中国の人工知能による「世界一流」の軍隊建設は成功するのか 【Real Clear Defense】(論文紹介)
「Real Clear Defense」に、2023年2月7日付で掲載された現役自衛官の論稿を紹介する。彼の論稿は、2022年11月18日に「習近平が描く中国人民解放軍の人工知能についてのビジョン【The Diplomat誌】」として紹介したほか、それ以前にも「認知戦(cognitive warfare)」の理解を進める上で有益dと思われるという観点から、「War on the Rocks」に掲載の論稿「新しい技術、新しい概念:中国のAIと認知戦争についての計画 (War on the Rocks)」と「中国の「認知戦」の将来:ウクライナ戦争の教訓 (War on the Rocks)」と紹介している。「Real Clear Defense」の論稿の英文中に「Thus, what is important is not the superiority of the technology itself, but the superiority of the operational concept.」との記述があり、単に技術の点からだけに陥りがちな新たな技術について、用兵思想に裏付けされた作戦の観点、いわゆる運用の観点から洞察することの重要性を訴えているように感じるところである。
また、著者紹介に「Mr. Takagi holds a master’s degree in information technology from the Graduate School of Engineering, Hokkaido University, where he studied artificial intelligence and data mining before joining the Japan Self-Defense Forces. He has recently published peer-reviewed articles on the future of cognitive warfare while working for the Joint Staff of Japan.」とあるように、作戦の観点、いわゆる運用の観点から考察するにも新しい技術を理解できる力も必要であることは、言うまでもないことであろう。先ずは一読されたい。(軍治)
中国の人工知能による「世界一流」の軍隊建設は成功するのか
Will China’s Artificial Intelligence to Build a “World-Class” Military Succeed?
高木耕一郎(Colonel Koichiro Takagi)
人類の歴史において、新しい軍事技術は世界のパワーバランスを変化させてきた[1]。紀元前2千年紀のユーラシア大陸においては、チャリオットが支配的な兵器であり、それを持つ国が圧倒的な軍事力を保持した。その後、長い間騎兵が優勢であったが、火薬が政治的、軍事的な状況を一変させた。火薬は、銃兵の地位を高め、騎兵の地位を低下させた。また、城塞と攻城兵器のパワーバランスも変化し、都市国家の力を弱めることになった。1453年、比類なきコンスタンティノープルの城壁を、大砲が陥落させた。
21世紀においては、先進的な人工知能を利用する国が、支配的な軍事力を獲得し、パワーバランスが変化するかも知れない。人工知能は、人間の脳を強化または代替する。これまでの人類史において発達してきた兵器は、人間の筋肉、目、耳を強化した。原始時代の人類に比べ、現代人は強力な殺傷力を獲得し、何千マイルも先の敵を見て、何千マイルも先の味方とコミュニケーションをとることができるようになった。しかし、長い人類の戦争の歴史の中で初めて、脳が強化されつつある。従って、人工知能がもたらす変化は、人類史において前例のない際立ったものとなる可能性がある。
中国は、人工知能を利用して、世界一流の軍隊を建設しようとしている。習近平は、2022年10月16日の中国共産党第20回全国代表大会において、中国人民解放軍をより迅速に世界一流の軍隊に高めると表明した[2]。2017年の第19回党大会において、習近平は今世紀半ばまでに中国が世界一流の軍隊を建設すると述べたが、今回は明確な期限に言及せず、より早く目標を達成すると述べたと見られる。
さらに、習近平は「智能化」という語を3回発言した[3]。「智能化」という概念は、人工知能に基づく兵器システムの利用を指す概念であり、2019年の国防白書[4]発表以降、急速に注目を集めている。中国の研究者は、人工知能を活用した人民解放軍の智能化により、米軍を追い越すことができると主張している[5]。
人工知能の利用を示す智能化は、中国の軍事改革の焦点となっている。習近平は、昨年の大会において、中国は機械化、情報化、智能化を通じて、中国人民解放軍の融合発展を堅持すると述べた[6]。2017年の第19回党大会で習近平は機械化と情報化について言及したが、昨年の大会ではここに智能化が加えられた。これは、2019年から急速に発展した智能化の概念が、中国の国防政策に受容され、国家指導者がそれを推進する意思を表明したことを示すものである。
中国のこの改革は、実現可能なのだろうか。何より、バイデン政権が2022年10月7日に発表した広範な半導体規制は、中国の人工知能開発にとって大きな障害となる[7]。この規制は、AIやスーパーコンピューティング用のハイエンドチップの中国への販売を妨げるものである。半導体は中国経済のアキレス腱であり、中国の工場は電子製品の製造に必要なマイクロチップの85%を輸入に依存している[8]。中国の軍事力増強の焦点が人工知能であることを考えれば、この半導体の規制は極めて効果的であるだろう。
