システム・エンジニアリングのための生成AI: 進展、推論モデル、発展パラダイム INCOSE

MILTERMではデジタル・エンジニアリング、ミッション・エンジニアリングなど防衛分野で使用されるシステム・エンジニアリングの方法論などについて紹介してきている(ミッション・エンジニアリング・ガイド第2版の付録「ミッション・アーキテクチャ・スタイル・ガイド」など)。また一方で人工知能の軍事分野への適用などについても紹介しているところである。

ここで紹介するのは、システム・エンジニアのための国際的な専門組織であるINCOSE(The International Council on Systems Engineering)はネットで公開していたシステム・エンジニアリングにおける人工知能(AI)の適用の状況と今後についての記事である。

いわゆるモノづくりが劇的に変化していく姿が想像される記事である。(軍治)

システム・エンジニアリングのための生成AI: 進展、推論モデル、発展パラダイム

Generative AI for Systems Engineering: Advances, Reasoning Models, and Deployment Paradigms

INCOSE

2025年4月10日

By: Barclay R. Brown, Ph.D., ESEP, Senior Technical Fellow, AI Research, Collins Aerospace  Past chair, INCOSE AI Systems Working Group

1. はじめに

生成人工知能は、システム・エンジニアリングの分野を急速に変革しつつある。伝統的に、エンジニアは、複雑化する現代のシステムの課題に対処するために、手作業によるデザイン、シミュレーション、分析の手法に頼ってきた。最近のディープ・ラーニングと大規模言語モデル(LLM)の進歩により、人間の介入を最小限に抑えながら、詳細なダイアグラムや実行可能なコードから洗練されたシステム要件まで、技術コンテンツを生成できるAIシステムに道が開かれた(Alzoubi等 2024年)

この進化は、単にルーティンのタスクを自動化するということではなく、エンジニアがどのようにデザインを構想し、検証し、反復するかというパラダイムシフトを意味する。広範なシステム・エンジニアリング情報と高度な計算技術を統合することで、生成AIは、コンセプト的なエンジニアリング作業と実践的なエンジニアリング作業の両方において、より効率的でエラーに強いアプローチを可能にしている。マルチモーダル処理1と推論における最近の技術革新は、これらのシステムの可能性を広げ、テキスト、画像、さらには音声入力を同時に処理することを可能にしている。 このような新たな状況において、生成AIは効率性だけでなく、エンジニアリング・ソリューションの創造性や精度も再定義することになる(Decardi-Nelson等 2024年、TechTarget 2025年)。

※1 マルチモーダル処理とは、異なる種類のデータ(モダリティ)を組み合わせたり、関連付けたりして処理する技術

 2. システム・エンジニアリングにおける生成AIの役割と潜在能力

成AIは、人間の専門家の能力を拡張するツールを提供することで、システム・エンジニアリングにおいて多面的な役割を果たすことができる。その主な機能のひとつは、単純なテキスト入力に基づいて複雑な技術コンテンツを自動生成することである。 例えば、エンジニアは現在、構造化されていない仕様を詳細なフローチャート、システム・アーキテクチャ図、さらには実行可能コードに変換することができる。この能力は、デザインの初期段階を加速させるだけでなく、大規模なシステム開発において重要な要素である、プロジェクト文書全体の一貫性を保証する(Alzoubi等 2024年)

コンテンツ生成に加え、これらのAIシステムは、エンジニアリング要件を明確化し、洗練させることに優れている。自然言語の仕様を分析することで、生成AIは潜在的な問題や矛盾する記述を特定し、より明確な代替案を提案することができる。このような機能は、関係者間のコミュニケーションを強化し、コストのかかるデザイン・ミスのリスクを低減する。検索拡張生成(RAG)2技術は、外部データソースを意思決定とテキスト生成プロセスに統合することで、これらの利点をさらに強化し、AI出力のコンテキスト精度を高める(Decardi-Nelson等 2024)。

※2  検索拡張生成(RAG)は、外部の知識ベースから事実を検索して、最新の正確な情報に基づいて大規模言語モデル(LLM)に回答を生成させる技術

生成AIのもう一つの大きな可能性は、マルチモーダル能力にある。現代のシステムは、テキスト、画像、音声を同時に処理することができ、システムの振舞いの全体的なビューを提供し、動的シミュレーションを可能にする。この統合は、相互に依存するシステム・コンポーネントの包括的な理解が不可欠な、モデルベースのシステム・エンジニアリングにとって特に価値がある。全体として、生成AIの多用途性と拡張性は、システム・エンジニアリング・プロジェクトの効率性と革新性の両方を推進する上で不可欠なツールとなっている(TechTarget 2025年)。

