ハードウェアは、ユーザーの現実世界の視界をほぼ完全に隠してしまう。最終的には、ディスプレイは現実の上にコンテンツをレンダリングするか、すべてを合成コンテンツに置き換えるかを動的に調整する必要がある。

(画像:ミッション・コマンド・バトル研究所)

バーチャル・プラットフォーム:VIRTUAL PLATFORMS

米陸軍のデジタル・トレーニング、闘い、米陸軍事業体システムを組み込んだストーブパイプ化したプラットフォームでは、メタバースを実現するのに十分ではない。メタバースでは、兵士のデジタル・プレゼンスが異なる訓練プラットフォームを超越し、他の戦闘ツールとシームレスに一体化されることが求められる。

また、これらのツールは、従来の2Dディスプレイだけでなく、没入型の共有された仮想空間からも、ユーザーが異なる視点から戦場データを操作できるようにしなければならない。そのためには、現実世界やシミュレーションからのデータを、どのように配置されているかにかかわらず、さまざまなディスプレイ・メディアでシームレスにレンダリングできるアーキテクチャが必要になる。

商用ゲーミングの世界では、PCとゲーム機など異なるハードウェア間で同じゲームをプレイするクロス・プレイを実現するなど、この課題に対応している。

アバターの外観は兵士にとってそれほど重要ではないかもしれない、デジタル・アセットは他にも有用な方法で使用できる。たとえば、IDシステムの環境設定やカスタム言語モデルを含めると、ユーザーが新しいシステムにログインしたときでも人間と機械のチーミングを支援することができる。

さらに、一部のユーザーが仮想現実(VR)デバイスを装着して神のようなトップ・ダウン視点でプレイすることを可能にするゲームもあれば、アバターを具現化して地上から一人称で世界を眺めるプレイヤーもいる。このようなゲーミング・コンセプトは、異なるタイプのデータと相互作用を必要とするさまざまな組織階層でのこの能力の採用にうまく適合しているように思われる。

戦術的な観点から、米陸軍はシステムの装着方法や操作方法に関わらず、共通のルック&フィール[1]を持つシステムを構築する必要がある。兵士は、ヘッドマウント・ディスプレイ、ハンドヘルド・システム、デスクトップ・システムを同じプロファイルで使用でき、同じペルソナ(外的人格)を使用して簡単に切り替えられる必要がある。

ハードウェア:HARDWARE

Android Tactical Assault Kit(ATAK)[2]のようなシステムは、頑丈なケースに収納された携帯型タブレットや携帯電話で、戦闘員が活動環境をデジタルで把握できるようにする。ATAKは、2Dと3Dの両方の地図を視覚化し、敵味方の位置を表す多くのグラフィック制御手段を提供する。

民生用のスマートフォンほど普及していないものの、物理的なドメインとデジタルのドメインを携帯型キットに収束させる最初の試みの1つとなっている。しかし、現在の拡張現実(AR)システムのハードウェアは、ホログラフィック・コンテンツの視野の質を制限している。

仮想現実(VR)ヘッドマウント・ディスプレイは、高品質な映像を提供するが、その代償として、ユーザーの自然界の視界をほぼ完全に遮ることになる。米陸軍は、指揮所のような殺傷能力の低い環境での仮想現実(VR)の使用を評価し始めているが、最終的には、没入型ハードウェアの未来は、現実の上にコンテンツをレンダリングするか、すべてを合成コンテンツに置き換えるかを動的に調整できる単一のヘッドマウント・ディスプレイに融合していくことになるだろう。

これは、将来の戦場環境全体でメタバースを完全に実現するために必要なことである。

結論:CONCLUSION

未来に向かって突き進む一方で、アクセスの問題、遅延、ホットマイクなど、現在の技術ではまだ限界があることも認識しなければならない。これらの問題は、メタバースへのアップグレードだけでは解決されず、その発展とともに解決されなければならない。

作戦の計画策定、準備、実行、評価のためのメタバース・モデルへの移行は、分散した参謀が、既存の物理的な指揮所に匹敵するような協力が可能な仮想ノード内で、より効果的に用兵機能を同期させることを可能にする。

