代理戦の一般理論の追求 (www.ausa.org)

8月19日掲載の「ウクライナと代理戦争:軍事的思考における存在論的欠点の改善」で「代理戦争(PROXY WAR)」について紹介したところである。

現在、報道等で目にしているウクライナでの戦争が代理戦争に当たるかどうかについては、ここで言及しないが、「ウクライナと代理戦争:軍事的思考における存在論的欠点の改善」の執筆者のAmos C. Fox米陸軍中佐が2019年にwww.ausa.orgに投稿した「代理戦(proxy warfare)」に関して一般理論化を推奨する論文があるので紹介する。

Amos C. Fox米陸軍中佐は米陸軍は代理戦争(proxy wars)に多くかかわっていながら、その定義が不明確であることとドクトリンとして成文化することが望ましいと述べている。

因みに翻訳に当たっては、代理人 | 翻訳のジェックス|英文契約書・契約書翻訳 (jexlimited.com)を参考にして、agentを代理者、agencyを代理者組織、proxyを代理人としている。(軍治)

代理戦の一般理論の追求

In Pursuit of a General Theory of Proxy warfare

by Major Amos C. Fox, U.S. Army

February 14, 2019

 

前書き:Preface

近年、米陸軍は仲介者(intermediaries)または、代理人部隊(proxy forces)を介して行われる戦争に日常的に参加している。その一方で、陸軍はこうした代理戦争(proxy wars)について率直に語ることはなく、こうした環境の特徴やパートナーである軍隊との関係について間接的に語るにとどまっている。それは、これらの環境は、共通の目標を追求するために、治安部隊の支援能力において、パートナーによって、パートナーとともに、パートナーを通じて作戦する環境であると主張することによって、そうしているのである。

このアプローチは代理戦(proxy warfare)の粗雑さを和らげる一方で、代理戦(proxy warfare)の環境的、関係的性格について率直に語らないことで、代理戦(proxy warfare)に対する理解を低下させる。代理戦(proxy warfare)を検証すると、それが主体者・代理者の力学(principal-agent dynamic)、力関係、時間の専制性によって支配されていることがわかる。こうした考えをさらに一歩推し進め、代理戦(proxy warfare)について、取引モデル(transactional model)と搾取モデル(exploitative model)の2つのモデルを導き出した。

この代理戦(proxy warfare)の理論を打ち立てる到達目標は、より良いコンセプト上の理解を生み出し、米軍がより効果的に代理人環境(proxy environments)を自らの最終目標(ends)のために操作できるようにすることである。

はじめに:Introduction

カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)の『戦争論(On War)』の奥深くに、プロイセンの将軍が限定戦争(limited war)と総力戦(total war)の違いについて考察した文章がある。クラウゼヴィッツ(Clausewitz)は次のように論じている。「したがって、交戦国が採用する狙いと使用する資源は、彼自身の立場の特定の特徴に支配されなければならないと言うしかないのだが、それらはまた時代の精神とその一般的性格に適合するだろう」[1]

戦争に関する鋭敏な研究者は、この発言に立ち止まり、それが現代および将来の戦争に何を意味するのかを考えるべきである。具体的には、現代の戦争の特質とは何か、そして、その特質がもたらす多様な効果とは何か。

代理戦(proxy warfare)の重要性が高まった原因としては、核兵器の抑止効果から、今日のテクノクラート的な兵器や倫理観の精密さまで、さまざまなものが挙げられるだろう。しかし、制限戦(restricted warfare)は、かつての主要な地上戦争を追い越した。これは、通常の地上戦(land warfare)がなくなったということではなく、地上戦(land warfare)の実施方法が、より隠密で斜に構えたものに進化したということである。

世界の大国は時折、互いに戦争することをちらつかせるが、戦争を規定する条件は国家間の戦争に大きく水を差すものである。その結果、大国も小国も、用兵(warfighting)をアウトソーシングすることに有用性を見出すようになった。代理戦(proxy warfare)は、現代の戦争の主流となっている。

自己の利益を精力的に追求しながら、仲介者(intermediaries)を介する用兵(warfighting)が、時代の精神であり、21世紀の戦争の一般的な特徴である。現代の紛争を学ぶ者の多くは、東欧やコーカサス地域におけるロシアの代理人(proxy)や中東におけるイランの代理人(proxy)の役割をすぐに認めるが、米国は現代の戦争においておそらく最大の代理人部隊(proxy forces)を雇用している国である。

しかし、米軍、さらに言えば米陸軍にとって重大な問題は、代理人環境(proxy environments)と代理戦(proxy warfare)について率直に、あるいは明確に語ろうとしないことである。その代わり、複雑な言葉を使って実務者を欺くことを選んでいる。治安部隊支援、訓練と助言、パートナーの部隊、そして「によって(by)」、「と共に(with)」、「を通じて(through)」などの用語や言い回しはすべて誤解を招き、代理戦(proxy warfare)の粗雑さを和らげたり隠したりすることを意味するものである。

このように、婉曲的な表現で話をすることは、我々が作戦しなければならない方法が、我々が作戦したいと思う方法やナラティブ(narrative)と一致しない場合に生じる問題を浮き彫りにしている。曖昧な用語の使用とそれに関連するドクトリンは、環境の理解を阻害し、ダイナミックで微妙な環境の中で軍隊のやり方を混乱させる認知的ポチョムキン村[2]を作ってしまうのだ。

この論文は理論的なものであり、既存の米陸軍のドクトリンを拡張したり、提唱したりするものではない。むしろ、本論文の目的は、既存の軍事理論や一般に認められている戦争訓練に追加することである。本稿は、歴史研究、社会理論、時間の専制に基づき、軍事理論の議論に現在欠けている代理戦(proxy warfare)の理論を提案することによって、それを実現するものである。この理論は、代理戦(proxy warfare)の2つのモデル、すなわち取引モデル(transactional model)と搾取モデル(exploitative model)を明確にするものである。

これらのモデルの一つは、代理人環境(proxy environments)が存在する限り、いつでも見出される。このモデルは社会的相互作用から発展したものであり、特に主体者・代理者の相互作用(principal-agent interactions)(力関係)と時間の抑圧的な性格が結びついたものである。この著作は、代理戦(proxy warfare)が今日の戦争の支配的な形態であり、主要国が互いに軍隊を戦場に投入することを望まない限り、そうあり続けるだろうと主張し、代理人主義(proxyism)に関する議論を続けるための出発点となるべき一握りの原則を提示することによって結論付けている。

時代の精神とその一般的性格:The spirit of the age and Its General Character

代理人環境(proxy environments)は現代の戦争(modern war)を支配している。図1が示すように、地球をすばやくスキャンすると、ウクライナのドンバス地域からシリアとイラクのユーフラテス川流域、さらにはその間にある地域まで、パートナーの代理として闘う代理人(proxy)がいることがわかる。この点を強調するために、複数の米国戦闘軍指揮官達による最近の姿勢表明を見る必要はないだろう。