3. 思考モデルと推論モデルでの進展

生成AIにおける最近の最もエキサイティングな発展の1つは、専用の思考モデルまたは推論モデルの出現である。GPTo3のような高度な推論モデルは、多段階の分析プロセスをエミュレート3するようにデザインされている。これらのモデルは、複雑な問題を個別のステップに分解し、中間的な結論を自己修正し、最終的により首尾一貫した正確な出力を生成する、内部的な「シミュレーテッド推論(simulated reasoning)」4を行う(Agustinmantaras 2025年)。

※3 エミュレート(emulate)とは、模倣する、真似する、競争するという意味の英語で、IT分野では特定のソフトウェアやハードウェアを異なる環境で実行させることを指す。

※4 シミュレーテッド推論(simulated reasoning)とは、特定の条件や状況をシミュレーションする形で行う推論のことを指す。この推論の形式では、現実の問題を仮想的にモデル化し、そのモデル内での状況を分析・評価して結論を導く。これは、直接現実で試すことが難しい複雑な問題やリスクが伴う状況で、特に有効となる。

例えば、複雑な数学的問題やコーディングの課題に直面したとき、GPTo3はGPT4oのようなモデルと比較して著しく高いレベルのパフォーマンスを示す。ベンチマーク評価5では、推論モデルは、AIME(American Invitational Mathematics Examination)6やSWE-benchコーディング課題7などのテストにおいて、精度の顕著な向上を示している(TechTarget 2025年)。

※5 IT分野においては、ハードウェアやソフトウェアの性能を比較・評価するための指標のことをベンチマークという。

※6 AIME(American Invitational Mathematics Examination)は、米国の数学コンペティションで、主に中高生を対象としている。

※7 SWE-benchは、GitHubから収集した実際のソフトウェアのIssueに対する大規模言語モデル(LLM)の評価のためのベンチマーク

これは、「ステップバイステップで考えなさい(think step-by-step)」というような明示的なプロンプトを必要とすることなく達成される。なぜなら、これらのモデルは本質的に人間の推論に似た方法で問題を処理するからである。 このような詳細な内部分析を実行する能力は、幻覚(hallucination)を最小限に抑えるだけでなく、重要なエンジニアリング・タスクの重要な側面であるアウトプットの信頼性を高める。

さらに、これらの推論モデルには、熟考型アライメントなどの高度な安全機能が組み込まれている。与えられたプロンプトの安全への影響を内部的に評価することで、安全でない、あるいは誤解を招くようなコンテンツを生成する可能性を低減する。このような技術革新は、AIシステムが防衛や重要インフラ・プロジェクトなど、機密性の高いエンジニアリング・アプリケーションへの統合が進むにつれて不可欠となる(Agustinmantaras 2025年、TechTarget 2025年)。

4. 生成AIのフロンティア・モデルとオープンソース生成AIモデル

現在の生成AIの状況は、フロンティア・モデルとオープンソースの代替モデルの明確な区別によって示されている。GPT4o、GPTo3 mini、Claude、Geminiなどのフロンティア・モデルは、パフォーマンス、スケーラビリティ、マルチモーダル統合の最先端を体現している。これらのシステムは、堅牢なクラウド・プラットフォーム(OpenAI、Azure、AWSなど)上でホストされており、高い計算需要をサポートし、機密性の高いアプリケーションに対して政府レベルの安全な導入を可能にしている(Forward Future Daily 2025年、IEEE 2024年)。これらの高度な能力は、大規模なコンテンツ生成、複雑なシミュレーション(intricate simulations)、大量の技術分析などの複雑なタスクに理想的に適している。

対照的に、Llama(Meta社製)やPhi(Microsoft社製)のようなオープンソース・モデルは、ローカルまたはプライベートサーバーの展開用にデザインされており、データのプライバシーとセキュリティをより詳細に制御することができる。これらの軽量モデルは、フロンティア・ソリューションの能力やパフォーマンスには及ばないかもしれないが、コスト効率と厳格なデータ保護に重点を置く組織にとっては特に魅力的である。パフォーマンス、運用コスト、セキュリティのバランスは、どのようなアプリケーションにどのモデルを選択するかにとっても重要である(TechTarget 2025年)。

