分析のレベルとしての戦争のレベル

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紹介するのは、米陸軍のMilitary Review2021年11-12月号に掲載の記事である。複雑化する作戦環境において軍人として理解しておくべき、政治と軍事の関係を整理するのに必要な戦略、作戦、戦術などの概念区分である戦争のレベル(levels of war)に関する論稿である。

米軍の統合出版物における戦争のレベル(levels of war)の表現が、戦いのレベル(levels of warfare)として表現されたのは、2013年3月25日版の「JP1_Doctrine for the Armed Forces of the United States」である。2009年の修正以来の改訂となるこの版においては、いくつかの変更点があるが、戦争(war)、戦い(warfare)、戦役(campaign)、作戦(operation)に関連するものや、政策(policy)、戦略(strategy)、ドクトリン(doctrine)、コンセプト(concepts)に関する分類を確立している。この時期は第18代米統合参謀本部議長にマーティン・E・デンプシー(MARTIN E. DEMPSEY)米陸軍大将が就任していた頃であり、中東のイラク、アフガニスタンでの戦いで延々と続く戦争に疲れ果てていたころである。

戦争のレベル(levels of war)の理解において、軍事組織の指揮階層や部隊の規模を直結して考察しがちとなるが、本論稿ではそのことを踏まえて留意すべき点を論じている。

「levels of war」を「戦争の次元」とすることも見かけるがここでは「戦争のレベル」を使用した(軍治)

分析のレベルとしての戦争のレベル – The Levels of War as Levels of Analysis –

アンドリュー・S・ハーヴェイ(Andrew S. Harvey)博士

オーストラリア、クイーンズランド州ロックハンプトンのショールウォーター・ベイ訓練場のマクラクラン集合地で、タリスマン・セイバー演習の一部であるハメル演習中の2019年7月17日に司令部チームに説明を行う第27歩兵連隊第1大隊の任務部隊執行官ダニエル・バーク(Daniel Bourke)少佐。タリスマン・セイバーのような演習は、米軍と豪州軍の能力、相互運用性、短期間での展開、戦闘態勢を確保するための効果的で厳しい訓練を提供するものである。

(写真:米陸軍ニコラス・A・クロワード(Nicolas A. Cloward)参謀軍曹)

理論の第一の目的は、いわば混乱し、絡み合ってしまったコンセプトや考え方を明確にすることである。

カール・フォン・クラウゼヴィッツ

多くの佐官将校や指揮・参謀将校課程(CGSOC)の学生は、戦争のレベル(levels of war)を区別することに苦労している。この記事は、戦争のレベル(levels of war)を、分析のレベル(level of analysis)と考えるべきであると提案することによって明確にしようとするものである。多くの学問分野では、思考を明確にするため、また研究や分析へのアプローチとして、分析のレベル(level of analysis)を用いることに有用性を見出してきた。

戦争のレベル(levels of war)を分析のレベル(level of analysis)としてアプローチすることは、指揮・参謀将校課程(CGSOC)の学生にも同じことをもたらすと考えるのが妥当であろう。このアプローチの優位性は、戦争のレベルと学生が抱える共通の論点(common issues)、分析のレベル(level of analysis)の枠組み(分析の単位の論点(unit of analysis issue)を含む)、そして思考を明確にするために戦争のレベルを分析のレベル(level of analysis)として使用することの利点を見ることによって見出されるだろう。

戦争のレベル(levels of war)というコンセプトには長い歴史があり、カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)が戦略と戦術の2つのレベルを特定したことに始まる[1] 。1920 年代のソビエト赤軍の将校アレクサンドル・A・スヴェーチン(Aleksandr A. Svechin)は、戦争の作戦的レベル(operational level of war)のコンセプトを初めて提唱した[2]。しかし、米陸軍が戦争の作戦的レベル(operational level of war)をドクトリンとして採用したのは、1982年の『野戦教範100-5作戦』である[3]

戦争のレベル(levels of war)に関する現在のドクトリンは、統合出版物1(JP1)「合衆国軍隊のためのドクトリン」と統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations)」の両方で見つけることができる[4]

