米海兵隊人工知能戦略
2025年7月29日に防衛省のホームページに公開された「防衛力抜本的強化の進捗と予算-令和8年度概算要求の概要-」には、防衛省・自衛隊の共通基盤の整備の中に「AI活用の推進に係る施策」がある。
防衛省・自衛隊も人工知能を取り入れていくことが分かるが、これはいわゆる安全保障3文書の中にある人工知能に関する内容を具体化するものなのだろうか?
安全保障3文書を受けた人工知能をどのように防衛省・自衛隊の運用や業務に取り入れていくかの大元になる戦略文書などは公開されていないので分からない。唯一確認できるのは「防衛省AI活用推進基本方針」くらいだろう。
ここで紹介するのは、米海兵隊の「人工知能戦略」である。
印象的なのは、「Fighting Smart」という戦い方を「人工知能」支えるのだという考え方である。「人工知能」に関わる方には何かの参考になるのではと考える。(軍治)
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米海兵隊人工知能戦略
United States Marine Corps Artificial Intelligence Strategy
2024.7.8
エグゼクティブ・サマリー
米海兵隊の人工知能(AI)戦略は、軍種のデジタル近代化の取組みにおけるマイルストーンである。この戦略は、あらゆるレベルでAIを統合し、より優れた迅速な意思決定を支援する枠組みを提供し、多様な機能において数分から数秒への短縮を実現する。5つの到達目標が設定されており、それぞれが決心の優位性の最適化の創出と活用を支える。米海兵隊の全部隊は、責任あるAIモデルへの転換が「適切なデータを、適切なタイミングで、適切な場所で」活用する能力を向上させることを理解するようになる。
現代戦場における成功は、いくつかの重要な要件に依存しており、その一つが作戦環境の包括的な理解である。この理解により、軍隊は適応し、マルチドメイン作戦に備え、状況認識を強化することが可能となる。ウクライナ戦争は、AIが意思決定の速度を向上させ続けていることを示し続けている。この戦略は、係争環境下における遠征前線基地作戦や沿岸作戦において、意思決定上の優位性を支援する現代的なAI能力を提供するための条件を整えるものである。
米海兵隊は革新を理解しており、この戦略はデータ分析とデータ中心の作戦に適性を持つ米海兵隊員への投資経路を提供する[1]。私は、各用兵機能(warfighting function)における指揮官の意思決定を可能にする知識と能力を、我が米海兵隊が有していると確信している。デジタル戦場において、任務受領から戦術的タスクの遂行に至るまで、AIは迅速な意思決定と成功を可能にする。
情報のための闘いと情報との闘いは今こそAIを必要としている。
情報担当海兵隊副司令官(DC I)
マシュー・G・グラビー(Matthew G. Glavy)米海兵隊中将
「中華人民共和国(PRC)との戦略的競争が激化するこの時代において、優位性は常に、AI及び関連技術をより良く、より速く、より賢く、より安全に活用する国に帰属する」
米国防副長官キャスリーン・H・ヒックス(Kathleen H. Hicks)
概要
米海兵隊は技術的進歩を活用し、敵対者よりもスマートに闘い、業務運営を効率化し、迅速かつ確実に、キルチェーンを断ち切る。人工知能(AI)はこうした急速に発展する技術の一つであり、適切に適用されれば、米海兵隊の訓練・計画・闘いの方法を大きく変える可能性がある。
米国防総省(DoD)はAIを「通常は人間の知性を必要とするタスクを機械が遂行する能力」と定義している[2]。この技術は、意思決定の強化と作戦効率の向上を図るため、米海兵隊の用兵機能(warfighting functions)、業務運営、支援施設全体に適用可能である。
米国防総省(DoD)のAIニーズ階層構造(AI Hierarchy of Needs)[3]は、質の高いデータを基盤としている。米海兵隊全体(enterprise)から末端の部隊(the edge)までAIを展開するには、効率的なデータ管理手法と、データの生成・収集・ラベリング・キュレーションが不可欠である。米国防総省(DoD)の広範な目標に沿うため、米海兵隊のアプローチは、階層レベルかつ大規模な企業能力を統合し、米海兵隊員がスマートに闘う(Fighting Smart)[4]ための力を与える。
問題提起
AIは急速に進化を続けており、ドクトリン、組織、リーダーシップ、装備、訓練・教育、人員、施設、政策立案(DOTMLPF-P)といった分野において軍種に課題をもたらしている。データ管理は、今日のAI運用が直面する最大かつ最も影響力の大きい一連の課題である。米海兵隊はデータ管理の近代化に向けた戦略的取り組みを継続中であり、本稿では以下のAI中心の課題に焦点を当てることができる:
- AIと任務目標の不一致
- AIコンピテンシーにおけるギャップの拡大
- 米海兵隊全体(enterprise)から戦術的末端部隊(tactical edge)までのスケールでAIを展開することの難しさ
- 革新を阻害するレガシー・ガバナンスのフレームワーク
- 協業とパートナーシップの障壁