米中央軍(USCENTCOM)と米欧州軍(USEUCOM)の2018年3月の姿勢表明では、代理戦(proxy warfare)に関する議論が大半を占めている。米中央軍(USCENTCOM)司令官ジョセフ・ヴォテル(Joseph Votel)米陸軍大将の証言の全セクションは、彼の責任地域内での代理戦(proxy warfare)の役割に捧げられている[3]

米欧州軍(USEUCOM)司令官カーティス・スカパロッティ(Curtis Scaparrotti)米陸軍大将は、ウクライナ、東欧、北コーカサス地域全体でロシアの代理人(proxy)が果たしている影響力について述べた[4]。米国の戦闘軍(combatant commands)の枠を超え、北コーカサス地域のロシア人が、ロシア政府に代わってシリアやイラクで活動していることが複数の情報源から示されている[5]

米欧州軍(USEUCOM)や米中央軍(USCENTCOM)以外でも、代理人主義(proxyism)は戦争遂行(conduct of war)に関連した役割を果たし続けている。中米と南米は長い間、代理戦(proxy warfare)の温床となってきた。米国は南半球全域でホスト役を務め、旧ソ連やそのグローバル主義的な共産主義政策など、他国の影響力を増大させ、それを弱体化させてきたのである。

中米や南米では代理戦(proxy warfare)は沈静化しているが、米インド太平洋軍の責任地域では引き続き重要な役割を果たしている。最近の、そして最も注目すべき例はマラウィの会戦(Battle of Marawi)である。この闘いは、フィリピンに居を構えたイスラム国勢力を倒すための、より大規模な米国の代理人戦役(proxy campaign)の一環として行われたものである。

2017年5月から10月にかけて闘われたマラウィの会戦(Battle of Marawi)では、米軍部隊はフィリピンの仲介者(intermediaries)を活用してイスラム国部隊を撃破した。勝利の代償として、5万人の避難民(市の人口の4分の1)、数百万ドルのインフラ被害、そして現在では人が住めない街となった[6]

図1. 現代の代理戦争のサンプル

主体者 代理人 紛争 戦域 年月日
米国 ムジャヒディーン ソビエト―アフガン戦争 アフガニスタン 1979–1989年
イラン ヒズボラ 複数 大中東地域 1980年代–現在
米国 イラク治安部隊 生来の決意作戦(OIR) イラク 2014年10月–2018年5月
米国 シリア民主軍 生来の決意作戦(OIR) シリア 2014年10月–現在
ロシア シリア政権軍 シリア内戦 シリア 2014年10月–現在
ロシア 各種代理人 生来の決意作戦(OIR) シリア 2014年10月–現在
イラン シーア派武装勢力 生来の決意作戦(OIR) イラク 2014年10月–現在
イラン フーシ派反体制派 イエメン内戦 イエメン 2015年春–現在
米国 フィリピン国防軍 ISIS撃破戦役 フィリピン 2016年秋–現在
ロシア 分離主義者 ロシア―ウクライナ戦争 ウクライナのドンバス地方 2014年春–現在
米国 イラク治安部隊 イラク自由化作戦(OIF)

/ 「新しい夜明け」作戦

イラク 2003年3月–2011年12月
米国 アフガニスタン国防軍 不朽の自由作戦(OEF)

/自由の番人作戦

アフガニスタン及びパキスタン 2001年10月–現在
ロシア タリバン 不朽の自由作戦(OEF)

/自由の番人作戦

アフガニスタン及びパキスタン 開始時期不明–現在
ロシア チェチェン軍(正規・非正規) 複数の紛争:

ロシア―ウクライナ戦争、

イラク自由化作戦(OIF)、

生来の決意作戦(OIR)、

不朽の自由作戦(OEF)

複数戦域:

ウクライナ、イラク、

シリア、アフガニスタン

2001年–現在
1. このマトリックスは包括的なものではなく、最近の代理戦(proxy warfare)を抜粋したものである。

2. データは様々なオープンソースの情報から得たものである。

3. 確実な日付が入手できない場合、記載されている日付はオープンソースの情報に基づいた概算値である。

要するに、現代の戦争では代理戦(proxy warfare)が大きくクローズアップされているのである。これはロシア、イラン、米国だけの戦争手法ではなく、多くの国家と政治が関与するものである。しかし、米陸軍は代理戦のパラダイム[7](paradigm for proxy warfare)を欠いており、環境を理解し、その環境に有用な戦術、作戦、戦略を開発する能力が損なわれている。

代理人主義(proxyism)の定義 現在・過去・将来:Defining Proxyism: Present, Past and future:

米陸軍および統合ドクトリンには、代理人環境(proxy environment)および代理戦(proxy warfare)に関する定義がない。したがって、議論を前進させるために定義を起草する必要がある。代理人環境(proxy environment)とは、共通の目標に向かって活動する2者以上の行為者が存在する環境であるが、2者間の関係は階層的である。主体者(principal)は、目標を達成するために、仲介者(intermediary)として代理者(agent)または、代理人(proxy)を使用する。

デフォルトでは、主体者(principal)の目標が代理者(agent)の目標となる。一方、代理戦(proxy warfare)は、代理人環境(proxy environment)における関連する行動理論である。支配的な行為者または、主体者(principal)が、支配的な行為者の目標を達成するために、仲介者(intermediary)である非支配的な行為者(代理者(agent)または、代理人(proxy))を敵対者に利用する物理的な現れである。これらの定義の背景には、代理人環境(proxy environments)と戦争の歴史的経緯がある。

以下のパラグラフは、代理人環境(proxy environments)を取り巻く状況を説明するためのものであり、代理人(proxy)との関わりを網羅的に示すものではない。著者は、イラクの人民動員部隊やレバノンのヒズボラなど、イランの代理人(proxy)がいないことを認めている。これは、著者の主張を裏付けるのに十分な例を挙げながら、例を簡潔にまとめるために行ったものである。

歴史的に見れば、ロシアはまぎれもなく代理戦(proxy warfare)のリーダーである。英国の軍事史家ジョン・キーガン(John Keegan)は、17世紀から1917年のロシア革命までロシアを支配したロマノフ王朝は、その代理人(proxy)として、正規軍と非正規軍を増強するために定期的にコサック(Cossacks)を雇っていた、と指摘している[8]

同様に、ロシアは、現地人、傭兵、同情的な外国人などを通じて接近し、影響力を行使することで、現代の代理戦(proxy warfare)に大きく関与している。ロシアの代理人(proxy)は東欧やコーカサス地域に散見されるが、現在最も注目されているのはシリアとウクライナのドネツ川流域である(※)。

※ 東欧のウクライナ、クリミア、トランスニストリアではロシアの代理人(proxy)が作戦している。南コーカサス地域では、グルジアの南オセチアとアブハジアの離脱地域でロシアの代理人(proxy)が活動している。

ドネツ川流域(ドンバス)では、2014年春以降、ロシアの代理人(proxy)がウクライナの隣人を貶めるようになった。ロシアと連携するウクライナの分離主義者であるこの代理人(proxy)は、東ウクライナに足場を築き、モスクワの支援によってキエフの政府から準独立を維持してきた。

