習近平が描く中国人民解放軍の人工知能についてのビジョン 【The Diplomat誌】
以前紹介した「War on the Rocks」に掲載の現役自衛官の論稿「新しい技術、新しい概念:中国のAIと認知戦争についての計画 (War on the Rocks)」と「中国の「認知戦」の将来:ウクライナ戦争の教訓 (War on the Rocks)」は、日本でも議論がある「認知戦(cognitive warfare)」の理解を進める上で有益であったと考える。今回は、同じ自衛官が11月16日付で「The Diplomat誌」に中国のその後の「認知戦(cognitive warfare)」に関わる取組みについて執筆し「Xi Jinping’s Vision for Artificial Intelligence in the PLA」の表題で投稿されている。執筆者のご厚意により日本語版で紹介する。一読されたい。また、陸自の教育訓練研究本部のサイトに執筆者の研究論文「領域横断作戦の観点からのロシア・ウクライナ戦争の教訓」も掲載されているのでこちらも一読されたい。(軍治)
習近平が描く中国人民解放軍の人工知能についてのビジョン:中国は「智能化」を利用して「世界一流」の軍隊を作ろうとしている。
Xi Jinping’s Vision for Artificial Intelligence in the PLA: China is seeking to use “intelligentization” to build a “world-class” military.
November 16, 2022
Koichiro Takagi(高木耕一郎)
Koichiro Takagi is a visiting fellow at the Hudson Institute, a colonel in the Japan Ground Self-Defense Force, and a former deputy chief of the Operation Section, Operation Division, the Japan Joint Staff. The views expressed here are his own and do not represent any organization the author is affiliated with.
習近平は、10月16日の中国共産党第20回全国代表大会において、中国人民解放軍をより迅速に世界一流の軍隊に高めることは、あらゆる面で近代社会主義国家を建設するための戦略的要件であると表明した[1]。5年前の第19回党大会において、習近平は今世紀半ばまでに中国が世界一流の軍隊を建設すると述べたが、今回は明確な期限に言及せず、より早く目標を達成すると明言した。
習近平は、如何にして世界一流の軍隊の建設を加速しようとしているのか?中国人民解放軍は、先端技術の導入に活路を見い出そうとしており、特に無人兵器と人工知能の活用に注目をしている。今回の報告において、習近平は「智能化」という語を3回発言した。「智能化」という概念は、人工知能に基づく兵器システムの活用を指す概念であり、2019年の国防白書[2]発表以降、急速に注目を集めている。
習近平は、今回の大会において、中国は機械化、情報化、智能化を通じて、中国人民解放軍の融合発展を堅持すると述べた[3]。この言葉は、2019年から急速に発展した智能化の概念が中国の国防政策に受容され、国家指導者がそれを推進する意思を表明したことを示すものである。2017年の第19回党大会で習近平は、2020年までに中国人民解放軍の機械化を基本的に実現し、情報化を大きく進展させ、戦略能力を大きく向上させると述べた。今年の大会では、ここに智能化が加えられた。また、中国人民解放軍は近年、機械化、情報化、智能化の関係について活発に議論しており、これらは段階的に達成するものではなく、同時並行的に進める「三化」という概念を打ち出している。
毛沢東時代、中国は核戦力の構築に多くの資金を投入し、通常戦力の整備は大きく遅れた。鄧小平がこれを改め、通常兵器を装備した近代的な軍隊の建設に着手した。江沢民時代には、湾岸戦争において精密誘導兵器を駆使した米軍の戦い方に衝撃を受けた中国人民解放軍は、「ハイテク」の軍事開発を推進した。胡錦濤政権下では、イラク戦争、アフガニスタン戦争での米軍の戦い方に感銘を受け、中国人民解放軍は「情報化」を進めた。習近平の1期目、2期目においても「情報化」が推進された。