米海兵隊は、競争と闘いにおける優位性を確保するため、敵対者力のリスクとペースを包括的に理解した上で、効果的、効率的かつ責任あるAIの加速に向けたアプローチを賢明に推進しなければならない。これらの課題に対処するには、多大な資源が必要となる。
範囲
この戦略は、その後の指示と指針の基盤となる、米海兵隊全体の取組みを導くものである。米海兵隊の全部隊、統合部隊、同盟国、そしてパートナーに適用可能であり、リソースと活動を調整するための中核文書として活用されるべきである。
ビジョン
情報に基づいたリーダーシップ、戦略的パートナーシップ、熟練した労働力、効率的なガバナンスによって支えられた高度なAI能力で米海兵隊に力を与えることで、現代戦における競争において決定的な情報の優位性を確保するため、致死性と効率性を強化する。
指導原則
米海兵隊AI戦略は、デジタル近代化の取組み「スマートに闘う(Fighting Smart)」[5]の一環である。この戦略は、データやインテリジェンスを含む情報を、戦闘力の動的な構成要素として活用することに重点を置いている。これにより、米海兵隊員は任務遂行中の意思決定速度と効果性を向上させることができる。情報が軍事作戦のあらゆる側面において中核的であることを認識し、このアプローチはインテリジェンス、指揮・統制、通信の基盤となる。
以下の原則は、軍種全体におけるAIの導入、統合、革新、維持に向けたアプローチの基盤となるものである。各原則は、AI実装フレームワークに重要な構成要素を提供する。
- 国防総省の「責任あるAI」の原則に従い、意思決定と作戦の有効性を高めるための信頼できる洞察を提供するために、AIの統合を加速する。
- AIを迅速に実装するために知識、スキル、ツールで米海兵隊に力を与える。そのためには、AIに精通した労働力(workforce)を育成し、既存および将来の課題に対する斬新な解決策を模索する革新的な能力を発揮させる必要がある。
- 米海兵隊全体(enterprise)から戦術的末端部隊(tactical edge)に至るまで、AI能力を監督・適用・統合できるAI労働力を育成する。
- データの可視性、アクセス性、理解性、リンク性、信頼性、相互運用性、安全性(VAULTIS) [6]を確保するために機能的なデータ管理を統合・有効化する条件を設定する。
- 戦略的パートナーシップを構築・強化し、学術界、産業界、統合パートナー、任務パートナーとの間で、適用を加速し、革新を促進し、相互運用性を高める。
![]() 図3. 米海兵隊の人工知能を支える指針となる原則。 |
到達目標
米海兵隊のAIに関するビジョンは、以下の到達目標にさらに細分化されており、各到達目標には軍種のAIビジョンを成功裏に達成するために必要な目標が含まれている。
- AI任務の整合
- AIに精通した労働力
- AIの大規模な展開
- AIガバナンス
- パートナーシップと協業
到達目標1:AI任務の整合
この戦略の主たる狙いは、AIがソリューションを提供する任務固有の問題を包括的に理解することである。これを達成するため、3つの異なる情報源を活用してユース・ケースを収集・分析する。情報担当海兵隊副司令官(DC I)米海兵隊データ室が、このプロセスの提出、審査、優先順位付けを監督する[7]。
目標1:米国防総省(DOD)の指示に整合する
米国防総省(DoD)、米海軍省(DON)、および米海兵隊総司令官の優先順位を把握し、優先的なユース・ケースに注力して取組みを調整する。
目標2:米海兵隊の能力に整合する
米海兵隊の要件に基づきユース・ケースを収集・評価し、AIが任務上の課題を解決・克服するのに適した領域を把握する。サービス・レベルの要件は、米海兵隊の能力を開発・提供する主要な手法である。
目標3:戦術的革新に整合する
米海兵隊の革新的な精神を活用し、AIが任務に最適に適合する場所と方法を理解していく。AIの有用性に関する最大の洞察は、任務上重要な課題に創造的なソリューションを適用することで得られる。これらの問題は、進化する脅威能力に対処するため、現行のタスクを劇的に拡大した範囲・規模・テンポ・精度で遂行するという進化する要件として定義できる。トップダウンの指針とボトムアップの実装・改良・フィードバックを組み合わせることで、多様な応用分野にわたる反復的アプローチが促進される。
このアプローチは、米海兵隊全体でのAIの適用と特定のニーズに向けた技術的能力の洗練を支援する。指揮官やリーダーがAI能力を運用・統合し、ワークフロー、プロセス、戦術を近代化して意思決定上の優位性を獲得することを可能にする。
到達目標2:AIに精通した労働力
AIシステムおよび技術を構築、支援、維持できるAI労働力を育成する[8]。米海兵隊の労働力を変革するという長期的なソリューションが計画され、実行されている一方で、現在のスキルと知識の不足に対処するために即時の行動が必要である。
目標1:暫定的な訓練と教育
部隊の全てのレベルの労働力に対し、AIの適用可能性に関する即時のスキル向上を図る。米海兵隊内の現有人材を活用し、AIに関する暫定的な訓練・教育を実施し、この能力とその適用場所に関する全体的な理解を向上させる。
目標2:AI人材の近代化
人材管理に沿い[9]、AI労働力の重要構成要素に対する報酬機会を特定し、技術で業務効率化が図れる分野を近代化するとともに、個人の能力・スキル・要望を軍種の用兵上のニーズとの整合性を高める組織再編を実施する[10]。
