闘わずして勝つ?中国が「認知戦(cognitive warfare)」を模索する理由 (www.japantimes.co.jp)

MILTERMで何度も紹介してきたハドソン研究所研究員の高木耕一郎氏であるが、ジャパンタイムズにインタビュー記事が掲載されているので紹介する。本記事にもあるとおり、高木耕一郎氏は人工知能(AI)やデータ・マイニングの研究もされている方であり、それらの技術的知識に裏付けられた論文等は様々な研究論文(最近では「OFFSET-X-Closing the Detterence Gap and Building the Future Joint Force-」)にも引用されている。(軍事)

闘わずして勝つ?中国が「認知戦(cognitive warfare)」を模索する理由

Winning without fighting? Why China is exploring ‘cognitive warfare.’

BY GABRIEL DOMINGUEZ

May 26, 2023

昨年10月、北京の中国人民革命軍事博物館で、中国共産党の旗の横に習近平が映し出された巨大スクリーンの前に立つ見学者たち。| REUTERS

米国とその同盟国は台湾周辺の軍事能力を急速に強化しており、中国が台湾(自治権を有する島)の占領することはもちろん、侵略することも困難になってきている。

しかし、中国人民解放軍(PLA)は、人工知能を活用した軍事システムや作戦コンセプトを指す「知能化戦(intelligent warfare)」にますます力を入れており、専門家は、北京がいずれ「認知戦(cognitive warfare)」という新しいカードを手にする可能性があると警告している。

この用語は、人工知能(AI)などの技法や技術を駆使して、敵対者の心(mind)に影響を与え、決心を形成することで、戦略的に有利な環境を作り出したり、闘わずして制圧したりすることを狙いとした作戦を指す。

軍事情報技術の専門家で、ワシントンのシンクタンク、ハドソン研究所の高木耕一郎研究員は、「人民解放軍(PLA)は、人工知能(AI)を使って人間の認知をコントロールする意図は明言していない」と指摘する。

「しかし、中国では認知戦(cognitive warfare)について活発な議論が行われており、その開発は中国の政策立案者にとって大きな魅力があり、特に従来型の兵器(conventional weapons)を使わずに台湾における勝利をもたらすのに役立つだろう」と述べた。

中国の国家安全保障と軍事的野心にとって人工知能(AI)がどれほど重要なものになっているかは、昨年10月に開催された異例の共産党大会で習近平主席が強調し、人工知能(AI)やその他の最先端技術の開発に対する北京のコミットメントを強調している。中国は2030年までに世界有数の人工知能(AI)大国になることを計画しているだけでなく、北京はこれを達成するために軍民融合戦略(military-civil fusion strategy)にも目を向けている。

米軍と中国軍はともに、情報処理、無人兵器、意思決定の3つの共通分野に人工知能(AI)を一体化することを目指している。しかし、北京はこの技術をさらに一歩進めて、認知戦(cognitive warfare)での利用を模索している。一部の中国の軍事専門家は、物理空間(physical space)と情報空間(information space)の次に重要な戦場になる可能性が高いと述べている。

昨年2月、北京の人工知能アカデミーをメディア向けに見学した際、人工知能システムによるデジタル手話システムを表示する画面を記録するジャーナリスト。| REUTERS

昨年8月に人民解放軍日報(PLA Daily)紙に掲載された記事によると、認知戦(cognitive warfare)は、すべての当事者が「比較的制御された方法(relatively controlled manner)」で政治的到達目標を達成しようと努力するため、「大国間のゲームにおける重要なツール(an important tool in the game of great powers)」になっているという。

そのため、人民解放軍(PLA)が「将来の戦争に勝つ(win future wars)」ために、認知作戦(cognitive operations)の特性についての洞察を獲得することや認知作戦(cognitive operations)を開発することは、「緊急(urgent)」であるだけでなく「現実的な意義(practical significance)」があると記事は述べている。

つまり、人民解放軍(PLA)は、陸上、海上、航空、サイバー、宇宙(spatial)と並ぶ新たな戦いのドメイン(new warfare domain)として、認知作戦(cognitive operations)を積極的に検討している。

高木氏は、中国がライバル国の意思決定者、軍隊指揮官、一般市民の思考に影響を与えようとする方法について、「これは、米国や同盟国のほとんどの議論が想定しているのとは全く異なる使い方をするもの」と述べている。

例えば、北京はソーシャル・メディアやその他の手段を使って、ディープフェイクを含む偽情報を拡散し、台湾の世論を操作することができる。また、台湾を支援する米国の取組みを貶めようとする可能性もある、と高木氏は付け加えた。

このことを起こすためには、中国は必要なサイバー、心理、ソーシャル・エンジニアリングの能力を開発するだけでなく、詳細な個人情報を大量に収集する必要がある。

これはまさに、ワシントン(米国政府)が長い間、北京(中国共産党)がやっていると非難してきたことである。

人工知能(AI)やデータ・マイニングを研究してきた高木氏は、中国はすでに政府関係者や一般の米国市民に関する大量のデータを収集しており、人々の知覚(perceptions)に影響を与えるための基盤を確保しているという。

