軍事の計画策定におけるナラティブ・ポリシー・フレームワーク (JOINT FORCE QUARTERLY)

MILTERMでは認知戦(cognitive warfare)について、先に、「米国は戦略的認知地形をめぐる闘いで交戦しなければならない(JOINT FORCE QUARTERLY)」を掲載したところであり、軍事組織にとって、認知戦(cognitive warfare)は避けられない事象と言ってよいのだろうと考える。

民主義国家の軍事組織が、認知戦(cognitive warfare)にどのように関わっていくかは、非常に難しい課題であろうし、認知戦(cognitive warfare)を手段として使用することについてはセンシティブな内容を含んでいると一般に思われていると感じているところである。

一方で、ある民主主義国家に敵対的な意図を有すると思われる権威主義的な国家は、人間の認知の領域に対して、その対象が自国内の国民であろうが、相手国の国民であろうが、さらには国際的な世論に至るまで最新の科学を駆使しようとしていると考えてもよいのかもしれない。

特に悪意を持った「ナラティブ」を使用した行為を分析し、その意図の達成を阻むべく何らかの対応を講ずるべきであるとの意見には、異論はないのではないかと感じている。

「ナラティブ」の研究は心理学の対象分野として20世紀後半に盛んにおこなわれてきたように見受けられる。更に研究は「ナラティブ」を使用して「政策決定」における影響を与える手段としての研究が進められてきたと考えられる。

ここで紹介するのは、「ナラティブ」が「政策決定プロセス」への影響をどのように捉える際に考えられた「ナラティブ・ポリシー・フレームワーク」を軍事の計画策定の際に利用することを提言するJOINT FORCE QUARTERLYの記事である。

Michael D. Jones とMark K. McBethが提唱した「ナラティブ・ポリシー・フレームワーク」では、「ナラティブ」の構造定義、「ナラティブ」の内容の定義の他、特にミクロレベルの分析に当たっては以下の7つの仮説が前提とされている。

仮説1)既成概念を打ち破るような「ナラティブ」であればあるほど、人は説得されやすい。

仮説2)「ナラティブ」の世界に読み手を引き込むようなものであればあるほど、人は説得されやすい。

仮説3)読み手にとって認知的に調和的な「ナラティブ」であればあるほど、人は説得されやすい。

仮説4)「ナラティブ」の語り手が信頼できる語り手であるほど、人は説得されやすい。

仮説5)政策論争において負けつつあるグループは、政治的連携を拡大するために「ナラティブ」の要素を用いることが多い。

仮説6)政策論争において勝利しつつあるグループは、現状を維持するために「ナラティブ」の要素を用いることが多い。

仮説7)政治グループは、政治的連携を自らの戦略目標に合わせて操作するために、 herestheticallyに(議題が自グループに有利になるよう戦略的に)「政策ナラティブ」を活用する。

先ずは一読されたい。(軍治)

軍事の計画策定におけるナラティブ・ポリシー・フレームワーク

The Narrative Policy Framework in Military Planning

By Brent A. Lawniczak

JOINT FORCE QUARTERLY 108

1st Quarter, January 2023

著者:ブレントA.ローニザック(Brent A. Lawniczak)博士 航空大学航空指揮参謀大学助教授(軍事・安全保障研究)。

北大西洋条約機構の防空活動を支援するため、ポーランドのワスク空軍基地に前方展開する前に、プレフライト・チェックを行う英空軍レイケンヒース基地第492戦闘飛行隊所属の空軍搭乗員(2022年8月5日、米空軍/Seleena Muhammad-Ali)。

現代の作戦環境では、誰の軍隊が勝つのかよりも、誰のナラティブが勝つのかが重要であると言われている[1] 。さらに、過去よりも現在、特に冷戦終結後、「信頼性の創造と破壊をめぐって政治的闘争が起きている」[2]とも言われている。これらの主張が真実であるとすれば、計画担当者はどのようにして成功するナラティブを理解し、分析し、導き出し、軍事計画に取り入れるのだろうか。

軍事計画担当者は社会科学からコンセプトを学び、採用してきた。このような学習の顕著な例が作戦的デザイン(operational design)である。作戦的デザイン(operational design)は、社会科学に端を発した「邪悪な問題」(定義と解決策を同時に導き出す必要のある構造化された問題)のコンセプトから情報を得てきた[3]

軍事作戦は常に政策の到達目標と結びついていなければならないため、軍事の計画策定も既存の政策立案の理論から情報を得ている可能性がある。このような政策決定プロセスの理論の一つに、ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)がある。これは、作戦的デザイン(operational design)の一部として、ドクトリン計画策定プロセスに組み込むことができる手法であり、ナラティブの理解を通じて統合機能としての情報(information as a joint function)をよりよく活用することを可能にするものである。

