ロシア・ウクライナ戦争から1年:米陸軍にとっての意味するところ (www.ausa.org)
ロシア・ウクライナ戦争から1年以上が経過しているが、終わりはなかなか見通しがつかない状況であるというのは大方の認識であろうと考える。マルチドメイン作戦(MDO)という新たなコンセプトのもとに変革を遂げつつある米陸軍にとってこの戦争から得られるものは何なのだろうというのは、軍事に関わる者だけに留まらず関心のあることであろう。ここでは、米国陸軍協会(AUSA)のHPに掲載されている論稿を紹介するものである。この論稿は、大規模戦闘作戦(LSCO)に向けた米陸軍の変革に関連する4つのレンズ(統合諸兵種連合戦(joint combined arms warfare)、戦略的対応力(strategic responsiveness)、軍需品近代化(materiel modernization)、作戦(operations))でこの戦争を分析しているところに特徴がある。(軍治)
ロシア・ウクライナ戦争から1年:米陸軍にとっての意味するところ
THE RUSSIA-UKRAINE WAR ONE YEAR IN: IMPLICATIONS FOR THE U.S. ARMY
Charles McEnany
Colonel Daniel S. Roper
March 24, 2023
チャールズ・マセナニー(Charles McEnany)は、米国陸軍協会(AUSA)で国家安全保障分析者を務める。ジョージ・ワシントン大学で安全保障政策学の修士号を取得している。
ダニエル・S・ローパー(Daniel S. Roper)米陸軍大佐(退役)は、米陸軍協会陸上戦研究所(United States Army’s Institute of Land warfare)の国家安全保障研究部長である。砲兵中隊(battery)、大隊、旅団レベルで指揮を執り、高等軍事研究学校のセミナー・リーダーを務めた。最終的な任務は、2007年から2011年まで米陸軍・米海兵隊対反乱戦センター長である。
論点:ISSUE
ロシア・ウクライナ戦争は、1年という節目を迎え、戦いの特徴や大規模戦闘作戦に向けた米陸軍と統合部隊の変革の軌跡に関する洞察を提供している。
注目点の範囲:SPOTLIGHT SCOPE
紛争からの観察に基づき、米陸軍、統合部隊、議会、そして同盟国やパートナーに影響を与える陸上戦(land warfare)の意味するところを解説している。
洞察:INSIGHTS
– 監視が行き渡ることで可能になった火力の興起(ascendency of fires)は、米陸軍の長距離精密火力とレイヤー化された防空・ミサイル防衛の近代化の必要性を強調している。
– 精密弾薬(precision munitions)と従来型の弾薬(conventional munitions)の大規模で復元性のある事前集積弾の備蓄は、米国の戦略的対応力(strategic responsiveness)に不可欠である。
– 米陸軍のマルチドメイン・タスク部隊(MDTF)は、ウクライナで見られる戦場の特徴によく合っている。
– 米陸軍は、他の用兵ドメイン(warfighting domains)と歩調を合わせて陸上戦能力(land warfare capabilities)を変革するために、年間3~5%の予算増を必要としている。
はじめに:INTRODUCTION
ウクライナにおけるロシアの1年にわたる戦争は、第二次世界大戦以降に見られなかった規模で、欧州に通常型紛争をもたらした。この注目点(Spotlight)では、大規模戦闘作戦(LSCO)に向けた米陸軍の変革に関連する4つのレンズ(統合諸兵種連合戦(joint combined arms warfare)、戦略的対応力(strategic responsiveness)、軍需品近代化(materiel modernization)、作戦(operations))でこの戦争を分析し、米陸軍、統合部隊、議会、そして同盟国やパートナーに関連する含意を提供する(図1)。
図1 注目する含意の要約
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その含意の狙いは、2022年国家防衛戦略(NDS)の3つの核となる信条である一体化された抑止(integrated deterrence)、戦役遂行(campaigning)、永続的優位性の構築(building enduring advantages)に対する米陸軍の貢献を支援することである[1]。一体化された抑止(integrated deterrence)を通じて、米国防総省(DoD)は、米国の国力のすべての手段と連携して、各用兵ドメイン(warfighting domains)、地域、紛争のスペクトラムにわたる取組みを同期させることにより、敵対者を抑止することを意図している。
つまり、米国防総省(DoD)は戦役遂行(campaigning)で一体化された抑止(integrated deterrence)を実現する。安全保障環境を米国に好ましい方向に変化させるために、論理的に結びついた軍事活動を順次行うのである。一体化された抑止(integrated deterrence)と戦役遂行(campaigning)を可能にするために、米国防総省(DoD)は将来の闘いに向けて近代化を加速させ、永続的優位性(build enduring advantages)を築かなければならない。国家防衛戦略(NDS)の3つの信条は相互に関連しており、その結果、この注目点(Spotlight)の含意と多くも重なり合う。
この注目点(Spotlight)は、統合部隊の一部として効果的な米陸軍を構築するために必要なすべての要素を取り上げることを狙いとするものではなく、米陸軍の礎である国家の戦争に闘い勝利する意欲に満ちた部隊を編成するために必要な人的投資については論じない。本書は、将来の紛争を抑止し、必要であれば紛争に勝利するための統合部隊の能力(ability)を強化する可能性のある初期の考察を提供する。
戦争分析の限界:LIMITATIONS ON WAR ANALYSIS
戦争の文脈依存的な性質を考慮すると、分析者はロシア・ウクライナ紛争を、米軍や連合軍が対等な競争者との紛争で経験することを完全に予見していると解釈すべきではない。米国防総省(DoD)は、大規模戦闘作戦(LSCO)を目指しているが、ウクライナの紛争は米陸軍の大規模戦闘作戦(LSCO)の定義に合致していない(ノート参照)[2]。
さらに、マルチドメイン作戦(MDO)のドクトリン(「目標を達成し、敵部隊を撃破し、統合部隊指揮官のために獲得した成果を集約・強化(consolidate gains)するために、相対的な優位性を生み出し、それを利用するための統合と米陸軍の能力の諸兵種連合(combined arms)の運用」[3])は、米陸軍が大規模戦闘作戦(LSCO)での闘うことを計画する方法であるが、ロシア軍とウクライナ軍はマルチドメイン作戦を行っていない。
このような制約があるため、この注目点(Spotlight)では教訓(lessons)という言葉を使うことは避けている。しかし、この戦争は、将来の大規模戦闘作戦(LSCO)に応用できるような洞察を得る機会を与えてくれる。
統合諸兵種連合戦:JOINT COMBINED ARMS WARFARE
米国は、統合部隊に決定的な陸上戦力(land power)を提供するための資金、構造、訓練を受けた米陸軍を必要としている。
観察1:ロシア・ウクライナ紛争は、戦争を行うハイテクな手段が陸上戦(land warfare)に取って代わるものではないことを示している。
2022年2月24日まで、多くの観測者は、ロシアの世界的な地位へのダメージに注目し、モスクワが攻撃を開始することを疑っていた。しかし、国家は常に合理的に見えるように行動するわけではない。西側諸国は領土侵略戦争(wars of territorial aggression)をするつもりはないかもしれないが、敵対者の意図を鏡のように映し出すことはできない。このような戦争への備えを怠ることは、攻撃的な修正主義国家を利するだけである。