今でこそロシア軍の直接的な関与はよく知られているが、紛争当初はそうではなかった。しかし、分離主義軍は発足当初からロシアの将兵が指揮をとってきた[9]。この間、ドネツ盆地ではロシア軍とその代理人(proxy)が1万人以上のウクライナ人を殺害し、さらに2万4千人が負傷している[10]

シリアでは、ロシアはバッシャール・アル・アサド(Bashar al-Assad)大統領の保護国として機能している。そのために、ロシア軍はシリアの代理人(proxy)、自国の傭兵、チェチェンの顧客を操り、アル・アサド(al-Assad)大統領の力を強化する。さらにロシアは、シリア内戦と「レバントのイスラム国」打倒の使命を関係者に利用しながら、それが生み出す混乱の調停を申し出るという作戦的柔術(operational jujitsu)と戦略的柔術(strategic jujitsu)を実践しているのである。

このアプローチは、ヴォテル(Votel)将軍の注目を集めるほどの成功を収めている。ヴォテル(Votel)将軍は、「米中央軍(USCENTCOM)の責任地域では、ロシアは放火犯と消防士の両方の役割を担っている」とコメントしている[11]

米国はまた、代理人(proxy)を十分に活用する。最近、米軍部隊が代理人(proxy)を通じて戦った例は枚挙にいとまがない。米国の代理戦(proxy warfare)の例として最も分かりやすいのは、生来の決意作戦(Operation Inherent Resolve:OIR)であろう。米軍部隊は連合国パートナーとともに、イラク人とクルド人の仲介者(intermediaries)で戦い、イラクの「イスラム国」を軍事的に打ち破った。現在、米軍部隊は別の代理人(proxy)とはいえ、シリアで同じことを行おうとしている。

米軍部隊が関与した代理戦(proxy warfare)(proxy war)は生来の決意作戦(OIR)だけではない。マラウィの会戦(Battle of Marawi)が示すように、米国はフィリピンの代理人(proxy)を用いてフィリピンの「イスラム国」を軍事的に撃退した[12]。イエメンでは、米軍部隊はサウジアラビアの代理人(proxy)を通じて、国中でフーシ派の反乱軍を制圧している[13]。米国で最も長く続いている代理人(proxy)のホットスポットであるアフガニスタンでは、2001年以来、米国による直接戦闘と代理を介した戦争が繰り返されている。

2017年、米陸軍は最初の治安部隊支援旅団(security forces assistance brigade)を配備し、タリバンやその他の地域の脅威に対する代理人戦役(proxy campaign)を主導している[14]。一方、アフリカでは、米国は大陸全体に拡大するイスラム国に対抗するため、5,000人以上の兵士が現地の代理人部隊(proxy forces)を雇用していると伝えられている[15]

現代の紛争における代理人主義(proxyism)の多様性と密度を考えれば、代理人環境(proxy environments)の一般理論が必要であることは論理的に明らかである。この理論は、代理戦(proxy warfare)のドクトリンの基礎を形成するものでなければならない。理論とドクトリンの両方が、現象の全体像を描き、そこから個別の理解を得ることができるように、現在および過去の事例に根ざしていることが不可欠である。

理論とドクトリンは、米国固有の視点やナラティブ駆動の立場(narrative-drive position)に焦点を当てるのではなく、それぞれの無彩色の性格を説明する立場から導き出されるものでなければならない。到達目標は、戦争のあらゆるレベルにおいて、米陸軍を、効果的に状況を操作するための認知的な場所に置く、代理人主義(proxyism)についてのありのままの理解(unvarnished understanding)を持つことである。

代理人主義(proxyism)の一般理論の基礎:The foundation for a General theory of Proxyism

前の段落で代理人主義(proxyism)についてざっと議論した結果、代理人主義(proxyism)の一握りの原則が前面に出てきた。最も初歩的なレベルでは、代理人環境(proxy environments)は以下の信条に縛られているようである。

◯ すべての代理人環境(proxy environments)は政治的利害関係によって動かされており、これが軍事的パートナーシップと一致した軍事目標の基礎を形成している。

◯ 代理人環境(proxy environments)は、主体者(principal)と代理人(proxy)または代理者(agent)の関係で成り立っている。

◯ 代理人関係(proxy relationships)は取引的または搾取的である。

◯ 代理人関係(proxy relationships)は、取引関係または搾取関係であるため、期間が限定されている。

◯ 代理人関係(proxy relationships)は気まぐれなものなので、常に誠実な監視が必要である。

◯ 政治的、戦略的、作戦的な決心がすべて、戦術的レベルでの顕著な、あるいはあからさまな変化を伴うわけではない。

◯ 勝った会戦は発散を加速させ、負けた会戦は主体者・代理者関係(principal-agent relationship)を弱める。

◯ 代理戦争(proxy wars)は、ある種の戦争に特有なものではなく、戦争の連続性に沿ってどこでも行われるものである。

◯ 代理人関係(proxy relationships)の状態は、観察者の主観的・相対的なものである。

◯ 代理人(主体者・代理者)関係(proxy (principal-agent) relationship)における力の基盤は、a)代理人(proxy)が自立できるほど強くなる、b)代理人(proxy)が主たるパートナーではない行為主体から力を獲得または動員する、c)代理人(proxy)が主たるパートナーと一致するようになった目標を達成する、といった場合に変化する可能性がある。

これらの原則、すなわち代理人環境(proxy environments)に対するブックエンドは、代理戦(proxy warfare)の理論をさらに推し進めるための出発点となるものである。基本的に、これらの原則は、利用可能な時間、代理人部隊(proxy force)に対する力、および相互の利益はつかの間であるという事実に帰結する。代理人関係(proxy relationships)は取引であり、ある勢力が別の勢力を通じて暫定的に一致した政治的最終目標(political ends)または軍事的最終目標(military ends)を追求する便宜上の結婚であるからである。

セメントを混ぜる。代理戦(proxy warfare)の理論を追求する:Mixing Cement: Pursuing a theory of Proxy warfare

英国の歴史家、理論家、軍人であるJ.F.C.フラー(J.F.C. Fuller)は、ドクトリンの厳格さを主張する上で有益なポイントを提示している。フラー(Fuller)は、「方法はドクトリンを生み出し、共通のドクトリンは軍隊を一つにまとめるセメントである」と仮定している。戦争を科学的に分析し、その価値を発見しない限り、最高のセメントを手に入れることはできない」[16]

このようなフラー(Fuller)の指摘を念頭に置きながら、次のセクションでは、彼が示唆する、確固たるドクトリンを発展させるために不可欠な理論的裏付けを構築することを目指す。この節では、先に述べた代理人主義(proxyism)の原則を基礎として、代理人環境(proxy environments)の構成要素である時間の影響、有限責任の誤り、力の役割、主体者・代理者問題(principal-agent problem)を明らかにし、代理人環境(proxy environments)の一般理論を形成しようとするものである。

時間:戦争の支配条件:Time: The Governing Condition of War

主体者(principal)と代理人(proxy)の政治的風向きの変化により左右される代理戦(proxy warfare)の性格を考えると、進行中の時計が代理人環境(proxy environments)を支配していると主張するのは妥当である。戦争で時間を効果的に操作できないことは、何よりも指揮官が最も頭を悩ませる問題であることは間違いない[17]

