インド太平洋に不可欠な陸上戦力 (米国陸軍協会の記事から)
「Integrated Deterrence」のコンセプトは、米国の国防戦略の重要な鍵となると2021年12月8日の米国防総省のニュースにある。また、今年2月に公表された米国の「インド太平洋戦略」の中でもインド太平洋の安全保障を強化する方策として「Integrated Deterrence」について、以下のように記されている。
一体化した抑止は、わが国のアプローチの基礎となるものである。米国が同盟国やパートナーとともに、いかなる形態やドメインにおいても侵略を阻止し、打ち負かすことができるよう、用兵ドメインや紛争のスペクトラムにまたがる取組みをより緊密に一体化していく。我々は、領土の境界線を変更したり、海上における主権国家の権利を損なったりする取組みに反対するなど、抑止力を強化し、強制に対抗するイニシアティブを推進する。
インド太平洋地域を責任域とする米太平洋陸軍は、具体的にどのような取組みを行っているのか、また、同盟国との関係性をどのように築いていくのだろうか。ここで、紹介するのは米陸軍協会のHPにある4月22日付の米太平洋陸軍司令官の記事である。「Integrated Deterrence」は様々な記事等で統合抑止とされているが、ここでは敢えて「Integrated」をあらゆる方策をひとつのものとしてという意味を込めて「一体化した」としている。(軍治)
インド太平洋に不可欠な陸上戦力
LAND POWER VITAL TO INDO-PACIFIC
GEN. CHARLES FLYNN
Thursday, April 21, 2022
チャールズ・フリン(Charles Flynn)米陸軍大将は、2021年6月にハワイのフォート・シャフトにある米太平洋陸軍の司令官に就任した。それ以前は、米陸軍省の作戦・計画・訓練担当の参謀次長を務めていた。小隊長から師団長まで、さまざまな指揮官・参謀・リーダーシップの職を経験し、その多くがインド太平洋戦域での職務でした。米海軍大学校で国家安全保障・戦略学の修士号、米国防大学で統合戦役計画策定・戦略の修士号を取得している。
ロシアのウクライナに対する侵略は、戦争が依然として暴力的であり、人間的であり、予測不可能であることをはっきりと思い起こさせるものである。そして、どこで戦争が闘われようとも、戦争に勝てるのは陸の上だけなのだ。
しかし、東欧が注目される一方で、地政学的な重要性は依然としてインド太平洋に集中している。インド太平洋には世界の人口の半分以上、世界経済のほぼ3分の2、世界最大の軍隊のうち7つが存在する。この地域の公海と領空という国際公共財(international commons)は、世界の商取引に不可欠であり、米国の最西端の国境は、ハワイからグアム、米領サモア、北マリアナ諸島、第二列島の自由連合協定加盟国の領土にまたがっている。
ロシアの侵略は、米軍が大規模な国家間戦争に重点を置きつつ、あらゆる形態の紛争で闘い、勝利するための備えをしなければならないことを思い起こさせる。しかし、ロイド・オースティン国防長官が一体化した抑止(integrated deterrence)の枠組みで述べているように、我々の究極の成功の尺度は戦争がないことである。
これと同じ論理で、米インド太平洋軍司令官ジョン・アキリーノ(John Aquilino)海軍大将は、空、海、宇宙、地上、サイバーの各構成部隊に、自由で開かれたインド太平洋を支えるために、これまでとは異なる考え方、行動、作戦をするよう命じているのだ。
インド太平洋地域の国家の戦域軍(theater Army)として、米太平洋陸軍(USARPAC)は、統合太平洋多国籍訓練センター、パスウェイ作戦、フォリジャー演習という3つの主要な取り組みを通じて、一体化した抑止(integrated deterrence)に貢献している。これらの取り組みは、敵対者の侵略を抑止し、統合即応体制を構築し、同盟国やパートナーの信頼と能力を高めるために、戦域軍(theater Army)の行動を推進し、米インド太平洋軍(USINDOPACOM)の投資を支援する。
インドネシア・バトゥラジャ訓練場でのインドネシア軍との統合演習で、緑色のスモーク・グレネードを展開した後、目標に移動する第21歩兵連隊第1大隊の兵士たち。(写真: レイチェル・クリステンセン米陸軍特技兵) |
戦闘訓練センター:Combat Training Center
統合太平洋多国籍訓練センターは、インド太平洋地域における陸軍初の地域戦闘訓練センターであり、インド太平洋軍の最優先事項である太平洋多国籍訓練・実験能力へ貢献するものである。この訓練センターは、ハワイとアラスカにあるキャンパスを技術的なバックボーンで結び、この地域特有の環境を活かして、インド太平洋軍が作戦する可能性が最も高い状況下で現実的な訓練を提供するものである。