近年、分析者たちは、近代的なハイテク・システムや、大規模戦闘を軽視したハイブリッド戦、非対称線、非線形戦に大きな関心を寄せているが、ロシアのウクライナにおける戦争は、主に通常戦である。米軍欧州軍指揮官兼欧州連合最高指揮官クリストファー・カボリ(Christopher Cavoli)将軍は、「戦争の大きな不可逆的特徴はハード・パワーである」と述べている。. . . 相手が戦車で現れたら、戦車を持っていた方がいい」[4]。
2017年3月16日、ウクライナのヤヴォリブ近郊にあるヤヴォリブ戦闘訓練センターでの訓練中、第28機械化歩兵旅団第1大隊のウクライナ兵がBMP-2装甲車の後ろに隠れ、他の兵士が部隊の前進を妨げるワイヤー障害物を突破しようと先を急ぐ (写真:アンソニー・ジョーンズ(Anthony Jones)米陸軍3等軍曹) |
含意1.1: 議会は、米陸軍部隊と統合部隊がそれぞれ実質年率3~5%の成長を受けるようにすべきである。
統合部隊が対等な競争者に勝つためには、5つの用兵ドメイン(warfighting domains)で各軍が提供する独自の能力を収束(converge)させる必要がある。1945年以来、防衛コミュニティで一貫して語られてきたのは、空と海を支配することで、米国は「地上戦闘の苦しみを味わうことなく(without the agony of ground combat)」紛争に勝利することができるという誤ったナラティブである[5]。
この誤った知覚(misperception)は統合部隊の即応性に否定的な影響を及ぼす。米陸軍は、世界の米戦闘司令部の要件の約3分の2を占めているにもかかわらず、2019年以降、約400億ドルの購買力を失っている[6]。地上ドメイン(land domain)はしばしば決定的であるため、このことは、敵対者を抑止したり、持続的な紛争で勝利したりするための能力の範囲を、統合部隊に与えないままにしている。
地上戦(ground warfare)の関連性が継続する理由は数多くある。戦略的に配置された陸上戦力(land forces)には、独特の抑止効果がある[7]。抑止力が働かない場合、国家は歴史的に、空軍や海軍の戦力だけでは彼らの狙い(aim)を達成することが困難であった[8]。当然のことながら、米陸軍は第二次世界大戦以降、米国のすべての主要な戦争で中心的な役割を果たし、戦闘戦域への展開の約60%、戦時中の死者の約70%を平均している[9]。
しかし、米陸軍の仕事は闘い(fight)だけではない。米陸軍は、合衆国法典第10編の執行官の責務を通じて、戦域を設定し、統合部隊の統合者(integrator)である。
ジョー・ダンフォード(Joe Dunford)前統合参謀本部議長は、米陸軍を戦闘作戦の「要(かなめ:linchpin)」として言及した: 「なぜなら、米陸軍は文字通り、重要な指揮統制能力、-基地防衛、輸送、工兵などの-重要な兵站能力、そしてといったその他のイネーブラーによって、統合部隊を支えてきた力だからである」[10]。
含意1.2:米軍はロシア・ウクライナ戦争後も欧州で適切なフォース・ポスチャー(位置付け、能力、能力)を維持する必要がある。
米国は欧州での態勢を縮小し[11]、インド太平洋に戦力をシフトすべきであると主張する者もいる。しかし、欧州で過剰なリスクを負うことなく、台湾(この主張をする人々がしばしば重視する)の抑止力を強化するような形で、米国が今後10年以内にそれを実現できる可能性は低いと思われる。
ロシア政府が地域的な影響力圏(sphere of influence)への欲求を放棄すると考えるのは時期尚早である。モスクワは2026年までに自国の軍隊を115万人から150万人に増やす計画であり[12]、軍隊を再建する一方で非従来型(unconventional)・非対称型(asymmetric)の能力を保持する。同様に、欧州の国防費の増加の可能性が、一体化された戦闘力のある軍隊につながるかどうかは不明である。
米国と欧州はこれまでにもロシア軍に驚かされたことがあり、特に2014年のクリミア併合はその典型である。仮にロシアがインド太平洋地域へ大幅にシフトした場合、米軍とインフラを欧州に戻す必要が生じる可能性があるが、その場合、危機の際には時間がかかり、脆弱なプロセスになる可能性がある。
観察2:ロシアとウクライナは、大規模な諸兵種連合の機動(combined arms maneuver)に苦戦しており、防衛がより強力な戦いの形態(form of warfare)として再浮上することに対してより脆弱であることを示している。
インテリジェンス、監視、偵察(ISR)プラットフォームの普及と火力は、紛争の中心的な要素である。この戦争は、地上戦(ground warfare)における防御優位の時代を予感させるものであり、防御(defense)、火力(fires)、消耗(attrition)が機動よりも優位性を持つとする分析者もいる[13]。
ロシアとウクライナは、「多様な戦闘兵種(combat arms)を一つの組織に組み入れ、一つの兵器の弱点を他の兵器の強さで補う」諸兵種連合(combined arms)の実施に苦心している(その程度は低いが)[14]。相互に支え合う武器がないため、両軍は戦場の殺傷力に対してますます脆弱になっている。
また、防衛力の優越(superiority of the defense)により、特定のプラットフォームが時代遅れになったと主張する者もいる。例えば、ロシアの重戦車はT-72の半数を失ったとされ[15]、重戦車の役割は従来型の紛争(conventional conflict)では限定的であると主張する人もいる[16]。
ロシア軍の戦車損失は、諸兵種連合作戦(combined arms operations)の失敗によるものである。2022年2月と3月、ロシアの戦車は、下車歩兵(dismounted infantry)や航空兵力の支援を受けずにウクライナの都市に向かって疾走し、その結果、機敏なウクライナの防御者に対して脆弱であった[17]。正しく使用された場合の戦車の火力と防御力に代わるものは現在ないが、他のプラットフォームと同様に、支援なしで活用された場合、その効果は発揮されない。
含意 2.1: 米陸軍の兵力構成と訓練は、大規模戦闘作戦(LSCO)における諸兵種連合作戦(combined arms operations)の必要規模を反映したものでなければならない。
戦場がより監視され、より致死性になるにつれ、損失を抑えながら攻撃的な作戦を実施するためには、効率的な諸兵種連合(combined arms)が不可欠である。大規模戦闘作戦(LSCO)における対等な競争者に対する相対的な優位性を生み出し、それを活用できる効果的な米陸軍マルチドメイン作戦を実現するためには、より上位の現場の司令部が広大な地域にわたる複雑な戦役(campaigns)を一体化する必要がある(図 2)。
これを実現するために、米陸軍は師団中心の兵力構成に戻し、師団、軍団、戦域レベルでの戦役(campaigns)を遂行する能力(ability)を大幅に向上させる[18]。
米陸軍と統合部隊は、大規模戦闘作戦(LSCO)に必要な規模でこれらの編隊を訓練しなければならない。ロシア軍は、クリミアやシリアでの小規模な作戦から大規模な従来型の戦争(conventional war)に至るまで、部隊運用を拡大できると誤って考えていた。米統合部隊は同様に、大規模な訓練なしに最近の旅団中心の作戦から規模を拡大できると考えてはならない。
図2 マルチドメイン作戦[19] |
米陸軍は、ナショナル訓練ンター(National Training Center)での師団レベルの訓練を拡大しており、2021年にこの訓練の第1回目を実施した[20]。統合部隊が訓練に仮想現実(virtual reality)、拡張現実(augmented reality)、仮想ゲーム(virtual gaming)を取り入れるにあたり、米国防総省(DoD)はこの技術の利用しやすさと同盟国やパートナーとの相互運用性を促進すべきである[21]。そうすることで、これらの演習の規模や臨場感(realism)を継続的に拡大することができる。
戦略的対応力:STRATEGIC RESPONSIVENESS
