米海兵隊のドクトリンを読む④ MDCP 1-2 Campaigning その2

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第1章 戦役

第2章 戦役をデザインする

第3章 戦役を実施する

第2章 戦役をデザインする Chapter 2 Designing the Campaign

軍事戦略的狙いの支援 SUPPORTING THE MILITARY STRATEGIC AIM

殲滅戦略下の戦役遂行 Campaigning Under an Annihilation Strategy

疲弊戦略下の戦役遂行 Campaigning Under an Erosion Strategy

敵の重大な脆弱性の特定 IDENTIFYING THE ENEMY’S CRITICAL VULNERABILITIES

戦役コンセプト THE CAMPAIGN CONCEPT

戦役の段階区分 Phasing the Campaign

構想的で機能的な細部計画の作成 Conceptual, Functional, and Detailed Planning

紛争終了 Conflict Termination

戦役デザイン:二つの例 CAMPAIGN DESIGN: TWO EXAMPLES

事例研究:ヨーロッパの奪回 1944~45年 Case Study: The Recapture of Europe, 1944–45

事例研究:マレーシア、1948~60年 Case Study: Malaysia, 1948–60

戦役計画 THE CAMPAIGN PLAN

 

「一連の一部として各々の交戦を見ることによって、少なくとも、事象が予想できる限り、指揮官は常に自分の到達目標への高い道の上にいる[1]

-カール・フォン・クラウゼヴィッツ

「実用的であるために、あらゆる計画は、それを挫けさせる敵の軍事力を考慮しなければならない。このような障害を克服する最上の偶然は、直面する周囲の事情(circumstances)に容易に適合するための多彩な計画があることである。このような適応性を保つためには、単に主導性(initiative)を保つ一方で、最善方法は代わりの目標を提供できる線に沿って動くことである[2]

-B.H. リデル・ハート

戦争の作戦的次元と戦役を定義し、説明したことによって、我々は、現在、精神的なプロセスと戦役を計画することを要求される最も重要な考慮事項を議論する。指揮官の重要な責任は、焦点を提供することである。戦役計画を通して、指揮官はいろいろな異種の戦力と戦術的な行動を、単一で首尾一貫した全体とした時間と空間の上に広げ、融和させる[3]

軍事戦略的狙いの支援 SUPPORTING THE MILITARY STRATEGIC AIM

戦役のデザイン(campaign design)は、軍事戦略的狙い(military strategic aim)から始まる。戦役のデザイン(campaign design)は、確立した戦略的狙い(established strategic aim)に関して戦役の全てのさまざまな努力の焦点を定めなければならない。効果的な戦役立案者(campaign planners)は、より大きな紛争の背景を考慮に入れて戦役の役割を理解する。それらによって、我々の軍隊の役割における解決の必要性と可能な範囲、いくらかの曖昧さ(ambiguities)を理解する。軍事戦略的狙い(military strategic aim)に対する焦点は、戦役デザイン(campaign design)の最も重要な要素である。

ふたつの方法のみが、我々の政治的意志を敵に課すために軍隊を用いることとして存在する[4]。最初のアプローチは、敵の軍事能力の破壊を通して敵を我々の意志の強制に抵抗することをできなくすることである。我々の狙いは敵の軍事的能力容量(enemy’s military capacity)の排除(永久であるか一時的な)-ただし、それが全ての敵の戦力の物理的な破壊を必ずしも意味するというわけではない-である。我々は、これを軍事における殲滅の戦略(strategy of annihilationと呼ぶ[5]。我々が限定しない政治的な目標(unlimited political objective-つまり、我々が敵指導部を倒そうと求める、あるいは、戦力の無条件降伏の時-を求めるとき我々はそのように戦力を使う。敵が抵抗するためにあらゆる手段を持っている限り、敵が我々の要求に抵抗し続けると信じているならば、我々はより限定した政治的な目標(limited political objectiveの追求において戦力を用いる。

第二のアプローチは、敵に、我々の条件に関して和解することが戦い続けることより痛みを伴わないと信じさせることである。我々は、これを疲弊の戦略(strategy of erosionと呼ぶ。これは、闘いを続ける敵指導部の意志をすり減らすことを狙いとする我々の軍事的手段の使用である[6]。このような戦略では、我々は敵が代償を払うと決意する高いコストをより増加させるために、我々の軍事力を用いる。我々は、我々が、敵指導部が最終的に受け入れる気があると信じる限定した政治的な到達目標の追求において、このように戦力を使う。(図参照)

全ての軍事戦略(military strategies)は、これらの基本的な区分(category)の一つになる。戦役立案者(campaign planners)は、作戦的次元で選ばれた戦略とそれの意味するところを理解しなければならない。基本的な戦略的アプローチ(殲滅または疲弊)の理解不足は、整合的な戦役計画の進展を妨げて、軍事と外交リーダーを目的の履き違えに影響する。

殲滅戦略下の戦役遂行 Campaigning Under an Annihilation Strategy

政策的狙い(policy aim)-敵の政治的組織を打倒し、新たなものを強要する-が、敵の政治的な主体を滅ぼすことになるならば我々の軍事的狙い(military aim)は、殲滅でなければならない[7]。しかしながら、たとえ我々の政治的な到達目標がより限定されるとしても、我々はまだ抵抗する敵の能力容量(enemy’s capacity)を排除しようとする。湾岸戦争において、我々は完全に、クウェートの作戦戦域で我々に抵抗するイラクの戦力の実力(ability)を無効にしたが、我々は敵体制を倒さなかった。クウェートを解放する我々の政治的な到達目標は限定され、クウェートの作戦戦域での我々の軍事目標(military objective)は限定されてはいなかった[8]。フォークランド戦争では、獲得しようとした島を回復するために英国はアルゼンチンの本土を攻撃するか、またはアルゼンチン政府を倒す必要はなかった。しかし、作戦では、英軍はアルゼンチンの戦力を孤立させて、完敗させた。

