ウクライナの消耗の戦略 国際問題戦略研究所(IISS)2023年4月

ロシア・ウクライナ戦争が3年目に入る。これまで軍事的にはウクライナ軍の優勢を予測するものや進展は望めないだろうなど様々な分析がなされてきた。つい最近ではウクライナが持ちこたえていた東部ドネツク州の要衝アウディーイウカから撤退するとの報道もある。大きな軍事的な進展が見られない中、分析の中には、戦いの方法として大きく消耗と機動と分けた場合、消耗に焦点を当てた戦いについて考察を深める議論が注目されるところだろう。また、2022年のウクライナの反攻の成功が伝えられる中で、西側の先進の兵器が更にその成功を推し進めるだろうとの観測もあったところである。

ここで紹介するのは、英国にある民間シンクタンクの国際問題戦略研究所(IISS)の2023年春時点の分析である。ISRの支援を受けた高移動性砲ロケットシステム(HIMARS)の投入が戦況に変化をもたらすとの予測があったが結果的にどのような効果をもたらしたのか、また、ウクライナ軍のハリコフ攻勢の成功の要因をロシアの視点からの分析を述べている。(軍治)

ウクライナの消耗の戦略

Ukraine’s Strategy of Attrition

Franz-Stefan Gady and Michael Kofman

13th April, 2023

フランツ=ステファン・ガディ(Franz-Stefan Gady)はIISSコンサルティング・シニア・フェロー(サイバー・パワーと将来の紛争担当)、新米国安全保障センター非常勤シニア・フェロー。

マイケル・コフマン(Michael Kofman)はカーネギー国際平和財団のロシア・ユーラシア・プログラムのシニア・フェロー。

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西側の先進兵器は、ウクライナが持続的な消耗的戦闘(attritional combat)から逃れることを許さず、消耗(attrition)は、諸兵科連合の訓練(combined-arms training)を増やしても、ウクライナの戦略の重要な要素であり続けるだろう。

ウクライナにおけるロシアの侵略戦争は、およそ1年にわたって続いている。明確な終わり(end)が見えない今、我々がここで提供しようとしているウクライナ軍の用兵戦略(war-fighting strategy)に対する理解を深める必要がある。

このような理解は、西側の政策立案者や国防計画担当者にとって、今後どのような軍事支援が必要かを明確にするのに役立つだろう。また、ウクライナの戦略や用兵の性質をより詳細に理解することで、軍事紛争の期間や人的・物的コストの現実的な評価も容易になる。最後に、キーウの戦略についてのより微妙な説明は、紛争のもっとも妥当な終わり(end)を照らし出すだろう。

消耗の要点:The salience of attrition

戦争での成功には、消耗(attrition)-つまり、ゆっくりとした、しかし持続的なプロセスで、相手を消耗させ、最終的には、自陣営が被っているよりもはるかに大きな人員的損失と物質的損失を与えることによって、敵の意志を打ち砕く-と機動(manoeuvre)の組み合わせが必要である。

消耗的アプローチ(attritional approach)では、移動性(mobility)よりも火力を、側面行動や陣地による優位性を達成するよりも直接攻撃を優先するのが一般的だ。ウクライナの用兵戦略(war-fighting strategy)は、当初は縦深の防御(defence-in-depth)、場合によっては移動防御(mobile defence)に基づいていたが、その後、攻勢へと移行した。

2022年秋に攻勢が成功したのは、ロシア軍部隊の構造的な人員不足と広範囲の消耗(extensive attrition)によって条件が整ったからである。消耗(attrition)には、戦闘による損失、闘うことを拒否した兵士、疲労による士気の低下など、複数の原因があった。

戦争の戦術的レベルでは、消耗(attrition)が両軍の主要なアプローチであった。機動戦(manoeuvre warfare)が作戦上の結果をもたらしたのは、広範な消耗(attrition)が可能になったからである。ほとんどの主要な従来型の戦争が消耗(attrition)、機動(manoeuvre)、再編成(reconstitution)を特徴としているように、これは予想外のことではない。

米国から供与された高移動性砲ロケットシステム(HIMARS)のような西側の先進兵器は、インテリジェンス・監視・偵察(ISR)の支援によって増強されたものの、ウクライナが持続的な消耗的戦闘(attrition combat)から逃れることはできなかった。HIMARSは、米国の持続的なインテリジェンス支援によって、ウクライナ軍が持っていなかった長距離精密打撃(long-range precision strike)という能力を提供した。

その主な効果は、ウクライナの攻勢作戦を間接的に可能にするロシアの砲兵の優位性を低下させることだった。機動戦(manoeuvre warfare)の理論にほぼ沿って、ウクライナ軍は指揮・統制ノードや補給基地といった重要な支援システムをターゲッティングすることで、ロシア軍の物理的、精神的、道徳的結束力を低下させようとした。

しかし実際には、機動(manoeuvre)や精密打撃よりも、消耗(attrition)や集中火力(mass fires)が主な手段であった。ウクライナの砲兵隊はしばしば単独で作戦し、攻勢的機動(offensive manoeuvre)は高密度の兵力を備えた準備した防御に対してさまざまな結果をもたらした。ウクライナの攻撃的作戦の舞台となったのは、伝統的な火力と繰り返される地上突撃(ground assaults)の組み合わせである。