十分な規模、装備、および持続的な戦力は、信頼できる戦略的対応力(strategic responsiveness)、すなわち「決定的な結果を達成するために、適切な時期と適切な場所に適切な任務能力を展開する能力」(ノート参照)の基礎となるものである[22]。
観察3:決定打にはならないが、ロシアの戦力規模の優位性により、紛争を維持することができた。
2022年2月のロシア軍の兵力は、現役90万人、予備役200万人[23]に対し、ウクライナは現役19万6千人、予備役90万人であった。作戦の計画策定の不備から、モスクワの初期侵攻部隊は約19万人しかいなかった[24]。現在の推定では、ウクライナの兵力は開戦から数カ月で約50万人に増加した[25]。
2023年2月の時点で、英国国防省(British Defense Ministry)はロシア人犠牲者(民間軍事請負人を含む)の総数を200,000人と推定している[26]。米国当局は、少なくとも10万人のウクライナ人犠牲者を推定している[27]。
2022年初秋、ロシアは人的資源(manpower)の不利に対処し始めた。モスクワは少なくとも30万人の兵士を新たに動員し、約15万人をウクライナで戦う枯渇した部隊の補充に回した[28]。これらの動員された部隊は劣悪な訓練と装備を受けたにもかかわらず、ロシアは2022年12月と2023年1月にウクライナ東部の前線を安定させ、いくつかの領土を獲得した。
含意3.1: 議会は、募集が回復するにつれて、米陸軍の最終兵力(endstrength)を回復させるべきである。
戦力の質は量の不足をある程度補うことができるが、無条件ではない。2023年度の米陸軍の現役の最終兵力(active duty endstrength)452,000人が、1940年以来最低の水準にあることは問題である。将来の米国の大規模戦闘作戦(LSCO)はウクライナよりはるかに広い地域で行われる可能性がある。米陸軍は広大な地域で戦い、敵の防御を突破し、高い死傷率を維持する可能性があるため、十分な規模を持たなければならないのである。
最終兵力(endstrength)の向上は、米陸軍が戦闘に従事する兵士を確保し、同様に重要なのは、長期にわたる戦役(campaigns)において統合部隊を維持する役割を果たす能力を確保することである。米陸軍としては、採用不足の是正を継続しなければならない[29]。
観察4:ロシア・ウクライナ戦争は産業的な規模になった。
2022年11月、米国防当局者は、ロシアが毎日20,000発の砲弾を発射し、ウクライナは4,000~7,000発を発射したと推定している[30]。戦前の備蓄がかなりあるにもかかわらず、ロシアは精密誘導ミサイルを急速に消費したため、米政府関係者は不足する可能性があるとみており[31]、一部の地域では砲兵火力の速度を75%も落とさなければならないほどだ[32]。
ウクライナの西側支援者は、自分たちの準備態勢にギャップがあることを発見した。彼らは、平時の最低維持率に合わせたサイズの防衛産業基盤を持ち、コスト効率のために長期的な持続可能性を放棄していることを認識しつつある。
戦略国際問題研究所(Center for Strategic and International Studies)は、ウクライナにおける155mm弾などの重要な弾薬の生産ラインが、大規模な紛争の需要に対応できないか、あるいは休止していることを明らかにした[33]。米国の防衛産業が製造できる155mm榴弾は1カ月あたり約1万4000発で、これはウクライナ軍がわずか2日間の激しい戦闘で発射した量である[34]。
2020年6月15日、クレーンを使用した米陸軍の弾薬活動で出荷準備される弾薬類。クレーンは、統合弾薬コマンドの17の施設の1つであり、米陸軍軍需品コマンドの下にある23の有機産業基地の1つで、工廠、補給処、活動、弾薬工場が含まれている。 |
含意 4.1: 議会は、抑止力を強化し、従来型の戦争(conventional war)が始まる前に十分な弾薬類の備蓄を行うために、防衛産業基盤のための複数年契約への資金提供を増やすべきである。
「ジャスト・イン・タイム(Just-in-time)」納入では、高烈度の従来型の闘い(conventional fight)における米国の軍需需要を満たすことはできない。防衛産業基盤は、予算の不確実性に妨げられることなく、これらの弾薬の十分な備蓄を生産しなければならない。米陸軍は、155mm弾の生産を月産1万4千発から9万発に増強する計画を立て[35]、誘導多連装ロケットシステム(Guided Multiple Launch Rocket Systems :GMLRS)の複数年契約を締結するなど、前進を始めている。
まだ長い道のりである。米国防総省(DoD)は、対等な敵対者との紛争が長期化する可能性が高いことを認識した上で、潜在的な事態に対する推定軍需支出(estimated munitions expenditures)の分析を実施すべきである。さらに、大規模戦闘作戦(LSCO)では、対等な敵対者が生産を中断させる可能性がある。したがって、議会は、紛争が始まる前にこれらの弾薬類を生産し、備蓄するための長期的な資金を提供すべきである。
含意4.2:米国防総省(DoD)は、台湾への対外有償軍事援助(foreign military sales :FMS)を促進しながら、同盟国やパートナーとの必須装備の共同開発を拡大すべきである。
重要な装備品を同盟国やパートナーと共同生産(co-production)することで、十分な備蓄ができ、単一障害点(single points of failure)の少ない供給網(supply networks)を構築することができる。特に、高価で生産リードタイムが長い精密弾薬は、共同生産(co-production)が不可欠である。
欧州ではNATOやEUがこれを促進し、AUKUS(オーストラリア、イギリス、米国)やQuad(オーストラリア、インド、日本、米国)のようなネットワークは、インド太平洋に合わせた共同生産(co-production)を拡大する必要がある。
もう一つの手段として、対外有償軍事援助(FMS)は同盟国やパートナーとの相互運用性を促進しながら、重要な兵器システムの米国防総省(DoD)調達コストを下げることができる。そのためには、防衛産業基盤を強化し、販売プロセスにおける非効率を減らす必要がある[36]。米国の防衛戦略における台湾の優先順位を考えると、190億ドルの対外有償軍事援助(FMS)の滞留を解消することが優先されるべきである。
含意 4.3: 議会は、欧州抑止力構想(European Deterrence Initiative)および太平洋抑止力構想(Pacific Deterrence Initiative)を通じて、米陸軍事前集積備蓄(Army Prepositioned Stocks :APS)資金を拡大すべきである。
米陸軍がロシアの侵攻から数日以内に第3歩兵師団から7000人の兵士を動員してNATO同盟国を安心させたのも、米陸軍事前集積備蓄(APS)があったからこそである[37]。これらの在庫は、戦力と能力の適切な組み合わせを配置する、調整された戦力態勢(force posture)を通じて、統合部隊の戦略的対応力(strategic responsiveness)に不可欠である。
米陸軍事前集積備蓄(APS)は、必要に応じて米軍部隊が迅速に戦闘作戦に移行できるようにすることで、同盟国を安心させ、敵対者を抑止する。この態勢は、統合部隊の敏捷性を可能にすることで、国家防衛戦略(NDS)の抑止力と作戦の信条を支援する。
観察5:ロシアの兵站の失敗は、作戦・戦術の即応性に支障をきたしているが、モスクワはウクライナへの西側兵器の流入に同様の崩壊を与えることができなかった。
ロシア軍は比較的強固な装備品(品質は様々)を備蓄していたが、特に戦争初期の数週間は、作戦兵站が効果的でなかった。ロシア軍は供給量を超えて前進し、その結果、食料も燃料もほとんどない編成ができ、ウクライナの火力に弱くなった。