戦略的、作戦的、戦術的の三つの戦いのレベル(levels of warfare)があり、戦術的行動を国家目標の達成に結びつける。これらのレベルの間に有限の限界や境界線はないが、指揮官が作戦をデザインし、作戦を同期させ、リソースを配分し、タスクを適切なコマンドに割り当てるのに役立つ。採用の戦略的、作戦的、戦術的目的は、目標、任務、タスクの本質に依存する[5]

この統合出版物1(JP1)の記述は、基本的なことを示すと同時に、ドクトリン上のコンセプトに内在する認識論的な論点(epistemological issue)をも示している。三つの戦争のレベル(levels of war)(分類構成)があるが、「これらのレベルの間には有限の限界や境界はない」のである[6]。これは、学生が特定の任務やタスク、目標がどの戦争レベル(level of war)に属するかを識別しようとするときの論点(issue)である。

学生にとっては、どのカテゴリーに当てはまるかを分類することが論点(issue)であり、戦争のレベル(levels of war)は実際にはカテゴリーではないが、学生が戦争のレベル(levels of war)にアプローチする方法はカテゴリーが一般的である。ドクトリンは、「戦略的、作戦的、または戦術的な採用の目的は、目標、任務、またはタスクの本質に依存する[7]」という注意書きでこの論点(issue)を明確にしようとしている。つまり、行動や目標の目的が戦争のレベル(level of war)を決定するのである。しかし、それでは認識論的分類の問題(epistemological classification problem)が完全に是正されない。

戦争のレベル(levels of war)の限界や境界が明確に定義されていない場合、目的を正しく分類することは、やはりかなり厄介である。統合出版物1(JP1)のドクトリンは、学生が戦争のレベル(levels of war)をどのように理解し、思考に利用できるかに問題を生じさせる(図1参照)。

統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations)」は、この論点(issue)の明確化に役立たず、むしろ問題を強化するものである。しかし、分析の単位の問題に対する警告は、ポジティブに貢献している。この警告は、三つの戦争のレベル(levels of war)があり、それらの間に固定した限界や境界線はないことを繰り返し述べている。学生は、戦争のレベル(levels of war)の分類に分析の単位(例えば、指揮の階層(echelon of command)、部隊の規模(size of units)、装備の類型(types of equipment))を含めないように警告されている。

学生はしばしば分析の単位を間違え、指揮系統、部隊の規模、装備の種類を特定の戦争のレベル(level of war)と混同してしまうので、これは有益な警告である。一方、分類の問題(classification problem)は、やはりタスク、任務、または目標の本質に基づくものである。統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations)」が認識論的問題(epistemological problem)を補強しているのは、次のような箇所である。

例えば、これまで主に戦略的なアセットと考えられてきたインテリジェンス衛星と通信衛星は、戦術的な作戦においても重要なリソースとなる。同様に、戦術的な行動は、特に今日のように政界規模の通信とネットワーク化された脅威が蔓延する環境では、意図したものと意図しないものの両方の戦略的結果を引き起こす可能性がある[8]

戦争のレベル(levels of war)の間に固定された限界や境界線がないことを考えると、戦略的アセットが戦術的適用を持つ場合、また戦術的行動が意図された、あるいは意図されない戦略的結果をもたらす場合、学生はどのようにそれらを区別するのだろうか?意図された戦略的結果(目的)を伴う戦術的行動は、統合出版物1(JP 1)と統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations)」の説明から、その戦術的行動は戦争の戦略的レベル(strategic level of war)に位置づけられるだろう。

また、この統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations)」の説明では、戦争の作戦的レベル(operational level of war)について言及されていないことにも注目すべきである。遠隔教育部(Department of Distance Education)の多くの指揮・参謀将校課程(CGSOC)学生が戦争のレベル(levels of war)の区別に苦労するのは当然で、ドクトリンにはレベル間の区切りの明瞭さに関する固有の認識論的な論点(epistemological issue)がある(図2参照)。