米軍専門家との文化遺産保護交流で、ホンジュラス・コパンのオストマンで遺跡評価を行うチームの準備をするホンジュラス軍第120歩兵旅団のケビン・カリックス(Kevin Calix)ホンジュラス陸軍中尉=2022年3月10日(米軍/マリア・ピネル)。

ナラティブを理解し形成するための米国防総省(DOD)の役割:The Role of DOD in Understanding and Forming Narratives

統合部隊は、関係省庁、同盟国、パートナーとともに、一貫性があり、信頼性が高く、説得力のあるナラティブを作成し、関係者に伝達する[4]

-情報環境における作戦(OIE)のための統合コンセプトより

米国政府の一部である国防総省(DOD)は戦略的コミュニケーションを担当しないが、ナラティブやテーマの形成に重要な役割を果たすよう求められている。国務省(Department of State)は戦略的コミュニケーションを担当する政府機関であるが、「統合部隊はパートナーと協力して有益なナラティブを開発・強化し、有害なナラティブに対抗する代替案を提供しなければならない」と提案されている[5]。統合ドクトリンでは、「指揮官は作戦の他の側面を計画、実施する際に、ナラティブを形成すべきである」と記されている[6]

さらに、統合部隊は「関連するナラティブの景観を分析・理解」し、作戦的デザイン(operational design)に関連する行為主体のナラティブを利用できなければならないが、その方法についてほとんど指針やプロセスが提供されていない[7]。指揮官のコミュニケーション同期の一部として、国防総省(DOD)は、「関連するすべてのコミュニケーション活動において、その整合性と戦術的な最低レベルまでの一貫性を確保するため、ナラティブ、テーマ、メッセージ、画像、作戦、行動」を調整し、同期させる[8]

さらに、「作戦のコミュニケーション戦略には、少なくともナラティブ、テーマ、メッセージ、ビジュアルの成果物、支援活動、主要な聴衆が含まれる」とも言われている[9]。したがって、指揮官、参謀、計画担当者は、ナラティブ作りの専門家であることは期待されていないものの、情報環境における作戦(OIE)の一部として、関連する行為主体のナラティブを分析し理解するために必須の知識を持つべきである。

軍事作戦におけるナラティブの重要性:The Significance of the Narrative in Military Operations

我々は、戦闘軍(combatant command)および作戦レベルの(司令部)が、敵対者の正当性に対抗しつつ、任務の正当性を高めるために、戦略的ナラティブと完全に結びついた説得力のあるナラティブ、テーマ、メッセージを開発することに価値を見出している。説得力のあるナラティブは、計画策定、ターゲッティング、実行を導き、聴衆の目から見て行動と言葉が矛盾する「言うこととやることの差(say-do gap)」を防ぐことを助けることが出来る[10]

-統合参謀本部 J7コミュニケーション戦略・同期化 配置型訓練部署より

統合ドクトリンでは、ナラティブはすべての軍事作戦の重要な側面であると認識されている[11]。また、米国全体、特に軍部は、軍事作戦の成功のためにナラティブを活用することに失敗していると認識されている。

情報環境における作戦のための統合コンセプト(Joint Concept for Operations in the Information Environment JCOIE)」によると、「ナラティブを認識し理解する能力が限られており、(中略)到達目標や望ましい最終状態に対してナラティブを適用し整合させるにはしばしば効果がない」ことを含めて、「統合部隊は、情報の力をフルに発揮するための強調、政策、資源、訓練、教育を欠いてきた」としている[12]

競争や武力紛争においてナラティブを勝ち取ることについては、これまでにも多くのことが語られてきた。戦略・作戦レベルでは、「指揮官は、統合部隊の目標を支える目的で、個人や集団に影響を与えようとする指揮官の意図を支えるために、ナラティブの要素を増幅させたり消したりすることを選択することができる」[13]

しかし、ナラティブを研究する方法がなければ、統合部隊は暗闇の中で撃たれているようなものである。説得力のあるナラティブを導き出し、それを広めることは、米軍の作戦の重要な一面であると考えられている。しかし、計画策定プロセスには、情報を軍事計画にシームレスに一体化できるようなナラティブの分析方法は含まれていない

第7の統合機能(joint function)として確立された後も、統合ドクトリンにおける情報の記述は、統合情報作戦の出版物の主要部分の焼き直しがほとんどである[14]。では、統合機能としての情報(information as a joint function)は、従来から理解されている情報作戦(information operations)とどこが違うのだろうか。