ウクライナは、NATOとの国境から多大な恩恵を受けている。モスクワは隣接するNATO域内の兵站備蓄を攻撃していないため、キーウ(Kyiv)の支援者がウクライナ兵に装備を供給することができた。ロシア軍は、ウクライナの戦域での兵站を効果的に崩壊させるのに苦労しているように見える。
含意5.1:米陸軍、米国防総省(DoD)、米国の同盟国やパートナーは、大規模戦闘作戦(LSCO)、特にインド太平洋における争われた兵站(contested logistics)に備える必要がある。
装備品の生産は戦略的対応力(strategic responsiveness)の一部に過ぎない。米軍は、軍需品を戦域に運び、兵士の手に渡し、それを維持することができて初めて、戦闘の信頼性を高めることができる。しかし、欧米のウクライナに対する安全保障支援の取組み(security assistance efforts)とは異なり、大規模戦闘作戦(LSCO)では「工場から砦、狐の穴」までの争われた兵站(contested logistics)になることが常態化する可能性が高い。
米国とそのパートナーは、中国との台湾をめぐる戦争で、ウクライナで示したような兵站支援を再現できると考えることはできない。仮に米軍部隊や同盟部隊が台湾に装備品を提供するだけでも、人民解放軍(People’s Liberation Army)は台湾を封鎖しようとする可能性が高い。
米軍とパートナー軍が台湾を直接的(directly)に防衛する場合、中国はおそらく、米軍と同盟国の本土にある起点から台湾の部隊までの兵站と兵力生成能力を争うだろう。北京はサイバー兵器や宇宙兵器を用いて、米国のデータや航法を妨害することができる。また、インテリジェンス、監視、偵察(ISR)と火力を使って、米国の供給ノードと輸送をリスクにさらすことも可能である。
兵士、基地、インフラは、より低いシグネチャで戦域に分散する必要があり、正確で慎重な供給が重視される。軍産インフラは、米国やパートナーの国土を含む戦域外のサイバーの混乱(cyber disruptions)やキネティックな効果に対して復元性を持たなければならない。
軍需品の近代化:MATERIEL MODERNIZATION
ロシア・ウクライナ戦争は、火力用兵機能(fires warfighting function)の再上昇を示すものである。このセクションでは、米陸軍の6つの軍需品の近代化優先事項のうち、この重要な潜在的発展に最も関連する2つ、長距離精密火力(LRPF)と航空・ミサイル防衛(AMD)について論じる。
観察6:ウクライナ長距離精密火力(LRPF)はロシアの作戦を大幅に混乱させ、キエフの集団的不利を相殺するのに役立った。
米陸軍参謀総長のジェームズ・マコンヴィル(James McConville)米陸軍大将は、ウクライナが米国から供給された20台の高移動性砲兵ロケット・システム(High Mobility Artillery Rocket Systems :HIMARS-GMLRS弾を発射する)を採用したことを「ゲーム・チェンジャー[38]」と呼び、2022年秋の攻勢に役立てたと述べた。
高移動性砲兵ロケット・システム(HIMARS)から発射される誘導多連装ロケットシステム(GMLRS)は射程距離が50マイルで、ドローン、衛星、ジオロケーション(ユーザの位置情報を扱う技術)、西側のインテリジェンス支援からのターゲッティング・データを一体化することにより、ウクライナはこれまで安全だったロシアの指揮・統制(C2)、兵站ノード、大量の編隊を危険にさらし、正確な縦深攻撃をすることができる。高移動性砲兵ロケット・システム(HIMARS)の精度は、ウクライナの火力における量的不利を補い、後方支援の手間を省くのに役立っている[39]。このシステムは、その移動性(mobility)と小さな設置面積で、高い残存性を証明している。
ロシア軍が高移動性砲兵ロケット・システム(HIMARS)の射程外に潜在的な目標を移動させるために適応したことが、キーウ(Kyiv)に高移動性砲兵ロケット・システム(HIMARS)プラットフォームから発射されるが射程が190マイルである米陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)ミサイルを求めることに拍車をかけている。本稿執筆時点では、米国は米陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)ミサイルをウクライナに送ってはいない。
含意6.1: 議会は、米軍長距離精密火力(LRPF)へのタイムリーな資金提供を確保すべきである。
「長距離」は、異なるプラットフォームや戦域の地理を考慮する場合、相対的なものである。ウクライナの「長距離」能力である高移動性砲兵ロケット・システム(HIMARS)は、米陸軍の予想される長距離精密火力(LRPF)一式(図3)と比較すると、長くない。例えば、2023年度に実戦配備が予定されている米陸軍の長距離極超音速兵器の射程は1,725マイルである。
これらの残存可能な地上型長距離精密火力(ground-based LRPF)は、空と海の領域からの長距離精密火力(LRPF)と並んで、統合部隊指揮官に補完的な選択肢を提供し、敵対者に複数のジレンマをもたらすものである[40]。長距離精密火力(LRPF)は、インド太平洋の広大な距離において、特に重要である。
図3 米陸軍長射程精密火力[41] 凡例 パラディン:Paladin、ERCA:Extended Range Cannon Artillery GMLRS :Guided Multiple Launch Rocket System HIMARS :High-Mobility Artillery Rocket System GMLRS-ER :Guided Multiple Launch Rocket System – Extended Range ATACMS :Army Tactical Missile System、 PrSM :Precision Strike Missile MRC :Mid-Range Capability、 LRHW :Long-Range Hypersonic Weapon |
含意6.2:精度を上げても、米国防総省(DoD)は従来型の弾薬類(conventional munitions)の数量を増やすべきである。
精密火力は無誘導弾よりも効率的だが、西側諸国は財政的・生産的な制約から十分な量を生産することができない。米陸軍は、精密弾の不足を補うために、兵員や兵器の近接集団に対する大量の従来型の火力(conventional fires)を採用し、精密火力を遠距離で高報酬のターゲットのためにとっておくことができる。米国防総省(DoD)は、精密弾薬がそれだけで十分であるとの前提で、大量の火力を犠牲にすべきではない。
観察7:多様な空とミサイルの脅威は、ロシアとウクライナの地上部隊に大きなジレンマを与えている。
ロシアとウクライナは、軍事衛星や商業衛星、無人航空システム(UAS)、長距離精密火力(LRPF)など、さまざまな航空・ミサイル・システムをインテリジェンス、監視、偵察(ISR)やキネティックな効果のために活用してきた。固定翼機や回転翼機は、ウクライナとロシアの地上部隊が互いに航空優勢(air superiority)を否定しているため、多くの人が想定しているほど重要な役割を果たしていない。
無人航空システムは特に顕著である。ロシアとウクライナは、敵対者部隊を発見し、大量の砲兵火力やレーザー誘導火力を指示するために軍用機や商業用ドローンを使用している[42]。ウクライナは米国製の徘徊型弾薬のスウィッチブレード(Switchblade loitering munitions)を、ロシアはイランのシャヘド-136(Shahed-136)ドローンを使用するなど、両軍とも致死性能力を持つ無人航空システムを採用している。
西側同盟国からの防空システムのうち、ウクライナは、ロシアの巡航ミサイルを迎撃するのに有効[43]で、パトリオット防空砲兵中隊(Patriot air defense battery)を組み込んでいる米国の国立先進地対空ミサイルシステム2基を受け取っている[44]。また、ワシントンは小型ロケットや電子妨害を利用した開発型の対無人航空システム(C-UAS)システムも提供しているが[45]、ウクライナ軍はしばしば50口径の機関銃など、より技術的に劣る手段に頼ってきた[46]。