図1. 戦いのレベル(Levels of Warfare)

この図は、戦争のレベル(levels of war)を、戦略と作戦、戦術と作戦の間にわずかに重なる部分を持つ、明確な階層として示している。この階層構造では、統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations)」の記述で示唆されているように、戦術と戦略の間に重なり合いはない。

(図:統合出版物1「合衆国軍隊のためのドクトリン」より引用)

戦争のレベル(levels of war)について、学生がよく抱える二つの共通の論点(common issues)がある。第一に、戦争のレベル(levels of war)を組み合わせることが多い。つまり、戦略的(国家と戦域)、作戦的、戦術的の区別をしていない。最も共通する間違いは、戦略的レベルと作戦的レベルを組み合わせてしまうことである。これらのレベルは、彼らが最も経験のないレベルである。

また、あるレベルの行動や目標を、他のレベル(上位または下位)で行われたものと取り違えることも、よくある間違いである。このような間違いの結果、分析が混乱し、絡んでしまうのである。このような間違いは、作戦術(operational art)を扱う問題において、学生が明確に考えることを妨げ、重要なコンセプトを把握する能力の妨げになる。ほとんどの学生は、新しい情報に文脈を与えるために、自分の職業的な軍隊の経験について考え、それと関連付ける。

通常のアプローチは、学生の軍事経験の大半がそのレベルにあるので、指揮・参謀将校課程(CGSOC)の新しいコンセプトを戦術的な枠組みに関連付けることである。これは自然な反応であり、一般的なヒューリスティックでもあるが、性急な一般化や情報の偏った解釈を招くことになる。戦争のレベルを理解するのに苦労している学生を支援する手段は、現在、ドクトリンに立ち戻らせる以外にはほとんどない。

必要なのは、学生が自分の戦術的経験と結びつけようとせず、新しい枠組みでコンセプトを吸収するのを助ける方法で、戦争のレベル(levels of war)を明確にし、提示する新しい方法である。かなり多くの分野で使われている枠組みが、分析のレベル(level of analysis)と呼ばれるものである。この枠組みは、指揮・参謀将校課程(CGSOC)の学生が思考と分析を明確にするのを助けることができる。

図2.三つの戦争のレベル(levels of war)

指揮・参謀将校課程(CGSOC)C200コースの授業計画から戦争のレベル(levels of war)のこのグラフィックは、左側に統合出版物1(JP 1)「合衆国軍隊のためのドクトリン」から明確な階層のグラフィックのバージョンを示しているが、右側に入れ子または埋め込まれたように戦争のレベル(levels of war)を示している。これは、戦略的レベルの中に戦術的レベルと作戦的レベルが含まれ、作戦的レベルの中に戦術的レベルが含まれることを示すものである。この図式は、統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations」の例とよりよく一致するだろう。一方、レベルがネスト化され、限界まで重なり合った明確なものではなく、埋め込まれたものである場合、学生はどのようにそれらを区別するのだろうか。

(グラフィック:ディーテ・ロンバード(DeEtte Lombard)、指揮・参謀将校課程(CGSOC)C200教育計画、2019-2020年度、参考文献:統合出版物1(JP 1)「合衆国軍隊のためのドクトリン」)

分析のレベル(level of analysis)は、様々な社会科学(政治学、社会学、心理学、人類学など)に見られるツールで、研究者が自分の研究のスケールと範囲を定義するのに役立つものである。

どのような学問分野においても、体系的な分析を行うために、研究対象の現象を分類し、整理する方法が常にいくつか存在する。物理科学であれ社会科学であれ、観察者は部分に注目するか、全体に注目するか、構成要素に注目するか、システムに注目するかを選択することができる[9]

ここで使用する例は、筆者が最もよく知る政治学分野の国際関係論である。政治学では、1961年にJ・デイヴィッド・シンガー(J. David Singer)が分析のレベルの問題(level of analysis problem)を述べたが、彼は国際システムと国家の2つのレベルしか記述していない[10]