アドホック・ミーティングは、単なる電話やビデオ会議の枠を超え、ユーザーが意思決定に必要なすべての関連データを含む仮想計画策定空間を占有することができるようになる。たとえば、友軍と敵の位置関係、インテリジェンス成果、相対戦闘力、持続力予測などを表示したインタラクティブな3D共通作戦運用図などである。

人工知能(AI)と同様に、メタバース技術も、現在および将来の戦場における問題に対して、新しい一連のツールをもたらす。また、人工知能(AI)と同様に、これらのツールを実現するための標準やインフラがなければ、その成果は断片的で圧倒的なものになる。米陸軍は、新技術がもたらす資材の面だけでなく、将来の戦い方に対する意味合いからも、前かがみでその可能性を認識することが重要となる。

メタバースに関する情報:MORE ON THE METAVERSE

以下のリソースは、メタバースに関する追加的なコンテキストを提供する。

・「メタバースのフレームワーク」⇒https://tinyurl.com/4bsua8wn

・「メタバースとは何か?インターネットの『未来』を深堀りする」⇒https://tinyurl.com/yz5p74t6

・「FacebookやMicrosoftをはじめ、誰もがメタバースを所有したいと考えている。しかし、それは一体何なのか?」⇒https://tinyurl.com/2p8hpn4v

・「米陸軍が兵士の仮想訓練用に巨大なVR戦場を建設中」⇒https://tinyurl.com/2p8mbz6e

詳細については、トム・ホーキンス(Thom Hawkins)(jeffrey.t.hawkins10.civ@army.mil)まで問い合わせのこと。米陸軍戦闘能力開発司令部陸軍研究所のクロス・リアリティ(XR)共通作戦運用図の取り組みに関する詳細は、マーク・デ二ソン(Mark Dennison)(mark.s.dennison.civ@army.mil)まで問い合わせのこと。

著者について

トム・ホーキンス(THOM HAWKINS)は、メリーランド州アバディーン試験場の指揮・制御・通信(戦術)プログラム実行事務局に所属するプロジェクト・マネージャー・ミッション・コマンドの人工知能およびデータ戦略担当のプロジェクト・オフィサーである。ドレクセル大学で図書館・情報科学の修士号、ワシントン大学で英語の学士号を取得。プログラムマネジメントのレベルIIIと財務管理のレベルIIの認定を受け、Army Acquisition Corpsのメンバーでもある。

マット・マネス(MATT MANESS)米陸軍中佐は、カンザス州フォート・レブンワースのミッション・コマンド戦闘研究所の科学技術支局長。ジョージ・ワシントン大学とウェストポイント陸軍士官学校で、それぞれシステム工学の修士号と学士号を取得した。2006年に機甲科士官として任命され、現在は情報システム・エンジニアとして、指揮統制情報システムを中心に陸軍の近代化事業を支援している。

マーク・デニソン(MARK DENNISON)は、カリフォルニア州プラヤビスタにある米陸軍戦闘能力開発司令部陸軍研究所西研究所(DEVCOM ARL West)のクロス・リアリティ(XR)研究者である。ネットワーク・クロスファンクショナル・チームの共通作戦運用環境ライン・オブ・エフォートで、クロス・リアリティ(XR)の共通作戦運用図の提供に関する応用研究プロジェクトを主導している。カリフォルニア大学アーバイン校で心理学の博士号、認知神経科学の修士号、心理学の学士号を取得。

ピート・クーシャベ(PETE KHOOSHABEH)は認知科学者であり、米陸軍戦闘能力開発司令部陸軍研究所西研究所(DEVCOM ARL West)の地域リーダーである。学際的な科学者とエンジニアのグループを率い、信頼できる学術・産業界のパートナーと協力して科学の実用化に取り組んでいる。カリフォルニア大学サンタバーバラ校で心理学と脳科学の博士号と修士号を、カリフォルニア大学バークレー校で認知科学の学士号を取得。

ノート

[1] 【訳者註】コンピュータのユーザーインターフェースにおける、画面のデザインや操作感のこと。(引用:https://www.weblio.jp/content/%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB)

[2] 【訳者註】Androidスマートフォンの地理空間インフラストラクチャおよび軍事状況認識アプリです。これにより、正確なターゲット設定、周囲の土地形成インテリジェンス、状況認識、ナビゲーション、データ共有が可能になる。(引用:https://en.wikipedia.org/wiki/Android_Team_Awareness_Kit)