含意 7.1: 議会は、統合部隊の重層的な航空・ミサイル防衛に十分な資金を提供すべきである。
航空・ミサイル防衛(AMD)にとって最も重大な挑戦は、単一の能力からではなく、複数の脅威を「ミックス&マッチ」する攻撃からもたらされる可能性がある[47]。大規模戦闘作戦(LSCO)では、敵対者は戦域外の軍事インフラ、さらには米国や同盟国の自国をターゲットにする可能性がある。
航空・ミサイル防衛(AMD)は十分に階層化され、相互接続されていなければならず、「一体化された統合キル・ウェブ」(図 4)において統合部隊全体のセンサーを活用する。この能力は、弾道ミサイルや巡航ミサイル、ロケット砲、野戦砲、迫撃砲、無人航空システムなどに対して、国土から戦術的な末端(tactical edge)まで部隊を保護することができる。この最終目的のために、米陸軍は統合戦闘指揮システムの初期運用試験を完了した[48]。このシステムは、統合全ドメイン指揮・統制(JADC2)の一部として、米陸軍航空・ミサイル防衛(AMD)センサーとシューターを統一されたネットワークに一体化する。
図4 レイヤー化された防空ミサイル防衛[49] 凡例 LOWER-AD: Low-Cost Extended Range Air Defense:低コスト・長距離防空 HEL-TVD: High Energy Laser Tactical Vehicle Demonstrator:高エネルギーレーザー戦術車両実証機 NG FIRES RADAR: New Generation Fires Radar:新世代火力レーダ MADT: Maneuver Air Defense Technology:機動防空技術 MMHEL: Multi-Mission High Energy Laser:多任務高エネルギーレーザ BLADE: Ballistic Low Altitude Drone Engagement:低弾道低ドローン交戦車 |
対無人航空システム(C-UAS)は重要なギャップである。マコンビル将軍は、対無人航空システム(C-UAS)ソリューションの革新の必要性を、イラクとアフガニスタンにおける即席爆発装置(IED)によるリスクを軽減する[50]ための米陸軍の「フル・コート・プレス(full court press)[51]」と比較している。米陸軍の早期能力重要技術室(Rapid Capabilities and Critical Technologies Office)は、指向性エネルギー(directed energy)の試作機とマイクロ波兵器(microwave weapons)の実験を行い、ドローンのスウォーム(drone swarms)に対する初期の成功を示している[52]。米国の潜在的な敵対者が無人航空システムをますます採用するようになるため、持続的な資金提供が必要である。
作戦:OPERATIONS
ウクライナ軍の実績(performance)は、米陸軍が国家防衛戦略(NDS)を支援するために、安全保障部隊支援編成(security force assistance formations)やマルチドメイン・タスク部隊(MDTF)を効果的に使用する方法についての洞察を与えてくれる。
観察8:欧米の安全保障協力は、ウクライナ軍部隊にとって大きな戦力増強になっている。
2022年2月以前は、ウクライナ軍がロシアの大規模な攻撃に耐えられると考える観測者はほとんどいなかった。米国と欧米の安全保障協力(装備、訓練、インテリジェンス)は、ウクライナがそのような能力(ability)を発揮するための重要な理由となっている。
ウクライナの武装・訓練に対する欧米の取り組みをすべて詳述するのはこの注目点(Spotlight)の範囲外であるため、米国の貢献に焦点を当てた。しかし、その意味するところは米国の同盟国やパートナーにも当てはまり、その多くはパートナーの能力を高めるために大きな能力(ability)を発揮してきた。
米国とウクライナの軍事関係は、ウクライナが州パートナーシップ・プログラム(SPP)を通じてカリフォルニア州兵と提携した1993年に始まる。2014年のクリミア併合後、主に米国の特殊作戦部隊(SOF)を通じて、訓練の取り組みが加速した。
米国は開戦以来、約270億ドルの軍事支援を行っており、ウクライナに対する世界の軍事支援の70%以上を占めている[53]。欧米での訓練も活発化している。米軍はオクラホマ州フォートシルでウクライナ軍を受け入れ、パトリオット・ミサイルの訓練を行い[54]、ドイツのグラフェンヴォーアではウクライナ兵に諸兵種連合の機動(combined arms maneuver)を開始した[55]。
欧米の支援には、インテリジェンスや作戦の計画策定も含まれている。米国やNATOのインテリジェンスによって、ウクライナのロシアのターゲットへの攻撃が可能になり[56]、欧米の軍事顧問がウクライナのへルソン(Kherson)反攻(counteroffensive)の計画策定に関与したとさえ伝えられている[57]。
2017年6月13日、ウクライナ・ヤボリブ近郊のヤボリブ戦闘訓練センターで、塹壕突撃と掃討を実演する米兵たち (写真:アンソニー・ジョーンズ(Anthony Jones)米陸軍3等軍曹) |
含意 8.1: 米国防総省(DoD)は、米陸軍の安全保障部隊支援旅団(SFAB)、特殊部隊(SF)、州パートナーシップ・プログラム(SPP)を通じて安全保障部隊支援(SFA)活動を拡大すべきである。
米陸軍の安全保障部隊支援旅団(SFAB)、特殊部隊(SF)、州パートナーシップ・プログラム(SPP)は、安全保障部隊支援(SFA)を実施するための補完的でありながら異なるツールである[58]。安全保障部隊支援旅団(SFAB)は、パートナーの従来型の部隊(conventional forces)を訓練するための米陸軍初の目的別編成である。特殊部隊(SF)は土着の部隊で活動し、外国の非従来型の部隊や特殊作戦部隊(unconventional and SOF forces)の訓練を優先する。州パートナーシップ・プログラム(SPP)は、外国の軍隊と米国の州兵部隊を結びつけ、より深い関与のための道を形成する。
安全保障部隊支援(SFA)は戦略的競争において不可欠なツールである。ウクライナで実証されたように、戦略的競合国の周辺部でパートナーの能力容量(capacity)を高めることができる。米陸軍、米国防総省(DoD)、およびパートナーは、モルドバやカザフスタン(いずれも州パートナーシップ・プログラム(SPP)加盟国)など、ロシアの領土侵略の懸念がある国々でこうした取り組みを拡大できる。また、台湾との訓練交流を強化すべきであり、ワシントンは台湾を州パートナーシップ・プログラム(SPP)に含めることを検討すべきであろう。
さらに、米陸軍安全保障部隊支援(SFA)は、優先順位の低い地域の米軍に対する要求を責任を持って削減することができる。2022年国家防衛戦略(NDS)は、インド太平洋が米国の優先的な戦域であり、次いで欧州であることを強調している。しかし、中東やアフリカの脅威は、できれば現地の部隊を活用して、持続的に注意を払う必要がある。例えば、安全保障部隊支援旅団(SFAB)と特殊部隊(SF)は、2016年から2019年にかけてイスラム国を劣化させた「(安全保障部隊支援旅団(SFAB)と特殊部隊(SF))による、と共に、を通じた(by, with and through)」のアプローチでテロ対策作戦(counterterrorism operations)を実施するために、現地のパートナーを訓練することができる。
米国の同盟国やパートナーも同様に、訓練の取組みの拡充に目を向けることができる。地政学的な紛争地点にそれほど近くない国々は、安全保障部隊支援(SFA)に特化した部隊を創設するのに十分な能力容量(capacity)を有しているかもしれない。例えば、2021年、英国陸軍は第11歩兵旅団を第11安全保障部隊支援旅団(SFAB)(米国のカウンターパートと同じ名称)に再利用した。
