米国の「戦略」という基本概念
米国は、現在から将来の安全保障環境を厳しいものととらえ、ロシア、中国を代表する敵対的国家との「戦略的競争」の時代としてみているといえるであろう。このような環境下において、米国の国家安全保障戦略を2017年の12月に公表して以降、米国の安全保障戦略の下位に位置する各戦略体系文書が、検討され逐次公表されている。この際、戦略文書体系を開発していくうえでは、「戦略」という基本概念に関する共通の認識が必要になってくる。
ここで紹介する統合ドクトリンノート(Joint Doctrine Note)は、公式の統合ドクトリン開発および改訂を支援するための問題および潜在的な解決策に関する情報共有を促進するために、具体的なドクトリンの開発の前に公表されるものである。「戦略(Strategy)」に関する統合ドクトリンノート(Joint Doctrine Note)は、直近では、2018年4月に公表されていたが、「戦略的競争」の時代の「戦略」を語るには不十分であるとの認識から、新たに20219年12月10日に統合ドクトリンノート「戦略(Strategy)」を公表しているものである。
この統合ドクトリンノート(Joint Doctrine Note)は、「戦略的競争」の時代を現わす「競争の連続体(Competition Continuum)」の戦略について述べたものであり、統合部隊(Joint Force)がどのように戦役(campaign)を行うかについてのその意味のいくつかを議論するものである。また、協調(cooperation)、武力紛争下の敵対的競争(adversarial competition below armed conflict)、および武力紛争(armed conflict)の戦役(campaign)の側面について説明している。
米国の戦略文書体系を承知する上でも参考になると考える。
紹介する内容は、要約(EXECUTIVE SUMMARY COMMANDER’S OVERVIEW)のみであり、詳細はJDN 2-19, Strategy, 10 December 2019を参照されたい。
ちなみに、訳語は防衛省防衛研究所の「【研究ノート】米軍の指揮統制関係 山下 隆康 (防衛研究所紀要 第21巻第1号 2018年12月 ) 」の脚注6(※)にあるご意見を参考にそれぞれの訳語を当てている。また、同研究ノートの米軍の指揮系統図(山下隆康氏作成)を下に引用させていただく。
米国の戦闘軍(Combatant Command)は、地球全体を6つに区分けし、更に宇宙を統括するいわゆる地域別の戦闘軍(Geographic combatant commands)7つと、全地球レベルにわたる機能別の戦闘軍(Functional Combatant Command)4つからなる。
※ 【脚注6】訳語は、定訳を除き従来使用されている用語にとらわれず、その意味を最も忠実に表現できると考えられる用語、文章表現、構成を用いた。例えば、「Combatant Commander:CCDR」、「Combatant Command:CCMD」及び「Combatant Command (Command Authority):COCOM」は、「統合軍司令官」、「統合軍」及び「統合指揮権」と訳されるが、あえて「戦闘軍司令官」、「戦闘軍」及び「戦闘指揮権」の用語を使用した。「統合」の訳語は、CCMDと同義の「unified combatant command」の「unified」の部分を翻訳した結果と考えられるが、これらの本質を言い表す「combatant」の部分が翻訳されていないだけではなく、「統合」という言葉から「Joint」などと誤解される恐れがあることから、CCDR、CCMD及びCOCOMの訳語としては適切ではないと考えたからである。なお、CCMD を表す言葉として他に「統一軍(unified command)」及び「統一戦闘軍(unified combatant command:unified CCMD)」があるが、これの用語も原文の引用箇所に忠実に使用することとした。(軍治)
統合ドクトリンノート(Joint Doctrine Note)2₋19 「戦略」の要旨(EXECUTIVE SUMMARY COMMANDER’S OVERVIEW)
- 国家戦略、国家防衛戦略、および軍事力の戦略的使用を概説
- 軍事戦略の類型を議論
- 統合戦役における軍事戦略について記述
- 戦力開発と部隊のデザインについて概説
- 戦略的評価を戦役評価および不測事態対応評価と区別
Strategy Overview:戦略の概要
現代的な意味での戦略の目的は、複雑な環境で戦争に協力し、競争し、または戦争を遂行する政府や他の人々の立場の政策に対応することである。戦略の最終的な目標は、それらの利益に役立つように戦略的環境の要素を維持または変更して、政策目標を達成することである。
National Strategy:国家戦略
国家戦略は、長期にわたる国家の長期的で永続的な中核的利益を確保し、前進させる。軍事戦略家のための国家戦略の最も一般的な表現は、大統領の国家安全戦略と国家安全保障会議を通じて発行された政策指針である。
National Defense Strategy:国家防衛戦略
国防防衛戦略は、国防総省(DOD)の戦略的指針と活動を優先する国防長官の枠組みであり、国防総省(DOD)戦略の評価と審議を構成する。
Military Strategy:軍事戦略
軍事戦略は、各種政策目標を達成するための国力(national power)の軍事的手段の作成、使用(employment)、および明確化である。