目標3:AI対応の労働力
防衛労働力フレームワーク(DWF)の役割整合に基づき、本目標は、軍種のAI労働力要件ならびに指導者、米海兵隊員、民間米海兵隊員向けのAI訓練・教育プログラムを、全ての階級・等級に適切に適合させる形で整合させるものである。
「我々は…米海兵隊の指導者が、意思決定を支援するためのデータ活用における機会、課題、限界を理解できるよう、適切な教育と訓練を受けることを確保する必要がある」
米海兵隊第38代総司令官
デビッド・H・バーガー(David H. Berger)米海兵隊大将
到達目標3:AIの大規模な展開
米海兵隊全体から末端部隊(enterprise-to-edge)までのインフラを構築し、標準を開発・公開するとともに、信頼性が高く高速かつ効果的なAIソリューションを実現するセキュリティを統合する[11]。大規模なAI導入には、継続的統合と継続的展開を支えるAI運用を可能にする必須ツールが不可欠である。既存の統合、同盟、任務パートナーの能力の適用と再利用は、統合して独自の能力を開発する前に最大限に活用される。
目標1:データ文化
データ・リテラシーと管理の文化を育成し[12]、上級司令部、軍種、省庁レベルの組織と統合する各コマンドにおいて任務成功のための組織的データ・ニーズを適切に理解する。
目標2:データ管理
大規模なAI導入の重要な要件として、データ管理、標準化、およびキュレーションの近代化に向けた継続的な実装を支援する。
目標3:AI管理とAI標準
モデルおよびアルゴリズムの開発、テスト、評価、検証、確認に関する全ての適用要件に従い、方針と指針を策定し、伝達する。これには、モデル・ドリフト、幻覚、敵対的および非敵対的脆弱性への配慮が含まれる。
目標4:AIインフラ
軍種のデータ室(SDO)は、統合部隊、任務パートナー、同盟国全体にわたる連邦モデルという国防総省のビジョンとシームレスに統合されるAIインフラ要件を決定するため、ワーキング・グループを設置する。AIインフラとは、広義には米海兵隊全体レベルのインフラと、過酷な環境下での戦術的運用を意図した遠征能力の両方を指す。
目標5:統合と開発
継続的統合および継続的展開のパイプラインの能力を、開発、セキュリティ、運用手法に統合する。
目標6:サイバーセキュリティ
サイバーセキュリティは、AI能力の開発、展開、維持に不可欠である。米海兵隊は、潜在的な脅威に対する優位性を守るため、最高水準のAI能力とソフトウェアをサイバーセキュリティと組み合わせて採用する。
到達目標4:AIガバナンス
AIイニシアティブに関する方針、ガバナンス、および後方連絡線(lines of communication)を確立し、AI技術が責任あるAI(RAI)[13]ガイドラインに従って導入されることを保証する。監督、リソース調整、および米海兵隊全体内コミュニケーションのための明確なフレームワークを構築する。
目標1:責任あるAIガバナンス
全軍にわたるリソースの調整により、安全でセキュア、倫理的かつ責任あるAIのためのガバナンスを確立する。この構造は、AIイニシアティブが戦略的目標と整合することを保証し、AIを効果的かつ責任を持って活用する環境を促進する。このガバナンスは、基準とコンプライアンスを提供・徹底しつつ革新を促進するため[14]、スリムでありながら効果的なものとする。
目標2:方針と指針
責任あるAIイノベーションとAIアルゴリズムの管理に関する方針と指針を公表するとともに、政策上の障壁を特定し除去する[15]。
目標3:コミュニケーション
AIイニシアティブ、能力、ツール、課題、およびフレームワークに関する軍種全体のコミュニケーションを改善し、AI統合と変更管理への協調的アプローチを促進する。
到達目標5:パートナーシップと協業
知識、資源、技術の交換を促進するパートナーシップと協業[16]を確立し強化する。これにより米海兵隊内でのAI革新とAI適用が加速され、広範な防衛目標との整合性が確保され、主要パートナーとの相互運用性が向上する。これらのパートナーシップは集団的能力を向上させ、累積的な資源節約をもたらす。
目標1:統合と任務パートナーとの相互運用性
国防総省(DoD)と国際任務パートナー間の相互運用性は、統合部隊および信頼できるパートナー全体で最高水準の能力を提供する。適切な調整と連携により、限られた資源で能力を強化できる。
目標2:学術的パートナーシップ
学術機関とのパートナーシップを強化するための機会を特定する。学術界との連携により、米海兵隊は最先端のアイデア、専門家、資源を活用して最も困難なAI課題に取り組むことができる。これらのパートナーシップは可能性の限界を押し広げると同時に、米海兵隊に米海兵隊の全部隊を強化する貴重な教育を提供する。
目標3:産業界とのパートナーシップ
米海兵隊は産業界と連携し、技術ソリューションを活用するとともに確立されたベスト・プラクティスを採用する[17]。産業界のベンダーは豊富な知識と経験を提供しており、政府機関よりも先行している場合が多い。連携強化を通じて、米海兵隊はこの知識を活用し、技術を導入して迅速な近代化を推進する。
実装
詳細な実装計画(IPLAN)は、戦略的到達目標を達成するための仕組みを概説する。実装計画(IPLAN)支援するため、以下を確立する。
