「陸上自衛隊縮小」ではなく「陸自活用」を論じるべきだ

元東部方面総監 渡部悦和  2018/08/16

北村淳氏が8月16日付のJBpressに、「米戦略家たちの常識は『陸自は縮小が必要』」という論考を発表しています。北村氏は、JBpressに毎週のように投稿していて相当の影響力がある方であり、私も同氏の米海軍関係の論考の愛読者の一人です。

しかし、今回の論考は余りにも杜撰で問題が多く、陸上自衛隊出身の私としては黙って見過ごすわけにはいきません。現在、我が国における安全保障論議の中で「陸自縮小論」は影を潜め、「陸自活用論」が主流になっていますが、その観点で自らの意見を述べたいと思います。

北村論文に対する素朴な疑問の数々

・北村氏は、「生かされていない教訓『陸戦は避けよ』」と記述し、「“陸上での防衛戦”を前提としてはならない」と主張していますが、不適切です。これは、自衛隊の任務と米軍の任務の違いを無視した議論です。

米軍と自衛隊は、その置かれた環境の違いのために、全く違った性格をもった組織です。米軍は、典型的な外征軍であり、米国領域外で作戦することが基本であり、米国本土が戦場になることを徹底的に避けます。そのために、米軍においては「外敵の軍事的脅威は海洋で打ち払わなければいけない」という訳です。

しかし、自衛隊は米軍とは全く違う組織であり、遠征軍ではありませんし、領土・領海・領空を防衛することを主とする極めて防勢的な組織です。その背景は、厳然として存在する憲法第9条とそれに基づく「専守防衛」等の消極的な政策ですから、憲法第9条を改正しない限り、自衛隊の性格を大きく変えることはできません。

米軍に当てはまる、「“陸上での防衛戦”を前提としてはならない」という主張を自衛隊に適用するのは間違いです。特に陸上自衛隊は、主として陸上を基盤として戦う組織であり、陸上での防衛戦を前提とするのは常識です。これを否定することは、日本の防衛体制を否定することです。陸上自衛隊の縮小を主張したいがために、このような乱暴な議論をするのだと解釈せざるを得ません。

・自らの論考の権威づけとして「米戦略家」という言葉を多用していますが、その「米戦略家」とは具体的に誰のことですか?その戦略家と称する人達の階級と役職は何ですか?

私は、陸自において36年間勤務をし、数多くの日米共同訓練を企画し、参加してきましたが、米戦略家と称する米軍人に会ったことはありません。特に下士官、尉官、佐官レベルで戦略家と称する自他ともに認める人達はまずいないでしょう。

・北村氏は、「陸自の妥当な規模は最大で5万~6万名」と主張しますが、その積算根拠は何ですか?ただ単に「日本にとって妥当と思われる防衛戦略」とか「純粋に軍事戦略的視点」が根拠だと言っても、それは全く根拠になりません。

・北村氏は、常設の「災害救援隊」を提唱し、陸上自衛隊を離れることになる5万~7万名前後の人々を中心とした組織で、非軍事で、石破茂氏が主張する「防災省」のような組織が直轄すると書いています。そして、災害救援活動に特化した装備を身につけると書いています。

この案は、共産党など反自衛隊の団体が主張してきた、自衛隊を解体して作ると主張している災害救援組織とどこが違いますか?この種の案は、極めて非効率的で、非現実的で、実際には自衛隊の災害派遣能力と格段の差がある劣った組織としか思えません。

 

北村氏の「災害救援隊」は問題が多すぎる

陸上自衛隊を縮小し、それを財源とする災害救援隊のアイデアは現実的ではありません。その理由を以下、箇条書きにします。

①5万~7万名前後の災害救援隊をどこに配置しますか?

5万~7万名前後の災害救援隊を収容するためには広大な土地、建物が必要ですが、どこに配置しますか?狭い日本で、この広大な土地を、しかも全国の災害発生予測に基づく最適な場所に複数配置しなければいけません。その複数の土地を見つけることは至難のことです。何年かけてその適地を確保しますか。現役時代に防衛力整備に携わった者として言いますが、10年以内に適地を取得できるとはとても思えません。

まさか、新設の災害救援隊は、現在ある陸自の駐屯地を活用するなどと言わないでしょうね。もしも、そうであれば、陸自から5万~7万名前後を離職させる必要は全くありません。陸自を災害派遣で活用すればよいのです。

②「災害救援活動に特化した装備を身につける」と主張していますが、災害救援隊の装備を人が身につける物だけで足りると思っていませんか?