また、特殊作戦部隊(SOF)のローテーションを拡大し、地域の防衛部隊を創設したり、優先順位の低い地域でパートナーの能力容量(capacity)を強化したりすることもできる。いずれの場合も、比較的限定的な投資で、戦略的に大きな影響を与えることができる。
観察9:ウクライナのクロス・ドメイン機動(cross-domain maneuver)は、エピソード的ではあるが、現代の戦場におけるマルチドメイン作戦の潜在的可能性を示している。
ウクライナ軍は、米陸軍が定義する「複数のドメインにまたがる戦力と能力の同期と活用(the synchronization and employment of forces and capabilities . . . across multiple domains)」であるクロス・ドメインの機動(cross-domain maneuver)を行う能力(ability)が限定的であることを示した[59]。
ウクライナの戦場は、インテリジェンス・監視・偵察(ISR)と火力によって高い致死性を持ち、サイバー・ドメインと電磁スペクトラムの探知によって悪化している。ロシア軍は探知しやすいシグネチャーで固められ、電磁スペクトラムによって地上部隊がキネティックな攻撃(kinetic attack)を受けやすいといクロス・ドメインの脆弱性(cross-domain vulnerabilities)を生み出している。
ウクライナはこれらの脆弱性を利用して、特にマキイウカ(Makiivka)のロシア軍宿舎を高移動性砲兵ロケット・システム(HIMARS)で攻撃し、数百人が死亡したと報告されている[60]。また、ウクライナは、ロシアの黒海艦隊の旗艦である「モスクワ(Moskva)」を撃沈するために、クロス・ドメインの火力を遂行した[61]。
含意9.1:議会は、統合部隊に強化された対攻撃/領域拒否(A2/AD)能力を提供するために、米陸軍の2つの追加の計画されたマルチドメイン・タスク部隊(MDTF)に資金を提供するべきである。
ウクライナは、戦力が近代化されていないにもかかわらず、クロス・ドメインの機動(cross-domain maneuver)が可能であったことから、米軍のマルチドメイン・タスク部隊(MDTF)のような必要な能力を備えた編成が、敵対者に大きなジレンマを与える可能性があることがわかる。
マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)は、電子戦、宇宙、サイバー、情報などの長距離精密効果(LRPE)を長距離精密火力(LRPF)と同期させる戦域レベルのマルチドメイン機動要素(multi-domain maneuver elements)である[62]。マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)は、競争時にはドメインを超えて機動し、優位性の立場を獲得する。紛争時には、敵対者の接近阻止/領域拒否(A2/AD)ネットワークに侵入するための選択肢を各戦闘軍指揮官(combatant commanders)に提供する。
米国インド太平洋軍(USINDOPACOM)と米国欧州軍の各戦闘軍指揮官(combatant commanders)からは、マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)に備わる能力に対する高い要求がある[63]。ハリー・B・ハリス(Harry B. Harris)提督(元太平洋軍指揮官)は、マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)が「船を沈め、衛星を無力化し、ミサイルや飛行機を撃ち落とし、敵の指揮・統制の能力(ability)をハッキングまたは妨害する[64]」可能性を見ている。
現在、マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)はインド太平洋に2つ、欧州に1つある。米陸軍は、インド太平洋に3つ目のマルチドメイン・タスク部隊(MDTF)を立ち上げ、さらにもう1つをグローバルに採用することを計画している。議会は、今後1~2会計年度にわたって、これらの追加マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)のための資金を提供すべきである。
図5 一般的なマルチドメイン・タスク部隊構造[65] |
含意9.2:各戦闘軍指揮官(Combatant commanders)は、マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)に新たな機会を迅速に利用する権限を与えるべきである。
現代の戦場で生き残るには、分散性、機動能力(maneuverability)の機能、敵対者のキル・チェーンを混乱させるのに十分な迅速な行動が必要である[66]。これらの要素はマルチドメイン・タスク部隊(MDTF)の作戦に不可欠であり、敵対者の接近阻止/領域拒否(A2/AD)に対する残存性(survivability)を向上させる可能性がある。マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)は分散型作戦(distributed operations)を行い、移動性(mobility)を活かして敵対者の火力を回避する。効果と火力を一体化することで、意思決定のタイムラインを短縮し、マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)は敵対者の能力を使用する前に低下させたり破壊することができる。
これらの残存性(survivability)の要素に共通するのは、米陸軍と統合部隊は、時間的制約のある新たな機会を利用するために、マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)に権限を与えなければならないということである。マルチドメイン作戦では、特に通信が劣化した大規模戦闘作戦(LSCO)において、分権化された権限(decentralized authority)が必要となる。また、米陸軍は、ミッション・コマンド(mission command)に改めて焦点を当てたリーダー育成に適応する必要がある。
含意9.3:米陸軍と米国防総省(DoD)は、同盟国やパートナーと協力して、敵対者の接近阻止/領域拒否(A2/AD)ネットワーク内にマルチドメイン・タスク部隊(MDTF)を配置するべきである。
長距離精密火力(LRPF)に代表されるマルチドメイン・タスク部隊(MDTF)の能力は、敵対者の接近阻止/領域拒否(A2/AD)ネットワーク内で「インサイド・フォース」として作戦する場合に、最も大きな可能性を発揮する(図6)。しかし、マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)をパートナーや同盟国の領土、特にインド太平洋に駐留させることには、政治的制約があるかもしれない。しかし、米陸軍と米国防総省(DoD)は、2023年1月に日本が沖縄に米海兵隊沿岸連隊(U.S. Marine Littoral Regiment)を駐留させることに合意したことを踏まえ、マルチドメイン・タスク部隊(MDTF)の価値を実証するために取り組むことができる[67]。
結論:CONCLUSION
ロシア・ウクライナ戦争は、米軍に大規模な紛争に対する準備態勢を把握し、不足を是正するために断固とした行動をとることを迫るものである。この注目点(Spotlight)は、一体化された抑止(integrated deterrence)、戦記遂行(campaigning)、永続的優位性の構築(building enduring advantages)という 国家防衛戦略(NDS)の核となる信条を支持し、陸上戦力(land forces)について、統合諸兵種連合戦(joint combined arms warfare)、戦略的対応力(strategic responsiveness)、軍需品近代化(materiel modernization)、そして作戦(operations)という観点から考察したものである。これは間違いなく不完全なリストであり、紛争に関する慎重な研究を続ける必要がある。