殲滅の戦略には、コンセプト上単純であるという長所がある。我々の作戦的努力の焦点は、敵軍隊となる。我々の意図は、彼らを無力にすることである。我々は、会戦を通して、または、それらを支援する基盤の破壊を通してそれらの戦力を完敗させるほうを選ぶ。我々の主たる努力(main effort)は、我々自身の軍隊にある。国力の他の装置-外交力と経済力と情報力-は、明確に軍事を支援する[9]。勝利は、容易に判別できる。つまり、敵の戦闘部隊がもはや組織化された抵抗を提示することができないとき、我々は軍事的勝利を達成したことになる。我々の政治的な到達目標が限定するか限定されないかどうかに関係なく、殲滅の戦略(strategy of annihilation)は我々を我々の意志を強要する立場に置く。

疲弊戦略下の戦役遂行 Campaigning Under an Erosion Strategy

我々の政治的な到達目標が限定されて、敵指導部、政府または国の破壊を必要としないとき、疲弊戦略(erosion strategies)は適する。疲弊の成功例は、米独立革命の間の英国に対する米国戦略、フランスに対するヴェトナムの共産党員戦略、そして、インドシナの米合衆国にみてとれる。

疲弊戦略(erosion strategies)は、殲滅戦略(annihilation strategies)より、非常に多くのかなりな数の変数を伴う。これらの区別は重要で、戦役立案者(campaign planners)にきわめて重大である。疲弊戦略(erosion strategies)では、我々には我々の作戦上の主たる努力(operational main effort)において非常により広い選択幅を有し、国力の他の装置と軍事力の関係はさらに変化する。そして、我々の勝利の定義はずっと柔軟である。

疲弊の戦役(campaign of erosion)において、敵指導部に交渉することを納得させる方法は、受け入れがたいコストを与えることである。我々は、敵住民(enemy population)ではなく敵指導部にとって受け入れがたいコストを意味する点に注意すべきである。我々の行動は、敵指導部に影響を及ぼさなければならない。我々は、我々自身に以下を問いかけなければならない。

◎ 何が、敵指導部の価値か?

◎ 我々は敵指導部を本気にするために、どのように脅すか?

多くの場合、疲弊の戦役(campaign of erosion)のために最も魅力的な目標(most attractive objective for a campaign of erosion)は、敵の軍事力である。多くの政府は、彼らの同胞または人民の保護を彼らの軍事力に依存する。我々が大いにそれらの戦力を弱めるならば、我々は敵指導部を脆弱にできる。

疲弊戦略(erosion strategies)では、我々は我々の努力を指向する非軍事の焦点を選択する。軍事的に敵指導部を弱めることで敵指導部の残存者に脅威を与える代わりに、我々は彼らの価値ある他の資産を奪うか中立化して、我々のコントロールを持続できることを立証する。我々の目標(objective)は、経済的であるか、政治的であるか、文化的な領域の一部であるか、海運、一般の貿易、金融資産などの評判の高い価値である。通常、領域を奪い占拠する狙いは、我々の軍事力の主たる努力(main effort)である。成功した禁輸(embargoes)と金融資産の凍結(freezing of financial assets)は、他方、主に外交力と経済力に依存する。したがって、後の例では、軍事力は支援の役割を演じて、ほとんど積極的な戦闘作戦に関与しない。

我々は、指導部の威信または信頼性を徐々に蝕もうともする。特殊部隊と他の型にはまらない軍事的要素がこのような戦役で役割を果たす。しかし、主たる努力(main effort)は我々の国力の情報手段と外交手段に基づく。

疲弊の戦役の勝利はより柔軟に定義され、殲滅の戦役の勝利よりは不明瞭である。我々の要求への敵の服従は明確であるか暗黙的である。そして、正式な条約において、または、舞台裏の合意において具体化される。我々が我々の要点を得、相手の考え方または相手の到達目標の変化を確信し、または、相手が我々のもはや脅威とはならないよう敵の軍事力を衰退させたならば、我々は単に「勝利を宣言して、帰る」だけである。このような結論は軍事の専門職を満足させないが、それらが国家政策の要求に合致するならば、それらは受け入れられる。

敵の重大な脆弱性の特定 IDENTIFYING THE ENEMY’S CRITICAL VULNERABILITIES

経済は、我々が最少のコストで最も大きい効果を達成するために、いくつかの対象または決定的に重要な要素へ我々の努力の焦点を定めるよう要求する。異なる戦略的到達目標は、異なる種類の作戦的ターゲットを規定する。我々が疲弊戦略を追求しているならば、我々は我々の要求によって不服従な敵指導部に受け入れがたい水準までコストを引き上げることを目標とする。敵指導部の本質(nature of the enemy leadership)により、我々の目標は、軍事力またはそれらの支援している基盤、つまり、治安機構、領有権の保持、経済的な資産、あるいは、敵の具体的な価値のある何か他のものである。我々が殲滅の戦略(strategy of annihilation)を追求しているならば、我々は彼の軍事能力(military capabilities)の崩壊につながる目標を求める。

いずれにせよ、我々は敵の強さの根源と敵の弱みとなる急所を理解しなければならない。我々は、強さの重要な根源を重心(center of gravityと呼ぶ。重心とは、それなしでは敵が機能できない何かを意味する[10]

我々は、戦略的重心(strategic center of gravity作戦的重心(operational center of gravityを区別することが必要である。前者は、目標であり、占領、破壊または中立化は、敵指導部の意志または闘いを続ける実力(ability)への重大な影響を有する。クラウゼヴィッツは、次のように述べた。

アレクサンダー大王、グスタフス・アドルファス大王、チャールズ12世、そしてフレデリック大王にとっての重心は、彼らの陸軍であった。陸軍が破壊されれば、彼らのすべては失敗として歴史に残るものだった[11]。自国の争いを前提とした国では、重心は一般に首都である。大きい国に依存する小さな国では、それは通常彼らの保護装置としての陸軍である。同盟国の間では、利益共同体の中に存在し、そして、民衆の暴動(uprising)であり、[重心は]リーダーの個性と世論である。我々のエネルギーが向けられなければならないのは、これらに対してである[12]