専門家が情報を作戦に組み込むための訓練と方法論を備えているように、参謀、計画担当者、指揮官もまた、情報(ナラティブ)を理解し、作戦にうまく組み込むためのツールを備えていなければならない

分析に厳密さを加えるプロセスがなければ、米軍の計画担当者や政策立案者は、ナラティブによってターゲットの聴衆に影響を与えようとしても、情報の効果的な使用(effective use of information)ができないままであろう。ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)は社会科学から引用し、ナラティブを研究する方法を提供する。そして、より大きな軍事の計画策定プロセスの一部となりうる重要なプロセスを提供することができる。

2021年2月9日、南シナ海で、空母USSニミッツの飛行甲板から発進する、打撃戦闘機隊94の「マイティ・シュライクス(Mighty Shrikes)」のCF/A-18Fスーパー・ホーネット=(米海軍/Charles DeParlier撮影)

計画策定におけるナラティブ・ポリシー・フレームワーク:The NPF in Planning:

どの[司令部]も、進行中の「バトル・オブ・ザ・ナラティブ(Battle of the Narrative) 」に関わっている[15]

-統合参謀本部 J7コミュニケーション戦略・同期化 配置型訓練部署より

ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)は、安全保障協力から人道支援、対反乱戦から主要な戦闘作戦に至るまで、あらゆる軍事作戦における情報の使用を強化する強力なナラティブを検討・策定するための有用な道筋を提供する可能性を秘めている。ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)は、聴衆を誤って導くための操作(manipulation)や心理作戦(psychological operations)には依存しないが、そのために使用することはできる。

ナラティブの研究は、マーケティング、心理学、ヘルス・ケアなどで使用されている。米国は偽善的と見なされないように言葉と行為(words with deeds)を一致させなければならないため、強力で効果的なナラティブを追求することはしばしば困難である[16]。唯一の超大国である米国にとって、これはより困難なことである。なぜなら、その力を使用することは、時として、ターゲットの聴衆から偽善的と解釈される可能性があるからである[17]。敵対者はしばしば、意図的にナラティブを誤解させ、彼らの優位性のために、話を展開しようとする。

ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)を使うことで、計画担当者やアナリストは既存のナラティブを分解し、作戦環境をよりよく理解することができ、言葉と行為(words with deeds)をよりよく一致させる新しいナラティブをリバース・エンジニアリングできる可能性がある。さらに重要なことは、ナラティブの諸相を理解することで、軍事作戦における情報の使用(use of information)をより成功させることができるようになることである。

※【訳者註】 リバース・エンジニアリングとは、出荷された製品を入手して分解や解析などを行い、その動作原理や製造方法、設計や構造、仕様の詳細、構成要素などを明らかにすること。(https://e-words.jp/w/リバースエンジニアリング.html)

ナラティブは物語(stories)以上のものであり、以下のように定義されている[18]

・ ナラティブは、「地域の歴史、文化、宗教を活用し、特定の行動の知覚(perceptions)を枠にはめ、影響を与える物語(story)形式のシステムを通じて意味を生み出す、統一されたコミュニケーションと理解のための基盤」。

・ ナラティブは、「イデオロギー、理論、信念に沿った事象の説明であり、将来の行動への道筋を示すものとして、世界を意味あるものにし(make sense)、我々の経験に従ってそれらの場所に物事を配置し、そして何をすべきかを教えてくれるもの」。

・ ナラティブは、「過去を意味あるものにし(make sense)、未来を投影する力強い物語(stories) 」。

統合ドクトリンでは、ナラティブを「作戦の下支えとなり、作戦や状況をより深く理解し、文脈を提供するために使用される短い物語(short story) [19]」と定義している。しかし、ナラティブとは何かという共通理解があっても、ナラティブを研究、理解、開発するための明確な方法論がなければ、競争の連続体(competition continuum)である軍事作戦の間にナラティブを活用することは不可能ではないにしても、困難であると思われる。提案する方法は、計画策定間に国家戦略から戦術レベルまで使用することができる。

ナラティブ(narrative)とは、物語(story)のことである。それぞれの物語(each story)には、「劇的な瞬間、象徴、典型的な人格が登場する策略(plot)の中で展開される、出来事の時間的順序があり、物語(story)の道徳で最高潮に達する[20]」。それはメッセージやテーマ以上のものであり、情報環境での作戦を考えるとき、多くの軍事計画担当者が着地するところである[21]

統合出版物 5-0「統合計画策定(Joint Planning」は、計画担当者が作戦環境(OE)の PMESII(政治、軍事、経済、社会、情報、およびインフラ)分析中に情報に関して答える必要があるかもしれないいくつかの質問を示唆している。情報がどのように作戦環境(OE)内を移動するか、情報が「どのように受信され処理されるか」、「誰によって」、そして「どのような目的のため」なのかは、中心的な質問である。