ケネス・N・ウォルツ(Kenneth N. Waltz)は、『人間、国家、戦争(Man, the State, and War』と『国際政治理論(Theory of International Politics』の中で、現在最もよく使われている3つの分析のレベル(level of analysis)、すなわち個人、国家、国際システムを提唱している[11]。この3つのレベルにより、研究者は非常に異なった視点から現象を研究することができる。

例えば、個人レベルの分析が選択された場合、個人の意思決定者が政策の面で何を行い、なぜその意思決定を行ったのかに焦点を当てた研究が行われることになる。国家レベルの分析が選択された場合、国家の内部構造と官僚組織や集団がどのように意思決定を行うかに焦点が当てられる(例えば、キューバ危機に関するグラハム・アリスン(Graham Allison)の研究[12])。

国際システムを選択した場合、システムの構造とシステム内の行為主体間の相互作用に焦点を当てた研究を行うことになる(例えば、第一次世界大戦前の同盟と条約の構造を調べるなど)。

分析のレベル(level of analysis)を選択することの有用性は、方法論的なものである。それは、研究者が自分の研究を明確かつ合理的な方法で構成することを可能にする。研究対象をその範囲に収まるものに限定することで、コンセプトや考え方の混乱や絡まりを防ぐことができるのである。

もし、ある学者が国際システムを分析のレベル(level of analysis)として用いるならば、その選択は、例えば、ドイツのカイザーの人格(個人のレベルの分析)を、第一次世界大戦前の同盟と条約という国際システムの要因として考慮することを妨げてしまうことになる。

これは、どの分析のレベル(level of analysis)が優れているということではなく、あるテーマをより深く理解するためには、あらゆるレベルや視点が必要であるということである。しかし、複雑なテーマを検討する際には、分析のレベル(level of analysis)を用いることで、明確かつ焦点を絞ることができる。

分析の明確性をさらに高めるために、軍事学者は分析の単位と呼ばれる別のコンセプトを意識する必要がある。分析のレベル(level of analysis)は分析の単位と同じではない。分析の単位は分析の焦点となる対象であり、研究対象である。重要なのは、分析の単位が「調査のレベルに依存する(depends on the level of inquiry)[13]」ということである。

分析の単位は、個人、グループ、組織、国家、システムなどである。分析の単位は、分析の枠組みである「分析のレベル(level of analysis)」に依存する。もし、兵士が戦略的なレベルの分析を見ているならば、その分析の単位は、戦域指揮官、統合参謀本部議長、または国防長官の行動であるかもしれない。

また、戦略的レベルの行動であれば、伍長、軍曹、下級将校の行動もあり得る。このことは、統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations)」の分析の単位と戦争のレベル(levels of war)に関して前述したように、ドクトリンに合致している。

指揮の階層(echelon of command)、部隊の規模(size of units)、装備の類型(types of equipment)、部隊または構成部隊の種類と位置(types and location of forces or components)は、しばしば特定のレベルに関連付けられるが、それらの採用の戦略的、作戦的または戦術的目的は、それらのタスク、任務または目標の性質に依存する[14]

これは、分析の単位が分析のレベル(level of analysis)(戦争のレベル(level of war))に依存すると述べていることとドクトリン上同じである。戦争のレベル(levels of war)を分析のレベル(level of analysis)として使用することは、ドクトリンに適合し、ドクトリンの明確化に役立つ。

戦争のレベル(levels of war)を分析のレベル(level of analysis)として使用することには、いくつかの利点がある。第一に、ドクトリンを明確にすることができる。先に述べた認識論的な論点(epistemological issue)を明確にすることができる。これはむしろ単純なことで、しかもほとんどの学生にとって直感的なことではない。ほとんどの学生は、分析の際に与えられた情報をカテゴリーとしての戦争のレベル(level of war)に当てはめようとする。

戦争のレベル(levels of war)を分析のレベル(level of analysis)として扱うことで、学生は対象の分析を行う前に、まず与えられたシナリオにおける戦争の各レベルの範囲と限界を決定する必要がある。これにより、学生は分析中に情報を緩やかに定義された重複するカテゴリーにふるいにかけることから、各分析のレベル(level of analysis)/戦争のレベル(level of war)を定義するための所定のパラメータを持つ枠組みで分析を開始するようになる。