半導体のサプライチェーンは複雑で、時間とともに変化するものであり、米国はその全てをコントロールできるわけではない[9]。しかし、米国は半導体製造における世界の主要プレーヤーのほとんどと、強い同盟関係やパートナーシップを結んでいる。中国が、これらすべての国の技術を複製することは、短期的には極めて困難であるだろう。最先端の半導体の入手が困難となれば、人民解放軍の智能化は実現せず、世界一流の軍隊の建設は失敗に終わるかもしれない。
しかしながら、先進的な軍事力は、技術そのものの優劣ではなく、その新技術を利用した高度な用兵思想に依存する。例えば、第二次世界大戦初頭にドイツがフランスに短期間で勝利したのは、ドイツが電撃戦という革新的なコンセプトを持っていたからである[10]。フランスは、ドイツよりも性能の良い戦車を数多く保有していが[11]、その用兵思想は第一次世界大戦から変わっておらず、戦車を歩兵の支援兵器として扱った。そして、フランスは、アルデンヌの森から戦車で編成されたドイツ軍機甲師団が電撃的に突進してきても、対応することができなかった。
1870年の普仏戦争においても、プロイセンの参謀総長ヘルムート・フォン・モルトケは、新しい鉄道技術を利用して、多数の部隊を分散して機動させ、目標付近に同時に集結させるという作戦により、フランスに勝利した。しかし、負けた側のフランスの鉄道技術は、プロイセンよりも優れていた。このように、重要なのは技術そのものの優劣ではなく、作戦思想の優劣なのである。このため、中国が人工知能をどのように利用しようとしているかについて、注目することが必要である。
中国人民解放軍の高官や戦略家がこれまでに発表してきた論文によると、中国人民解放軍は、主に4つの分野において人工知能を利用しようとしている[12]。一つは無人兵器の自律化であり、それは多数の無人機の群れ(スウォーム)の開発を含む。中国は、多様な無人システムと無人兵器による高度な自律的統合作戦を目指している。また、中国人民解放軍は無人兵器の利用を急速に拡大しており、2022年9月に無人機を初めて台湾のADIZの南側の空域に進入させ、12月までにその数は延べ70機に増加した[13]。
二つ目は機械学習により大量の情報を処理することである。例えば、中国人民解放軍は、中国周辺海域に無人兵器や海底センサーのネットワークの構築を進めており、そこから得られる情報を人工知能で処理しようとしている[14]。また、中国人民解放軍は、受信した電波を人工知能で解析し、妨害電波を最適化する新しい電子戦の形を検討している[15]。
三つ目は、人工知能による軍隊的意思決定の迅速化である。米国においては、核戦略などの意思決定に人工知能を活用することで、戦争が瞬間的にエスカレートする「フラッシュ・ウォー」の危険性が指摘されている[16]。中国においても、こうした危険性を踏まえ、どこまで人工知能に意思決定を委ねるべきなのかという議論がある[17]。このため、当面は複雑な意思決定を人工知能に委ねるのではなく、情報処理や無人兵器の自律化といった単純なタスクへの人工知能の導入が進むであろう。
これらの3点は、「モザイク戦[18]」や「意思決定中心の戦い[19]」など、米国における人工知能を利用した新たな戦い方に関する議論と共通している。中国におけるユニークな議論は、「認知戦」において人工知能を利用するという考え方である。
認知戦とは、人間の脳の認知や相手の意思に影響を与え、戦略的に有利な環境を作り出し、あるいは戦わずして相手を屈服させるものである。中国においては、認知戦に関する活発な議論が行われている。例えば、中国人民解放軍元副参謀総長の戚建国は、新世代の人工知能技術の開発において優位に立った者は、国家安全保障の生命線である人間の認知をコントロールできるようになると述べている[20]。また、中国国防大学の李明海は、認知戦が将来の戦争の主戦場になると主張している[21]。
このように、中国は、人工知能を幅広く軍事利用するとともに、その利用可能性について幅広い議論を行っている。人工知能を利用して戦争に勝利するにあたり、必ずしも技術そのものが最新である必要はない。1940年、ドイツは戦車を使った電撃戦という革新的なコンセプトによりにより、わずか42日間でフランスを破った。当時、ドイツ軍のうち機械化されていたのはわずか数パーセントに過ぎず、大部分は馬と徒歩兵に依存した旧式の軍隊であり、戦車の性能もフランスに及ばないものだった。
従って、最新技術の開発競争も重要であるが、新技術の性能とその導入の程度という技術的側面だけに注目するアプローチは適切ではない。中国は、人工知能を使った新しい戦い方についての議論を活発に行っている。米国とその同盟国は、新技新を用いた新しい戦い方の開発競争に遅れをとってはならない。
(ここに記載された見解は、著者個人のものであり、著者が所属する組織を代表するものではありません。)
ノート
[1] McNeill, W. H. (1984). The Pursuit of Power: Technology, Armed Force, and Society since A.D. 1000. University of Chicago Press. (https://www.amazon.com/Pursuit-Power-Technology-Society-D/dp/0226561585)
[2] 新华网. (October 25, 2022). 习近平 高举中国特色社会主义伟大旗帜 为全面建设社会主义现代化国家而团结奋斗——在中国共产党第二十次全国代表大会上的报告. (http://www.news.cn/politics/cpc20/2022-10/25/c_1129079429.htm)
[3] Ibid.
