意思決定について Maneuverist #17

米海兵隊機関誌(Marine Corps Gazette)の機動戦論者論文(Maneuverist Paper)として紹介してきた17番目の論文「On Decision Making」(2022年2月号)を紹介する。

「意思決定」は軍隊において重要な用語であり、「意思決定」の良否が将校の優劣を決める重要な要素であるとまで言われている。また、「戦術」を議論する際に合わせて「意思決定プロセル」も議論されるというのも一般的に知られているところであろう。

紹介する論文では、次の米海兵隊のドクトリン「用兵(Warfighting)」について論ずる際に、「意思決定」は避けては通れないものであり、敢えて米海兵隊を中心とする過去の議論や、「意思決定理論」を引用しながら軍隊が「機動戦」の考え方、「ミッション・コマンド」という指揮・統制の方法を適用する際の「意思決定」の考えは何が良いのかについて論じている。

参考までに、論文の中に登場するGary A. Kleinの「認知重視型意思決定モデル」とAmos TverskyとDaniel Kahnemanが提唱した「System 1」と「System 2」の特性を示した図を紹介する。

認知重視型意思決定モデル

Gary A. Klein. 1989. “Recognition-Primed Decisions,”から作成

 

TverskyとKahnemanの人間の認知のマップ

CSBA US Combat Training, Operational Art, and Strategic Competence(www.csbaonline.org)から作成

ちなみに、これまで紹介してきた米海兵隊が戦いのコンセプトとして受容している機動戦(maneuver warfare)についての論文は、次のとおりである。

機動戦の特徴を論じたものとして

1番目の論文「米海兵隊の機動戦―その歴史的文脈-」、

2番目の論文「動的な決闘・・・問題の枠組み:戦争の本質の理解」、

3番目の論文「機動戦の背景にある動的な非線形科学

米海兵隊の機動戦に大きく影響を与えたといわれるドイツ軍に関する文献として

4番目の論文「ドイツからの学び

5番目の論文「ドイツ人からの学び その2:将来

戦争の本質や機動戦に関わる重要な論理として

6番目の論文「三つ巴の闘い(Dreikampf)の紹介

7番目の論文「重要度と脆弱性について

8番目の論文「機動戦と戦争の原則

新たな戦いのドメイン(domains of warfare)への機動戦の適用の例として

9番目の論文「サイバー空間での機動戦

機動戦を論じる上で話題となる代表的な用語の解釈の例として

10番目の論文「撃破(敗北)メカニズムについて

11番目の論文「殲滅 対 消耗

機動戦で推奨される分権化した指揮についての

12番目の論文「分権化について

情報環境における作戦(Operations in the Information Environment)を念頭に置いた

13番目の論文「情報作戦と機動戦

作戦術を機動戦の関係性を説いた

14番目の論文「作戦術と機動戦

機動戦における重点形成を説いた

15番目の論文「主たる努力について

21世紀の特性を踏まえた闘いの特性を説いた

16番目の論文「21世紀の三つ巴の闘い(Dreikampf):機動戦の課題

時間が許せばご一読いただきたい(軍治)

意思決定について – On Decision Making –

Maneuverist Paper No. 17 by Marinus

戦術的決心は、指揮官の経験、判断、創意工夫に基づいて行うべきか、それとも合理的で再現性のある分析的なプロセスに基づいて行うべきか?

(写真:ルーク・コーエン米海兵隊下級伍長)

意思決定は指揮の中心であり、不可欠な行為である。質の高い意思決定はすべての作戦の成功に重要で あるが、機動戦のように部隊の各階層で独自に意思決定が行われる分散型システムでは、さらに重要である。

機動戦の形成期には、軍事意思決定プロセス(Military Decision-Making Process:MDMP)やその直系である米海兵隊計画策定プロセス(Marine Corps Planning Process:MCPP)に代表される意思決定の常識と、一般に機動戦論者は対立していた。

機動戦論者は、部隊の中で最も経験豊富な指揮官個人の知識、判断、創意工夫に基づくアプローチを支持したが、従来の慣例では、合理的なプロセスを踏んで有効な意思決定を行う分析的なアプローチが支持されていた。