ロシアの違法かつ不必要なウクライナ戦争に美徳(virtue)を見出すことは難しいが、抑止力を維持するために必要な勤勉な取組み(diligent effort)を西側諸国に思い起こさせるかもしれない。政治指導者は、大規模な戦争がもたらす潜在的なコストについて、国民に明確に伝えるべきである。
国民の支持がなければ、平和を維持するための重要な軍事投資も持続できない。西側諸国が現在の戦争から自信を持って引き出せる明確な「教訓(lesson)」があるとすれば、それは将来の戦争を防ぐための新たな深い関与(renewed commitment)であるはずだ。
ノート
[1] DoD, 2022 National Defense Strategy (Washington, DC: U.S. Government Printing Office, October 2022), 1.
[2] 米陸軍は大規模戦闘作戦(LSCO)を「作戦・戦略目標の達成を狙いとした戦役として実施される、投入兵力の範囲・規模ともに大規模な統合戦闘作戦」と定義している。地上戦闘の間、通常、複数の軍団や師団による作戦が行われ、通常、統合チームや多国籍チームからの相当な戦力が含まれる」。陸軍省、陸軍フィールドマニュアル(FM)3-0、作戦(ワシントンDC:米国政府印刷局、2022年10月)、1-10。ロシア・ウクライナ戦争では、「複数の軍団や師団による作戦」は行われていない。さらに、ロシアとウクライナは大規模な統合作戦を実施しておらず、多国籍作戦も行われていない。したがって、この紛争は大規模戦闘作戦(LSCO)のこの定義に合致しない。
[3] FM 3-0, Operations, 1-2.
[4] John Vandiver, “Get used to wielding ‘hard power,’ US Army general at head of NATO command tells allies,” Stars and Stripes, 10 January 2023.
[5] John E. Whitley, Underfunding the Army Has Risky Implications, Association of the United States Army, Special Report 23-1, 11 January 2023, 6.
[6] Whitley, Underfunding the Army Has Risky Implications, 2.
[7] David E. Johnson, “An Overview of Land warfare,” Heritage Foundation, 4 October 2017.
[8] Robert A. Pape, “Bombing to Lose,” Foreign Affairs, 20 October 2022.
[9] Whitley, Underfunding the Army Has Risky Implications, 1.
[10] Jim Garamone, “Change Coming to Strategic Levels in Military, Dunford Promises,” DoD News, 5 October 2016.
[11] Aislinn Laing, Andrea Shalal and Robin Emmott, “U.S. to boost military presence in Europe as NATO bolsters its eastern flank,” Reuters, 29 June 2022.
[12] Julia Shapero, “Russia lays out plans to boost size of military to 1.5 million,” The Hill, 17 January 2023.
[13] Frank Hoffman, “American Defense Priorities After Ukraine,” War on the Rocks, 2 January 2023.
[14] Lieutenant Colonel Amos C. Fox, Reflections on Russia’s 2022 Invasion of Ukraine: Combined Arms Warfare, the Battalion Tactical Group and Wars in a Fishbowl, Association of the United States Army, Land warfare Paper 149, September 2022.
[15] Ellen Francis, “Russia has lost nearly half its main battle tanks, report estimates,” Washington Post, 16 February 2023.
[16] Sam Fellman and Mattathias Schwartz, “Ukraine has destroyed nearly 10% of Russia’s tanks, making experts ask: Are tanks over?” Business Insider, 22 March 2022.
[17] “War Offers Lessons on Russian Military, Warfare,” Association of the United States Army, 17 October 2022.
[18] Profile of the United States Army, Association of the United States Army, 2022, 24.
[19] U.S. Army Europe and Africa (@USArmyEURAF), Twitter photo, 14 September 2021.
[20] Janell Ford, “First-ever division level training rotation at NTC complete,” Army News Service, 14 April 2021.
[21] Timothy Marler, “Unlocking Training Technology for Multi-Domain Operations,” RAND Corporation, 24 January 2023.
[22] 「戦略的対応力: 変革する陸軍のための新しいパラダイム(Strategic Responsiveness: New Paradigm for a Transformed Army)」(米国陸軍協会『防衛レポート00-3』2000年10月号) 1.陸軍は2000年代前半に「戦略的対応力」という言葉をよく使っていた(そのため、この注目点(Spotlight)の定義は2000年のものである)。9.11以降の時代には、この用語の使用は減少している。今日、このコンセプトは「戦略的即応性(strategic readiness)」に似ており、米陸軍は「国家軍事戦略の要求を満たすために適切な兵力を提供する能力」と定義している。(陸軍省、陸軍規則525-30、陸軍戦略・作戦準備(ワシントンDC:米国政府印刷局、2020年4月9日))、2. この注目点(Spotlight)では、「戦略的即応性(strategic readiness)」の「適切な兵力(adequate forces)」に焦点を絞るよりも、戦略的競争において陸軍が戦力投射のために必要な要素の全容をよりよく伝えることができる「戦略的対応力(strategic responsiveness)」を選択した。
[23] Angela Dewan, “Ukraine and Russia’s militaries are David and Goliath. Here’s how they compare,” CNN, 25 February 2022.