ハワイにある訓練センターの拠点では、部隊がハワイ諸島の熱帯、群島、山岳地帯で旅団や師団レベルの戦闘訓練を行い、海軍、空軍、海兵隊、特殊作戦部隊の共同配置によって可能になった統合訓練の恩恵を受けることができる。アラスカにある統合太平洋多国籍訓練センターでは、旅団戦闘チームが北極圏や高高度の環境で訓練を行っており、同様に本質的に統合訓練環境の恩恵を受けている。
訓練センターは、ハワイとアラスカに留まらず、米太平洋陸軍(USARPAC)が統合多国籍訓練を支援するためにこの地域に展開する輸出可能な訓練能力にまで及んでいる。2021年、米太平洋陸軍(USARPAC)は、独自の訓練センターを構築するために米国と提携している多くのインド太平洋諸国の1つであるインドネシアに訓練センターの輸出能力を配備し、ガルーダ・シールド演習を支援した。3つの訓練プラットフォームを通じて、訓練センターは、部隊が訓練と闘いを学ぶことを可能にし、より広いインド太平洋地域を反映する条件での戦術的な即応性を生み出す。
日本のあいば野演習場で陸上自衛隊員に小銃の光学系を見せる第3歩兵師団のゲリー・ギハロ特技兵。(写真:米陸軍/アンソニー・フォード上等兵) |
ハワイ州スコフィールドバラックス東レンジで、水上訓練の前に膨張式のボートを運ぶジャングル作戦訓練課程の学生。(写真:レケンドリック・ストールワース米陸軍曹長) |
沖縄の那覇軍港で、移動式司令部を船に誘導する兵士。(写真:クリストファー・シュミエット米陸軍二等軍曹)。 |
パスウェイズ作戦、フォリジャー演習:Operation Pathways, Exercise Forager
そして、戦域軍(theater Army)は、これらの戦闘可能な部隊を国際日付変更線の西側に投射し、戦域軍(theater Army)の従来の演習プログラムを発展させたパスウェイズ作戦を実施する。パスウェイズ作戦の期間中、戦域軍(theater Army)の部隊は統合軍や諸兵科連合部隊ともに作戦しながら作戦・戦略上の即応性を構築していく。2021年のパスウェイズ作戦では、グアムやインドネシアでの陸軍水上艦システム、オーストラリアでのパトリオットミサイル実弾射撃、陸上自衛隊による日本国外での初の二国間空挺作戦などの戦域軍(theater Army)の能力を行使した。
すべての演習の一環として、戦域軍(theater Army)はパスウェイズ作戦の実験部門であるフォリジャー演習を通じて実験も行っている。フォリジャー演習では、戦域軍(theater Army)は他のインド太平洋軍内の部隊と協力し、この地域の豊かな実験環境の中で新しい能力や実際の編成による実験を行う。
フォリジャー2021演習だけでも、戦域軍(theater Army)の作戦司令部である第一軍団と陸軍第一マルチドメイン任務部隊(Multi-Domain Task Force)は、国際日付変更線の西側でマルチドメイン作戦を推進するために100以上の実験を行った。
パスウェイズ作戦とフォリジャー演習を合わせると、米国の指揮官、兵士、装備はアジア大陸と第1、第2列島線の内側に長期間駐留することになる。地上に兵士のプレゼンスを通した一連の国際活動は、同盟国やパートナーの信頼と能力を高め、統合相応性を構築し、敵対者の侵略を抑止するものである。
インドネシア・バトゥラジャ訓練場での実弾射撃訓練の後、紫煙の中を歩く兵士。(写真:レイチェル・クリステンセン米陸軍特技兵) |
同盟国とパートナー国:Allies and Partners
統合太平洋多国籍訓練センター、パスウェイズ作戦、フォリジャー演習を通じた戦域軍(theater Army)の取組みの最も重要な成果は、同盟国やパートナー国との永続的な関与である。この地域の不安定な勢力に対抗する決定的な対抗軸を形成しているのは、この者たちである。人口が密集し、世界最大級の軍隊を持つインド太平洋地域では、軍隊が最も頼りにされ、安定化させる機関であることは驚くに当たらない。
このような地域の陸軍と協力することで、戦域軍(theater Army)は地域の安全保障の要求を理解することができ、それは地上の軍隊の永続的なプレゼンスによってのみ可能となる。このような関係は、肘と肘、戦車と戦車、編隊と編隊の間に存在することによって強化され、軍隊と国家の間に信頼を生み出す絆となる。このようなパートナーシップは、戦域軍(theater Army)の最大の競争の優位性である一体的で相互運用可能な地域陸上戦力ネットワークを支え、この地域の安全保障のアーキテクチャを結合する接着剤となる。
統合レベルの即応性:Joint Readiness