他方、作戦的重心は、通常敵の軍隊の要素である。それは我々に最も危険であり、また我々の戦略的任務(strategic mission)の達成を妨げる敵の軍事力の集中である。戦力がもたらす危険の程度は、敵の規模、特定の能力、我々との相対的な位置関係、特定の技術、敵のリーダーの企てに依存する[13]

戦略的重心と作戦的重心は全く同一のものであるか、あるいは、まったく異なる。たとえば、第1章での事例研究の1864年の戦役について考える。シャーマン将軍の戦略的目標(strategic objective)は南部の戦争資源と戦争を継続する意志の破壊であった。テネシーのジョンストン将軍の陸軍が決着をつけられるまで、シャーマン将軍の陸軍は集中したままでいなければならず、南側の経済インフラに深刻な影響を及ぼせるように広く十分な地域の上に分散することができなかった。シャーマン将軍にとって、ジョンストン将軍の陸軍は戦略的ではない作戦的な重心を意味した。

通常、我々を敵の軍事力にさらすことになるので、我々は直接敵の強点を攻撃しない。むしろ、我々は敵の強点を避けて、我々のリスクを最小にする方法で敵の弱点を攻撃しようとする。したがって、我々はいくつかの重大な脆弱性(critical vulnerabilityを捜す。重大な脆弱性は、重心と同じような関係にはなく、コンセプトは補完的である。鍵となる強みを弱体化しない限り、脆弱性は決定的にはならない。それは我々が効果的に攻撃することができる何かでなければならない。

重大な脆弱性は、直ちに攻撃のために開放されていない。我々は、暴露させるか、孤立させる一連の行動の累積を企図し、または、時間をかけて決定的な打撃を打つ機会を引き起こすために脆弱性をつくらなければならない。その例は、彼の重要な指揮・統制施設へ効果ある攻撃を可能にするための敵の防空体制を引きはがすことである。

我々が冷酷に敵の重要な脆弱性を追求するように、我々は敵が我々を攻撃するのを期待すべきである。我々は、戦役の経過にわたって我々の脆弱性を保護するか、縮小するために処置をとらなければならない。この敵の重大な脆弱性に対する焦点は、戦役のデザイン(campaign design)の中心である。

敵の重心と重大な脆弱性を識別するために、我々には敵の完全な理解がなければならない。この理解を得ることは単純でもなく簡単でもない。戦争で最も難しいことのうちの二つは、敵の真の特性(character)と能力(capabilities)を現実的な理解に発展させることと、我々の戦力と行動を敵の視点から表わす方法を考慮にいれることである。その代わりに、我々は敵を固定観念-ボール紙のように切れ、わら人形に変え、または、反対に、敵を10フィートの上背があると想像する-で捉える傾向がある。我々はたいてい、敵を我々自身の鏡像か単に空想である姿勢や反射作用-敵自身が意味する敵の特定の状況や特徴よりは、我々が、敵がどうあるかあるいはどうあって欲しいか-としてみる。この不十分な考えと想像力は現実的な敵の可能行動、効果的偽装計画、計略、あるいは、高い可能性のある選択枝と我々の計画の結果について発展させることをまったく難しくする。我々の戦役をデザインする時に、我々は我々の敵の特色のある特徴を解しなければならず、我々がその理解することから由来する弱点を活用した計画策定に焦点を置く必要がある。

戦役コンセプト THE CAMPAIGN CONCEPT

戦略的狙い(strategic aim)を疲弊か又は殲滅とするかを決定した後に、手近にその適用の状況を説明し、そして、我々が最も経済的に敵の服従または敵の崩壊を果たすために攻撃する敵の重心と重大な脆弱性を識別して速やかに戦役コンセプトに発展させる必要がある。このコンセプトが、我々のデザインの真髄を捉え戦役計画の基盤を提供する。このコンセプトは、明確で簡潔なコンセプト上の言葉で、我々が達成するために計画すべき広い展望と我々がどのように計画するかを表現する。我々の明確で明示的に述べられる意図は、コンセプトの構成要素の不可欠なものである。我々のコンセプトは、いつ、どこで、どんな条件下で会戦をするか、拒否するかのアイデアを全般的な事項として含まなければならない。

コンセプトは確固とした大胆さ(boldness)を示す必要があり、大胆さそれ自体が「本物の創造的な戦力(a genuinely creative force)」である[14]。コンセプトは敵の重大な脆弱性に対して焦点を定めなければならない。コンセプトは創造性を発揮し、識別可能な慣習やパターン避ける必要がある。策略(artifice)、曖昧さ(ambiguity)と欺瞞(deception)を利用し、そして、チャーチルが書いたように「それで敵が参るだけでなく困惑する独創的で不気味な感触」を反映する[15]。コンセプトは、我々が変化する事象に適応でき、そして、敵が我々の真の意向を見極めることができないように、複数の選択肢を作成する必要がある。コンセプトは状況が許す限り、簡潔にすべきである。コンセプトは実行に速度を提供する必要があり、それ自体が武器になる。

各々の戦役は統一したコンセプトの中で、単一とすべきである。多くの場合、単純だが、優れたアイデアは成功のための基礎を与えてきた。南部の中心部でシャーマン将軍を失いながらもリッチモンドの近くでリー将軍を拘束するグラント将軍の計画は、そのようなアイデアであった。太平洋で日本の拠点を迂回するというアイデアは、第二次世界大戦の米国の跳び石戦役(island-hopping campaigns)の基礎になった。マッカーサー将軍の大胆な海上輸送の単純なコンセプトである作戦的迂回(operational turning movement)は1950年の仁川上陸になった。

