ウクライナを巡る電磁会戦 (Association of Old Crows)

ロシア・ウクライナ戦争においては電子戦の話題に事欠かない。2014年のロシアがクリミアを併合した際にも、ロシアの電子戦能力が優位にあることを危惧した西側の分析が多く出されていたと記憶する。

ここで紹介するのは、Association of Old Crowsの機関誌Journal of Electromagnetic Dominanceの5月号に掲載されていた記事である。無人航空機の攻防(ドローン戦争)に電子戦能力が大いに関わっていることを知ることが出来る。(軍治)

 

ウクライナを巡る電磁会戦

The Electromagnetic Battle for Ukraine

By Dr. Thomas Withington

Journal of Electromagnetic Dominance • May 2024

【著者について】

トーマス・ウィジントン(Thomas Withington)博士は、電子戦、レーダー、軍事通信を専門とする受賞歴のあるアナリスト兼作家で、英国王立サービス研究所のリサーチ・アソシエイト。これらのテーマについて、さまざまな専門誌や一般誌に幅広く執筆している。また、政府や民間の大手クライアント数社のために、これらの分野のコンサルタントやアドバイザーとしても活躍している。

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英国空軍(RAP)のダッソー・ファルコン(Dassault Falcon-900LX)VIPジェットの飛行は、何事もなかったはずだった。3月13日、同機はグラント・シャップス(Grant Shapps)英国防長官を乗せ、ポーランドのNATO軍を訪問した後、ロンドンに戻るところだった。飛行中、彼の航空機はロシアの位置・航法・タイミング(PNT)信号妨害の被害に遭った。英国国防省(MOD)によると、バルト海沿岸南部のロシアの飛び地カリーニングラード付近を飛行中、ファルコン(Falcon)の全地球航法衛星信号(GNSS)システムが妨害を受けたという。

この地図は、バルト海地域におけるロシアの全地球航法衛星信号(GNSS)妨害の範囲を示している。濃い赤色の部分は、2023年12月17日から2024年1月2日の間に妨害活動が記録された、妨害が特に深刻な地域を示している。

ソーシャル・メディア経由マーカス・ジョンソン(MARKUS JONSSON)

ファルコン(Falcon)機が飛行中にロシア領空を侵犯したという指摘はない。また、位置・航法・タイミング(PNT)妨害が意図的に航空機をターゲッティングしたという指摘もない。カリーニングラードはロシアにとって戦略的に重要であり、多数の駆逐艦、フリゲート艦、コルベット艦、原子力潜水艦を擁するバルチック艦隊の本拠地である。

※ フリゲートよりも小さい規模の航洋艦

ロシア航空宇宙軍(Vozdushno-kosmicheskiye sily – VKS)は、戦闘機とヘリコプターの2個師団をカリーニングラードに常時配備している。地上防空(GBAD)アセットには、S-400(NATO報告名SA-21グラウラー(Growler))長距離・高高度地対空ミサイル(SAM)砲台が含まれる。カリーニングラードには、第18衛兵自動車化狙撃師団を含む陸軍軍団が配備されている。

航空機は、1つの情報源だけに頼ることで起こり得る壊滅的な結果を軽減するために複数のナビゲーション・システムを使用しているため、シャップス(Shapps)の航空機が危険にさらされることはなかった。実際、バルト海では近年、カリーニングラードに駐留するロシア軍を原因とする位置・航法・タイミング(PNT)妨害が多発している。

犯人は14TS227 トボル(Tobol)全地球航法衛星信号(GNSS)妨害システムであると考えられている。トボル(Tobol)は固定システムで、カリーニングラードとその周辺をカバーする大きな妨害範囲を提供する。全地球航法衛星信号(GNSS)妨害は、衛星誘導兵器からロシアの軍事ターゲットを守るために防衛的に行われる。

ファルコン(Falcon)が経験した全地球航法衛星信号(GNSS)妨害に関する報道は、NATOとウラジーミル・プーチン政権との間の地政学的緊張が、ウクライナの戦場、領空、黒海と同様に電磁スペクトラムでも繰り広げられていることをジャーナリストたちが認識したため、英国ではメディアの大きな関心を集めた。全地球航法衛星信号(GNSS)妨害は実際、ロシアの陸上戦力保護の重要な部分を形成している。2023年6月、リークされた米国防総省(DOD)の文書によれば、ウクライナに供給された統合直接攻撃弾のGPS誘導キットの性能は、ロシアの全地球航法衛星信号(GNSS)妨害システムによって低下していたという。