初期の機動戦論者は、当時、分析的アプローチが持っていた、自分たちの好みの強い理論的な基礎を持っていなかった。それは今日でも同じである。

「MCDP 1 用兵(Warfighting)」は、残念ながら、この問題に対して強い立場をとることはなかった。「FMFM 1用兵(Warfighting)」では、この問題に1つの短い段落を割いている。

軍事的な意思決定は、単なる数学的な計算ではない。意思決定には、与えられた問題の本質を認識し分析する直感的な能力と、現実的な解決策を考案する創造的な能力の両方が必要である。この能力は、経験、教育、知性、大胆さ、知覚、そして性格の産物である[1]

1997年の改訂では、2つ目の短い段落が追加された。この段落はもともと直感的判断(intuitive judgment)を強調するものだったが、米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)の管理者である米海兵隊空地任務部隊参謀訓練プログラム(MAGTF Staff Training Program)の主張により、分析的アプローチに同等の重みを持たせるように修正されたのだ。

意思決定(decisionmaking)は、経験に基づく直感的なプロセス(intuitive process)であるかもしれない。これは、低い指揮階層や流動的で不確実な状況においては、おそらくそうであろう。あるいは、意思決定(decisionmaking)は、いくつかの選択肢を比較することに基づく、より分析的なプロセスであるかもしれない。これは、より高い指揮階層や計画策定の状況において、よりあり得ることである[2]

意思決定は、MCDP 6「指揮・統制(Command and Control)」で最も包括的に扱われており、「直感的(intuitive)」な意思決定と「分析的(analytical)」な意思決定の理論に言及している。

背景となる研究:The Background Research

1960年代以降の意思決定の理論は、合理的選択理論(Rational Choice Theory:RCT)、あるいは古典的意思決定理論と呼ばれ、意思決定とは、あらかじめ決められた評価基準に従って複数の選択肢を生み出し、比較し、最適解に到達するプロセスであると仮定されていた[3]

軍事意思決定プロセス(MDMP)と米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)は合理的選択理論(RCT)の代表的な例である。合理的選択理論(RCT)は、第二次世界大戦後に生まれたシステム分析という広い分野から発展したものである。システム分析の一部として、合理的選択理論(RCT)は結果の最適化を目標としていた。

合理的選択理論(RCT)の約束は、正しい情報から始めて、適切なプロセスを踏めば、最善の決断ができることを保証することだった。確かに合理的選択理論(RCT)では、行動指針の策定や評価基準の設定など、何らかの判断が必要だが、その判断はプロセスそのものに従属する。

合理的選択理論(RCT)には、文書化可能であり、簡単に手順に変えられるという付加的な利点があった。

古典的意思決定理論の研究のほとんどは、1950年代から60年代にかけて、米国の大学キャンパス内の実験室で行われた。大学生を被験者として、単純な意思決定課題(多くは多肢選択式の練習問題)を行うものであった。重要なことは、被験者はその課題に対して初心者であったため、結果として得られるモデルに経験の役割は考慮されなかったということである。

ハーバード・A・サイモン(Herbert A. Simon)は、合理的な意思決定の方法論にいち早く疑問を呈した人物である。1957年にノーベル賞を受賞した彼の著書『人間のモデル』は、人間が時間や資源、人間の心の限界に制限されて、ある時点までしか合理的に行動しないという境界合理性の概念を紹介した。

続く研究では、ハーバード・A・サイモン(Herbert A. Simon)とジェームズ・G・マーチ(James G. March)は、「古典的理論の中心である確率の明示はおろか、損失と利益の慎重なバランスを必要とする」意思決定はほとんどないという命題を提示したのである[4]。彼らは、意思決定者は最良または最適な解決策を求めるのではなく、受け入れられる解決策を求めると結論づけた。

ハーバード・A・サイモン(Herbert A. Simon)は、最適解ではなく、適切な解を追求することを意味する「satisficing[5]」という言葉を考案した。1970年代、エイモス・トヴェルスキー(Amos Tversky)とダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)は、人は意思決定作業を簡略化するためにいくつかの戦略を用いることを提唱した。通常、ヒューリスティック(heuristics)[6]と呼ばれるこれらの戦略は、試行錯誤を通じて学んだ確率に基づき、人々が使用する精神的な近道である[7]