戦役の段階区分 Phasing the Campaign

単一の時間と場所において単一な戦術的行動を通じて戦略的狙い(strategic aim)が達成できないときに、戦役が必要となる。したがって、多分、戦役は同時にまたは順番に実行されるいくつかの関連した段階(phase)を含むことになる。戦役は、いくつかの局面-異なる戦力または異なる種類の戦力によって実行される-も有する。段階(phase)は、多様で、延長して、分散された戦役の活動を組織化する方法である。アイゼンハワー将軍が指摘したように、「計画のこれらの段階(phase)は厳格なものではなく、それらは単に道標となるだけである。・・・・厳格さは必然と覆され、そして、計画の弱点を証拠として変更された詳細を示すアナリストは、戦場の特性を全く分かっていない[16]

各々の段階(phase)は、単一の作戦または一連の作戦を構成する。我々の任務は、最も効果的に、そして、速く戦略的狙い(strategic aim)を達成する行動の組合せを案出することである。各々の段階(phase)を定義可能なエピソードとして区別できる反面、各々は他と必然的に関連しており、戦役のより大きな文脈において重要性を得る。区別する方法は、時間または空間の分離または狙いや割り当てられる戦力の違いである。

我々は、各々の段階(phase)を原因と結果として関連する事象の接続した一連の必須の構成要素として見なければならない。チェス・プレーヤーの様に、我々は次の動きの先を考え、いくつかの動きの先を読んで、それらをどのように活用し、それらの動きの長期の影響を考える必要がある。我々は、敵の反応やありそうなことと同時にありそうにない予想を考えることなく動くことはできない。

各々の段階(phase)には一つ以上の決心点(decision points)を伴うので、我々は可能な分岐または各々の決心から生じている選択肢について、可能な限り、最後まで考えなければならない。このような決心点は会戦によってたいてい表現される。そして、それは、我々がそれらの結果をあらかじめ決めることができるにもかかわらず、負けも勝ちもする。決心点からの各々の分岐は我々の部分として違う行動を必要とする。そして、各々の行動は続編か潜在的に続編となる、さまざまなフォローアップを必要とする[17]。「より上位の指揮官は、常に各々に作戦が進捗するように計画しなければならない。そして、停止することなく連続した段階を踏めるように、適当な位置と条件を彼の軍隊が見いだせるように態勢を指示する[18]

戦役の各々の段階(phase)は、戦役のより大きい狙いの達成に必要ないくつかの中間の到達目標を定める。各々の段階(phase)は、それが戦役の全体的な意図に寄与するそれ自身の異なった意図を有する。一般的に言って、戦役の段階区分(phasing)は、予定駆動型(schedule – driven)よりは、むしろ事象駆動型(event – driven)でなければならない。各々の段階(phase)は、戦役の本来の細区分を意味しなければならない。我々は、戦役を多数の任意の、つまり、テンポを犠牲にし、ゆっくりとし、徐々に増大するアプローチに通じる塊に分類してはならない。

戦役で一連の段階(phase)を開発するプロセスは、同時に二つの方向-前にも後ろにも-作用する[19]。我々は、頭で認識する進捗状況と望ましい終結状態(end state)の両方をもって計画策定を始める。もちろん、状況の展開につれて、その終結状態(end state)は変化する。我々は、相互に段階(phase)を支援することを構想して、誰の複合効果が最終的な決定的行動の舞台を設定するかについて、前もって計画する。同時に、我々の計画策定のチェックとして、我々は終結状態(end state)から現在の方へ引き戻しながら段階(phase)の合理的な設定を構想する。段階(phase)の二つの設定は、前方へ、そして、後ろに、かみ合わなければならない。

連続して起こるか同時であるにせよ、段階区分(phasing)は時間とともに効果的に資源を割り当てることを可能にする。長期的展望をもって、戦役の後のステージで必要なとき、利用できる資源を確実にしなければならない。効果的な段階区分(phasing)は、兵站的に最高点となるプロセスを考慮しなければならない。資源が戦略的狙い(strategic aim)の達成まで戦力を維持するには不十分であるならば、兵站的な考慮事項は連続した段階(sequential phases)において戦役は組織されるよう要求する。これらの各々は順次支援可能でなければならない。そして、各々の段階(phase)に兵站的な再供給または増強が追従される。さらに、兵站的な要求は、それらの段階(phase)の順序と同様に確定した段階(phase)の目的を指図する。

資源利用性は、戦争の事象よりむしろ、主に、時間表-例えば維持または配備率-に依存する。したがって、我々が我々の意図された段階(phase)を開発して、我々は資源利用性の時間を指向する段階区分(phasing)と事象駆動型の作戦の段階区分(event-driven phasing of operations)を一致させなければならない。

構想的で機能的な細部計画の作成 Conceptual, Functional, and Detailed Planning

我々の到達目標を達成する広範な計画(broad scheme)を作成するプロセスは、「構想的計画策定(conceptual planning」と呼ばれる。戦役コンセプトを完全な実行可能な計画とするには、「機能的計画策定(functional planning)」と「細部計画策定(detailed planning)」を必要とする。その名の通り、「機能的計画策定functional planning」は、コンセプトを支える必要な機能的構成要素となる下位コンセプト、つまり指揮・統制(command and control)、機動(maneuver)、火力(fires)、インテリジェンス(intelligence)、兵站(logistics)と部隊防護(force protection)をデザインすることに関係する[20]。機能的計画策定(functional planning)は、我々があらゆる機能分野が、戦役コンセプトの実現を可能とするために機能することを確実とする。

細部計画策定(detailed planningは、計画の調整を確実とするのに必要な、つまり特定の指揮関係、移動または上陸表、配備または再補給スケジュール、通信計画、偵察計画、統制手段、その他の特定の計画策定活動を含む。しかし、詳細デザイン(detailed design)は柔軟性を妨げるように特殊になってはならない。

二次的な計画策定の量は、全体的なコンセプトのための要求を縮小できない。構想的計画策定(conceptual planning)が機能的計画策定(functional planning)、細部計画策定(detailed planning)の基盤である一方で他はプロセス作業である。我々のコンセプトは、機能的な現実に適応できなければならない。次に機能的計画策定(functional planning)は、実行の細部にわたり敏感でなければならない。作戦コンセプト(コンセプト上の関心事)は、配備計画(機能上の関心事)を作成するために用いられなければならない。しかし、配備スケジュールの現実が、時々部隊運用方式(employment schemes)を規定する。したがって、戦役デザインはデザイン活動のさまざまな次元を調和させることを狙いとした双方向のプロセスになる。