さらに、関連する行為主体、その役割、意思決定プロセス、および彼らが使用する情報システムを特定することは、作戦環境(OE)を理解する上で重要である[22]。ドクトリンがナラティブについてこの種の質問をするのに最も近いのは、関連する行為主体が統合部隊の活動をどのように知覚し、意味を与えるか、そしてそれらの知覚(perceptions)から生じるかもしれない振舞い(behavior)についての考察を作戦環境(OE)分析の一部として含めることである[23]

これらはすべて貴重な質問である。しかし、既存のナラティブと敵対者と統合部隊が広めたいと考えるナラティブについては、より詳細な情報が必要である。どのようにナラティブを広めるかは重要であるが、作戦の間に情報をうまく活用するためには、ナラティブの具体的な構成要素と内容に取り組むことが必要である。

計画担当者が、ナラティブが機能するためには、ナラティブには特定の資質や部分が必要であることを理解することが重要である。ナラティブには、4つの必要な部分があると言われている。第一に、ナラティブには設定や文脈が必要である。第二に、設定と密接に関連した、時間的要素を持つ策略(plot)-(物語(story)には始まり、中間、終わりがある-と、設定と人格の関係を提供する策略(plot)である。第三に、問題の解決者である英雄(heroes)、問題の原因者である悪役(villains)、問題によって被害を受ける犠牲者(victims)からなる物語(story)である。第四に、ナラティブの中で提示される問題の解決策(solution)である[24]

エリザベス・シャナハン(Elizabeth Shanahan)、マイケル・ョーンズ(Michael Jones)、そしてマーク・マクベス(Mark McBeth)は、「政策ナラティブの登場人物(英雄(heroes)、被害者(victims)、悪役(villains))の描写は、科学情報または技術情報よりも市民、選出議員、エリートの意見と選好に高いレベルの影響を与える[25]」と提起している。

従って、軍事作戦においてナラティブを活用しようとする場合、計画担当者はどのような人格が対象者の心に最も響くかを慎重に検討する必要がある。例えば、オサマ・ビン・ラディン(Osama bin Laden)は多くの人にとって悪役(villain)であり、一部の人にとっては英雄(hero)でした。

計画策定時に様々な知覚(perceptions)の緊張関係を理解することは、成功するナラティブの開発に不可欠であり、しかし、そのような理解は、関連するすべての人格とターゲットの聴衆を徹底的に研究することによってのみ得られるものである。これは簡単なことではないが、必要不可欠な作業である。

さらに、行為主体が自分たちの立場をどのように知覚しているかを理解することも重要である。ある政策課題(policy issue)において、集団や行為主体が自らを勝ち(winning)と見るか負け(losing)と見るかによって、そのナラティブの意図が決まることが多い。ある集団が自らを負け(losing)だと知覚している場合、世論や、場合によっては積極的な支持といった形で、自らの影響力を拡大することを意図して、ナラティブを作成することになる。もし、ある集団が自らを勝ち(winning)と知覚した場合、より多くの大衆の関与を封じ込めることを意図したナラティブを作成する可能性が高い[26]

ナラティブの人格的側面と密接に関連するのが、「デビル・シフト(devil shift)」というコンセプトである。ここでは、対立する行為主体が、「相手の悪意ある動機、振舞い(behavior)、影響力」を誇張することによって、敵対者を貶めようとするものである[27]。米国の潜在的な敵対者は、冷戦後の唯一の世界的超大国という米国のユニークな立場から、米国に対してこの「デビル・シフト(devil shift)」を用いることで優位性を得る可能性がある。

米国の敵対者は、米国に対して「デビル・シフト(devil shift)」を使用する彼らの試みで、成功する可能性がある。特に、米国の政策行動がその政策声明と一致しない場合、またはそのような場合に、成功する可能性がある。国家主体、非国家主体を問わず、小国が自らを偽善的な覇権の不幸な被害者(victims)として描くのは簡単なことである。

米国は、その一部として敵対者に対して「デビル・シフト(devil shift)」を使用したナラティブを作ろうとする場合、注意する必要がある。「デビル・シフト(devil shift)」の使用は、しばしば難解さをもたらすことが指摘されている。特に安定化作戦や対反乱作戦におけるこの難解さ(intractability)は、まさに米軍が避けたいものであり、計画担当者が解決しようとしている問題の中心であることが多い。