位置・航法・タイミング(PNT)信号の妨害は、ロシア陸上部隊が配備したポール21(Pole-21)のような戦術システムや、師団レベルに配備されたR-330Zhジテル(Zhitel)のような他の能力のせいにされた。公開情報によれば、これらのシステムは100MHzから2GHzの波帯の信号を妨害できるという。位置・航法・タイミング(PNT)信号は通常1.1~1.6GHzの周波数を使用している。

R-330Zhジテル(Zhitel)戦術電子戦システムは、ロシアの陸上部隊で全地球航法衛星信号(GNSS)やその他の信号をターゲットにするために使用されている。

ロシアの国防省写真

ロシア軍の電子戦(EW)態勢は、2008年のいわゆる「ニュールック(New Look)」国防改革の開始後、劇的な変化を遂げた。その年、ロシアはグルジアと戦争し、グルジアは6機の航空機を失った。これらの損失の一部は、グルジアの地上防空(GBAD)と、敵対的なレーダーをターゲットにできるロシアの電子戦(EW)能力の欠如が原因である。

これを受けて、ニュー・ルックでは、冷戦終結以来休止していたいくつかの電子戦(EW)計画が再稼働することになった。さらに、いくつかの新しいシステムも発注された。主な受注先は、ロシアの陸軍、空挺部隊、海軍歩兵を含む陸上部隊であった。L-175Vキビニー(Khibiny)電子戦(EW)システム(1980年に作業が開始された)など、航空宇宙軍(VKS)のための新システムは、迅速化された。L-175Vは、航空宇宙軍(VKS)のスホーイ(Sukhoi)Su-34M(フルバック)爆撃機に搭載され、日常的に使用されている。同様に、R-330Zhジテル(Zhitel)は、2008年にロシア陸軍に配備されたレガシー・デザインの改良型であろう。

無人航空機(counter-UAV)飛行

ロシア陸軍の電子戦(EW)ドクトリンは当初、R-330Zhやアビアコンバーシア(Aviaconversia)のような他の全地球航法衛星信号(GNSS)妨害装置は、全地球航法衛星信号(GNSS)誘導兵器から地点のターゲットを守るために静的な能力容量で使用されることを想定していた。しかし、ウクライナで進行中の戦争は、衛星誘導兵器だけが懸念事項ではないことをすぐに示した。

ヘリコプターがベトナム戦争への米国の参戦を象徴し、対艦ミサイルが1982年のフォークランド/マルビナス紛争の象徴となったのに対し、無人航空機(UAV)はウクライナ戦争を特徴づけるようになった。いわゆるファースト・パーソン・ビュー無人航空機(FPVUAV)は、戦術的偵察の支援や戦場のターゲットに対する兵器運搬のために、両陣営によって広範囲に使用されている。

たとえば、イランから供与されたシャヘド136(Shahed-136)のような「神風」一方向攻撃(OWA)ドローンは、ウクライナの重要な国家インフラを攻撃するためにロシアによって使用されてきた。2022年10月、ロシア軍によって「ゲラン2(Geran-2)」と名付けられたシャヘド136(Shahed-136)は、電力網を含むウクライナの民間インフラを攻撃した。ウクライナはまた、無人航空機(UAV)を使ってロシアのインフラのターゲットを攻撃している。これは3月中旬、無人航空機(UAV)がモスクワの東、ニジニ・ノヴゴラド近郊にあるルコイルのNORSI製油所への攻撃(hit)を成功させたことで証明された。

イランはロシア軍に多数のシャヘド136(Shahed-136)神風ドローンを供給している。これらの航空機は、ウクライナの重要な国家インフラを攻撃する準戦略的な役割で使用されてきた。シャヘド136(Shahed-136)は、ターゲットに到達するために慣性航法システムに大きく依存しているため、妨害することは困難である。

CAT UXO

いわゆる「ドローン戦争」の規模は、報告されている損失額の数字が物語っている。2023年5月、ロンドンを拠点とする王立連合サービス研究所(RUSI)は、ウクライナは毎月約1万機の無人航空機(UAV)を失っていると発表した。同じ王立連合サービス研究所(RUSI)の報告書は、これらの機体のほとんどがロシアの電子戦(EW)によって失われたと断定している。ウクライナ東部と南部の前線ほど、電磁スペクトラムの支配権が争われている場所はないだろう。ロシアの陸上部隊は、前線に沿って1~2kmごとに1台の電子戦(EW)システムを配備している。