前もって、より先を我々が計画しようとしても、より確かで詳細な我々のデザインはできない。我々はある確実性の度合いをもって戦役の初期段階(phase)を計画する。そして、広範囲な機能的計画(functional plan)と細部計画(detailed plan)を開発する。しかし、その段階(phase)の結果に続いて起こる段階(phase)を方向づけようとするのならば、その後の計画はますます全般的(general)でなければならない。将来段階の計画(plan for future phases)は、おそらく全般的な意図といくつかの不測の事態と選択肢だけから構成され主として構想的なもの(conceptual)になる。

紛争終了 Conflict Termination

戦役デザインで最も重要な局面のうちの二つは、望ましい終結状態(end state)の定義と紛争作戦後の移行の計画策定である。あらゆる戦役とあらゆる戦略的努力は到達目標を有する。あらゆる軍事行動は、やがては終結する。

いつ、どのような周囲の事情の下で戦闘作戦(combat operations)を止め終わらせるかの決心はもちろん政治的な決心(political decisions)である。しかし、軍事リーダーは、意思決定プロセスの関係者である。政治指導者が既存の状況と紛争の戦闘の停止のいかなる点-直接、そして長期の、軍事、そして政治的な-の意味するところの理解を確実にすることは彼らの責任である。たとえば、1864年に、連合軍指揮官は、南北交渉の目的であるあらゆる休戦は連合軍が望む終結(end)を特徴づけると理解した。軍事的、政治的な分野の間の理論上のギャップに関係なく、一旦止められれば、戦闘作戦を再開するのが実質的に不可能だった[21]。1991年の湾岸戦争での、紛争終了(conflict termination)のタイミングはクウェートの作戦戦域での政治的狙い(political aims)と軍事的狙い(military aims)の達成を反映した。

戦役デザイナー(campaign designer)は最も初期の可能な瞬間から紛争終了(conflict termination)の計画を持たなければならず、それらの計画は戦役の進展に伴って更新する必要がある。何をもって、受け入れ可能な政治的、軍事的終結状態(political and military end state)で、戦闘作戦の終了を正当化できる業績とするのか?あらゆる提案された終結状態(end state)を考察する際に、我々は、それが第一に闘いをもたらした基本的問題の終結(end)を保証するかどうか、あるいは、問題解決の代わりに、紛争の種を遠ざけることができたかについて考慮しなければならない。後者ならば、終了のための選択した方法が一方の軍事作戦の再開を許すものなのかどうかを問わなければならない。いかなる紛争においてもほとんどの実際の解決策は、ある程度のリスクを伴う。軍事的なリーダーは、早期の平和的和解の政治的な利益が、敵対行為がより小さいとする理想的結論を受け入れることの軍事的なリスク-そして、政治的なリスク-を上回るかどうかについて、常に政治的指導部に求める用意ができていなければならない。

紛争終了(conflict termination)に対処するとき、指揮官は離脱、部隊防護、紛争後作戦への移行と再構築と配置転換を含む多種多様な作戦的問題を考慮しなければならない。徹底した戦役計画策定は、急に戦闘作戦を終えることに内在する混沌(chaos)と混乱を減らすことができる。我々が撤退して、戦闘作戦を終えるとき、それは、非戦闘員と我々のコントロールの下の敵軍と同様に我々の部隊の安全を提供することは最高の重要性がある。戦争の狂暴な感情(violent emotions of war)はすぐに抑えられることができず、そして、いろいろな友軍と敵部隊は敵対行動を続けようとする。

一旦戦闘作戦が止まれば、焦点は戦争以外の軍事作戦(military operations other than war:MOOTW)におそらく移行する。これらの作戦の範囲は、平和維持と難民コントロールから地雷除去と兵器処分、食料配布に変化する。受け入れ国(host nation)のインフラ修復と受入れ国の統制を回復することは、作戦的次元の関心事である。全ての次元の指揮官は政府、非政府、受入国の機関の様々なところと彼らの努力を調整する必要がある。

紛争終了(conflict termination)で対処すべき最終的な問題は、再構築と配置転換である。再構築は、戦域で始まる。部隊は、任務上の要求と利用可能な資源に相応した即応の状態をもたらす。戦闘の成果が、弱体化した部隊の範囲内で内部の資源で変える(再編成)か、あるいは、大規模な置換を通して部隊を建て直す(再表示)か、どうかを示唆する[22]。再構成して、配置転換する能力(capability)は、特にある任務を仕上げて、再積み込みして、躊躇することなく次のタスクに移動する必要のある海軍遠征部隊にとって重要である。いかなる方法にも関係なく、再構築と再配備は複雑で要求のきびしいリーダーシップと兵站の課題をもたらす。

戦役デザイン:二つの例 CAMPAIGN DESIGN: TWO EXAMPLES

各々の戦役のデザインは、それぞれに固有のモノである。戦役デザインは、何よりもまず、全体的な国家戦略(national strategy)と軍事戦略的狙い(military strategic aim)によって形づくられる。敵の本質(nature of the enemy)、作戦区域の特性と利用可能な資源(resource)は、各々のデザインの正確な本質全てに影響する。それでも、戦役デザインの基本コンセプト(basic concept)は、あらゆる状況に適用される。以下の二つの事例研究で考察する。二つの戦役のデザインは根本的に異なる一方で、最終的な結果(end result)-戦略的狙い(strategic aim)の達成-は同じことになる。