軍事理論家のロバート・レオンハルト(Robert Leonhard)は、「軍事紛争は、戦争、戦役(campaigns)、会戦(battles)のいずれにおいても、その失敗を呼び起こす(または遅らせる)ことを求めており、したがって、その基本に還元されると、時間のための競争である」と論じている[18]。フラー(Fuller)は、「時間の優越は戦争において非常に重要な要素であり、しばしば支配的な条件となる」と論じている[19]

時間は戦争のレベルだけでなく、社会的、政治的なスペクトラムを超えて、さまざまな速度で作用する。さらに、時間は社会の特定の紛争への関与の度合いに基づいて変化する。図2が示すように、代理人(proxy)が戦術的、作戦的、戦略的に成功した場合、あるいは代理人(proxy)が戦場の損失を補うために戦力を生み出した場合、代理人(proxy)による主体者(principal)の援助の必要性は時間の経過とともに減少していく。

図2 代理人関係における時間の効果

例えば、「イスラム国」打倒に関連するイラクの社会的・政治的時計は、米国のそれよりも迅速に動いた。その結果、イラクのハイデル・アル・アバディ(Haider al-Abadi)首相(PM)は2017年12月にいち早く「イスラム国」に対する勝利を宣言し、その後、急遽、同国における米軍部隊削減の議論にシフトした[20]

社会的・政治的な時計も、軍の時計よりも早く作動する。2017年のシリアに関する米国の政治的・軍事的議論が示すように、軍の指揮官はしばしば時間を増やすよう求め、社会的・政治的指導者は軍に武力活動を速やかに終了するよう促す[21]。代理人環境(proxy environments)では、指揮官や参謀は、時間を白紙委任的にコントロールすることはできず、すべての時計に記録される時間のバランスを取らなければならないという事実を受け入れなければならない。

より重要なことは、代理人環境(proxy environments)における指揮官と参謀は、代理人(proxy)の社会的・政治的欲求を鋭く認識しなければならないことだ。トゥキディデス(Thucydides)が戦争の実践者に思い出させるように、国家は恐怖、名誉、自己利益のために戦争を遂行するからだ[22]。代理人(proxy)は、利害が変化した、脅威を感じなくなった、あるいは外部からの支援を必要とするほど名誉を傷つけられたと感じなくなったなどの理由で、主体者(principal)と連携しなくなった場合、主体者(principal)から距離を置くようになる。

しかし、こうした取引関係や搾取関係には有限の期間があることを見抜けず、受け入れなかった場合、主体者・代理者関係(principal-agent relationship)が反則的になってしまう。2018年5月のイラク国政選挙は、時間の管理を誤ると代理人関係(proxy relationship)に悪影響を及ぼす典型的な例である。

2018年のイラク議会選挙で、アル・アバディ(al-Abadi)首相を犠牲にしてデマゴーグのムクタダ・アル・サドル(Muqtada al-Sadr)が成功したことは、代理人環境(proxy environments)において時間が果たす役割を象徴しているのかもしれない。アル・アバディ(al-Abadi)首相がイスラム国の手によってイラクを瀬戸際から引き戻すことに成功したことを考えれば、アル・アバディ(al-Abadi)と彼の政治ブロックはイラクの有権者の心にもっと響くはずだった。アル・アバディ(al-Abadi)首相は「イスラム国」打倒を主導し、クルド人の独立を鎮め、崩壊寸前だったイラクをまとめあげた。

しかし、アル・アバディ(al-Abadi)政権は、この連戦連勝の後、イラクにおける米軍部隊の数を速やかに削減することができなかった。因果関係は不明だが、今回の選挙でイラクの有権者がアル・サドル(al-Sadr)の親イラク、シーア派民族主義を支持し、結果としてアル・アバディ(al-Abadi)と彼のブロックが3位となったのである[23]

アル・アバディ(al-Abadi)の敗北は、米国がその代理人環境(proxy environment)において効果的に作戦することができなかった結果であると主張することは、決して大げさではない。2018年のイラク選挙が戦略的にどのような影響を及ぼすかはまだわからないが、今後、米国とイラクの関係の性格が友好的ではないものに急激に変化していくことは容易に想像できる[24]

主体者・代理者問題:取引的・搾取的関係の根底にあるもの:The Principal-Agent Problem: The Root of Transactional and Exploitative Relationships

時間の次に重要なのは、主体者・代理者問題(principal-agent problem)は代理人環境(proxy environments)最も独特な特徴である。スタンフォード大学の教授で組織論者のキャサリーン・アイゼンハート(Kathleen Eisenhardt)は、主体者・代理者問題(principal-agent problems)は、「ある当事者(主体者(principal))が別の当事者(代理者(agent))に仕事を委任し、その代理者(agent)が仕事を遂行するという状況」から生じると論じている[25]

さらに、アイゼンハート(Eisenhardt)は、主体者・代理者の力学(principal-agent dynamic)の中で、代理者組織(agency)の問題とリスク共有の問題が発生すると述べている[26]。そして、代理者組織(agency)の問題を「主体者(principal)と代理者(agent)の欲望や目標が対立したときに生じる状況」と定義し、リスク共有の問題を「主体者(principal)と代理者(agent)がリスクに対する異質な特権を持ち、リスクとの接触が続くと行動が乖離するときに生じる問題」と定義している[27]

図3に示された代理者組織(agency)とリスク共有の問題は、何も新しいものではないことに留意する必要がある。クラウゼヴィッツ(Clausewitz)は、約200年前にこの考えを強調した。彼は、「ある国は他国の大義を支持するかもしれないが、自国の大義ほどそれを真剣に考えることはない」と述べている[28]

図3 主体者・代理者問題(principal-agent problem)

米軍は一般に、代理人(proxy)または、代理者(agent)が自軍と協力する無限の欲望と意志を持っていると見ている。これはしばしば、代理者(agent)の自立を許さないという形で現れる。これは、米軍が常に、なぜ代理者(agent)を自活させることができないかについての言い訳を見つけるという形で現れる。ほとんどの場合、米軍は協力が束の間であることに気づいていない。なぜなら、代理者(agent)、つまり代理人(proxy)の力が強くなるにつれて、代理者(agent)は主体者(principal)との協力に興味を示さなくなるからである。

時間が経過し、目標が達成されると、各当事者の利己心が、主体者(principal)と代理者(agent)を引き合わせた当初の目標に取って代わり始める。生来の決意作戦(OIR)は、図4に示すような主体者・代理者問題(principal-agent problem)の有益なモデルを提供している。

モスル包囲の後、一連の追加的な戦術目標が帳簿に残された。これらの目標には、タル・アファル、ハウィジャ、そしてファルージャからアル・カイムに至るイラクのユーフラテス川流域に残存するイスラム国軍を撃退することが含まれる[29]。タル・アファルには2,000人のイスラム国の戦闘員がいると予測され、モスルでの残忍な戦闘に匹敵するような衝突が予想された[30]