さらに、我々が生きている「ジェネレーティブな世界」では、画像、テキスト、音楽、図表をオンデマンドで生成するために、AIへの依存度が高まっている。例えば、反復的なプロンプト・エンジニアリングは、些細なエラーやタイプミスが発生した場合でも、カスタマイズされた画像やクリエイティブなアウトプットを生み出すことができる。このような能力は、フロンティアおよびオープンソースの生成AIモデルの変革の可能性をさらに際立たせている。

5. システム・エンジニアリングにおける実用的アプリケーション

生成AIは単なる理論的な進歩ではなく、すでにシステム・エンジニアリングを再構築する実用的なツールである。脅威となるどころか、エンジニアが技術から最大限の価値を「引き出す(squeeze)」ために早期に採用できる、適応性の高いリソースとして機能する(Alzoubi等 2024年)。

実用的なアプリケーションのひとつに、コンテンツ生成がある。エンジニアやデザイナーは、AIを使って、既存のエンジニアリング情報から様々な対象者や隣接する目的に合わせてカスタマイズした文書を作成したり、多数の調査回答を高い精度で要約したりすることができる。例えば、AIシステムがエンジニアリング文書のドラフトを生成し、それを人間がレビューすることで改良し、効率性と正確性の両方を確保することができる。同様に、検索拡張生成(RAG)技術により、AIシステムは、包括的なプログラム文書データベースなどの外部データを出力に組み込み、複雑なクエリを効果的に処理することができる。また、大きなコンテキスト・ウィンドウを持つモデルは、文書入力を容易にすることができる(Decardi-Nelson等 2024年)。

もう一つの重要なアプリケーションは、ダイアグラムやモデルの生成である。大規模言語モデル(LLM)は、Mermaid、DOT、SysMLなどの言語で、円グラフ、フローチャート、システム図などの視覚的な表現を自動的に生成することができる。この能力により、テキスト記述から構造化されたダイアグラムへの変換が効率化され、モデルベースのシステム・エンジニアリングに不可欠なものとなる。さらに、AI主導の検索技術により、外部データベースから関連するコンテキストを合成してこれらのダイアグラムを強化し、システム動作のより全体的なビューを提供することができる。

生成AIは、コードやタスク実行の自動化においても重要な役割を果たしている。例えば、リアルタイムのデータ可視化のような動的出力を作成するPythonコードを生成するために、大規模言語モデル(LLM)が使用されるようになってきている。この自動化は、開発ワークフローを加速させるだけでなく、デバッグや反復デザイン・プロセスも支援する。

さらに、AIツールは、エンジニアリング要件のあいまいさを解決する上で非常に有用であることが証明されている。不明瞭な仕様を分析し、代替表現を提案することで、これらのシステムはプロジェクト文書の明確化を支援する。例えば、AIシステムが一連の要件をレビューし、曖昧な表現にフラグを立て、意図された意味をより的確に捉えるために、いくつかの洗練された代替案を提示するような場合である。

最後に、より大規模なシステム内のコンポーネントとしてAIを統合することが一般的になりつつある。大規模言語モデル(LLM)は独立したソリューションとして機能するのではなく、より広範なアプリケーション・アーキテクチャの中にモジュールとして組み込まれている。さまざまなAIの「エージェント」が指定された役割に従って相互作用する「スター・トレック(Star Trek)」8にヒントを得たシナリオのような、マルチロール会話のシミュレーションは、生成AIがシステム内の複雑な役割ベースの相互作用をサポートするためにどのようにオーケストレーションできるかを実証している(TechTarget、2025年)。

※8 「スター・トレック(Star Trek)」は、アメリカ合衆国のテレビ・映画プロデューサーの製作したSFテレビドラマシリーズで、宇宙船もしくは宇宙ステーションで活動する登場人物(地球人のみならず異星人も含む)が、艦長や司令官の指揮のもとに様々な困難を乗り越えて活躍し、未知の生命体や文明と交流していくというもの

6. 今後の方向性と課題

生成AIがシステム・エンジニアリングにさらに統合されるにつれ、その応用範囲は飛躍的に拡大する。AIが定型作業を自動化するだけでなく、創造的かつ技術的な応用を通じてイノベーションを推進する未来が出現しつつある。プロンプト・エンジニアリング・スキルの重要性が高まっていることは、このシフトの明確な兆候のひとつである。DeepLearning.aiが提供する無料コースなどのリソースは、専門家が非常に具体的で効果的なプロンプトを作成するために必要な専門知識を習得するのに役立っている。思考の連鎖を利用したプロンプトや、フォーマット化された出力(JSON、Mermaid、DOT言語など)といった技術は、AIの可能性を最大限に活用するために不可欠なものとなりつつある(Agustinmantaras 2025年)。