[24] Mark F. Cancian, “Russian Casualties in Ukraine: Reaching the Tipping Point,” Center for Strategic and International Studies, 31 March 2022.
[25] Dan Sabbagh, “Ukraine’s high casualty rate could bring war to tipping point,” The Guardian, 10 June 2022.
[26] U.K. Ministry of Defence (@DefenceHQ), “Latest Defence Intelligence update on the situation in Ukraine – 17 February 2023,” Twitter photo.
[27] “Russia taken 180,000 dead or wounded in Ukraine: Norwegian army,” France 24, 22 January 2023.
[28] Mary Ilyushina and Francesca Ebel, “Using conscripts and prison inmates, Russia doubles its forces in Ukraine,” Washington Post, 23 December 2022.
[29] Hunter Rhoades, “Future Soldier Preparatory Course to expand based on initial success,” Army News Service, 9 January 2023.
[30] Courtney Kube, “Russia and Ukraine are firing 24,000 or more artillery rounds a day,” NBC News, 10 November 2022.
[31] Jack Detsch, “Russia Is Running Low on Ammo,” Foreign Policy, 23 November 2022.
[32] Jamie McIntyre, “Russia claims capture of Soledar as Pentagon says Putin undeterred by heavy battlefield losses,” Washington Examiner, 11 January 2023.
[33] Seth G. Jones, Empty Bins in a Wartime Environment: The Challenge to the U.S. Defense Industrial Base, Center for Strategic and International Studies, January 2023, 7.
[34] Karen DeYoung, Dan Lamothe and Isabelle Khurshudyan, “Inside the monumental, stop-start effort to arm Ukraine,” Washington Post, 23 December 2022.
[35] Jen Judson, “With demand high in Ukraine, US Army ramps up artillery production,” Defense News, 25 January 2023.
[36] Jennifer Kavanaugh and Jordan Cohen, “The Real Reasons for Taiwan’s Arms Backlog—and How to Fix It,” War on the Rocks, 13 January 2023.
[37] Cameron Porter, “Army leaders at AUSA stress importance of Army Prepositioned Stocks program,” Army News Service, 13 October 2022.
[38] Sydney J. Freedberg Jr. and Andrew Eversden, “Firepower & people: Army chief on keys to future war,” Breaking Defense, 10 October 2022.
[39] Luke Vargas and Dan Michaels, “How Himars Transformed the Battle for Ukraine,” What’s New, Wall Street Journal, podcast, 10 October 2022.
[40] Lieutenant General Stephen Lanza, USA, Ret., and Colonel Daniel S. Roper, USA, Ret., Fires for Effects: 10 Questions about Army Long-Range Precision Fires in the Joint Fight, Association of the United States Army, Spotlight 21-1, August 2021.
[41] Sydney J. Freedberg Jr., “Army Plans To Grow Artillery,” Breaking Defense, 10 May 2021.
[42] David Hambling, “Russia’s Deadly Artillery Drones Have A Strange Secret,” Forbes, 11 April 2022.
[43] Marcus Weisgerber, “US Trying to Persuade More Allies to Send NASAMS Missiles to Ukraine, Raytheon CEO Says,” Defense One, 1 December 2022.
[44] Dan Lamothe and Karen DeYoung, “Biden administration to send Patriot missile system to Ukraine,” Washington Post, 21 December 2022.
[45] Mark F. Cancian, “Can the United States Do More for Ukrainian Air Defense?” Center for Strategic and International Studies, 17 October 2022.
[46] Michael E. Miller and Anastacia Galouchka, “Ukraine’s drone hunters scramble to destroy Russia’s Iranian-built fleet,” Washington Post, 28 November 2022.
[47] Jeremiah Rozman, Integrated Air and Missile Defense in Multi-Domain Operations, Association of the United States Army, Spotlight 20-2, May 2020.
[48] Theresa Hitchens, “Army’s IBCS wraps up initial operational testing,” Breaking Defense, 9 November 2022.
[49] Major General Cedric T. Wins, “CCDC’S road map to modernizing the Army: air and missile defense,” Army News Service, 10 September 2019.
[50] Tucker Chase and Matthew Hanes, “There’s a Race for Arctic-Capable Drones Going On, and the United States is Losing,” Modern War Institute, 19 January 2022.
[51] “Hidden Dangers, Hidden Answers,” CNA.
[52] Andrew Eversden, “Lawmakers push for directed energy weapons, suggest collaboration with Israel,” Breaking Defense, 27 June 2022.
[53] Mark F. Cancian, “Aid to Ukraine Explained in Six Charts,” Center for Strategic and International Studies, 18 November 2022.
[54] Doug G. Ware, “Ukrainian troops arrive at Fort Sill to train on Patriot missile system, Pentagon says,” Stars and Stripes, 17 January 2023.
[55] Dan Lamothe, “U.S. begins expanded training of Ukrainian forces for large-scale combat,” Washington Post, 15 January 2023.
[56] Julian E. Barnes, Helene Cooper and Eric Schmitt, “U.S. Intelligence Is Helping Ukraine Kill Russian Generals, Officials Say,” New York Times, 4 May 2022.
[57] Isabelle Khurshudyan et al., “Inside the Ukrainian counteroffensive that shocked Putin and reshaped the war,” Washington Post, 29 December 2022.
[58] Charles McEnany, The U.S. Army’s Security Force Assistance Triad: Security Force Assistance Brigades, Special Forces and the State Partnership Program, Association of the United States Army, Spotlight 22-3, October 2022.
[59] U.S. Army Futures Command (AFC), AFC Pamphlet 71-20-2, Army Futures Command Concept for Brigade Combat Team Cross-Domain Maneuver 2028, August 2020, vii.
[60] “Makiivka strike: what we know about the deadliest attack on Russian troops since Ukraine war began,” The Guardian, 3 January 2023.
[61] Dan Sabbagh, “US shared location of cruiser Moskva with Ukraine prior to sinking,” The Guardian, 6 May 2022.
[62] Charles McEnany, Multi-Domain Task Forces: A Glimpse at the Army of 2035, Association of the United States Army, Spotlight 22-2, March 2022.
[63] Lanza and Roper, “Fires for Effects: 10 Questions about Army Long-Range Precision Fires in the Joint Fight,” 3.
[64] Admiral Harry B. Harris, Jr., “Association of the United States Army Conference,” virtual speech to the Association of the United States Army Annual Meeting, 4 October 2016.
[65] Charles McEnany, Multi-Domain Task Forces: A Glimpse at the Army of 2035, Association of the United States Army, Spotlight 22-2, March 2022.
[66] Mykhaylo Zabrodskyi et al., Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February–July 2022, Royal United Services Institute, 30 November 2022, 3.
[67] Joe Gould, “Japan to OK new US Marine littoral regiment on Okinawa,” Defense News, 11 January 2023.
[68] John Gordon IV and John Matsumura, Army Theater Fires Command: Integration and Control of Very Long-Range Army Fires (Santa Monica, CA: RAND, 2021), 6.
[69] Gordon and Matsumura, Army Theater Fires Command, 5.