軍事戦略の目的(end)は、防衛戦略の目標のサブセットであり、一方、方法(way)と手段(mean)は、どのように統合部隊が防衛戦略を実行するかを表わすものである。軍事戦略の枠組みは、その後の戦役計画策定(campaign planning)と不測事態対応の計画策定のレンズを提供するものである。
The Logic of Military Strategy:軍事戦略の論理
軍事戦略は主に創造的な術(art)、論理(logic)、または学(science)の機能であるが、すべての戦略の背後にあるのは厳密で、歴史の証拠、利用可能な資源の算術、時間範囲と距離の明確な承認、そして、友好国の利益、中立国の利益、敵対国の利益、敵国の利益と意志の鋭い分析に基づいている必要がある。軍事戦略を開発するには、戦略的な意思決定に役立つ事実と仮定を理解することが求められる。その論理は帰納的かつ演繹的であり、意図する行動をその目的(end)に向けて導くことになる。
Strategic Uses of Military Force:軍隊の戦略的使用
米国は、国益を追求するために国力(national power)のすべての手段を活用する。米国の伝統的な外交手段を強化して、国防総省(DOD)は、大統領と我々の外交官が強国の立場で交渉することを確実にする軍事的選択肢を提供する。国力(national power)の軍事的手段が戦略の主要な手段ではない場合、国防総省(DOD)は補助的な役割を果たすことになる。指示された場合、または国力(national power)の他の手段が不十分であると判明した場合、軍事が国家の主要な手段となる。どちらの場合でも、軍事は他の手段の適用を促進し支援するものである。
Types of Military Strategies:軍事戦略の類型
National Military Strategy:国家軍事戦略
統合参謀本部議長(CJCS)は、米国議会に隔年で国家軍事戦略を提出する。それは、米国の軍隊がどのように米国の目標を支援するかを述べているものである。議長の責任の広範な範囲は、統合部隊が法、政策、防衛戦略の要件を満たすために、どのようにして部隊を適用し、適応させ、および革新するかに対応する3つの重複する時間範囲にわたる連続性ある戦略的方向を示唆している。これにより、「目的(end)、方法(way)、および手段(mean)構成」の最終の部分である、つまり手段(mean)を提供するものである。
Combatant Command Strategy:戦闘軍(統合部隊)の戦略
戦闘軍(combatant command)の戦略は地理的戦略または機能的戦略であり、部隊使用(force employment)の戦略である。それらは、地域または機能に固有の国家政策目標を達成するための国家戦略の文脈内で、全地球規模的目標、地域的目標、または機能的目標の追求を明確にするものである。
Service or Institutional Strategy:軍種の戦略または機関の戦略
部隊使用(force employment)の戦略とは異なり、各軍種やその他の機関の戦略は、それらの実装を内部的にみる傾向にある。このような各戦略は、それらの責任と権限に沿って、今日の関与を満たしながら、それらの各組織の上級首脳部のビジョンを将来部隊の方向性に変えていくことになる。
Military Strategy in Joint Campaigning:統合戦役における軍事戦略
Operational Art from Strategy:戦略と作戦術(operational art)
作戦術(operational art)は、目的(end)、方法(way)、手段(mean)を一体化することで部隊を組織し、適用するための戦略、戦役、および作戦を開発するための技能、知識、経験、創造性、判断力に支えられた指揮官と参謀による認知的アプローチである。
Global Campaigning:全地球規模の戦役
全地球規模な観点(global perspective)で作戦術(operational art)を通じて国家の戦略的指針を実装することには、複数の側面がある。第1の側面は全地球規模戦役であり、これは日々の作戦を指揮し、統合参謀と戦闘軍レベルで行われる全地球規模戦役計画策定の範囲である。日々の戦役(campaign)は、競争(competition)から武力紛争(armed conflict)までの範囲に及ぶ。
Contingency Campaigning:不測事態対応の戦役
戦略的指針の実装の2番目の側面は、全地球規模の戦役計画、機能的戦役計画、地域的戦役計画、または戦闘軍戦役計画からの分岐が求められる戦略的環境の変化に応じて実行される不測事態対応の戦役、作戦である。大統領が承認した不測事態対応計画策定の指針を通じた国家戦略および防衛戦略は、指定された脅威、潜在的で壊滅的な事象、および軍事的対応選択肢を正当化する方法で1つ以上の国益を危険にさらす危機のない偶発的任務に対処するための不測事態対応計画を指示する。
Global Force Management and Posture:全地球規模の部隊管理と部隊態勢
全地球規模な部隊管理(global force management)プロセスは、国家防衛戦略を支えるために部隊配分(force apportionment[1])、部隊割当て(force assignment[2])、部隊配置(force allocation[3])、および即応性(readiness)の方法論を調整するものである。
Institutional Strategy:機関の戦略
Implementing Institutional Strategies:各機関の戦略の実装