クリスティン・ウォーマス(Christine Wormuth)米陸軍長官は最近、部隊へのメッセージの中で、戦域軍(theater Army)を「インド太平洋における統合作戦の基幹(the backbone of joint operations in the Indo-Pacific)」と位置づけている。なぜなら、米陸軍は統合部隊が戦争を闘い、勝利するための基盤となる能力を提供しているからである。
これらの能力の多くは、必要な範囲と規模において陸軍にしか存在せず、それぞれ、航空・ミサイル防衛から後方支援、通信、工兵、民事、契約などに至るまで、戦域軍(theater Army)内の戦域対応司令部が代表している。戦域軍(theater Army)はまた、諸兵種連合の統合作戦のための拡張性のある指揮統制を提供する。これは、太平洋陸軍(USARPAC)が2021年にパシフィック・セントリー演習で諸兵種連合の統合任務部隊として再認定されたことで実証されている。
最終的に陸軍は、作戦期間中、地形を奪取、保持、防衛できる唯一の部隊であり、この事実は インド太平洋地域における米陸軍の歴史が物語っている。1898年のマニラ防衛以来、米陸軍はインド太平洋地域で63回の地上戦役を戦い、これは世界の他の地域を合わせた数よりも多い。第二次世界大戦では、米陸軍はアジア太平洋戦域で大規模な地上作戦を展開し、21個戦闘師団、180万人の兵士に相当する兵力を投入した。これは米陸軍の規模と質量に関する独自の能力を証明するものであった。
ウォーマス米陸軍長官が述べるように、米陸軍は当時も現在も、大規模な機動部隊、指揮統制、戦域内 兵站などの基礎的能力を提供することによって、大規模な諸兵種連合の統合部隊にとって「要となる軍種(the linchpin service)」 として機能した。さらに、米地上部隊は単独では何もしておらず、我々の同盟国は、第二次世界大戦から現代の環境に至るまで、諸兵種連合の統合連合を強化する基盤であり続けている。
アラスカ州フォートグリーリー近郊で空挺潜入を行った後、集結地域に移動する第25歩兵師団第4旅団戦闘チーム(空挺)の落下傘兵達。(写真:ジェイソン・ウェルチ米陸軍少佐) |
新しいアプローチ:New Approaches
今年以降、戦域軍(theater Army)は、統合太平洋多国籍訓練センター、パスウェイズ作戦、フォリジャー演習を通じて、悪質な行動に挑戦し、同盟関係を改善し、自由で開かれたインド太平洋を強化するための新しいアプローチを提供する。
3月には、アラスカで陸軍初の北極圏戦闘訓練センターのローテーションを実施した。パスウェイズ作戦とフォリジャー2022演習では、3月と4月にフィリピンで行われたバリカタン演習とサラクニブ演習で使用するために、戦域軍(theater Army)は初めて陸軍の事前配置在庫をダウンロードした。また、米太平洋陸軍(USARPAC)はこの夏、ホノルルに「ハワイ・パシフィック・イノベーション・センター」を正式に開設する予定である。この能力は、インド太平洋戦域の脅威を見、感じ、理解する統合部隊の実力を向上させることに専念している。
5月に開催される陸軍参謀本部主催の米太平洋陸軍(USARPAC)主導の戦争ゲーム「Unified Pacific 22」では、インド太平洋地域の将来の紛争における陸上戦力の役割について深い分析が提供される。フォリジャーの一環として、米太平洋陸軍(USARPAC)は米陸軍将来コマンドと協力してインド太平洋でProject Convergence 2022を実施し、多様で分散した作戦環境を活かして陸軍の変革に情報を提供している。
これらの活動を総合すると、インド太平洋における米国のコミットメントと価値観を示す目に見えるシンボルとして、前方に配置された陸上部隊と能力を持続的に提供することになる。統合太平洋多国籍訓練センター、パスウェイ作戦、フォリジャー演習は、同盟国やパートナーの能力を強化し、敵対者に新たなジレンマを与えるとともに、海上と航空が目に見える重要な役割を果たす戦域で、陸上戦力の基礎的価値を実証することになる。
このダイナミックで多面的な地域では、パンデミックや疾病、食糧や淡水の安全保障、テロ活動、気候変動の影響など、多くの課題が陸上で見つかり、闘い、決定されることになる。また、米国が大規模な戦争を行わなければならない場合、戦域軍(theater Army)の中心的な役割は、そのグローバルで多次元的、マルチドメインの闘いにおいて極めて重要である。海には海、空には空、国には国というように、ドメインごとに統合部隊が次の戦争に臨む場合、その結果は我々が望むようなものにはならないだろう。しかし、インド太平洋地域の同盟国や安全保障パートナーシップと緊密に連携した一体化した統合部隊として行動し、作戦し、闘えば、米国の安全保障上の約束を守り、自由で開かれたインド太平洋を将来の世代に残すことができるのである。