[4] 中華人民共和国中央人民政府. (July 24, 2019). 新時代的中国国防. (http://www.gov.cn/zhengce/2019-07/24/content_5414325.htm)
[5] National Institute for Defense Studies, Japan. (2020). NIDS China Security Report 2021 – China’s Military Strategy in the New Era, 2. (http://www.nids.mod.go.jp/publication/chinareport/pdf/china_report_EN_web_2021_A01.pdf)
[6] 新华网(2022).
[7] Allen, G. C. (October 11, 2022). Choking Off China’s Access to the Future of AI. Center for Strategic & International Studies. (https://www.csis.org/analysis/choking-chinas-access-future-ai)
[8] Demarals, A. (November 19, 2022). How the U.S. -Chinese Technology War Is Changing the World. Foreign Policy. (https://foreignpolicy.com/2022/11/19/demarais-backfire-sanctions-us-china-technology-war-semiconductors-export-controls-biden/)
[9] Danzman, S. B., & Kilcrease, E. (December 30, 2022) The Illusion of Controls. Unilateral Attempts to Contain China’s Technology Ambitions Will Fail. Foreign Affairs. (https://www.foreignaffairs.com/united-states/illusion-controls)
[10] Knox, M, and Murray, W. (August 1, 2001). The Dynamics of Military Revolution. 1300-2050. Cambridge University Press. (https://www.cambridge.org/core/books/dynamics-of-military-revolution-13002050/E681217568FBBFC3EA3ADC9AF28959A5)
[11] Baylis, J. Wirtz, J and Gray, C. (2010). Strategy in the Contemporary World: An Introduction to Strategic Studies, Third Edition. Oxford University Press. (https://www.amazon.com/Strategy-Contemporary-World-Introduction-Strategic/dp/B011DB4YYC/)
[12] Yatsuka, M. (October 2020). PLA’s Intelligentized Warfare: The Politics on China’s Military Strategy. Anzenhosho Senryaku Kenkyu (Security & Strategy), Vol. 1, No.2. (http://www.nids.mod.go.jp/publication/security/pdf/2020/10/202010_02.pdf)
[13] Ministry of National Defense, R.O.C. 即時軍事動態. (https://www.mnd.gov.tw/PublishTable.aspx?Types=%E5%8D%B3%E6%99%82%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E5%8B%95%E6%85%8B&title=%E5%9C%8B%E9%98%B2%E6%B6%88%E6%81%AF&Page=64)
[14] Stephenson, A & Fedasiuk, R. (May 3, 2022). How AI Would- and Wouldn’t – Factor into a U.S.-Chinese War. War on the Rocks. (https://warontherocks.com/2022/05/how-ai-would-and-wouldnt-factor-into-a-u-s-chinese-war/)
[15] Ibid.
[16] Johnson, J. (July 29, 2022). AI, Autonomy, And the Risk of Nuclear War. War on the Rocks. (https://warontherocks.com/2022/07/ai-autonomy-and-the-risk-of-nuclear-war/)
[17] 熊玉祥. (November 8, 2018). AI军事应用是一把双刃剑. 解放军报. (http://www.81.cn/jfjbmap/content/2018-11/08/content_220157.htm)
[18] Clark, B., Patt, D., & Schramm, H. (February 11, 2020). Mosaic Warfare: Exploiting Artificial Intelligence and Autonomous Systems to Implement Decision-Centric Operations. Center for Strategic and Budgetary Assessments. (https://csbaonline.org/research/publications/mosaic-warfare-exploiting-artificial-intelligence-and-autonomous-systems-to-implement-decision-centric-operations/publication/1)
[19] Clark, B., Patt, D., & Walton, T. A. (March 3, 2021). Implementing Decision-Centric Warfare: Elevating Command and Control to Gain an Optionality Advantage. Hudson Institute. (https://www.hudson.org/national-security-defense/implementing-decision-centric-warfare-elevating-command-and-control-to-gain-an-optionality-advantage)
[20] 戚建国.(July 25, 2019). 抢占人工智能技术发展制高点. 中国军网国防部网.
(http://www.81.cn/jfjbmap/content/2019-07/25/content_239260.htm)
[21] 李明海.(March 16, 2022). 认知域正成为未来智能化混合战争主战场. 环球时报.
(https://m.huanqiu.com/article/47DoZ45dMzV)