中国が機械化、情報化、智能化を同時に進めていることは、この数十年の改革にもかかわらず、中国の巨大な軍隊の一部はまだ機械化さえされていないことを示唆している。しかし、過去の軍事史において、革新的な発展過程における旧式戦力の存在は、必ずしも足かせとはなっていない。1940年、ドイツは、戦車を活用した電撃戦により、わずか42日間でフランスを破った。その時、機械化されていたのはドイツ軍のわずか数パーセントのみであり、ドイツ軍の大部分はまだ馬と徒歩兵に依存した旧式の軍隊であった。このことは、ごく一部の部隊がその時代の最新装備を備えていれば、革新的な戦い方をできることを示している。
このため、最も注目すべきは、中国人民解放軍の智能化の進展である。これには、中国人民解放軍への人工知能の導入と、それを活用した新しい戦略の開発が含まれる。
習近平は、「中国人民解放軍は情報化・智能化戦争の特徴とそれを支配する法則を研究・習得し、新しい軍事戦略指導を行い、人民戦争の戦略・戦術を開発する」と述べた。これらの目標を実現するために、習近平は、「強力な戦略的抑止力体系を構築し、新領域・新性質の戦備を拡充し、無人智能化した戦闘部隊の強化を加速し、ネットワーク情報体形の構築・活用を統一的に計画する」と述べた。
習近平が言及した人民戦争の戦略・戦術とは、軍事力だけではなく、国家の総力を挙げて戦うことを意味する。これは、情報化、智能化は軍事だけで実現するのではなく、国家の資産や科学技術の発展を総動員することを示唆する。また、人民戦争は、毛沢東時代からの非対称戦の伝統的な考え方である。しかし、将来の中国の非対称戦は、かつてのゲリラ戦ではなく、人工知能を活用したものになる。
中国人民解放軍の高官や戦略家がこれまでに発表してきた論文によると、中国人民解放軍は、主に4つの分野において人工知能を利用しようとしている[4]。一つは無人兵器の自律化であり、それは多数の無人機の群れ(スウォーム)の開発を含む。中国は、多様な無人システムと無人兵器による高度な自律的統合作戦を目指している。
二つ目は機械学習により大量の情報を処理することである。例えば、中国人民解放軍は、中国周辺海域に無人兵器や海底センサーのネットワークの構築を進めており、そこから得られる情報を人工知能で処理しようとしている[5]。また、中国人民解放軍は、受信した電波を人工知能で解析し、妨害電波を最適化する新しい電子戦の形を検討している[6]。
三つ目は、人工知能による軍隊的意思決定の迅速化である。米国においては、核戦略などの意思決定に人工知能を活用することで、戦争が瞬間的にエスカレートする「フラッシュ・ウォー」の危険性が指摘されている[7]。中国においても、こうした危険性を踏まえ、どこまで人工知能に意思決定を委ねるべきなのかという議論がある[8]。このため、当面は複雑な意思決定を人工知能に委ねるのではなく、情報処理や無人兵器の自律化といった単純なタスクへの人工知能の導入が進むであろう。
これらの3点は、「モザイク戦[9]」や「意思決定中心の戦い[10]」など、米国における人工知能を利用した新たな戦い方に関する議論と共通している。中国におけるユニークな議論は、「認知戦」において人工知能を利用するという考え方である。
認知戦とは、人間の脳の認知や相手の意思に影響を与え、戦略的に有利な環境を作り出し、あるいは戦わずして相手を屈服させるものである。中国においては、認知戦に関する活発な議論が行われている。例えば、中国人民解放軍元副参謀総長の戚建国は、新世代の人工知能技術の開発において優位に立った者は、国家安全保障の生命線である人間の認知をコントロールできるようになると述べている[11]。
中国人民解放軍は、人工知能を用いて人間の認知をどのようにコントロールするつもりなのか、明言はしていない。一つの手段としては、人工知能を用いて加工・生成された動画、画像、音声であるディープフェイクが挙げられるだろう。中国が人工知能による言語生成などを用いて、台湾の世論工作や、台湾を支援しようとする米国の信用を落とそうとするソーシャルメディアコンテンツを作成することが懸念されている[12]。
世界一流の軍隊を建設することは、米軍に匹敵する軍隊を作ることを意味する。機械化、情報化、智能化の3つの側面のうち、機械化と情報化については、現時点で中国人民解放軍は米軍に遅れをとっている。しかし、1940年のドイツ軍が示したように、その一部でも智能化を獲得すれば、中国人民解放軍は米軍に追いつくことができるかも知れない。
このように、中国は最先端技術に活路を見いだそうとしている。そう考えると、米国の半導体に対する広範な規制は、中国の人工知能開発と中国人民解放軍の智能化にとって大きな打撃となるだろう。技術開発が打撃を受ければ、世界一流の軍隊の建設は失敗に終わるかもしれないのである。
ノート
[1] 新华网. (October 25, 2022). 习近平 高举中国特色社会主义伟大旗帜 为全面建设社会主义现代化国家而团结奋斗——在中国共产党第二十次全国代表大会上的报告. (http://www.news.cn/politics/cpc20/2022-10/25/c_1129079429.htm)