さらに、反対派に「デビル(devil)」の地位を与えることは、敵対者が実際よりも強力であるかのように描かれる危険性をはらんでいる。例えば、南シナ海やその他の紛争地域において、中国を悪意ある行為主体(malign actor)として描くナラティブ形式の情報を利用することが、中国の強制(coercion)に対抗する最善の方法であることが示唆されている[28]

しかし、そのような強力な潜在的敵対者であっても、米国が望む以上の影響力を持たないように注意する必要がある。そうすると、中国には力があり、米国が阻止したい悪質な行動を阻止しようとする同盟国の試みに反応する義務があるという自己成就的予言(self-fulfilling prophecy)が生まれかねないからである[29]。だからといって、米国とその同盟国は、世界の舞台で中国の行動を非難することを完全に避けるべきであるというわけではない。

しかし、単に情報や勝利のナラティブの重要性を認識するだけでなく、計画担当者や意思決定者は効果的なナラティブを作り出すための手段をより深く理解しなければならないという事実を指摘している。ナラティブが重要であることを認識するだけでは、十分とは言えない。さらに重要なことは、たとえ「デビル・シフト(devil shift)」を使ってナラティブを形成することが容易であっても、ターゲットの聴衆にとっては英雄の物語(hero stories)の方がより説得力があることが分かっていることである。

もう一つ欠かせないのが、「原因究明」というナラティブ戦略である。つまり、ある問題に対して、特定の行為主体に責任や非を負わせるというものである。問題の原因には、意図的なもの、不注意なもの、偶発的なもの、機械的なものなどがある[30]

問題の分類(categorization of problems)と責任の所在(assignment of blame)は、ナラティブの重要な側面である。原因メカニズム、または聴衆がそのメカニズ ムをどのように知覚しているかを理解することは、統合部隊の目標、ひいては政策の到達目標を達成するために、ナラティブの理解とナラティブをどのように活用または変更すればよいかをのより良い理解につながる。

また、ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)理論家は、軍事計画担当者がナラティブを検討し、作成する際に注意すべきいくつかの仮定を提示している。

・ 境界合理性(bounded rationality:個人は限られた時間枠の中で限られた情報をもとに意思決定を行う。そのため、最も満足のいく選択肢を選ぶことになる。

・ ヒューリスティックス(heuristics:合理性には限界があるため、個人は情報を処理し、意思決定を行うために近道(shortcuts)に頼る。ヒューリスティックス(heuristics)は、「その時に得られる情報、過去の経験、専門知識と訓練、生物学的バイアス」に部分的に基づいている。

・ 情動の優位(primacy of affect:感情は注意を集中させる上で重要な役割を果たし、その結果、意思決定における優先順位を設定するのに役立つ。研究によると、感情に基づく(情緒的)推論は、真の認知の数分の一秒前に起こることが分かっている。

・ 2種類の認知(two kinds of cognition: システム1は不随意で無意識の認知である。システム2の認知は、システム1が感情的な合図で警告を発した後にのみ、関与する。システム2は、システム1が処理できるよりも認知的に複雑なタスクに注意を集中させる。複数のシステム2活動を同時に行うことはできない。したがって、システム1は人間の意思決定の多くにおいてデフォルトであり、変化に対して抵抗がある。

・ 熱い認知(hot cognition:見慣れないコンセプトに直面した人は、その新しいコンセプトに自分の既存の世界の理解と一致する感情(情動(affect))を割り当てようと頭の中で探索を行う。

・ 確証バイアス(confirmation bias)(および不確証バイアス(disconfirmation bias)):これは、個人が事前の信念と一致する証拠を、不一致の証拠よりも正確なものとして扱うときに発生する。個人は、一致した情報をより速く処理する

・ 選択的暴露(Selective exposure:個人は、自分の既存の信念に合致する情報や情報源を選択する。

・ 自己同一性保護的認知(identity-protective cognition:事前態度が強い個人は、選択的暴露と確証・不確認バイアスを用いて、事前信念を「守るために知っていることを利用する」。

・ 集団とネットワークの優位(primacy of groups and networks: 個人が関連する集団やネットワークは、コンセプトに影響を与えるのに役立つ役割を果たす。「個人は真空では情報を処理しない」

・ ナラティブな認知(arrative cognition:ナラティブは、個人が世界を意味あるものにする(make sense)ための主要な手段である。したがって、「ナラティブは、システム1とシステム2の認知の間に本質的なつながりを提供するため、世界を意味あるものにする(make sense)目的のためにすべての人が採用する好ましいヒューリスティックである[31]」。