1980年代に入り、多くの研究者が意思決定のあり方を真剣に考え始めた。高度に制御された環境で初心者の意思決定者を研究する代わりに、現場の実務者を研究することにしたのである。

彼らは、不確実性、時間のプレッシャー、状況の変化、ノイズ、利害や目標の変化や競合、潜在的な危険などのストレスを、世の中で意思決定を行う問題の中心に据えていた。

消防士、警察官、軍司令官、救急看護師、コックピット・クルーなどを研究した。その過程で、人間がどのように意思決定を行うかについて、これまでとは根本的に異なる理解を得ることができた。そして、自然主義的意思決定(Naturalistic Decision Making:NDM)という研究分野が誕生した。

ゲーリー・クライン(Gary Klein)博士の認識重視型意思決定モデル(Recognition-Primed Decision:RPD)モデルは、自然主義的意思決定(NDM)モデルの中で最もよく知られているモデルである。認識重視型意思決定モデル(RPD)によると、実務者は経験から展開されるパターンを認識し、その経験をもとに行動方針(course of action:COA)を生成する。

また、経験をもとに、実務者は現在の状況下でどのように行動方針(COA)が機能するか、メンタル・シミュレーションを行う。それが実行可能であれば、実行に移す。ほぼ実行可能であれば、微調整を行い、実行に移す。実務者は、最適化するよりも、満足させる。

一般に、経験豊富な実務者は、最初の行動方針(COA)を満足のいくものにするため、通常、複数の行動方針(COA)を比較する必要はないという研究結果が出ている。しかし、メンタル・シミュレーションの結果、最初の行動方針(COA)が満足のいくものでないことが判明した場合には、実務者は別の行動方針(COA)を検討することになる。

しかし、ここで重要なのは、彼は複数の行動方針(COA)を互いに比較するのではなく、うまくいくと思われる最初の行動方針(COA)を見つけるまで、それぞれの行動方針(COA)を状況に照らして実行するという点である。認識重視型意思決定モデル(RPD)の重要な要素は、意思決定者がパターンを認識し、行動方針(COA)の結果を予測することを可能にする経験である。

自然主義的意思決定(NDM)は、その大部分がストーリーを語るプロセスである。状況を理解するために、意思決定者は、既知の情報の要素を説明し、その間の空白をもっともらしく埋めるストーリーを自分自身に語りかける。

そのストーリーに説得力があるかどうかは、経験で判断している。同様に、行動方針(COA)のメンタル・シミュレーションを行う際、意思決定者は与えられた状況下でその行動方針(COA)がどのようになる可能性が高いかというストーリーを構築し、ここでもそのストーリーが、説得力があるかどうかを判断するために経験に頼る。

ゲーリー・クライン(Gary Klein)の論文「Strategies of Decision Making」はMilitary Review誌(1989年5月)に掲載され、認識重視型意思決定モデル(RPD)を軍に紹介したが、FMFM 1の執筆に影響を与えるには時期尚早であった。1996年のMCDP 6「指揮・統制(COMMAND AND CONTROL)」では、認識重視型意思決定モデル(RPD)を直感的意思決定(intuitive decision making)と一般的に表現している。ゲーリー・クライン(Gary Klein)は、クアンティコの米海兵隊学校で時折ゲスト講師を務めるようになった。

システム1とシステム2:System 1 and System 2

二重プロセス理論(dual process theory)とは、人間は異なる認知プロセスに基づき、2つの異なる思考様式を進化させてきたと仮定する理論である。システム1/システム2とは、キース・スタノビッチ(Keith Stanovich)とリチャード・ウェスト(Richard West)によって考案され、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)が2011年に出版した『思考:ファスト&スロー(Thinking, Fast and Slow)』で一般化した、二重プロセス理論(dual process theory)の一例である[8]

システム1は、速い、本能的、努力不要、意図的でない、制御不可能、感情的、効率的とさまざまに表現される。一方、システム2は、遅い、合理的、努力的、意図的、制御可能、意識的、非効率的である。システム1/システム2の構成に関連するいくつかの誤解がある。