図4 代理人の成功とパートナー関係の進化

イラク治安部隊(ISF)(代理人)と米国主導の連合軍(主体)は2017年8月19日にタル・アファルでイスラム国に対する敵対行為を開始したが、イスラム国は蒸発し、8日間で戦闘は終わった(†)双方の犠牲者は少なく、特にモスルでの犠牲者に照らし合わせると、犠牲者は少なかったと言える。アル・アバディとイラク治安部隊(ISF)内の多くの指導者は、この時期から2つの教訓を得たようである。

† また、少なくとも政治的・戦略的には、イラク政府が主体で、米国主導の連合が代理人(proxy)であったという議論も可能であろう。作戦・戦術レベルでは、イラク治安部隊(ISF)が代理人(proxy)であり、米国主導の連合が主体であったことは明らかであるように思われる。

まず、モスル包囲は「イスラム国」に決定的な影響を与えた。イラクにおけるイスラム国の軍事部門は物理的に敗北し、イスラム国の政治部門が大規模な戦闘作戦(large-scale combat operations)を継続するための戦力はほとんど残らなかった。第二に、モスルはイラク治安部隊(ISF)にアニーリング効果[31]を与えた。この2つの効果によって、イラク政府とイラク治安部隊(ISF)(代理者(agent))は、イスラム国への圧力維持への関心を失う、つまり、モスルの会戦(battles of Mosul)とタル・アファルの会戦(battles of Tal Afar)を境に、主体者(principal)の存在意義と代理者(agent)の関心が急速に乖離していったのである。

イスラム国の脅威が疎外され、イラク治安部隊(ISF)が自信をつけたことで、イラク政府はクルド人を再び重視するようになった。2017年9月、マスード・バルザーニ(Masoud Barzani)率いるイラク・クルディスタンは、イラクからの独立を決議した。クルド独立を受け入れたくないアル・アバディ(Al-Abadi)は、2017年10月中旬、この動きを阻止するために小規模な攻勢を開始した。連立政権のパートナーを横取りしたアル・アバディ(Al-Abadi)のクルド人作戦は、一方的に成功し、イラクにおける主と代理人(proxy)の乖離を明確に示すものであった[32]

シリアでは、米国が主体、クルド人主体のシリア民主軍(SDF)が従として、主体者・代理者問題(principal-agent problem)の別の例が存在する。シリアにおけるクルド人の勢力拡大に怒ったトルコは、トルコとシリアの国境沿いにあるクルド人の土地を攻撃し、シリアのクルド人に対する圧力を加速させた。これによって、主体である米国と代理人(proxy)であるシリア民主軍(SDF)の戦略的な結びつきが弱まった。

クルド人は、シリア北部の領土と国民を守るために米国との関係を緩めることよりも、イスラム国との戦いで米国主導の連合と緊密な関係を維持することの方が、自己利益に対するリスクが高いと考えたのである。その結果、シリア民主軍(SDF)はシリア北部のアフリンなどでの自己利益を守るために米国主導の連合との連絡を一時的に断ち、シリアでの対イスラム国作戦を2カ月間休止させるに至ったのである[33]

生来の決意作戦(OIR)は主体者・代理者問題(principal-agent problem)の2つの例を示しているが、代理戦(proxy warfare)が行われる場合、この問題はどこにでも存在する。ある行為者が他の行為者を介して仕事をしようとする限り、代理人(proxy)とリスクの問題は存在する。

代理戦における力の役割:The Role of Power in Proxy warfare

力-その原理、構成要素、影響力-は、代理人主義(proxyism)を理解する上で、時間や主体者・代理者問題(principal-agent problem)のすぐ下に位置している。英国の歴史家マイケル・ハワード(Michael Howard)は、マクロ・レベルでの力について洞察に満ちた見解を示している。ハワード(Howard)は、「政治家にとっての力とは、……国家の独立した存在と、しばしばその社会の文化的価値が依存する、環境をコントロールする能力」であると論じている[34]。より具体的なレベルに移ると、政治学者のロバート・ダール(Robert Dahl)は、力の離散性を理解するための有用なモデルを示している。

ダール(Dahl)は、力は2人以上の関係者の間に存在すると主張している。彼は、「AはBに対して、Bがそうしなければしないようなことをさせることができる程度に力を持っている」[35]と述べている。ダール(Dahl)は続けて、力は自己増殖するものではないが、ほとんどの場合、他の行為者の行動に影響を与えるために利用できるすべての資源からなる基盤を持っている、と述べている。

ダール(Dahl)は、力の基盤(base of power)は潜在エネルギーに似ていて、望む効果を生み出すために活性化を必要とすると仮定している。彼は、自分の力の基盤(base of power)を効果的に操作できることが、他の行為者に対する力を維持するための主要な手段であるという[36]。ダール(Dahl)は、Aが力を発揮してからBが反応するまでの間に遅れが生じることを指摘している。

この遅延を彼は「ラグ(lag)」と呼び、Aの力とBの能力および圧倒される意思に関連する処理と行動の時間を表している[37]。図5に示すように、遅れはしばしば行為者の真の意図を隠したり歪めたりするため、代理人環境(proxy environments)に影響を与える。このことは、戦争レベル全体にわたって、関係性の中で力と影響力を維持しようとする行為者に不協和を生じさせる。

図5 「遅延(Lag)」の図示

同様に重要なことは、2人の行為主体の間に関係が存在しなければ、力を行使する手段がないということである、とダール(Dahl)は主張する[38]。図6は、こうした関係は静的なものではなく、状況の変化、時間の経過、他の行為主体の参入や離脱に伴って変化することを示している。このように関係が変化することで、相対的な力が増減するという考え方は、代理人主義(proxyism)の中心的な考え方である。

しかし、この考え方は、図7に示すような代理戦争(proxy wars)のように、Aが自らの利益を優先してBに対して力と影響力を維持しようとする応用関係では見落とされがちである。

ダール(Dahl)の力の理論(theory of power)と主体者・代理者問題(principal-agent problem)を結びつけると、ダール(Dahl)のAが主体者(principal)に相当し、Bが代理者(agent)に相当する、ということができる。したがって、主体者(principal)は代理人(proxy)または、代理者(agent)に対して、そうしなければできないようなことをさせることができる限りにおいて、代理人(proxy)または、代理者(agent)の力を有している。ダール(Dahl)の力の原則(principles of power)は、代理戦(proxy warfare)に関する2つの理論モデル-搾取モデル(exploitative model)と取引モデル(transactional model)-を理解するための基礎を形成している。

 

図6 影響力の波(主体者から代理者へ)

 

図7 敵対的な状況における影響力の波

代理戦の二つの理論:Two theories of Proxy warfare

理論とは、ドクトリンの道筋をつけるためのものである。クラウゼヴィッツ(Clausewitz)将軍は、「あらゆる理論の第一の目的は、いわば混乱し、もつれてしまった概念や観念を明らかにすることである」と述べている。用語やコンセプトが定義されるまでは、問題を明確かつ単純に検討し、読者が自分の見解を共有してくれることを期待することはできない」[39]と述べている。