このように、ナラティブは単に事実を伝えるだけでなく、事実の意味を伝えるのである[32]。つまり、人は物語(stories)を語り、記憶するということである[33]。この事実は、軍が統合機能として情報(information as a joint function)を重要視し、情報環境において効果的に作戦する必要性に反映されている。ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)は、計画策定の間にそのための方法論を提供する。

2022年5月11日、ニジェールのアゼル・エコールで、第409航空遠征隊に所属する陸軍第404民政大隊の兵士と村の医療問題について話し合う一体化した保健センターの村の看護師(米空軍/Chloe Ochs)。

結論と推奨事項:Conclusion and Recommendations

敵対者の誤った情報(misinformation)や偽情報(disinformation)の発信源を特定することができるかもしれない。これは非常に重要なことであるが、ほんの始まりに過ぎない[34]。計画担当者がPMESII(政治、軍事、経済、社会、情報、およびインフラ)などのシステム分析を使って敵のシステムを分析するように、敵対者のナラティブを部分的に分解することは、より良いナラティブとカウンターナラティブの開発を援助する。敵対者のメッセージやテーマを認識し、それに対抗するだけでは十分ではなく、より深い分析が必要である。そのためには、ナラティブの構成要素を分析することが必要である。

「情報環境における作戦のための統合コンセプト(JCOIE)」 によると、「すべての軍事行動は、観察可能または発見可能な情報を生み出し、最終的に振舞い(behavior)を促す知覚(perceptions)、態度、その他の要素に影響を与える[35]」 とされている。このように、今日の軍事作戦において、ナラティブはあらゆる兵器システムと同様に重要である。特に「競争の連続体(competition continuum)」の時代には、競争するナラティブは単に作戦環境の一部ではなく、政策の到達目標が達成されるか否かを決定する「緊要地形(key terrain)」である可能性がある。

この短い記事では、ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)の主要な諸相(key facets)のみを多くの読者に紹介したが、ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)が計画策定プロセスで果たす役割は過小評価されるべきではない。友好的なナラティブ(friendly narratives)、敵対的なナラティブ(adversarial narratives)や他の行為主体のナラティブを具体的に検討する手法を加えることは、重心(centers of gravity)の分析、目標の設定、関連する行為主体のシステム分析などと同様に重要かもしれない。

実際、どのようなレベルの戦い(any level of warfare)であっても、ナラティブが重心(center of gravity)または重要要因(critical factor)であることが判明する場合がある。もしそうであれば、その軍事力が自らのナラティブという形で情報を適切に利用しない限り、より大きな軍事力でそのナラティブに対抗することは必ずしもできない。

ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)は、計画立案者が競争の連続体(competition continuum)の全体にわたって、軍事作戦の計画策定および実行中に検討し、作成し、実施し、評価することができるナラティブの具体的な構成要素を提供するものである。そのためには、計画担当者は単に「メッセージ」を計画したり、情報作戦を後回しにしたりするのではなく、その先にあるものを考えなければならない。

ナラティブの各要素は、友軍の行為主体と敵対的な行為主体にとって必要である。敵対者のナラティブ(人格(characters)、策略(plot)、道徳(moral))の諸相(facets)に影響を与えることも、友軍のナラティブを作成し保護することも、ナラティブの各部分をよく理解して初めて可能になるのである。

ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)は、戦略・作戦環境の理解の一部として、作戦的デザイン(operational design)に組み込まれる必要がある。ある著者の集団は、作戦的デザイン(operational design)のナラティブ的要素をドクトリンに追加することを提案している[36]。この追加は、デザイン・チームへの情報環境での作戦(OIE)計画担当者の参加を確保するのと同様に、良いスタートとなるであろう。

このような情報環境での作戦(OIE)計画担当者は、より高度な専門知識を持ち、ナラティブを分析するだけでなく、作戦環境において大規模に情報的考察を理解し取り入れる能力を計画策定チームにもたらすだろう。

さらに、友軍のナラティブは作戦アプローチ自体の重要な部分であり、計画策定プロセスの初期段階において、指揮官の指導と意図に組み込まれるべきものである。計画策定プロセスの段階を経て詳細な計画策定が進めば、重心(centers of gravity)と同様に、友好的なナラティブ(friendly narratives)、敵対的なナラティブ(adversarial narratives)も、行動展開の際に計画担当者の中心的な焦点となり続けるべきである。

行動分析とウォーゲーミングの間、ナラティブは中心であり続けるべきである。偽善の罠を避けるため、計画策定プロセスのこの時点では、他の行動とナラティブを注意深く整合させることが重要である。