国のスペクトラムの会戦(battle in the spectrum)に関わっているウクライナのある情報筋は、陸上機動を支援するために戦術レベルで行われる電子戦(EW)の90%は無人航空機(UAV)に集中していると筆者に語った。この飽和状態にもかかわらず、ウクライナの無人航空機(UAV)操縦者は、ロシアの戦術的電子戦(EW)覆域のギャップを突くことで任務を遂行することができる。あるウクライナの電子戦(EW)専門家は、匿名を希望したが、覆域の密度は「前線の地域によって異なるかもしれないが、我々のドローンの操縦者が仕事をするのに十分な穴があると感じている」と述べた。

筆者が見た、陸上部隊による戦術的無人航空機(UAV)運用を網羅したロシア軍のマニュアルによると、ロシア陸軍は少なくとも14種類の戦術的対無人航空機(counter-UAV)システムを配備している。これらは航空機と操縦者を結ぶ無線周波数(RF)リンクを悪用して無人航空機(UAV)を探知する。検出されると、無人航空機(UAV)はフェイルセーフ・メカニズムを作動させる指向性妨害を受け、その場に着陸するか、出発地点に戻ることになる。後者は特に危険で、無人航空機(UAV)の操縦者も航空機の発進地点にいる可能性があるため、位置特定や小火器又は砲兵によるターゲッティングの影響を受けやすくなる。

※ フェイルセーフとは、なんらかの装置・システムにおいて、構成部品の破損や誤操作・誤動作による障害が発生した場合、常に安全側に動作するようにすること。

無人航空機(C-UAV)システムの中には、操縦者の位置に適切な見通し線があれば、無線周波数(RF)放射を使って操縦者の位置を特定するものもある。その後、操縦者の座標はロシアの砲兵と共有され、砲兵は操縦者の位置を攻撃し、しばしば致命的な結果をもたらす。

生き残るために革新する

とはいえ、戦争において技術革新が静観されることはめったになく、ウクライナの技術者たちは無人航空機(UAV)を妨害しようとするロシアの試みを巧みに裏をかいてきた。シンプルかつ効果的なアプローチのひとつは、ロシアの無人航空機(UAV)と同じ周波数を使ってファースト・パーソン・ビュー無人航空機(FPVUAV)を飛ばすことだ。つまり、ロシアの無人航空機(UAV)対策部隊は、特定の場所で自国の車両と交戦することなく妨害電波を使用することはできない。

無人航空機(UAV)に、広い周波数帯域に広がる複数のチャンネルを使用する無線受信機を装備することも、もう一つのアプローチである。ロシアの対無人航空機(counter-UAV)システムは通常、約100MHz~6GHzの周波数をカバーしており、この帯域外の無線周波数(RF)トラフィックを妨害するのに苦労するかもしれない。例として、ウクライナの無人航空機(UAV)が広い周波数帯域にわたって12個の無線周波数(RF)制御チャンネルを収容できるとする。ロシアの対無人航空機(UAV)システムは、これらの周波数の一部を妨害することはできても、すべてを妨害することはできない。そのためには、無人航空機(UAV)が飛行している場所の前面に、より多くの妨害システムが必要になる。

また、ロシアの陸上部隊が戦術的末端(tactical edge)に配備している対無人航空機(counter-UAV)システムは数が多いが、有限でもある。敵の無人航空機(UAV)が使用しているすべての周波数をカバーするために、1つの地域に複数の対無人航空機(counter-UAV)システムを配備しようとすれば、必ず別の場所から配備し直さなければならない。あるいは、ロシアの産業界からより多くの妨害システムを入手する必要があるが、これらを戦場に配備するには、時間と資金、そして無人航空機(UAV)部品へのアクセスが必要になる。

2024年初頭の時点で、ロシアの防衛産業は戦争態勢を採用し、資材の生産を最大化している。しかし、他のシステムと同様に、対無人航空機(counter-UAV)装備には高度なマイクロエレクトロニクスが使用されている。ロシアは現在、電子戦(EW)システムに使用される高度な半導体の入手を阻止することを狙いとした米国と欧州連合の禁輸措置下にある。公開情報によれば、ロシアはこれらの制限を回避することに一定の成功を収めているが、それでもコンピューター・チップの輸入を制限していることが影響しているという。対無人航空機(counter-UAV)メーカーもまた、これらの供給へのアクセスに熱心なロシアの他の軍用電子機器メーカーと競合することになる。