その方法のひとつがサイバー攻撃(cyberattacks)である。

2015年、政府の民間労働力を管理する機関である米国人事管理局が、人事ファイルの一部がハッキングされていたことが判明した。その中には、政府のセキュリティ・クリアランスを求める人の身元調査で集められた個人情報を含む数百万枚の用紙や、数百人の指紋の記録も含まれていた。犯人の出所に関する決定的な証拠は見つかっていないが、このハッキングは中国政府のために働く攻撃者の仕業であるというのが一致した見解である。

これは孤立した事件ではなかった。5年後、米国司法省(U.S. DoJ)は、消費者信用調査機関であるEquifaxに対する2017年のサイバー攻撃に関連して、中国の「軍に支援されたハッカー(military-backed hackers)」4人とする告発を発表した。この侵入(intrusion)は、国家的な支援を受けた行為者によって行われた、個人を特定できる情報の過去最大の窃盗につながった。

高木氏は、こうしたデータが「将来的に武器になる(weaponized in the future)」可能性を危惧している。

実際、北京はすでに認知作戦(cognitive operations)に頼っているように見えると高木氏は言う。

「これらの活動は、中国政府が自国の領土とみなす台湾や香港で特に積極的かつ強圧的に行われている」とし、デジタル手段を用いて選挙に影響を与える試みは、2020年の台湾総統選挙でも見られたと指摘した。

中国人民解放軍は、人工知能を活用した軍事システムや作戦コンセプトを指す「知能化戦(intelligent warfare)」にますます力を注いでおり、専門家は、北京が認知戦(cognitive warfare)という新たな軍事戦線を支配する上で、最終的に役立つだろうと述べている。| 写真|GETTY IMAGES

一方、中国軍も人工知能(AI)を使って自軍の心の状態(state of mind)に直接影響を与えることに注力しているようで、人民解放軍日報(PLA Daily)も昨年8月に、自軍の兵士が実際の戦闘状況に対応できるよう、ウェアラブル技術や「心理支援システム(psychological support system)」の開発に取り組んでいると報じている。

ますます多くの兵士に「将校や兵士の顔情報を連続的に記録し、データ・フィードバックによってリアルタイムに心理状態(psychological state)を判断し、アーカイブする」ことができるスマート・センサー・ブレスレットが支給されていると、同紙は報じている。

この装置は、戦闘中に将校や兵士が直面しうるさまざまな戦時心理的問題(wartime psychological problems)を調べ、対処するためのシステムの一部である。

人民解放軍(PLA)は、兵士の精神状態(mental state)を紛争に勝利するための重要な要素とみなしている。「戦争は物質的な争いだけでなく、精神的な争いでもある(War is not only a material contest, but also a spiritual contest)」と人民解放軍日報(PLA Daily)は12月に別の記事で述べている。

「人は常に戦争の結果を左右する決定的な要因であり、人が効果的に機能するかどうかは、良好な心理状況(psychological situation)や安定した心理的質(psychological quality)の支援にかかっている」。と書かれている。

とはいえ、これらの新しいツールや技術が、最終的に人民解放軍(PLA)の専門家が期待するような効果を発揮するかどうかは、まだ判断がつかない。

高木氏は、中国軍の人工知能(AI)や自律システムの利用に関する分析の中には、中国の理論家がこれらの技術に内在する脆弱性(質の低いデータによるアルゴリズム・バイアスなど)を見落とし、その能力を強調しすぎていることを示唆するものもあると指摘する。

「実現可能性は依然として不明であり、政治的な必要性から過大評価された可能性がある」と述べた。これは、中国の指導者たちが人民解放軍(PLA)に対して、中国本土と北京が分離独立した省とみなす台湾を統一するための新しいアイデアを出すように圧力をかけた結果かもしれない。

とはいえ、ワシントン(米国政府)はチャンスを逃したくないので、人工知能(AI)やスーパーコンピューティング用の高度なチップの中国への販売に制限を加えている。

高木氏は、「中国の軍備増強の焦点が人工知能であることを考えると、米国とそのパートナー国の両方で開発されたハイエンド半導体を中国が短期的に複製することは極めて困難であるため、これらの制限は非常に有効である」と述べている。

しかし、長期的には、中国は独自の技術やサプライ・チェーンを開発することができると彼は付け加えた。

中国の「知能化戦(intelligent warfare)」が成功するかどうかにかかわらず、戦いにおける認知ドメイン(cognitive domain in warfare)域注目することは重要だと高木氏は言う。

「人の心(human mind)に直接影響を与えるというアイデアは新しいものではないが、人工知能(AI)技術の進歩により、ますます実現可能性が高まるかもしれない」。