おそらく最も大きな誤解は、システム1は本能的かつ感情的であるため、バイアスやエラーが発生しやすく、したがって信頼性の低い意思決定方法であるというものである。そのため、この構成全体が、システム2の優位性を主張するものとして誤解されることがある。

しかし、ゲーリー・クライン(Gary Klein)の研究では、経験豊富な意思決定者は通常、満足のいく直感的な決心(intuitive decision)を行うことが繰り返し示されており、一方、デビッド・E・メルニコフ(David E. Melnikoff)、ジョン・A・バーグ(John A Bargh)らの研究では、システム2思考も同様にバイアスやエラーを起こしやすいことが示されている[9]

もう一つの間違いは、システム2を合理的選択理論(RCT)と同一視することで、最初の誤解に基づいて、合理的選択理論(RCT)が意思決定のゴールド・スタンダードであると推論してしまうことである。しかし、合理的選択理論(RCT)はシステム2と同義ではなく、他の形の努力型推論も存在する。

システム1/システム2の構成は、今でも論争が続いている。キース・スタノビッチ(Keith Stanovich)自身は、直感的で努力のいらない(intuitive and effortless)思考システムが複数存在するのと同様に、合理的で努力のいる思考システムも複数存在すると主張して、ラベルをタイプ1およびタイプ2に変更した。

さらに、最近の研究では、システム1の特徴を示し、システム2の特徴を示す思考様式が確認されている。例えば、ゲーリー・クライン(Gary Klein)は、認識重視型意思決定モデル(RPD)は通常、システム1とシステム2の両方の要素を内包していると断言している[10]

また、米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)は比較する行動方針(COA)を考える際に、直感的な思考(intuitive thinking)が必要となる。システム1/システム2の構成は誤ったジレンマであり、2つのシステムは相互に排他的な認知過程ではなく、実際には重なり合っていると主張されてきた[11]

これは「単一プロセス理論(unitary process theory)」と呼ばれるもので、二重プロセス理論(dual process theory)とは対照的に、人間の意思決定は単一の連続体の上に存在すると仮定している。

これを最初に提唱したのはハワード・マーゴリス(Howard Margolis)で、『パターン・思考・認知(Patterns, Thinking and Cognition)』の中で次のように書いている。「厳密なステップ・バイ・ステップの演繹的推論(deductive reasoning)という規範的な理想(normative ideal)は存在しない。非厳密な直感的思考(intuitive thinking)から分析的思考(analytical thinking)に移行する有用な境界線は……ない」[12]。たとえ、異なる思考様式を考えることが可能であり、有用であるとしても、その境界線を実際に固定することは問題である。

帝国の逆襲:The Empire Strikes Back

合理的選択理論(RCT)の信奉者たちは、認識重視型意思決定モデル(RPD)の出現以来、自分たちの消滅した理論の残骸を保存するために無駄な抵抗(rear-guard action)を続けてきたのである。戦場での決心は、単なる直感(intuition)に任せるにはあまりにも重大であり、人命がかかっている以上、飽くなき探求心は通用しないというのが、一つの主張であった。

しかし、MCDP 6「指揮・統制(COMMAND AND CONTROL)」に書かれている直感(intuition)は、超常的な超能力ではなく、経験から生まれた暗黙の知識である。さらに、戦争であっても、霧と摩擦の中で達成できる最善の方法は「十分である」ことである。戦争という不確実性、摩擦、ランダム性を考慮すれば、最適化は無意味なのだ。

また、いわゆる完璧な決断であっても、それを実行できなければ意味がない。ジョージ・S・パットン将軍が言ったように。「良い計画(good plan)を暴力的に実行することは、完璧な計画(perfect plan)を来週に実行することよりも良い」。要するに、合理的選択理論(RCT)が認識重視型意思決定モデル(RPD)よりも平均的に優れた決心を行うという証拠はないということである。

また、「軍事意思決定プロセス(MDMP)/米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)を経験すること自体に価値がある」というのも、代替策である。ドワイト・D・アイゼンハワー(Dwight D. Eisenhower)元帥の言葉です。「計画は何でもない。計画策定が全てである」-つまり、たとえ計画が用いられなくなっても、計画策定のプロセス通じて得られた経験には価値がある、という意味である。その通りだと思う。