無人の兵器システムもまた、海洋ドメインでの闘いを特徴づけている。ロシアの黒海艦隊は2022年2月以来、24隻の水上艦船と1隻の潜水艦を失っている。ウクライナが好んで使用する攻撃方法は、320kgの爆薬を満載した無人水上車両「マグラV5(Magura-V5)」を使用することだ。これらの船はロシアの船の近くで操縦され、その後爆発する。同様に、ウクライナ海軍が使用しているルチR-360ネプチューン(Neptune)対艦ミサイルも効果的であることが証明されている。これらのミサイルは、2022年4月にスラバ(Slava)級巡洋艦モスクヴァを撃沈した原因と考えられている。ロシア海軍の損失は、艦隊が脅威から艦船を運動的・電子的に防衛する能力について深刻な疑問を投げかけている。

ウクライナ軍は、黒海で活動するロシア海軍の艦船を撃沈または損傷させるために、マグラV5(Magura V5)(左)などのUSVを使用している。2月14日には、USVの大群がクリミア沖で活動していた揚陸艦ツェザル・クニコフ(BDK-64)(右)を撃沈した。

ウクライナデジタル変革省とウクライナ国防省写真

戦術的焦点

ウクライナの電子戦(EW)ハウス・インフォザヒスト(Infozahyst)の最高経営責任者であるイアロスラフ・カリーニン(Iaroslav Kalinin)は、陸上戦術電子戦(EW)への注力の強化を指摘している。2022年2月のロシアのウクライナ侵攻では、作戦レベルの陸上電子戦(EW)システムが配備された。ロシアの5つの軍管区(サンクトペテルブルク、モスクワ、南部、中部、東部)には通常、第2軍と第5軍の諸兵科連合軍(CAA)がある。諸兵科連合軍(CAA)は全軍、軍団規模の部隊である。

各軍事地区には、3MHzから3GHzの波長帯にわたって通信インテリジェンス(COMINT)と通信妨害(COMJAM)を提供する有機的な電子戦(EW)旅団が少なくとも1つある。ムルマンスクBN(Murmansk-BN)のような大型の静止システムは、3~30MHzの周波数で高周波の通信インテリジェンス/と通信妨害(COMINT/COMJAM)を行う。電子戦(EW)旅団には通常、通信インテリジェンス(COMINT)と通信妨害(COMJAM)用にオルラン(Orlan)10 無人航空機(UAV)を使用するRB-341Y Leer-3システムも1機配備されている。Leer-3のターゲットにはVHF/UHF通信が含まれる。

ロシア陸軍の電子戦(EW)旅団には通常、RB-341V Leer-3システム(右)が1台含まれており、オルラン(Orlan)10無人航空機(UAV)(左)と連携して運用され、通信信号を収集・妨害する。

ヴィタリー・クズミン(VITALY KUZMIN)撮影

1L269 クラスカ2.0(Krasukha-2.0)と1RL257クラスカC4(Krasukha-C4)システムは敵対的なレーダーをターゲットとする。30MHz~18GHzの周波数を利用する1L267モスクワ1(Moskva-1)パッシブレーダー1台が、無線周波数(RF)放射によって空中ターゲットを探知するために使用される。モスクワ1(Moskva-1)によって収集されたターゲット・データは、軍管区に属する地上防空(GBAD)部隊と共有される。

カリーニン(Kalinin)によれば、これらの旅団レベルのシステムの多くは、ウクライナ戦域からロシアに戻されたという。これは、高度な探知方法に対して非常に脆弱であるためで、このようなシステムの戦略的有用性は限られている。ムルマンスクBN(Murmansk-BN)のような能力は、建造に数カ月かかる高価なアセットであり、交換も容易ではない。ロシア軍にとってのもうひとつの問題は、こうしたプラットフォームへの攻撃によって、ロシアの電子戦(EW)要員が死亡したり重傷を負ったりする可能性があることだ。彼らが操作するシステム同様、このような専門知識も簡単に代替できるものではない。