クラウゼヴィッツ(Clausewitz)の考察の精神に則り、代理人環境(proxy environments)の構成要素との関連で見ると、代理戦(proxy warfare)の2つのモデルが前面に出てくる。これらのモデルは、戦争実践者にとって有益な形で、さまざまな程度の代理戦(proxy warfare)という考えを表している。

搾取モデル:主体者が主導し、代理者が追随する:The Exploitative model: Principal Leads, Agent Follows

代理人環境(proxy environments)は、「搾取モデル(exploitative model)」と「取引モデル(transactional model)」という、似ているようで違う2つのモデルで特徴付けられる。外見上、これらのモデルは似ているが、その内実は異なっている。図8に示すように、搾取型モデルは、代理人部隊(proxy force)が生存のために完全に主体者(principal)に依存していることが特徴で、その関係はほとんど寄生虫と宿主の関係と見なすことができる。

図8 代理人環境

主体者(principal)は、寄生された代理人(proxy)が生き残るための活力を提供する。この依存関係が代理人(proxy)とパートナーの間に強い絆を生み、結果としてパートナーは代理人(proxy)に対してほとんど無制限の力と影響力を持つようになる。

搾取モデル(exploitative model)は通常、より強い行為者が目標を追求するための道具-代理人(proxy)-を探した結果である。その結果、代理人(proxy)は、主体者(principal)にとって、主体者(principal)の最終目標(principal’s ends)に向かって前進することができる限りにおいてのみ有用である。主体者(principal)の最終目標(principal’s ends)が達成されるか、代理人(proxy)が主体者(principal)の最終目標(principal’s ends)に向かって勢いを維持できなくなると、主体者(principal)は関係を中止するか、代理人(proxy)から距離を置く。

東欧はこのモデルの現代的な最良の例の一つであり、ウクライナのドネツ盆地におけるロシアと分離主義者の関係に具現化されている。ロシア寄りの分離主義者の存在も、その軍隊への資金・物資の支援も、疑似政治的な地位も、すべてロシアが作り出したものである。さらに言えば、分離主義者の軍隊を率いているのはロシアの将官であるとの報道もある[40]

米中央軍(USCENTCOM)もまた、搾取モデル(exploitative model)のいくつかの例を示している。おそらく最も印象深い例は、イラク自由化作戦を通じた米軍とイラク治安部隊(ISF)の関係と、米軍が創設したシリア民主軍(SDF)との継続的な関係であろう。シリア民主軍(SDF)の米国パートナーとしての地位は、シリア民主軍(SDF)がシリアの「イスラム国」に対する圧力を維持できる限り続くと思われる。

同様に、2003年5月にポール・ブレマー(Paul Bremer)がイラク軍を解散した後、サダム・フセイン(Saddam Hussein)軍の残骸から再建されたイラク治安部隊(ISF)は、2011年12月に政策変更によって正式に主体者・代理者関係(principal-agent relationship)が終了するまで、イラクにおけるアル・カイダ、シーア派民兵組織、イランの代理人(proxy)などの敵対者と戦うための米国の仲介者(intermediary)であった。

いずれの場合も、代理者(agent)は主体者(principal)に依存している。しかし、成功すれば、力関係が変化することもある。成功した代理人(proxy)は、十分な正統性や支持を生み出し、もはや主体者(principal)の後ろ盾を必要としないほど強力になることがある。

同様に、代理人(proxy)が支援する政治機構が十分な力と正統性を獲得し、2011年12月の米国の離脱に伴うイラク治安部隊(ISF)の独立が示すように、代理人(proxy)としての役割を終えることを決定する場合もある。代理人(proxy)はまた、戦場での成功、政治的対立、または既存の主体を弱体化させようとする他の主体によって、第2のモデル-取引モデル(transactional model)-に陥る可能性もある。

取引モデル:代理者が主導し、主体者が追随する:The Transactional model: Agent Leads, Principal Follows

取引モデル(transactional model)は、代理戦(proxy warfare)の第2モデルであり、図8に示すとおりである。ここでも、クラウゼヴィッツがこのモデルを理解するための基礎を提供している。彼は次のように書いている。「しかし,両方の国家が第三の国家に戦争を仕掛けることに真剣であっても,『この国を共通の敵として扱い,これを破壊しなければ,我々自身が破壊される』とは限らないのである。それどころか、取引に近いものがある」[41]

相互の脅威の撃退、諜報員の訓練、対外的な軍事販売や資金調達など、すべての当事者に利益をもたらすサービスや商品の交換が、取引モデル(transactional model)の核心である。

しかし、このモデルは、代理人(proxy)が関係における黒幕(powerbroker)であるというパラドックスである。多くの場合、代理人政府(proxy government)は独立国であるが、敵対者を倒すための支援を求めており、主体者(principal)による政治的・軍事的な征服には関心がない。さらに、代理人(proxy)は、主体者(principal)との関係が完全に取引的であるため、その関係において力を有している。

この関係の取引的性格を考慮すると、最初の複合したショットが発射されると同時に、債券の存続期間が刻々と変化し始める。その結果、共通の到達目標が徐々に達成されるにつれて、代理者(agent)の主体者(principal)に対する関心も同等の速度で後退していくのである。2014年にイラク政府が「イラクのイスラム国」打倒のために米国と連合軍に求めた支援は、このダイナミズムの一例である。

搾取モデル(exploitative model)とは異なり、このモデルでは、代理人部隊政府(proxy force’s government)が所定の脅威を打破するために他国からの支援を要請する。その際、代理人部隊政府(proxy force’s government)は、相手国に兵力の上限、明確な任務、時間的制約などのパラメータを設定する。代理人(proxy)は、自国の政治的目標(political objectives)と軍事的目標(military objectives)に合致するようにパラメータを設定する。

さらに、代理人(proxy)は、代理人(proxy)に影響を与える能力を、提携の定義されたパラメータを超えて制限するように、主体者(principal)を拘束する。代理人(proxy)はまた、主体者(principal)に対して固定的な政治的・社会的利益を有しており、その目標が達成されれば、代理人(proxy)は主体者(principal)への依存を解消しようと考える可能性が高い。

同時に、取引モデル(transactional model)は外部からの影響に極めて脆弱である。搾取モデル(exploitative model)のように代理人(proxy)が主体者(principal)に対してあまり投資していないため、脆弱なのである。このことは、主体者・代理者関係(principal-agent relationship)にくさびを打ち込もうとする巧妙な行為者にてこ入れをすることになる。ロシアと中国のイラクでの活動は、このダイナミズムの一例を示している。兵器と資金調達は、ロシアと中国がイラクにおける米国の立場を切り崩す一つの手段であるに過ぎない。

具体的には、ロシアと中国は、イラクにおける米国の政治・軍事戦略の要であった対外有償援助(foreign military sales)と対外軍事金融(foreign military finance)の領域(realm)に踏み込んできたのである[42]。その結果、ロシアも中国も戦略的なアクセスと影響力を獲得し、イラク全土に戦術的な進出を果たした。

同様に、抜け目のない外部行為主体は、代理者(agent)に提供するものの注意事項を少なくして援助や支援を行うことで、主体者(principal)を貶める。彼らは、主体者(principal)の政策や関係戦略のギャップを利用することで、主体者(principal)を薙ぎ払うためにそうするのである。