しかし、大きな課題も残されている。GPTo3のような高度な推論モデルは、深い分析能力を提供する一方で、かなりの計算資源を必要とする。これは、多段階の推論に必要な集中的な内部処理により、運用コストの上昇と応答時間の遅延の可能性につながる。防衛や重要インフラのような機密性の高いアプリケーションでは、クラウドベースのフロンティア・モデルに依存することで、データのセキュリティとプライバシーに関する懸念が生じる。逆に、ローカルに展開されたオープンソースのモデルは、データ管理とコスト効率を改善する一方で、最も複雑なタスクに必要なパフォーマンスが不足する可能性がある。

今後の研究では、複数の専門モデルがシームレスに連携する、より広範なエコシステムの一部としてAIエージェントを統合することに焦点を当てる必要がある。このアプローチは、さらに統合された創造的で技術的なアプリケーションを約束し、開発時間をさらに短縮し、システムの信頼性を高める。マルチロール会話とダイナミックなコード実行をシミュレートする能力は、システム・エンジニアリングにおけるAIイノベーションの次の波を牽引することになるだろう。

7. 結論

生成AIは、高度なAI能力と人間の創造性を融合させることで、システム・エンジニアリングを再定義しようとしている。適応可能なツールとして、AIは、技術コンテンツの自動生成や曖昧な要件の洗練から、詳細なダイアグラムの作成やコード生成の自動化まで、数多くの利点を提供する。画像、テキスト、ビデオ、ダイアグラムのオンデマンド作成がますます一般的になっている現在、生成ツールとしてのAIの役割は特に重要である。GPT4oの音声言語、オーディオ、ビデオの拡張能力に見られるように、マルチモーダルな進歩の統合は、これらの可能性をさらに高める。

さらに、GPTo3のような洗練された推論モデルの出現は、AIの重要な進化を示している。これらのモデルは、内部で多段階の分析プロセスを実行することが可能であり、それによって、重大なエンジニアリング・タスクに対するアウトプットの精度と信頼性を高めることができる。計算コスト、応答待ち時間、データ・セキュリティに関する課題は残るものの、AIをより大規模なシステム内のモジュラー・コンポーネントとして統合する可能性は大きい。

まとめると、生成AIを早期に取り入れ、迅速なエンジニアリング・スキルを身につけることで、システム・エンジニアは効率と精度を向上させるだけでなく、従来のエンジニアリング手法を変革する革新的なソリューションを引き出すことができる。システム・エンジニアリングにおける生成AIの未来は明るく、次世代のエンジニアリングのブレークスルーを推進する技術と創造性のシームレスな融合を約束する。

参考文献

Agustinmantaras. (2025, February 5). Prompt engineering for OpenAI’s O1 and O3-mini reasoning models [Blog post]. Microsoft AI Services Blog. https://techcommunity.microsoft.com/blog/azure-ai-services-blog/prompt-engineering-for-openai%E2%80%99s-o1-and-o3-mini-reasoning-models/4374010

Alzoubi, Y. I., Mishra, A., Topcu, A., & Cibikdiken, A. O. (2024). Generative artificial intelligence technology for systems engineering research: Contribution and challenges. International Journal of Industrial Engineering and Management, 15(2), 169–179. https://doi.org/10.24867/IJIEM-2024-2-355

Decardi-Nelson, B., Alshehri, A. S., Ajagekar, A., & You, F. (2024). Generative AI and process systems engineering: The next frontier. arXiv. https://arxiv.org/abs/2402.10977

Forward Future Daily. (2025, February 4). ChatGPT o3 mini vs. 4o: A practical guide to choosing the right AI model. Forward Future Daily. https://www.forwardfuture.ai/p/chatgpt-o3-mini-vs-4o-a-practical-guide-to-choosing-the-right-ai-model

IEEE. (2024). Accelerating model-based systems engineering by harnessing generative AI. IEEE Xplore. https://ieeexplore.ieee.org/document/10620975

TechTarget. (2025, February 4). OpenAI o3 explained: Everything you need to know. TechTarget. https://www.techtarget.com/whatis/feature/OpenAI-o3-explained-Everything-you-need-to-know