輸送力は絶対に必要です。自衛隊の災害派遣において、陸・海・空自衛隊が密接に協力しながら行う統合作戦は不可欠です。陸自のヘリコプターや車両による輸送力だけでは足りない場合、空自の航空輸送力や海自の海上輸送力と密接に調整して作戦を行います。

もしも、自衛隊の組織ではない災害救援隊を作った場合、輸送力をどうするのですか?まさか、陸・海・空自衛隊が持っている輸送力に頼ると言うのではないでしょうね。

さらに、災害救援において兵站組織は不可欠です。食料・水・燃料などの補給、炊事車や給水車の確保やそれらの整備、衛生の医者や看護師の確保などをどうしますか。まさか自衛隊のものを貸してもらうなんて言わないでしょうね。

以上の機能は自衛隊が災害派遣に必要な機能の一部にしかすぎませんが、不可欠な機能です。災害救援隊はそれを自前で持てますか?自衛隊の優れた点は、武力攻撃事態をはじめとする各種事態に対応できる装備品を災害派遣でも使える点です。

③今後、予想される首都直下地震や南海トラフ大震災は、いつ発生してもおかしくない喫緊の課題ですが、災害救援隊を何年後に編成つもりですか?10年後ですか?それで、現実の大震災に間に合いますか?

結論として私が言いたいのは、陸自を5万~7万名縮小し災害救援隊を組織するぐらいであれば、陸自を縮小しないでそのまま活用する方がベストであるし、現実的だということです。

陸自縮小論ではなく陸自の活用を議論しよう

現在、防衛計画大綱の見直しや2019年度防衛予算に関する作業が進行中で暑い夏になっていますが、政治家、国家安全保障局(NSS:National Security Secretariat)、防衛省などで陸上自衛隊縮小論を声高に主張する人達はほとんどいません。長年にわたり海空重視・陸軽視が叫ばれてきましたが、今昔の感があります。現在の議論は明らかに「今現在機能している陸自を活用する方がずっと現実的で効率的である。陸自をいかに活用するか」に焦点が当たっています。つまり、陸自活用論です。

なぜ、陸自活用論が叫ばれるようになったか、その背景の一つを説明したいと思います。

  • 「領域横断作戦(CDO: Cross Domain Operation)」への理解が陸自活用論の背景の一つ

自衛隊に期待される任務が増加する一方で、限られた人・モノ・予算の環境下で、複数の任務を遂行できる陸自を活用する方がより現実的だからです。多くの人々が、陸自に複数の任務を期待するようになっています。この認識を後押ししたのが、領域横断作戦(CDO)の進展です。領域横断作戦(CDO)は、今後頻繁に使われるキーワードですから簡単に説明します。

領域横断作戦は、作戦領域(陸、海、空、宇宙、サイバー空間、電磁スペクトラム)を横断した作戦です。例えば、イージス・アショアが典型的です。私が書いた8月13日付の「中国やロシアも恐れるイージス・アショア」を参照ください。陸自がイージス・アショアを装備し、ミサイル防衛を担当することになります。陸自がついに、陸の領域(作戦領域)から宇宙や空の領域に向けた作戦つまり領域横断作戦を担当するようになるのです。陸自のイージス・アショアは、空自が担当するBMD統合任務部隊指揮官(航空総隊司令官)の指揮下に入り、海自のイージス艦のミサイルSM-3や空自のミサイルPAC-3と連携してミサイル防衛の統合作戦に参加することになります。イージス・アショアの加入は、海自のイージス艦の運用を柔軟にし、容易にすることにもなります。陸・海・空の垣根がない統合作戦が常態化するのです。

また、サイバー空間での作戦(サイバー戦)特にサイバー攻撃への対処において、防衛省の体制が強化されることになりますが、陸自が人員の増勢分の大半を担当することになることでしょう。サイバー戦は、陸自、海自、空自が単独で担当するのではなく、統合として対処すべきですが、人的な供給源は主として陸自になります。陸自にとっては、陸の領域からサイバー空間の領域に対する領域横断作戦です。

また、南西諸島の防衛では、陸自が装備する地対艦ミサイルの射撃(陸の領域から海の領域への作戦)や地対空ミサイルの射撃(陸の領域から空の領域への作戦)が海自や空自の作戦と連携した領域横断作戦になります。

領域横断作戦は、世界的な趨勢で、従来のような陸・海・空自の縄張り争いなどが意味をなさなくなります。陸自は陸の領域だけで作戦しません。その作戦領域は他の全ての領域(海、空、宇宙、サイバー空間、電磁スペクトラム)に及びます。「陸自の人員が多すぎるから削減しろ」という議論は近視眼的で古い考えです。陸自は貴重な組織です、縮小を考えるよりも活用することを考えるべきです。その方が、より現実的で効率的です。