ロシア陸上部隊が直面するさらなる課題は、戦術レベルの電子戦(EW)能力に統一性がないことである。戦術的な電子戦(EW)システムの中には、高度な技術を持つ部隊が配備しているものもあれば、そうでないものもある。あるウクライナの電子戦(EW)専門家は、匿名を条件に、このことが戦術的末端(tactical edge)における電子戦(EW)覆域の効果に格差を生む可能性があると述べた。とはいえ、ドクトリンに忠実なロシア軍という一般的な認識とは対照的に、ウクライナ側はロシア軍の学習能力の高さを認めている:「一般的に言って、ロシア人は自分の失敗から学ぶのがとても上手です」とJEDは教えてくれた。「電子戦(EW)部隊が技術教育を受けた専門家で構成されていればなおさらだ。

電子戦(EW)の実務家はまた、「西側諸国は、問題の解決策を模索するロシア軍の適応力を非常に過小評価している」と警告した。

空中とスペクトラム

ロシア軍が地上防空(GBAD)アセットとともに配備している地上を基盤とするの航空監視レーダーと射撃管制レーダー/地上管制迎撃レーダーは、ロシア国内に再配備することはできない。そうすることは、防空部隊から重要な照準データを奪う危険があるからだ。その代わりに、ロシアの防空部隊は、電子デコイでシステムを防護するために奮闘している。これらのデコイは、対レーダー・ミサイル(ARM)を欺く到達目標で、保護するレーダーと同様の波形を送信する。

2022年8月、米国政府がウクライナ空軍にAGM-88B高速対レーダー・ミサイル(HARM)を大量に供給していたことが明らかになった。その後、高速対レーダー・ミサイル(HARM)はウクライナのMiG-29(フルクラム)シリーズの戦闘機に搭載された。

AGM-88B 高速対レーダー・ミサイル(HARM)の配備とロシアによる対対レーダー・ミサイル(ARM)デコイの使用は、スペクトラムと表裏一体の戦争のもう一つの現実を示している。ウクライナもロシアも、制空権(air supremacy)はおろか航空優越(air superiority)を獲得し維持することもできていない(前者は後者の必須条件)。米空軍の定義によれば、航空優越(air superiority)は赤軍が青軍の空域の統制(control of the air)に散発的に挑戦できる程度である。制空権(air supremacy)とは、赤軍が青軍の空域統制(air control)にもはや実質的に対抗できない状態のことである。

ウクライナ戦争の現実として、少なくとも航空優越(air superiority)を獲得し維持しない限り、両陣営とも紛争に勝利することはできない。 そして、航空優越(air superiority)を達成できるかどうかは、間違いなく周波数帯の支配権を勝ち取るかどうかにかかっている。AGM-88Bの供給は、ウクライナの攻勢的対航空(OCA)の取組みを支援するための正しい方向への一歩である。米空軍は攻勢的対航空(OCA)作戦を「敵の空域を支配し、脅威の発射を阻止することで、攻撃からの自由度を高め、行動の自由度を高めること」と定義している。敵防空の制圧・破壊(SEAD/DEAD)任務は、攻勢的対航空(OCA)会戦の重要な部分を形成している。

高速対レーダー・ミサイル(HARM)はロシアのレーダーに対する攻撃でその有用性を示したが、まだやるべきことがある。筆者が独自に計算したところ、ロシアの陸軍はおそらく地上防空を支援する2100以上のレーダーを持っている。ウクライナ軍がこれまでに破壊したのは、そのうちのほんの一握りだ。破壊されたレーダーは、ロシアの在庫から比較的簡単に交換できる。ウクライナにとって理想的な状況は、作戦地域に配備されているロシアの地上防空(GBAD)レーダーをウクライナ軍が破壊し、モスクワが失われた部隊の交換を渋ることだ。これが、軍管区の旅団レベルの電子戦(EW)資材に関して起こったことのようだ。

そのためには、ウクライナ空軍とウクライナ軍全体が、攻勢的対航空(OCA)会戦に適用できる能力を大幅に向上させる必要がある。地上防空(GBAD)レーダーが脆弱なのは対レーダー・ミサイル(ARM)だけではない。砲兵火力、空中投下兵器、神風無人航空機(UAV)、電子効果など、すべてに役割がある。『キーウ・インディペンデント』紙は2月、ウクライナは月に約20万発の155ミリ砲弾を必要としていると報じた。欧州連合(EU)諸国がこの水準に近い砲弾を提供する機運は、ようやく高まってきたところだ。政治的な揉め事のために米国議会で停滞している約60億ドル相当の米国の軍事援助パッケージ(JED 5月号が発行された時点)を解除することも助けになるだろう。