さらに、レッド・セル(red cell)は、J39(グローバルオペレーション副本部長)のメンバーの支援を受けながら、ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)が提供する具体的な人格(英雄(heroes)、被害者(victims)、悪役(villains))、策略点(plot points)、時間軸(timelines)、解決策(solutions)などの諸相(facets)の検討を通じて、友好的なナラティブ(friendly narrative)の弱点を評価・活用し、ナラティブを強化・改善する必要がある。

漠然とした言葉で語られるナラティブに言及するだけでは、情報環境の中で効果的に運用されているように錯覚してしまうのである。それぞれのナラティブにおける設定、時間軸、筋書き、登場人物、解決策などを分析することが、効果的な情報作戦には不可欠である。

レッド・セル(red cell)は現在、ナラティブ分析を行うための主題専門家とツールを欠いているが、心理作戦のターゲットの聴衆分析(TAA)は、情報環境における複数のナラティブに対する洞察を提供することができるかもしれない[37]。ターゲットの聴衆分析(TAA)を通じて、ターゲットの聴衆の理解を深めることは、その聴衆が「適切に構想され展開されたメッセージ戦役(message campaign)によって影響を受ける」ための第一歩となり得るのである[38]

ターゲットの聴衆分析(TAA)は、「一部の聴衆に響くことを期待して大勢の聴衆のためにメッセージを開発する」トップダウン式のアプローチではなく、特定のターゲットの聴衆に関する信頼できる知識に基づくボトムアップ式のメッセージ開発を可能にする[39]。ターゲットの聴衆分析(TAA)はナラティブの対象を扱うものであり、必ずしも与えられた情報環境におけるすべての関連する行為主体のナラティブのすべての面を扱うものではないが、ナラティブを最初から最後まで計画策定に一体化するための良い出発点となる可能性がある。

平均的な軍事計画担当者はナラティブを計画し実行するための訓練や経験が不足しているが、ナラティブとその構成要素を認識し、作戦的デザイン(operational design)と統合計画に適切に組み込む必要がある。

計画策定グループには、作戦的デザイン(operational design)や計画の専門的な部分を開発するための主題専門家(subject matter experts)が多数含まれるのと同様に、計画策定グループには、軍事目標達成を支援するために、情報に基づいた提案を行うための専門スキル・セットを持つ参謀が含まれるべきである。J5、J9、J3IO、広報(Public Affairs)、政治顧問のメンバーは、少なくとも、専門的にナラティブを分析し、開発する訓練を受ける必要がある[40]

このようなレベルの専門家を育成することは不可能と思われるが、統合軍事専門教育(JPME)はナラティブ分析に関する入門レベルの知識と経験を提供することが可能であろう。統合軍事専門教育(JPME)の教育機関はケース・スタディ分析に大きく依存しており、ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)が概説するようなナラティブの側面を含む歴史的ケースの検証を拡大する機会コストは非常に低いと思われる。既存のカリキュラムを活用し、作戦に影響を与えた、あるいは影響を受けたナラティブを理解することに重点を置くことで、機会コストを低く抑えることができる。

その到達目標は、軍事計画担当者を社会科学者にすることではない。しかし、紛争は人間の営みであり、ナラティブは常にあらゆる軍事作戦の中心的な側面である。ドクトリンは、関連する社会理論を借用しており、今後もその影響を受け続けるべきである。ナラティブ・ポリシー・フレームワーク(NPF)は、軍事作戦における情報の使用をよりよく理解するための道筋を示すものである。

ノート

[1] Joseph S. Nye, Jr., “Countering the Authoritarian Challenge: Public Diplomacy, Soft Power, and Sharp Power,” Horizons: Journal of International Relations and Sustainable Development, no. 15 (Winter 2020), 97.

[2] Joseph S. Nye, Jr., The Future of Power (New York: PublicAffairs, 2011), 104.

[3] Horst W.J. Rittel and Melvin M. Webber, “Dilemmas in a General Theory of Planning,” Policy Sciences 4, no. 2 (June 1, 1973), 155–169; See also U.S. Army Training and Document Command (TRADOC) Pamphlet 525-5-500, Commander’s Appreciation and Campaign Design (Fort Eustis, VA: TRADOC, January 20, 2008), 4–18, available at <http://ontolog.cim3.net/forum/mphise-talk/2009-03/pdfo2rLbDalPj.pdf>.

[4] Joint Concept for Operations in the Information Environment (JCOIE) (Washington, DC: The Joint Staff, July 25, 2018), 37, available at <https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/concepts/joint_concepts_jcoie.pdf>.

[5] Ibid., 30.

[6] Joint Publication (JP) 3-61, Public Affairs (Washington, DC: The Joint Staff, August 19, 2016), A-1, available at <https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/pubs/jp3_61.pdf>.