機関の戦略は、軍事戦略を組織の内部タスクに変換して、将来の部隊への投資を形成し、部隊の復元性(resilience)を確保する。これらの投資は、部隊開発の場合は適応的であり、部隊のデザインの場合は革新的となる。
Military Strategy in Force Development:戦力開発における軍事戦略
部隊開発における軍事戦略の実装は、将来年度防衛計画(FYDP)の年度内に行われる。それは将来の統合部隊に必要な能力を評価および特定する。これらの能力は、複数のレベルでの戦略、戦役計画、および不測事態対応計画からもたらされるものである。集合的に、不測事態対応計画策定と戦略および戦役計画策定の評価の即応性(readiness)報告は、統合部隊の基本的評価成果である統合軍事総合評価(Joint Military Net Assessment,)に通知される。
Military Strategy in Force Design:部隊のデザインにおける軍事戦略
部隊のデザインに関する統合部隊の主要な文書は、統合作戦のための基本コンセプト:2030年の統合部隊(Capstone Concept:Joint Force 2030)である。戦争ゲームと実験を通して検証された基本コンセプトおよび統合コンセプトのファミリーの他の文書は、将来の統合部隊への各軍種の貢献をそれぞれに述べた軍種のコンセプトの知的基盤を提供するものである。また、これらのコンセプトで明確に示された必要な能力は、緩和に長いリードタイムを必要とする能力ギャップを強調することにより、開発を強制するための部隊のデザインを橋渡しするものである。
Risk and Strategic Assessment:リスク評価と戦略的評価
リスク、すなわち、評価される何かに害を及ぼす事象の確率と結果を評価することは、意思決定の重要な要素である。リスクを正確に評価することにより、指揮官と参謀は、リスクを管理および伝達し、決心に情報を提供し、さまざまなプロセスにわたって情報を提供できる。国益に対する戦略的リスクと、任務および部隊に対する軍事的リスクを評価するための公式な方法論は、統合参謀本部議長手引書(CJCSM)3105.01、「統合リスク分析」に記載されている。
Types of Assessments:評価の類型
戦略とそれに関連する成果物は、評価される道具とその時間的範囲に応じて、異なる評価が行われることになる。戦略評価は、多くの場合、部隊使用(force employment)、部隊の開発(force development)、部隊のデザイン(force design)に及ぶ一連の戦略的方向性全体に対処し、多くの場合、長期的な傾向の特定に、より焦点を当てている。対照的に、戦役と不測事態の評価および即応性(readiness)の報告は、主に現在の部隊構造と部隊態勢を使用した短期的な部隊の使用(force employment)に焦点を当てている。
Conclusion:結論
この統合ドクトリンノートでは、国家戦略、防衛戦略、軍事戦略について説明しているものである。
ノート
[1] 配分(Apportionment)。各部隊は、一般的な時系列に沿って利用可能になると合理的に期待される能力を生成する各軍省の能力容量の見積を提供するために四半期ごとに統合参謀本部議長(CJCS)によって配分される。この見積は、戦闘軍指揮官(CCDR)リソースの通知された計画策定を通知および形成するが、計画が実行に移行した場合に使用するために配置されるだろう実際の部隊を特定するものではない。配分は、作戦部隊の数、部隊の即応性と利用可能度、および世界的規模で使用される部隊の数に依存し、計画策定の出発点として機能するものである。(JP 3-35 Deployment and Redeployment Operations, 10 January 2018)
[2] 割当て(Assignment)。法令により、各軍省の長官は、これらの各戦闘軍に割当てられた任務を遂行するために、国防長官による指示に従って、各戦闘軍指揮官(CCDR)に部隊を割当てる。国防長官は、偶数年には地球規模部隊管理実装指針(GFMIG)で、奇数年には統合軍の部隊覚書(「Forces For」)で伝えられる割当て表を通じてこの方向性を公表する。各軍省の長官は、割当て表の国防長官の指示を満たすために実際の部隊を特定する。今後、これらの部隊はその戦闘軍(CCMD)に「割当て」られ、戦闘軍指揮官(CCDR)はそれらの部隊に対して戦闘軍(指揮権限)(COCOM)を行使する。(JP 3-35 Deployment and Redeployment Operations, 10 January 2018)
[3] 配置(Allocation)。国防長官は、各戦闘軍指揮官(CCDR)間に部隊を配置する権限を持っている。配置プロセスは、短期的な軍事的リスクおよび戦略的リスクを軽減するために、現在の作戦計画および戦役計画を支援するための部隊要求を満たすために、各戦闘軍指揮官(CCDR)間の部隊の配布を一時的に調整する。国防長官は、統合参謀本部議長(CJCS)の年次配備命令(DEPORD)(すなわち、地球規模部隊管理配置計画[GFMAP]とその関連付属書)で各部隊を配置する決定と、基本計画への定期的な修正を公表する。各戦闘軍指揮官(CCDR)は通常、配置される部隊に対して作戦統制(OPCON)を行使する。ただし、国防長官は、獲得した各戦闘軍指揮官(CCDR)が行使し、失った戦闘軍指揮官(CCDR)が手放す指揮関係を特定する。(JP 3-35 Deployment and Redeployment Operations, 10 January 2018)