1998年から99年にかけて行われたゲーリー・クライン(Gary Klein)らによる第一海兵遠征軍(I MEF)の研究「米海兵遠征軍(MEF)戦闘作戦センターにおける意思決定」は、構造化された計画策定プロセスを経た結果、最も価値のあるものとは言えないまでも、計画者たちの間で起こった状況についての学習である、と結論づけている。

この議論は、米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)や軍事意思決定プロセス(MDMP)を擁護するために使われてきた。しかし、もし本当の目的が学習を最大化することであるなら、もっと良いプロセス、その目的のために設計されたプロセス、人間の考え方や判断にもっと適合したプロセスがあるはずである。

当初の用兵(warfighting)ドクトリンでは、意思決定の研究は省かれていた。

(写真:ジャッキーリン・デイビス米海兵隊上級伍長)

また、合理的選択理論(RCT)の防御策として、「参謀には手順が必要だ」というものがあった。軍事意思決定プロセス(MDMP)や米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)は、単なる意思決定モデルではない。正確には、合理的選択理論(RCT)に基づいた参謀計画策定手順である。(もちろん、基礎学校では、小隊レベルであっても、中尉が軍事意思決定プロセス(MDMP)を正しい意思決定の方法として教えられることを排除するものではない)。

確かに、詳細な計画策定の際に、参謀が効率的に機能するための手続きは必要だが、それだけでは軍事意思決定プロセス(MDMP)や米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)を正当化する理由にはならない。認識重視型意思決定モデル(RPD)に基づいた参謀行動モデルは他にも開発可能であり、これまでも開発されてきた。

初心者はまず合理的選択理論(RCT)の構造とプロセスを学んでからでないと、「自由形式」の認識重視型意思決定モデル(RPD)を効果的に実行することはできないとする、ビルディング・ブロック・アプローチと呼ばれるもう一つの一般的な防御方法がある。この「走る前に歩け」という主張は、一見論理的に見えるかもしれない。

しかし、軍事意思決定プロセス(MDMP)や米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)の段階を学ぶだけでは、優れた芸術家になる方法を教えるペイント・バイ・ナンバー・キット[13]のように、認識された意思決定を行うのに必要な判断力を身につけることはできない。

合理的選択理論(RCT)を擁護する人たちの最終的な立場は、時間に敏感で瞬時の戦術的判断には認識重視型意思決定モデル(RPD)が適しているかもしれないことを認めつつ、大規模でじっくりとしたタイプの任務には米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)または軍事意思決定プロセス(MDMP)が必要であると主張することであった。

これは、ノーベル賞受賞者ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)の著書『思考:ファスト&スロー(Thinking, Fast and Slow)』にちなんで、「システム1/システム2論」と呼ばれるもので、人間は意思決定課題の性質に応じて2つの異なるモードのいずれかを使用していると主張している。直感的で努力のいらない(intuitive and effortless)「システム1」と、意識的で努力のいる(conscious and effortful)「システム2」である[14]

ゲーリー・クライン(Gary Klein)の認識重視型意思決定モデル(RPD)はシステム1の意思決定の例かもしれないが、システム2の意思決定を必要とする状況では軍事意思決定プロセス(MDMP)や米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)が必要だという主張である。これは誤った二項対立である。

ゲーリー・クライン(Gary Klein)の認識重視型意思決定モデル(RPD)がシステム2の多くの状況に適していないのは事実だが、合理的選択理論(RCT)もその答えではない。これから述べるように、人間の認知プロセスに適合した、他の自然主義的な選択肢が存在するのである。

合理的選択理論(RCT)は人間の意思決定のモデルとしてはほとんど信用されていないにもかかわらず、多くの場所で意思決定のあるべき姿として教え続けられている。良いニュースは、実務者が合理的選択理論(RCT)の手法を実際に採用するよりも、リップ・サービスをする傾向があることである。

米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)の代替案:An Alternative to MCPP

米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)が答えでないとしたら、何が答えなのか?米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)は、不確実性やストレスのある状況下で人間がどのように意思決定を行うかに関する最近の研究に基づいた計画策定モデルで、計画策定プロセスの最も重要な成果である学習を促進し取り込みながら、参謀の努力を調整するメカニズムも備えている。