[7] JCOIE, 31, 36.

[8] JP 5-0, Joint Planning (Washington, DC: The Joint Staff, December 1, 2020), II-10, available at <https://irp.fas.org/doddir/dod/jp5_0.pdf>.

[9] Deployable Training Division, Joint Staff J7, Communication Strategy and Synchronization (Washington, DC: The Joint Staff, May 2016), 4, available at <https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/fp/comm_strategy_and_sync_fp.pdf>.

[10] Ibid., 1.

[11] JCOIE, 6.

[12] Ibid., 7–8.

[13] Ibid., 36.

[14] See JP 3-0, Joint Operations (Washington, DC: The Joint Staff, October 22, 2018), available at <https://irp.fas.org/doddir/dod/jp3_0.pdf>; and JP 3-13, Information Operations (Washington, DC: The Joint Staff, November 20, 2014), available at <https://www.jcs.mil/Portals/36/Documents/Doctrine/pubs/jp3_13.pdf>.

[15] Communication Strategy and Synchronization, 3.

[16] John Arquilla, “Arsenal of Hypocrisy,” Foreign Policy, August 27, 2013, available at <https://foreignpolicy.com/2013/08/27/arsenal-of-hypocrisy/>.

[17] Martha Finnemore, “Legitimacy, Hypocrisy, and the Social Structure of Unipolarity: Why Being a Unipole Isn’t All It’s Cracked Up to Be,” World Politics 61, no. 1 (January 2009), 58–85, available at <https://www.jstor.org/stable/40060221#metadata_info_tab_contents>.

[18] JCOIE, 43.

[19] JP 3-61, I-11.

[20] Michael D. Jones and Mark K. McBeth, “A Narratives Policy Framework: Clear Enough to Be Wrong?” Policy Studies Journal 38, no. 2 (May 2010), 329.

[21] JP 3-61, I-11–I-14.

[22] JP 5-0, IV-8.

[23]  Ibid., IV-9.

[24] Elizabeth A. Shanahan, Michael D. Jones, and Mark K. McBeth, “Policy Narratives and Policy Processes,” Policy Studies Journal 39, no. 3 (August 2011), 535–561.

[25] Ibid.

[26]  Ibid., 554.

[27]  Ibid.

[28] Kurt Stahl, “Harnessing the Power of Information: A Better Approach for Countering Chinese Coercion,” Joint Force Quarterly 100 (1st Quarter 2021), available at <https://ndupress.ndu.edu/Portals/68/Documents/jfq/jfq-100/jfq-100_14-19_Stahl.pdf?ver=T7QbmJ6Na97bZ_xbLtjE_Q%3D%3D>.

[29] Thomas C. Schelling, Arms and Influence (New Haven, CT: Yale University Press, 2008), 56–62.

[30] Elizabeth A. Shanahan et al., “The Narrative Policy Framework,” in Theories of the Policy Process, ed. Christopher M. Weible and Paul A. Sabatier, 4th ed. (New York: Westview Press, 2018), 178.

[31] The list of postulates is condensed from Shanahan et al., “The Narrative Policy Framework,” 181–183.

[32] Ajit Maan, “Narrative Warfare,” Real Clear Defense, February 27, 2018, available at <https://www.realcleardefense.com/articles/2018/02/27/narrative_warfare_113118.html>.

[33] Shanahan et al., “The Narrative Policy Framework,” 183.

[34] Melia Pfannenstiel and Louis L. Cook, “Disinformation and Disease: Operating in the Information Environment During Foreign Humanitarian Assistance Missions,” Joint Force Quarterly 98 (3rd Quarter 2020), available at <https://ndupress.ndu.edu/Portals/68/Documents/jfq/jfq-98/jfq-98_20-27_Pfannenstiel-Cook.pdf?ver=2020-09-10-092152-843>.

[35] JCOIE, 9.

[36] Brian Petit, Steve Ferenzi, and Kevin Bilms, “An Irregular Upgrade to Operational Design,” War on the Rocks, March 19, 2021, available at <https://warontherocks.com/2021/03/an-irregular-upgrade-to-operational-design/>.

[37] The author thanks an anonymous reviewer for this suggestion.

[38] Steve Tatham, “Target Audience Analysis,” The Three Swords Magazine, no. 28 (2015), 51–52, available at <https://www.jwc.nato.int/images/stories/threeswords/TAA.pdf>.

[39] Steve Tatham, “Target Audience Analysis,” The Three Swords Magazine, no. 28 (2015), 51–52, available at <https://www.jwc.nato.int/images/stories/threeswords/TAA.pdf>.

[40] Communication Strategy and Synchronization, 9.