事例研究:ヨーロッパの奪回 1944~45年 Case Study: The Recapture of Europe, 1944–45

主要な紛争における戦役デザインの優れた例は、アイゼンハワー将軍の第二次世界大戦のヨーロッパ奪回の広範囲な計画である。戦略は、ドイツの軍事的な能力容量(Germany’s military capacity)を排除することを狙いとする殲滅の戦略(strategy of annihilation)であった。デザインは主要な重心としてドイツ軍部隊に焦点を置き、政治的、経済的双方の中心としてベルリンとルールの重要性を認識した。デザインは、戦役が勢い(momentum)を獲得し、順次最終的な目標の達成の方へ進める一連の段階(phase)を用いた。アイゼンハワー将軍は「可能な選択肢を持った連続した動き」としてこの戦役デザインを描いた[23]。(図参照)

ノルマンディー海岸への上陸。

ノルマンディー-ブルターニュ地域で決戦のために必要な資源(resource)を築き、敵の包囲を破る・・・・。

広大な最前線において二つの軍集団で追撃し、必要な港を獲得し、ドイツの国境まで達し、ルール地方を脅かす左翼を強化する。我々の右翼では、南部からフランスを侵略することになっていた部隊と連携する。

地中海と同様にベルギーとブルターニュにおいて港を確保することによって、ドイツの西の国境沿いに我々の新たなベースを構築する。

最後の会戦のために我々の部隊を構築しながら、我々の限界まで、敵を弱体化させ最終的な闘いの優位性を獲得するまで、容赦ない攻撃的を続ける。

ライン川の西に、敵軍を完全に破壊し、その間に絶えず川の全域で橋頭堡を追求する。

再び左翼を強化して、ルール地方の両翼包囲として最終的な攻撃を開始し、その時点で決定的となる特定の方向からドイツ軍への速やかな攻撃によって追撃する。

ドイツの残敵を一掃する[24]

アイゼンハワー将軍は「この全般計画-Dデー以前に作戦会議で慎重に説明した-は、些かの間も、戦役を通して決して断念しなかった[25]

第二次世界大戦のヨーロッパの奪回のアイゼンハワー将軍の当初の広範なデザイン段階。連合軍の参謀長からの命令:「ヨーロッパ大陸に入り-他の同盟国とともに-ドイツの中心部とドイツ国防軍の破壊を狙いとした作戦に着手せよ」

事例研究:マレーシア、1948~60年 Case Study: Malaysia, 1948–60

アイゼンハワー将軍のものと最も異なる戦役デザインの例は、マレーシアで共産主義の反乱に対する英国軍の戦役に見いだすことができる。この例は、在来型の紛争において戦役をデザインするために用いられるコンセプトが、戦争以外の軍事作戦(military operations other than war:MOOTW)で同様に適用される証拠となる。英国軍の戦略も殲滅の一つであったが、紛争の本質(nature of the conflict)と敵の特性は、成功のためには、戦略は大いにより長い段階にわたって行われなければならないことを指図する。重心と重大な脆弱性は、本質的に主に軍事的なものではなかった。この戦役が多年にわたって遂行されたので、戦役の段階またはビルディングブロックは連続してよりむしろ同時に追求されなければならなかった。

双方は、闘争の政治的段階区分と軍事的段階区分のための明白な到達目標と明白なコンセプトを持っていた。英国軍は、マレーシアにその独立を約束した。彼らの到達目標は、彼らの退去後、安定した、非共産党員のふさわしい政府を残すことであった。共産党の到達目標は、英国軍の撤退が国内に支配的なものを残すマレーシアの中で、強力な軍事的・政治的な位置を得ることであった。英国軍は、共産主義政党の政治的・軍事的陣営の双方に大量の補充を提供する貧困な少数派中国人を大きな共産主義運動の重心として特定した。全体として、行動の重大な脆弱性は、マレーの国を支配する民族の孤立であった。軍事的に重大な脆弱性は、広く散らばった中国の農業住民からの食料と他の供給に関しての共産主義軍部隊の依存であった。他方、英国軍に後援されたマレーシア政府の重心は、正当性と共産主義が示すことの出来るものよりもよい生活の保証の要求であった。

英国軍は、共産党に対して多角的な戦役を打ち上げた。海軍は外部支援が海路で共産党に届かないことを保証した。陸軍は、組織化した敵の部隊をジャングル内に留め、一定の農業領域の住民基盤と食料供給から離す責任があった。マレーシアの政府部隊はジャングルが敵に強さを与えると認識した。敵の基地は見いだすのが難しくて、発見されれば簡単に配置換えする。索敵撃滅努力(Search-and-destroy efforts)は 英国軍が徹底的に森林を叩きまわったので、彼らの攻撃部隊が簡単に探知され逆効果だった。これは、敵を逃がすだけでなく、待伏せするのを許した。しかしながら、敵の部隊は、特に食料を得るためにジャングルも通って移動する必要があった。これは、彼らの部隊の弱点を作った。英国軍は、食料がどこで大きくなるか、それを得るために敵の補給の列がたどるルートを分かっていた。したがって、政府部隊自体は、-とても効率よく-待伏せ戦術(tactic of ambush)に集中することに行き着いた。

その間に、警察-陸軍よりマレーシア住民からより大きな規模で補充された-は、居住地域で治安(security)を提供することに集中した。彼らはとても厳しい交戦規定(ROE)の下で市民の権利を尊重し、それで合法性と制定された権限の正当性を支えた。同時に、貧困な中国人の住民は公正な、安全な、うまくデザインされた新たな定住地に集められ、彼ら自身のスタイルで家を構築するための経済的な手段を提供されて、彼らの家と十分な農地の法的な権利を与えられた。この移住政策は、補充兵の供給源、そしてより重要な食糧からゲリラ部隊を切り離した。移住の努力には、中国の少数派がマレーの大多数と同等の市民の権利を取得することを確実にするための政治的なプログラムが付いてきた。

組合せにおいて、これらの寛容で完全に調整された軍、警察、経済と政治的な作戦は、物理的に、そして、心理的に、共産党を主要な住民から分離した。いくつかのマレーシア共産軍は、戦術的な成功(それは、待伏せにおいて最初の英国軍の指揮官を殺すことを含んだ)にもかかわらず完敗し、そして、政党がマレーシアの政治における要因として取り除かれた[26]