社会科学と同様に、分析のレベル(level of analysis)を用いることで、分析に先立って調査対象となるものを明確に記述し、調査・分析の範囲を明確化することができる。統合出版物3-0(JP 3-0)「統合作戦(Joint Operations)」の例では、戦争の戦略的レベル(strategic level of war)での戦術的行動を記述しているが、それが明確になるのである。分析の単位が決定要因ではない。もし、学生が戦争の戦略的レベル(strategic level of war)を分析のレベル(level of analysis)として使用しているならば、その行動は、どの指揮の階層や部隊がその行動を行ったかに関係なく、単に戦略的行動とみなされるであろう。

実は、戦術部隊が行う行動(分析の単位)には、戦術的なもの、作戦的なもの、戦略的なものがあるのである。その方がずっと明確である。これは単にアプローチの変更であり、各戦争のレベル(each level of war)の定義やパラメータ(範囲)の変更ではない。

砂漠の嵐作戦中の1991年2月15日、任務に赴く第3機甲師団のM1A1エイブラムス主戦戦車。背景にはM2/M3ブラッドレーが見える。

(写真提供:D.W.ホームズII(D. W. Holmes II)米海軍写真上等兵長)

統合出版物1(JP 1)のドクトリンでは、すでに各戦争のレベル(each level of war)のパラメータ(範囲)を確立しており、それぞれを分析のレベル(level of analysis)として使用できるようになっている。戦争の戦略的レベル(strategic level of war)は、国家レベルまたは戦域レベルの目標を達成するために、国家(または多国籍) の指針とリソースを伴う。戦略的レベルの分析では、国家(または多国籍)の指針、リソース、または目標と最終状態(end state)を伴うあらゆる行動を分析することになる。

戦争の作戦的レベル(operational level of war)では、軍事的目標を達成するために作戦術を用いて戦役や主要な作戦を計画策定し、遂行する。作戦的レベルの分析では、作戦術や、戦役や主要な作戦の計画策定と遂行に関わるあらゆる行動を分析することになる。

戦争の戦術的レベル(tactical level of war)では、「戦闘目標を達成するために、互いに敵との関係で戦闘要素を序列配置し機動する[15]」ことによって、会戦や交戦を計画策定し遂行する。戦術的レベルの分析では、それらの活動に関わるあらゆる行動を分析することになる。

その好例が「砂漠の嵐作戦(Operation Desert Storm)」である。戦争のレベル(levels of war)をドクトリンのパラメータを用いた分析のレベル(level of analysis)として設定すると、第7軍団は戦争の戦術的レベル(tactical level of war)(「戦闘目標を達成するために、互いに敵との関係で戦闘要素を序列配置し機動する」を用いて戦闘や交戦を計画策定し遂行する[16])で機能していたことが明らかとなった。

戦争のレベル(levels of war)を分析のレベル(level of analysis)として適用する場合、指揮の階層(軍団)ではなく、目標または行動(会戦(battles)と交戦(engagements))が戦争のレベル(level of war)を決定することは瞬時に明らかである。

そして、戦争のレベル(levels of war)を階層(hierarchy)として見るか、入れ子で埋め込まれたものとして見るかという最後の質問がある。戦争のレベル(levels of war)を分析のレベル(level of analysis)として用いることの有用性のもう一つの側面は、両方のアプローチが使えるということである。

政治学の分析のレベル(level of analysis)(個人、国家、国際システム)と同様に、個人は国家の中に組み込まれるか入れ子になっており、国家もまた国際システムの中に組み込まれるか入れ子になっているが、範囲としては個人から国家、国際システムへと広がる階層(hierarchy)が存在する。

戦争のレベル(levels of war)を階層(hierarchy)として考えるか、入れ子状に埋め込まれたものとして考えるかは、分析のレベル(level of analysis)としての戦争のレベル(level of war)という枠組みをどう使うかによるものである。学生は戦争のレベル(levels of war)の両方の見方に慣れることができるし、慣れるべきである。