確かに、米海兵隊計画策定プロセス(MCPP)よりも人間の認知プロセスに適合した他の手順が開発される可能性はある。実際、1999年には、米海兵遠征軍(MEF)の研究に基づいて、ゲーリー・クライン(Gary Klein)とWarfightingの著者であるジョン・F・シュミット(John F. Schmitt)が認識計画策定モデル(Recognitional Planning Model:RPM):ゲーリー・クライン(Gary Klein)の認識重視型意思決定モデル(RPD)モデルを中心に構築した計画策定プロセスを開発している[15]

複数の行動方針(COA)を同時に比較するのではなく、単一の行動方針(COA)を、時間をかけて継続的に改善することが求められている。敵の1つの行動方針(COA)に対して味方の複数の行動方針(COA)をウォーゲームするのではなく、認識計画策定モデル(RPM)では、計画の堅牢性を高めるために、敵の複数の行動方針(COA)に対して味方の行動方針(COA)を(時間が許す限り)ウォーゲームすることになっている。認識計画策定モデル(RPM)は、流行らなかったが、軍事意思決定プロセス(MDMP)の「指示された行動方針(COA)」修正版の開発に影響を与えた。

デザイン思考の台頭:The Rise of Design Thinking

デザイン思考は、意図的で大規模な状況、特に非常に複雑な状況において、合理的選択理論(RCT)に代わるもう一つの選択肢である。米軍は、2004年にイスラエルのシモン・ナベ(Shimon Naveh)退役准将によってデザイン思考を紹介されたが、デザイン思考はその何十年も前から開発され、建築、都市計画、企業経営など他の分野にも応用されており、先駆者はホルスト・リッテル(Horst Rittel)、ラッセル・エイコフ(Russell Ackoff)、ハーバート・サイモン(Herbert Simon)、ピーター・チェックランド(Peter Checkland)などである[16]

シモン・ナベ(Shimon Naveh)退役准将は、その手法を「システミック作戦デザイン(Systemic Operational Design:SOD)」と名付けた。米軍がシステミック作戦デザイン(SOD)に関心を持ったのは、2003年のイラク侵攻の後、軍と国の指導者がイラクにおける戦略・作戦上の問題を深刻に読み誤り、現地の状況にそぐわない教義上の解決策を適用していたことが明らかになったときである[17]

システミック作戦デザイン(SOD)は、複数の利害関係者による一連の構造化された言説を通じて、作戦の幅広い背景の論理、当面の作戦問題の論理、作戦コンセプトの対抗論理を理解することを目指している。

この言説の目的は、指揮官が作戦上の問題を把握し、それに対して何をすべきかを「アハ(Aha)!」の瞬間で理解することにある。

MCDP 5「計画策定(Planning)」では、コンセプト計画策定、機能的計画策定、詳細計画策定を区別している。コンセプト計画策定は作戦デザインとほぼ同義であるが、MCDP 5の議論は作戦のコンセプトを考えることに重点を置いており、問題を最初に理解することの重要性を正しく理解していない。デザイン思考は自然主義的意思決定(NDM)の原則と広く互換性がある。

認識重視型意思決定モデル(RPD)もデザイン思考も、「問題をよく理解すれば、解決策は直感的に分かるので、複数の行動方針(COA)を作成して比較する必要はない」という前提に立っている。

認識重視型意思決定モデル(RPD)では、その理解は経験によるものである。デザイン思考では、問題の本質について、独自の用語と異なる視点から、意味のある理解が自然に現れるまで、厳密で構造化された言説を実施することによるものである。

適切に行われると、デザインは会話型のプロセスだが、作戦デザインを採用する際に、米軍は、よくあることだが、それを機械的な手順に変えるために最善を尽くしてしまった。

意思決定者を育成する:Training Decision Makers

より良い意思決定者をいかに育成するかということが、一つの重要な課題となる。合理的選択理論(RCT)がプロセスの効率的な実施に大きく依存しているのに対し、認識重視型意思決定モデル(RPD)は意思決定者の質にのみ依存している。合理的選択理論(RCT)によれば、プロセスを訓練することで意思決定者を養成する。