[2] 中華人民共和国中央人民政府. (July 24, 2019). 新時代的中国国防. (http://www.gov.cn/zhengce/2019-07/24/content_5414325.htm)
[3] 新華社通信が発表した公式の英語版は、「integrated development of the military through mechanization, informatization」と述べており、「智能化」の語が欠けているが、その理由は定かではない。
[4] Yatsuka, M. (October 2020). PLA’s Intelligentized Warfare: The Politics on China’s Military Strategy. Anzenhosho Senryaku Kenkyu (Security & Strategy), Vol. 1, No.2. (http://www.nids.mod.go.jp/publication/security/pdf/2020/10/202010_02.pdf)
[5] Stephenson, A & Fedasiuk, R. (May 3, 2022). How AI Would- and Wouldn’t – Factor into a U.S.-Chinese War. War on the Rocks. (https://warontherocks.com/2022/05/how-ai-would-and-wouldnt-factor-into-a-u-s-chinese-war/)
[6] Ibid.
[7] Johnson, J. (July 29, 2022). AI, Autonomy, And the Risk of Nuclear War. War on the Rocks. (https://warontherocks.com/2022/07/ai-autonomy-and-the-risk-of-nuclear-war/)
[8] 熊玉祥. (November 8, 2018). AI军事应用是一把双刃剑. 解放军报. (http://www.81.cn/jfjbmap/content/2018-11/08/content_220157.htm)
[9] Clark, B., Patt, D., & Schramm, H. (February 11, 2020). Mosaic Warfare: Exploiting Artificial Intelligence and Autonomous Systems to Implement Decision-Centric Operations. Center for Strategic and Budgetary Assessments. (https://csbaonline.org/research/publications/mosaic-warfare-exploiting-artificial-intelligence-and-autonomous-systems-to-implement-decision-centric-operations/publication/1)
[10] Clark, B., Patt, D., & Walton, T. A. (March 3, 2021). Implementing Decision-Centric Warfare: Elevating Command and Control to Gain an Optionality Advantage. Hudson Institute. (https://www.hudson.org/national-security-defense/implementing-decision-centric-warfare-elevating-command-and-control-to-gain-an-optionality-advantage)
[11] 戚建国.(July 25, 2019). 抢占人工智能技术发展制高点. 中国军网国防部网. (http://www.81.cn/jfjbmap/content/2019-07/25/content_239260.htm)
[12] Stephenson, A & Fedasiuk, R. (May 3, 2022). How AI Would- and Wouldn’t – Factor into a U.S.-Chinese War. War on the Rocks. (https://warontherocks.com/2022/05/how-ai-would-and-wouldnt-factor-into-a-u-s-chinese-war/)