これらの二つ戦役のデザインの明らかな違いにもかかわらず、それら両方は、望まれる戦略的目標(strategic objective)を獲得するための戦役デザイン(campaign design)の基本コンセプト(basic concept)を適用された。紛争のタイプと敵の本質(nature of the enemy)が根本的に異なりながら、両方の戦役コンセプトは明確に特定された戦略的狙い(strategic aim)を持っていた。両方とも敵の重心と重大な脆弱性に焦点を合わせた。そして、両方とも適切な段階を調整して、戦略的狙い(strategic aim)を達成するように戦役コンセプトを採用した。

戦役計画 THE CAMPAIGN PLAN

戦役計画は、全体にわたる戦略の指揮官の割り当てを遂行するためのデザインの文言(statement)である。それは直接、戦役コンセプトから出てくるもので、コンセプトをそのコンセプトを実行するために必要とされる行動を体系化した構成へと変換する。計画は、明確に定義された軍事的な終結状態(end state)に導く一連の関連した作戦を記述する。戦役計画は、部下に焦点と方向を提供する仕組み(mechanism)である[27]

戦役計画は、戦略に関して作り上げられなければならない。戦役計画は-同様に部下と上位者に-戦略的狙い(strategic aim)を遂げる終結状態(end state)を記述しなければならない。戦役計画は、戦役の全体的な意図とコンセプト、成功に導く段階と作戦目的の暫定的な手続き、そして、主要な支える機能、特に戦役を通して部隊を維持する兵站のコンセプトのための大体のコンセプト、を示さなければならない。兵站コンセプトは、兵站が作戦上の可能性を与えることから、おそらく他の機能の関心よりも極めて重要である。

計画は、いくつかの確実なものをもって戦役の初期段階を記述する。しかしながら、続いて起こる段階のデザインは不確実性が大きくなって、そして、状況はますます予測できなくなることから、ますます一般的なものになる。我々は、戦役計画のデザインに入れ込むことができると同じくらいの適応性で構築する必要がある。それにもかかわらず、最終の段階-それが最終の成功を獲得し、全ての戦役で築く方向への予想された決定的な行動-は、明確に構想し、記述すべきである。戦役計画は暫定的なマイルストーンを確立しなければならず、かなりの進捗を提供しなければならない。しかしながら、それは、いかなる最終的な、不変の意味のスケジュールでない。最後の狙いが実現されるまで、我々は我々の戦役計画を変化する中間的狙い(我々のものと敵のもの)、成果、リソースと制約要因に絶えず適応させなければならない。とりわけ、戦役計画(campaign plan)は簡潔でなければならない。

マッカーサー将軍の南西太平洋の作戦区域の計画は、わずか4ページであった[28]。戦役計画は、戦術的に詳細な各段階の遂行(execution of phases)について描かない。むしろ、それは順番に戦術的な詳細を提供する作戦命令を開発するための枠組みを提供する。

ノート

[1] カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」, p. 182.

[2] B.H. リデル・ハート「戦略論」343–344ページ.

[3] ジョン・ミーハン3世「作戦上の三部作」、Parameters(1986年9月)p. 15

[4] 殲滅と疲弊の戦略の違いは、MCDP 1-1(戦略)で最もはるかに議論される。制限と無制限の戦争の間のClausewitzの違いから始まる。Clausewitz、「戦争論」を参照。John Keeganが「軍事的な歴史家の環境にまたがる図」と呼ぶHans Delbrückの理論で、更に開発された。」John Keegan、会戦の様相(New York: The Viking Press, 1976) p. 53, see also pp. 34-35 and 54. Hans Delbrück参照、政治史の枠組みの範囲内の兵法の歴史、訳Walter J. Renfroe, Jr. (Westport, CT: Greenwood Press, 1985) 特に第3巻、本III、章IV、「戦略」、pp. 293-318

[5] 我々は多かれ少なかれ互換的に用語「殲滅」と「無能」を使用する、しかし、言葉自体はいくつかの課題をもたらす。兵士は、敵の部隊と装備のすべての無条件の身体的な破壊として殲滅について考える傾向がある。これは、まず達成されなくて、滅多に必要でない。ドイツは第2次世界大戦終了後依然として多数のたやすく武装した部隊を持った、だが、ドイツ国防軍が戦略的に殲滅した小さな推論がある。非軍事人は大量虐殺と根絶のような政治的であるかイデオロギーの到達目標で敵の軍事的な能力容量(enemy’s military capacity)を殲滅させる軍事的な到達目標を混乱させる傾向があって、したがってショックを受けているかもしれないか、殲滅の我々の計画を聞いてぞっとするかもしれない。「無能」は、他方、文字通り正確に、我々が伝達する意味することである:抵抗する敵の軍事的な能力容量(enemy’s military capacity)の破壊。残念なことに、言葉も非殺人武器の使用と他の制限された戦争の形を暗示し、我々が伝達しようと求める戦略的コンセプトを否定する。このような意味論的な課題を処理するために、軍事的なリーダーは根底にあるコンセプトを理解しなければならなくて、彼らの戦略を描写する際に特定の読者に適切な言葉を使用しなければならない。

[6] 殲滅と無能と同様に、ラベルはいくつかの課題を携える。消耗は、戦術的消耗の経験-グラントの後の戦役で、第1次世界大戦の西部戦線とヴェトナムでの米軍の行動-のため、否定的響きを開発した。疲弊はこのような否定的響きを携えない、そして、それは我々がより大々的にここで使用する理由である。言葉は文字通り同じことを意味する、しかしながら、そして、消耗は我々が伝達したいコンセプトを描写するために古典的な軍事的な理論で使用される従来の用語である。

[7] 米合衆国は、南北戦争、第1次世界大戦、第2次世界大戦、1983年のグレナダと1989年のパナマでこのような無制限の政治的な狙いを追求した。もう一つの成功する例は、南ヴェトナムに対する北ヴェトナム軍戦争である。不成功の例は、1940年のロシアのドイツ軍の侵攻、1950年の韓国に対する北朝鮮の戦役と1990年代半ばのチェチェンに対するロシアの戦争である。