ウクライナ空軍へのMBDAタウルス(Taurus)空対地ミサイルの供給は、ロシアの地上防空(GBAD)レーダーを脅かすことになる。ウクライナがタウルス(Taurus)でロシアの戦略的なターゲットを攻撃するかどうかに対するドイツの懸念が、納入を妨げている。イギリスとフランスは、MBDAのSCALP/ストーム・シャドウ・ミサイルという形で同様のスタンドオフ兵器を供給している。しかし、この兵器はもはや生産されておらず、在庫も限られている。仮にSCALP/ストーム・シャドウの生産ラインが再開されたとしても、これを高水準の生産にするには時間がかかるだろう。

※ MBDAは2001年12月、フランス、イタリア、イギリスの主要なミサイルシステム会社が合併して誕生した。これらの各社は、50年にわたる技術的・運用的成功から得た経験を貢献している。2006年3月、EADS(現エアバス)のドイツ・ミサイル子会社であるLFK-Lenkflugkörpersysteme GmbHの買収により、欧州における同分野の再編は次のステップに進んだ。この買収により、MBDAの技術および製品ラインアップはさらに充実し、業界におけるMBDAの地位はさらに強固なものとなった。(https://www.mbda-systems.com/about-us/history/)

同盟国の支援

ウクライナにおけるロシアの軍事力を低下させることは、キーウの同盟国からの継続的な物資供給を確保することだけではない。ウクライナの防衛産業に権限を与え、ウクライナの軍隊が必要とするものを提供することは、電磁領域(electromagnetic realm)においても、キネティックなドメインと同様に重要である。モスクワの最初のウクライナ侵攻は2014年で、ロシアはウクライナ南部のクリミア地域と東部のドンバス地域の一部を占領した。紛争の10年間は、ウクライナの電磁波産業の専門知識を研ぎ澄まし、深化させた。急速な技術革新は、戦術無線機「ヒメラ・テック・ヒメラG1(Himera Tech Himera-G1)」のようなウクライナのシステムを生み出した。2023年10月に発表されたこの携帯型システムは、ロシアの戦術通信妨害(COMJAM)に対抗できるようにデザインされている。

ウクライナの防衛技術革新は、戦争が展開されるにつれて猛烈なスピードで進んでいる。その努力は、ロシアの通信妨害に耐えるようにデザインされた戦術無線機「ヒメラG1」のようなシステムを生み出した。

ヒメラ・テック(HIMERA TECH)写真

インフォザヒスト(Infozahyst)のような企業にとって、国際社会から部品や技術をすぐに入手できることは、現地での製造活動を支援するために不可欠である。「現地でシステムを迅速にデザイン、開発、生産するための支援が必要です」とカリーニン(Kalinin)は強調する。現地生産は、ウクライナの軍隊が必要とする能力を得るための国際的な遅れを回避するのに役立つだろう。

結論として、ウクライナとロシアは、電磁スペクトラムにおいて苦い会戦(bitter battle)を続けている。この状況は、2024年3月現在、ほぼ静観状態にある紛争全体を反映している。

ロシアは、人員数、生産量、朝鮮民主主義人民共和国やイランのような同盟国からの供給という点で優位に立っている。だからといって、キーウが戦争に負けたわけではない。ウクライナが高速で動く機動ベースの戦役に移行できれば、勝利は可能だ。このような戦役は、ロシアの作戦・戦術決定のペースと質を低下させながら、ロシアの重心を直撃しなければならない。

MiG-29からAGM-888 HARMを発射するウクライナの操縦者。この兵器の供給はウクライナ軍に歓迎されているが、ウクライナ空軍(UAF)が運用上重要な数のロシアの地上防空(GBAD)レーダーを破壊する現実的な可能性を持つには、さらに数百機が必要である。

ウクライナ空軍のビデオからのスクリーンショット

これらの狙いを達成するには、ウクライナの軍事力がロシアの犠牲の上に電磁スペクトラムの支配権を獲得し、維持できるかどうかにかかっている。第二次世界大戦中の航空戦力に関するバーナード・モンゴメリー(Bernard Montgomery)陸軍大将の考えを言い換えれば、ウクライナがスペクトラムの会戦(battle in the spectrum)に敗れれば、戦争に敗れ、あっという間に敗退することになる。