参謀大学(Staff colleges)は、少なくとも1世紀にわたってこれを行い、うまく行ってきた。しかし、認識重視型意思決定モデル(RPD)によれば、プロセスは直感的であるため、プロセスを訓練しても意思決定を改善することはできない。

むしろ、効果的な認識判断の重要な要因は経験であるため、様々な繰り返しによって判断者の経験値を上げることで判断力を向上させることができることになる。

より良い意思決定者を育てるために、米海兵隊はどのような取り組みを行っているのか。

(写真:ジャッキーリン・デイビス米海兵隊上級伍長)

経験は非常に重要だが、研究によると、その経験は必ずしも現実である必要はない。直接体験は最も強力な教師だが、シミュレーション体験(訓練シナリオの使用)や代理体験(他人の体験から学ぶこと)も非常に効果的な場合がある。

地図演習、指揮所演習、ウォーゲーム(商用および訓練用に開発されたもの)、野外演習、戦術的決心ゲーム(tactical decision games:TDG)などは、いずれも貴重なシミュレーション経験を提供し、中には参謀の行動も演習できるものもある。

戦史の研究-戦闘や作戦の研究、個人の回想録、戦場訪問、あるいは経験豊富な米海兵隊員から体験談を聞くなど-は、身をもって体験することができる。

研究によると、シミュレーション体験は物理的な忠実度が高くなくても効果がある(つまり、物理世界を詳細に反映する必要はない)ことが分かっている。バーチャル・リアリティや高解像度のグラフィックは、必ずしも訓練の効果を高めるものではない。

低解像度のシミュレーションでも、認知的忠実度が高ければ(つまり、それが要求する判断が現実的で困難であれば)、同じように効果を発揮することができる。その意味で、滅多に利用できない高度なコンピュータ・シミュレーションに1回参加するよりも、簡単な意思決定の練習を複数回行った方がよい。

また、フィードバックが学習プロセスを加速させるという研究結果もある。経験だけでも、最終的には強力な教師になるかもしれないが、非効率的な教師である。重要な教訓に気づくのに何度も繰り返す必要があったり、最初は経験から間違った結論を出してしまったりすることもある。

また、学習プロセスからより多くのものを得るために、個別指導を受けることは非常に有効であり、そうしなければ見逃してしまうかもしれない重要な洞察、あなたの決断に潜在する欠陥、あるいは避けるべき重要な罠を指摘することができる。

戦術的決心ゲーム(TDG)の使用は、この話の中であまり評価されていない要素である。戦術的決心ゲーム(TDG)が機動戦理論の発展と同時期に登場したのは偶然ではない。(FMFM 1は1989年8月に発行され、最初の戦術的決心ゲーム(TDG)である「Enemy Over the Bridge」は1990年4月に米海兵隊機関誌「ガゼット」に掲載された。当時のジョン・F・シュミット(John F. Schmitt)米海兵隊大尉が執筆している)。

上からの命令を忠実に実行する中央集権的なドクトリンでは、戦術的決心ゲーム(TDG)はほとんど役に立たないが、任務戦術(mission tactics)に基づく機動戦ドクトリンでは決定的に重要な存在となる。決心ゲーム(DG)は機動戦の発展にとって不可欠な存在であり、その重要性は一般によく知られている。

単体の訓練手法にとどまらず、ミッション・コマンドや機動戦の基礎となる意思決定理論に直結している。

結論:Conclusion

公平を期せば、このような機動戦論者の意思決定に対する考え方は、決して独特でも独創的でもなかった。他の人々も、効果的な軍事的意思決定において、判断に基づく経験の重要性を認識していた。

しかし、初期の機動戦論者は、合理的選択理論(RCT)に基づく当時の常識とは一線を画すものであった。しかし、最近の研究では、機動戦論者の立場が強く支持されている。

MCDP 1「用兵(Warfighting)」の改訂は、このことを明確に認識する必要がある。特に、意思決定者の訓練と教育、つまり、米海兵隊員が指揮という本質的な行為を行えるよう準備することに関して、制度的な影響は重大である。

ノート

[1] Headquarters Marine Corps, FMFM 1, Warfighting, (Washington, DC: 1989).