結論:Conclusion

学生たちは、戦争のレベル(levels of war)を理解し、課程教育で適用することが困難であることを繰り返し示している。それは、現在のドクトリンと、分析プロセスで使用するカテゴリーとしての戦争のレベル(levels of war)に対する学生のアプローチに認識論的な論点(epistemological issue)があるためである。また、戦術的レベルでの経験をヒューリスティック(訳者註:ある程度正解に近い解を見つけ出すための経験則)として利用することが多いのであるが、それが性急な一般化や情報の偏った解釈の原因になっている。

このような問題は、思考の混乱やもつれを引き起こし、結果的に分析力を低下させることになる。戦争のレベル(levels of war)を分析のレベル(level of analysis)として使うことで、学生の思考を明確にする方法を提供する。これは主にプロセスの面で、現在のアプローチとは異なる。主な違いは、学生の戦争のレベル(levels of war)に対する見方を、分析プロセスで使用されるいくつかのカテゴリーから、分析に先立ってシナリオに適用される枠組みとして考えられる分析のレベル(level of analysis)に変えることである。

これにより、学生がよく口にする分析の単位の論点(unit of analysis issue)や、戦争のレベル(levels of war)の境界が不明確であるという認識論的な論点(epistemological issue)を取り除くことができるのである。

著者

アンドリュー・S・ハーヴェイ(Andrew S. Harvey)博士は、カンザス州フォート・レブンワースの指揮・参謀将校課程(CGSOC)の遠隔教育部門の助教授である。カンザス大学にて政治学の博士号を取得。退役陸軍士官であり、イラク自由作戦を含め、機甲将校、外地将校として様々な役職に就いた。

ノート

[1] Sun Tzu, The Art of War (China: Sweetwater Press, 2006); Clausewitz, On War, 178. The idea of the difference between strategy and tactics appears in chapter 3 of The Art of War, “Attack by Stratagem.”

[2] Jacob Kipp, “Soviet Military Doctrine and the Origins of Operational Art, 1917-1936,” in Soviet Doctrine from Lenin to Gorbachev, 1915–1991, ed. William C. Frank Jr. and Philip S. Gillette (Westport, CT: Greenwood, 1992), 88.

[3] Huba Wass de Czege and L. D. Holder, “The New FM 100-5,” Military Review 62, no. 7 (July 1982): 56.

[4] Joint Publication (JP) 1, Doctrine for the Armed Forces of the United States (Washington, DC: U.S. Government Publishing Office [GPO], 12 July 2017), I-7–I-8, accessed 30 March 2021, https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/pubs/jp1_ch1.pdf; JP 3-0, Joint Operations (Washington, DC: U.S. GPO, 22 October 2018), I-12–I-14, accessed 30 March 2021, https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/pubs/jp3_0ch1.pdf.

[5] JP 1, Doctrine for the Armed Forces of the United States, I-7.

[6] Ibid., x.

[7] Ibid., I-7.

[8] JP 3-0, Joint Operations, I-12.

[9] David J. Singer, “The Level-of-Analysis Problem in International Relations,” World Politics 14, no. 1 (1961): 77, https://doi.org/10.2307/2009557.

[10] Ibid., 80–84.

[11] Kenneth N. Waltz, Man, the State, and War: A Theoretical Analysis (New York: Columbia University Press, 1959); Kenneth N. Waltz, Theory of International Politics (Reading, MA: Addison-Wesley, 1979).

[12] Graham Allison, Essence of Decision: Explaining the Cuban Missile Crisis, 1st ed. (Boston: Little, Brown, 1971).

[13] Robert K. Yin, Case Study Research: Design and Methods, 4th ed. (Los Angeles: SAGE Publications, 2009), 31.

[14] JP 3-0, Joint Operations, I-12.

[15] JP 1, Doctrine for the Armed Forces of the United States, I-8.

[16] Ibid.