[8] 一部の読者は我々がSaddam Husseinを力に任せたのでこれが殲滅戦略ではありえなかったと反対する。それは、軍事的な到達目標で政治的なものを混乱させることである。我々は、サダムの政府の打倒を追求したかった、我々はそうするために 置かれ、排除されたサダムの航空と海軍力を得た、完全に、彼の陸軍の士気をくじいた、そして、完全に、彼を外部の支援から分離した。

[9] 殲滅戦略では、内戦の重要な例外で軍隊は常に主力を示す。このような内部の権力闘争は、非常にしばしば、一方の勝利が他の除去を伴うゼロサム事象である。それゆえに、相手は互いの完全な破壊を求める。そしてそれは通常、敵の軍事的な防護が外れられるまで達成されることができない。しかしながら、「国内戦線」(敵に対する軍事的な行動と同様に)を維持するために、戦争ですべての政府が政治的な行動を取らなければならないのを思い出しなさい。内戦では、相手は共通の国内戦線を共有する。それゆえに、経済的で、外交で、心理的なプログラム(例えば農地改革、政治改革、非聖域化作戦、その他)は軍事的な到達目標が殲滅のままのときでも、時には全く軍事作戦に優先する。ヴェトナムでは、たとえば、米国と南ヴェトナムの政府は、疲弊の戦略を外部の敵として知覚した北ヴェトナムに対して行った。しかしながら、南ヴェトナム人境界の中で、彼らは殲滅の戦争を彼らを支援したヴェトコンと北ヴェトナム軍正規軍に対して行った。敵の軍隊に対する精力的な索敵撃滅で航空爆撃作戦は、しばしば、政府のためにサイゴンで正当性をつくろうと求めたさまざまな内部の国民形成努力と衝突した。作戦次元で軍事的と非軍事行動を調和させるための失敗はしばしば効果の無いことが証明する。

[10] 現状軍事ドクトリンで使用されている用語「重心」は、クラウゼヴィッツに始まる。彼は、多くの異なる方法で、通常明確に定義されたドクトリン上の用語よりむしろ便利な比喩として用語[元々のドイツ語のシュヴェルプクト(引力の中心点)]を使用した。しばしば、彼は単に「主要なこと」または「最も重要な懸念」を意味するだけに使用した。我々の定義は、「戦争論」中で少しの特定の議論からを得る、特にpp. 485-486(作戦的次元でコンセプトを取り扱う)そして、pp.595-597(戦略的用語でコンセプトを求める)。重心を特定する(望ましくは、リストを一つの重要なアイテムに減らす)目的は、我々に特定の敵の力の最も重要な構成要素について考えることを強制し、そして、したがって、我々を、敵を危険にするものは何で敵を打ち破るには何が必要かに焦点を置くことを助ける。残念なことに、これは時には我々がそれらの強さを直接に攻撃しなければならない考えに導く。用兵の哲学は、それゆえに、重大な脆弱性のコンセプトを使用する。そしてそれは我々に最小限の可能性コストとリスクで我々自身に敵の強さを蝕む創造的な方法について考えることを強制する。

[11]スウェーデンのチャールズ12世は、ロシアで1709年に彼の陸軍を実際失って、失敗と考えられる。.

[12] カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」, p. 596.

[13] カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」., p. 163.

[14] カール・フォン・クラウゼヴィッツ「戦争論」, p. 77.

[15] ウィンストン・チャーチル「世界の危機、第2巻」(New York: Charles Scribner’s Sons, 1923) p. 5.

[16] ドワイト・D・アイゼンハワー「ヨーロッパの十字軍」(New York: Doubleday, 1990) p. 256.

[17] L. D. ホルダー「米陸軍の作戦術:新しい力」、戦略に関するエッセイ(第3巻)(Washington, D.C.: National Defense University Press, 1986) p. 124.

[18] ドワイト・D・アイゼンハワー「ヨーロッパの十字軍」, p. 176.また:「部隊を会戦に関与する際に、到達されるある種の最小限の目標がある、さもなければ作戦は失敗である。適切な期待の領域にある以上に、その一方で、更に望みの領域に在る。運が持続的に我々に味方するならばそのようなものすべては起こるだろう。「会戦計画は通常さらにこの最終的な領域に指導を供給しようとする、そのため、大規模な活用のための機会は失われないかもしれない…。」p. 256.

[19] これらの二つのアプローチは「革新的」と「正反対」とも呼ばれる。コンセプトは、前進した水陸両用研究班計画立案者のリファレンスマニュアル(Draft)、第1巻で議論された。(Washington, D.C.: Headquarters, U.S. Marine Corps, 1983) pp. 7-1-6.

[20] Chairman Joint Chiefs of Staff Manual 3500.04A, Universal Joint Task List, version 3.0 (September 1996).

[21] 南部連合軍は、これも理解した。ジェームズ・M・マクファーソン「自由の閧の声:南北戦争時代」(New York: Ballantine Books, 1989) p. 766.

[22] 再構築:「指揮官が計画するそれらの行動と部隊を使命要件と利用可能資源に相応した戦闘の望ましい次元効果に回復する履行。再構築作戦は、再生と再編成を含む。」(MCRP 5-2A)

[23] ドワイト・D・アイゼンハワー「ヨーロッパの十字軍」 p. 228.

[24] ドワイト・D・アイゼンハワー「ヨーロッパの十字軍」., pp. 228–229.

[25] ドワイト・D・アイゼンハワー「ヨーロッパの十字軍」., p. 229.

[26] マレーシアの戦役は、脚注9で105ページの上で有名な例外を例示する:内戦では、さらに軍事的な殲滅戦略は、力のその他の手段に、軍事的な努力の従属を要求するかもしれない。

[27] Joint Pub 5-0, Doctrine for Planning Joint Operations (April 1995) pp. II-18–II-21 and MCDP 5, Planning, pp. 18–21.

[28] ジョン・ミーハン3世「作戦上の三部作」, p. 15.

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