[2] Headquarters Marine Corps, MCDP 1, Warfighting, (Washington, DC: 1997).

[3] Sometimes also called normative decision theory and contrasted with descriptive decision theory.

[4] Lee Roy Beach and Raanan Lipshitz, “Why Classical Decision Theory is an Inappropriate Standard for Evaluating and Aiding Most Human Decision Making,” in Decision Making in Action: Models and Methods, ed. Gary Klein, et al., (Norwood, NJ: Ablex Publishing Corporation, 1993).

[5] 【訳者註】到達目標を達成するために必要最小限を満たす行動方針(course of action)を決定し、追求すること(decide on and pursue a course of action satisfying the minimum requirements to achieve a goal)(引用:https://ejje.weblio.jp/content/satisfice)

[6] 【訳者註】ヒューリスティックとは、ある程度正解に近い解を見つけ出すための経験則や発見方法のことで、「発見法」とも呼ばれる。いつも正解するとは限らないが、おおむね正解するという直感的な思考方法で、たとえば、服装からその人の性格や職業を判断するといったことは、ヒューリスティックな方法といえる。(引用:https://www.keyence.co.jp/ss/general/iot-glossary/heuristic.jsp)

[7] Amos Tversky and Daniel Kahneman, “Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases,” Science, (Washington, DC: American Association for the Advancement of Science, September 1974).

[8] Keith Stanovich and Richard West, “ Individual Differences in Reasoning: Implications for the Rationality Debate?” Behavioral and Brain Sciences, (Cambridge: Cambridge University Press, October 2000); and Daniel Kahneman, Thinking, Fast and Slow, (New York, NY: Farrar, Strauss & Giroux, 2011).

[9] David E. Melnikoff and John A. Bargh, “The Mythical Number 2,” Trends in Cognitive Science, (Amsterdam: Elsevier, April 2018. Also J.J. Couchman, N.E. Miller, S.J. Zmuda, et al., “The Instinct Fallacy: The Metacognition of Answering and Revising During College Exams,” Meta- cognition and Learning, (New York, NY: Springer Publishing, May 2015).

[10] Interview with the author on 2 Dec 2021.

[11] Matt Grawitch, “The False Dilemma: System 1 vs. System 2,” Psychology Today, (March 2021), available at https://www.psychologytoday.com.

[12] Howard Margolis, Patterns, Thinking and Cognition: A Theory of Judgment, (Chicago, IL: University of Chicago Press, 1987).

[13] 【訳者註】ペイント・バイ・ナンバー◆1950年代初頭にアメリカで流行した、アマチュアがプロ並みの油絵が描けることを売り物にした絵画キット。線画の各部分に数字が書かれており、すでに混合されている同じ数字の油絵の具を塗っていくだけで絵が完成する。(引用:https://eow.alc.co.jp/search?q=paint+by+number)

[14] Thinking, Fast and Slow.

[15] Maj John F. Schmitt and Gary Klein, “How We Plan,” Marine Corps Gazette, (Quantico, VA: October 1999).

[16] See, as examples, Horst W.J. Rittel & Melvin M. Weber, “Dilemmas in a General Theory of Planning,” Policy Sciences, (New York, NY: Springer, 1973); Jean-Pierre Protzen, and David J. Harris, The Universe of Design: Horst Rittel’s Theories of Design and Planning, (London: Routledge, 2010); Herbert A. Simon, The Sciences of the Artificial, 3rd edition, (Cambridge, MA: MIT Press, 1996); Russell L. Ackoff, Jason Magidson, and Herbert J. Addison, Idealized Design: Creating an Organization’s Future, (Upper Saddle River, NJ: Prentice Hall, 2006); and Peter Checkland and John Poulter, Learning for Action: A Short Definitive Account of Soft Systems Methodology and Its Use for Practitioners, Teachers and Students, (Chichester: John Wiley & Sons, 2006).

[17] For two excellent accounts of this, read Thomas E. Ricks, Fiasco: The American Military Adventure in Iraq, (New York: Penguin Press, 2006); and Michael R. Gordon and Bernard E. Trainor, Cobra II: The Inside Story of the Invasion and Occupation of Iraq, (New York, NY: Random House, 2006).