自分が作戦しているモデルを理解することが重要である。取引モデル(transactional model)における傲慢さ、不注意、素朴さは、主体者(principal)と代理者(agent)を切り離す結果になりかねない。自己評価と出口計画は、取引モデル(transactional model)で作戦する際に重要である。

自己評価によって、主体者(principal)は代理者(agent)との関係において自分自身を見ることができ、代理者(agent)との関係の状態を判断することができます。出口計画とは、主体者・代理者関係(principal-agent relationship)を終了させ、建設的な足取りで前進するための戦略である。自己評価と出口戦略に失敗すると、代理者(agent)が主体者(principal)から金を巻き上げたり、主体者(principal)が両者の長期的な政治関係を台無しにしたりすることになりかねない。

代理戦ドクトリンの基礎となるもの:The foundation for a Proxy warfare doctrine

ここまでの議論は、代理人環境(proxy environments)の特徴、特性、顕著な構成要素を明らかにすることによって、代理人主義(proxyism)の枠組みを作ることに焦点を合わせてきた。代理人環境(proxy environments)の原則、あるいは理論的な代理人環境モデル(proxy environmental models)は、さらに一握りの推論をもたらす。これらの推論、すなわち代理戦(proxy warfare)の原則は、代理戦(proxy warfare)ドクトリンの基礎を形成し、次の点に明示されている。

◯ 主体者(principal)、代理者(agent)、行為主体は、それぞれの政治的目標(political objectives)に沿った形で作戦することになる。

◯ 代理人関係(proxy relationships)は期限切れになるため、終了基準と移行計画を明確にすることが重要である。

◯ 戦術的レベルと上層部の間にタイムラグがあるため、戦術的なフィードバックは、作戦、戦略、政治的な方向性を完全に代表するものではないと考えるべきだろう。

◯ 主体者・代理者関係(principal-agent relationship)の終了後も主体者(principal)が存在し続けることで、代理者(agent)の政治的、社会的、軍事的主体がかつてのパートナーに反旗を翻す可能性があるのだ。

◯ 相手は2人よりも1人の方がいい。だから、相手は主体者・代理者関係(principal-agent relationships)を崩そうとする。

◯ 賢明な反対派は、次のような方法で、主体者・代理者同盟(principal-agent alliance)関係を崩そうとするだろう。

・ 関係の絆の攻撃

・ パートナーの生計を脅かすような現実的な脅威の導入。

◯ 戦術的なフィードバックに遅れがあるため、レッド・チームを作ることと評価は、主体者・代理者関係(principal-agent relationship)を監視するために重要である。レッド・チームと評価チームは、司令官が聞きたいことではなく、聞く必要があることを伝えるべきである。(‡)

‡ この原則にはパラドックスが存在する。もし、高次の戦術レベル、作戦レベル、戦略レベルが、主体者・代理者関係(principal-agent relationships)の状態を適切に監視し評価できなければ、戦術レベルの行動は、関係の変化の指標や兆候に見えるかもしれない。しかし、これは政治、戦略、作戦レベルでの指標や警告を見落とした結果に過ぎない。

結論:Conclusion

19世紀のスイスの将校でナポレオン・ボナパルト(Napoleon Bonaparte)の弟子であるアントワーヌ・ジョミニ(Antoine Jomini)は、「正しい理論、正しい原則に基づく理論、実際の戦争の出来事による支持、そして正確な戦史によって、将校のための真の教育学校を形成するだろう」と論じている[43]

この研究は、ジョミニ(Jomini)の仮説を応用し、代理戦(proxy warfare)の一般理論を導入することで、米陸軍のドクトリン上の欠陥を改善しようとするものである。この理論は、高度な戦術、作戦、戦略レベルに焦点を当て、時間、主体者・代理者問題(principal-agent problem)、力関係の3つの概念に支配されている。力とは、ある行為者が他の行為者に、他の行為者では行わないようなことをさせる能力である。

力は、行為主体間の既存の関係なしには存在し得ない。しかし、新しい行為主体が登場したり、既存の行為主体が脱退したり、既存の力の力学(power dynamics)に関心を持たなくなったりすることで、関係は変化することがある。

主体者・代理者問題(principal-agent problem)は代理人環境(proxy environments)を指令する。一方のパートナーは、戦いの理由を他方ほどには重視しない。ある目標(an objective)が達成されると、各パートナーはそれぞれ別の利益を追求し始める。外部からの影響力を得ようとしたり、主体者(principal)と代理者(agent)のパートナーシップ(principal-agent partnership)を破壊しようとする外部の行為主体や干渉的敵対者の登場は、しばしば利害の乖離を加速させる。

このように、代理人環境(proxy environments)では時間が支配的である。したがって、米陸軍は、現実的な環境把握を可能にするために、権限を与えられたレッド・チームと評価クルーによって、終了基準と時間軸を開発することが賢明である。

代理人主義(proxyism)の理論的基盤とドクトリン上の基盤がないまま代理戦争(proxy wars)を定期的に行い、環境整備を誤って代理のホットスポットの実態を隠蔽するという、同じ道を歩み続ければ、米陸軍は代理戦争(proxy wars)を終結させることができないままである。米陸軍が世界各地で行っている無制限の代理戦争(proxy wars)は、この点を如実に示している。

クラウゼヴィッツ(Clausewitz)が言ったように、人は時代の精神と戦争の一般的性格に従わなければならない。治安部隊支援、パートナー部隊開発、訓練、助言、支援といった奇想天外な概念(quixotic notions)を超えて、代理人主義(proxyism)の現実を受け入れることが、将来の代理人環境(proxy environments)において米陸軍を繁栄させることになるのである。

 

ノート

[1] Carl von Clausewitz, On War, trans. Michael Howard and Peter Paret (Princeton, NJ: Princeton University Press, 1987), 594.

[2] 【訳者註】ポチョムキン村(ポチョムキンむら、ロシア語: потёмкинские деревни、英語: Potemkin villages / Potyomkin villages)とは、主に政治的な文脈で使われる語で、貧しい実態や不利となる実態を訪問者の目から隠すために作られた、見せかけだけの施設などのことを指す。(引用: https://ejje.weblio.jp/content/Potemkin+village)

[3] Joseph Votel, “Statement of General Joseph L. Votel, Commander, U.S. Central Command, Before the Senate Armed Services Committee, on the Posture of U.S. Central Command,” 13 March 2018, 5.

[4] Curtis Scaparrotti, “Statement of General Curtis M. Scaparrotti, United States Army, Commander, United States European Command,” before the Senate Armed Services Committee on the posture of U.S. European Command, 8 March 2018, 10.

[5] Neil Hauer, “Chechen and Northern Caucasian Militants in Syria,” The Atlantic Council, 18 January 2018, http://www.atlanticcouncil.org/blogs/syriasource/chechen-and-north-caucasian-militants-in-syria; Neil Hauer, “Putin Has a New Secret Weapon in Syria: Chechens,” Foreign Policy, 4 May 2017, https://foreignpolicy.com/2017/05/04/putin-has-a-new-secret-weapon-in-syria-chechens/; Vera Mironova and Ekaterina Sergatskova, “The Chechens of Syria: The Meaning of Their Internal Struggle,” Foreign Affairs, 7 September 2017, https://www.foreignaffairs.com/articles/syria/2017-09-07/chechens-syria.