- 軍種全体からの提出物を保存するための候補AIユース・ケースのリポジトリ。
- 米海兵隊レベルの決心と行動に反映される、AIユース・ケースプロセスを管理するメカニズム[18]
- 軍種全体の AI タスク・グループ (AITG) は、使用事例を特定し、AI アドバイザーとして活動し、米海兵隊本部、艦隊海兵隊、および支援機関間の重要なリンクとして機能して指揮官を支援する[19]。AI タスク・グループ (AITG)は、本戦略に基づく実装計画(IPLAN)の実行を担当する。
![]() 図2. 米海兵隊人工知能戦略的実装フレームワーク |
結論
競争し、闘い、国家の会戦に勝利するためには、米海兵隊は技術的進化を受け入れ、訓練され装備された労働力を活用し、協力的なパートナーシップの機会を積極的に模索しなければならない。将来の成功は、対等な敵対者と競争し、用兵上の優位性(warfighting advantages)を維持するために、迅速に適応し、革新し、進化する軍種の能力にますます依存していくであろう。
本戦略で提示するアプローチは、統合および国家レベルの取組みと整合する論理的フレームワークを提供し、米海兵隊が急速に進化するAI環境に対応し、競争の連続体のあらゆる局面において敵対者や敵を凌駕する道筋を示すものである。米海兵隊員と文民職員の団結心と革新性を活用することで、我々は機敏さを保ち、集中力を維持し、「スマートに闘う(Fight Smart)」[20]準備を整え続けることができる。
「我々は、戦闘軍指揮官、同盟国、パートナーが直面する課題に取り組む一方で、致死性と近代化を加速させる好位置にある」。
米海兵隊第39代総司令官
エリック・M・スミス(Eric M. Smith)米海兵隊大将
ノート
[1] Department of Defense Artificial Intelligence Strategy, 2018.
[2] Department of Defense Data, Analytics, and Artificial Intelligence Adoption Strategy, Jun 2023.
[3] Department of Defense Data, Analytics, and Artificial Intelligence Adoption Strategy, Jun 2023.
[4] Fighting Smart(pending signature).
[5] Fighting Smart(pending signature).
[6] Department of Defense Data, Analytics, and Artificial Intelligence Adoption Strategy, Jun 2023.
[7] MCO 5231.4, Marine Corps Data and Artificial Intelligence, Mar 2024.
[8] Department of Defense Artificial Intelligence Strategy, 2018.
[9] Talent Management 2030, Annual Update, Mar 2023.
[10] Force Design 2030, Annual Update, Jun 2023.
[11] US Department of Defense Responsible Artificial Intelligence Strategy and Implementation Pathway, Jun 2022.
[12] DC I Data Management Implementation Plan (Draft).
[13] DepSecDef Memo, Implementing Responsible Artificial Intelligence in the Department of Defense , May
[14] MCO 5231.4, Marine Corps Data and Artificial Intelligence, Mar 2024.
[15] OMB M 24 10, Advancing Governance, Innovation, and Risk Management for Agency Use of Artificial Intelligence , Mar 2024.
[16] Executive Order 13859, Maintaining American Leadership in Artificial Intelligence , Feb 2019.
[17] US Department of Defense Responsible Artificial Intelligence Strategy and Implementation Pathway, Jun 2022.
[18] MCO 5231.4, Marine Corps Data and Artificial Intelligence, Mar 2024.
[19] Fighting Smart(pending signature).
[20] Fighting Smart(pending signature).