ロシア軍の指揮・統制、弾薬、地上の後方連絡線(lines of communication)に対する長距離精密打撃は、ウクライナの機動戦(manoeuvre warfare)遂行能力を大幅に強化するようには見えなかった。機動戦(manoeuvre warfare)は、長期にわたる消耗(attrition)が容易になったときに成功したことが証明された。

ウクライナは、利用可能な人員、物資、弾薬を大幅に増やさない限り、短期間で軍事的成果を上げることができなかった。ハリコフとヘルソンでのウクライナ軍の攻勢は、その能力だけでなく、その限界も示している。

ハリコフ攻勢:The Kharkiv offensive

9月上旬にウクライナ北東部のハルキウ州で行われたウクライナの電光石火の反攻は、見事な戦術的勝利だった。9月6日から10日も経たないうちに、ウクライナ軍はクピャンスク近郊のイジューム北部のロシア支配地域に急速に侵入し、6,000平方キロメートル以上の領土を解放した。

ロシア側では、この戦線では、さまざまな勢力が入り乱れていた。バラクリアで最初に遭遇したロシア軍部隊は、ルハンスク人民共和国から動員された部隊の支援を受けたロスグバルディア(国家警備隊)部隊とロシア特殊急襲対応部隊(ロシア語の頭文字をとってSOBRと呼ばれ、西側のSWAT(特殊武器戦術部隊)に似ている)で構成されていた。

イジュームとその周辺のロシア軍部隊の大部分は西部軍集団の残党であり、ある場所では25%の兵力で疲弊し、士気の低下に苦しみ、脱走と配備の拒否によりさらに劣化していた。

ロシアが2022年7月と8月にヘルソン州とザポリージャ州に正規軍部隊と相当な装備を再配置し、同州でのウクライナ軍の猛攻撃を見越して実施したことは、ハリコフ攻勢におけるウクライナの成功に不可欠であることが証明された。

ウクライナ軍部隊はすぐにロシアの非正規軍を迂回し、カリーニングラードの第11軍団の部隊が陣地を放棄したため、イジュームの南にあるロシア軍の戦線の一部が屈服した。一旦前線が破られると、ロシア軍部隊は攻勢を封じ込めるのに間に合わず、反撃も成功しなかった。

ウクライナ軍は、この地域でのロシア軍の予備兵力の不足により、ほとんど抵抗されることなく機動の縦深(manoeuvre depth)を達成することができた。これにより、ロシア軍の陣地は急速に崩壊し、ロシア西部軍集団は完全に敗走し、数百台の装甲車を含む大量の装備が押収され一部が破損し運用不可能となった。

ロシア軍部隊は戦略的に重要な町ライマンでウクライナ軍の攻勢を阻止しようとしたが、消耗し、混乱し、実質的な防御を敷くことができなかった。それにもかかわらず、彼らはウクライナの進軍を1週間以上遅らせ、一部のロシア軍部隊にスバトベとクレミンナの間の防御線を確立し始める時間を与えた。

その時点で、ロシア軍は、頭文字をとったBARSとして知られる予備部隊と、西側軍集団の残存部隊に依存していた。ウクライナ軍の反攻は10月1日のライマン占領で最高潮に達した。ウクライナ側では、第92機械化旅団と第3戦車旅団を含む少なくとも6つの機動旅団(manoeuvre brigades)が攻撃に関与した。

これに先立ち、米国が供給した16個のHIMARS部隊による3カ月にわたる精密打撃戦役が実施され、西側のインテリジェンス機関が提供したターゲッティング・データに助けられ、弾薬庫、指揮センター、兵站拠点、鉄道のジャンクションや橋など、ロシア戦線後方の400以上のターゲットを打撃したと報じられている。

様々なアナリストが、HIMARSはウクライナのハリコフ反攻を成功させるための重要な要素であると宣伝している。しかし、8月にハリコフ州のロシア軍の補給システムに対するHIMARS打撃が、ロシア軍のウクライナの他の地域への再配置に関して決定的であったという証拠はほとんどない。

メディアの報道によれば、少なくとも3つのロシア軍指揮所が打撃されたにもかかわらず、ロシア軍部隊はハリコフ前線へのHIMARS配備を事前に警告していたという。ロシア軍部隊は、兵站拠点を再配置し、指揮センターを固め、囮(decoys)を使うことで適応し、HIMARSによる打撃の効果を徐々に減らしていったようだ。

ウクライナは、敵の予備軍を遅延させ、混乱させ、迂回させ、補給線を断ち切ることを狙いとした決定的な縦深会戦戦役(deep-battle campaign)を実施したようには見えない。ロシア軍の最大の問題は、後方地域の損害ではなく、前線での人員不足、歩兵の不足、予備役の不在、疲弊した部隊を交代させる能力の欠如だった。消耗(attrition)とウクライナの陽動(feint)によって、ロシア軍部隊はハリコフを増援するか、ヘルソンを防御するかの選択を迫られたことは議論の余地がある。