[6] Carmela Fonbuena, “Marawi One Year after the Battle: A Ghost Town Still Haunted by the Threat of ISIS,” The Guardian, 21 May 2018, https://www.theguardian.com/global/2018/may/22/marawi-one-year-siege-philippines-ghost-town-still-haunted-threat-isis.

[7] 【訳者註】パラダイムとは、科学的認識体系または方法論のこと(引用: https://ejje.weblio.jp/content/paradigm)

[8] John Keegan, A History of Warfare (New York: Vintage Books, 1993), 7–11.

[9] Maria Tsvetkova, “‘Fog’ of Ukraine’s War: Russian’s Death in Syria Sheds Light on Secret Mission,” Reuters, 29 January 2018, https://www.reuters.com/article/us-russia-ukraine-syria-insight/fog-of-ukraines-war-russians-death-in-syria-sheds-light-on-secret-mission-idUSKBN1FI12I.

[10] Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights, Report on the Human Rights Situation in Ukraine, 16 August to 15 November 2017, 8–9, https://reliefweb.int/sites/reliefweb.int/files/resources/UAReport20th_EN.pdf.

[11] Votel, “Statement of General Joseph L. Votel,” 7.

[12] Felipe Villamor, “U.S. Troops in Besieged City of Marawi, Philippine Military Says,” The New York Times, 14 June 2017, https://www.nytimes.com/2017/06/14/world/asia/philippines-marawi-us-troops.html.

[13] Helene Cooper, Thomas Gibbons-Neff and Eric Schmitt, “Army Special Forces Secretly Help Saudis Combat Threat from Yemen Rebels,” The New York Times, 3 May 2018, https://www.nytimes.com/2018/05/03/us/politics/green-berets-saudi-yemen-border-houthi.html.

[14] Corey Dickstein, “With 1st SFAB Deployed, Army Looks to Build More Adviser Brigades,” Stars and Stripes, 1 April 2018, https://www.stripes.com/news/with-1st-sfab-deployed-army-looks-to-build-more-adviser-brigades-1.519734.

[15] Eric Schmitt, “3 Special Forces Troops Killed and 2 Are Wounded in an Ambush in Niger,” The New York Times, 4 October 2017, https://www.nytimes.com/2017/10/04/world/africa/special-forces-killed-niger.html.

[16] J.F.C. Fuller, The Foundations of the Science of War (London: Hutchinson, 1926; reprint, Fort Leavenworth, KS: Combat Studies Institute, 1993), 35.

[17] Robert R. Leonhard, Fighting by Minutes: Time and the Art of War (Westport, CT: Praeger, 1994), 5.

[18] Leonhard, Fighting by Minutes, 7.

[19] Fuller, The Foundations of the Science of War, 180.

[20] Aaron Mehta, “Tillerson: U.S. Could Stay in Iraq to Fight ISIS, Wanted or Not,” DefenseNews, 30 October 2017, https://www.defensenews.com/pentagon/2017/10/30/tillerson-us-could-stay-in-iraq-to-fight-isis-wanted-or-not/.

[21] Julie Hirschfeld Davis, “Trump Drops Push for Immediate Withdrawal of Troops from Syria,” The New York Times, 4 April 2018, https://www.nytimes.com/2018/04/04/world/middleeast/trump-syria-troops.html.

[22] Thucydides, The History of the Peloponnesian War, trans. Rex Warner (New York, NY: Penguin Books, 1972), 76.

[23] Jessa Rose Dury-Agri and Patrick Hamon, “Breaking Down Iraq’s Election Results,” Institute for the Study of War, 24 May 2018, http://iswresearch.blogspot.com/2018/05/breaking-down-iraqs-election-results.html.

[24] Simon Tisdall, “Iraq’s Shock Election Result May Be Turning Point for Iran,” The Guardian, 15 May 2018, https://www.theguardian.com/world/2018/may/15/iraq-shock-election-result-may-be-turning-point-for-iran.

[25] Kathleen Eisenhardt, “Agency Theory: An Assessment and Review,” The Academy of Management Review 14, no. 1 (1989): 58–59.

[26] Eisenhardt, “Agency Theory,” 58–59.

[27] Eisenhardt, 58–59.

[28] Clausewitz, On War, 603.

[29] Hilary Clark and Hamdi Alkhshali, “Battle for Tal Afar Begins as Civilians Flee Iraqi City,” CNN, 20 August 2017, https://www.cnn.com/2017/08/20/middleeast/tal-afar-iraq-isis-assault/index.html.

[30] Tamer El-Ghobashy and Mustafa Salim, “Iraqi Military Reclaims City of Tal Afar after Rapid Islamic State Collapse,” The Washington Post, 27 August 2017, https://www.washingtonpost.com/world/middle_east/iraqi-military-reclaims-city-of-tal-afar-after-rapid-islamic-state-collapse/2017/08/27/a98e7e96-8a53-11e7-96a7-d178cf3524eb_story.html?utm_term=.da5063ec21b9.

[31]【訳者註】アニーリング効果とは、熱を加えることによって材料・商品の残留応力を取り除き、加工品の変形を防ぐアニール処理のように、変化しにくい効果のことを指している。(引用:https://www.yumoto.jp/technology/onepoint/annealing-treatment)

[32] Ben Wedeman, Angela Dewan and Sarah Sirgany, “U.S. Appeals for Calm as Allies Clash in Iraq,” CNN, 17 October 2017, https://www.cnn.com/2017/10/17/middleeast/kirkuk-iraq-kurdish-peshmerga/index.html.

[33] Idrees Ali, “Turkish Offensive in Syria Leads to Pause in Some Operations against IS: Pentagon,” Reuters, 5 March 2018, https://www.reuters.com/article/us-mideast-crisis-syria-turkey-pentagon/turkish-offensive-in-syria-leads-to-pause-in-some-operations-against-is-pentagon-idUSKBN1GH2YW.

[34] Michael Howard, The Causes of War (Cambridge, Harvard University Press: 1983), 13.

[35] Robert Dahl, “The Concept of Power,” Behavioral Science 2, no. 3 (1957): 202–203.

[36] Dahl, “Concept of Power,” 203–205.

[37] Dahl, 204–206

[38] Dahl, 202–206.

[39] Clausewitz, On War, 132.

[40] Tsvetkova, “‘Fog’ of Ukraine’s War.”

[41] Clausewitz, On War, 603.

[42] Jonathon Marcus, “China Helps Iraq Military Enter Drone Era,” BBC News, 12 October 2015, http://www.bbc.com/news/world-middle-east-34510126; John C.K. Daly, “Russia Reemerging as Weapons Supplier to Iraq,” Eurasia Daily Monitor 15, no. 43 (2018): https://jamestown.org/program/russia-reemerging-weapons-supplier-iraq/.

[43] Antoine-Henri Jomini, The Art of War (Westport, CT: Greenwood Press, 1971), 294.