ウクライナから将来の軍隊への教訓(第11章)(The Army War College)
MILTERMで、既に紹介しているウクライナから将来の軍隊への教訓(序章から第1章まで)、(第2章から第3章まで)、(第4章)、(第5章)、(第6章)、(第7章)、(第8章)、(第9章)、(第10章)に続き、第11章を紹介する。この章は、ロシア・ウクライナ戦争におけるロシアの兵士の犠牲を顧みない行動に焦点を当てた分析において、消耗という側面が強調されている傾向にある中、機動戦の原則を適用する取組みの重要性とそれを成り立たせるための指揮・統制の考え方などについて論じている。(軍治)
行動喚起:ウクライナから将来の軍隊への教訓
Call to Action: Lessons from Ukraine for the Future Force
第2章 1991年から現在までの米国とウクライナの安全保障協力:さまざまな記録
第11章 ロシア・ウクライナ戦争の機動についての教訓:Russia-Ukraine War Lessons on Maneuver
Jason R. Lojka and Jason Du
キーワード:機動(maneuver)、指揮・統制(command and control)、スピード、数的優越(numerical superiority)、地形、ミッション・コマンド、マルチドメイン作戦
ロシアのウクライナ侵攻は、より小さく、よりよく訓練され、よりよく装備された軍隊が、はるかに大きな軍隊を打ち負かすことができることを示した。機動戦の原則を適用することは、2022年のウクライナ防衛部隊の成功の鍵の一つであったが、ウクライナ軍が占領したウクライナ領土からロシアの侵略者を排除する努力を続けているため、同じ原則が紛争の残りの部分でも重要な役割を果たすことになるだろう。
ほとんどの専門家は、戦力規模や実戦兵器技術におけるロシアの優位性から、開戦時にはロシアの迅速な勝利を予想していた[1]。しかし、侵攻後の最初の1年間、ロシアはキーウを占領するという目標を達成できず、ウクライナ東部で獲得した領土を維持するのに苦労した[2]。本章では、ウクライナ軍がキーウ防衛とハリコフ反攻でいかに機動戦(maneuver warfare)を成功させ、ロシア軍がいかに機動戦の原則(maneuver-warfare principles)に従わなかったかを分析する。しかし、ロシア・ウクライナ戦争を評価する前に、本章では2013年から14年にかけてのウクライナ危機後にウクライナ軍が行った改革について、ウクライナ軍の機動戦の原則の使用を可能にした変化に焦点を当てながら簡単に分析している。
歴史的背景
2014年のロシア侵攻前夜、ウクライナは機動戦、あるいはあらゆる種類の戦いを遂行する準備が不十分だった。ロシア軍がクリミアに侵攻した時、ウクライナには約13万人の兵士と800両の戦車しかなく、稼働していた戦車はわずか数両、当時ウクライナ軍の有力顧問の1人によると、わずか12両ほどだった[3]。さらに悪いことに、ウクライナの軍将校や政府高官のかなりの数が侵攻前に親ロシア派の信念を持っており、戦前の訓練や戦争準備の効果を低下させていた[4]。
2014年から15年にかけての敗戦後、ウクライナのペトロ・ポロシェンコ(Petro Poroshenko)大統領は、ウクライナの防衛能力を向上させる決意を固め、その取組みへの支援を西側に求めた[5]。2016年からポロシェンコ(Poroshenko)は、指揮・統制(C2)、計画策定、作戦、医療・兵站、部隊の専門能力開発という5つのカテゴリーの改革を指示した[6]。特に、「規律ある主導性(disciplined initiative)」を奨励し、戦闘が始まったら下級リーダーによる柔軟な意思決定を可能にすることで、権限の分権化(decentralization of authority)を受け入れるという指揮・統制(C2)の改革は、5つの変革の中で間違いなく最も重要なものだった[7]。行動の自由(freedom of action)と規律ある主導性(disciplined initiative)を認める西側のドクトリンと訓練へのアプローチを採用したことで、中尉や大尉といったウクライナの下級指導者たちにも意思決定の自主性が与えられ、衝撃、奇襲、スピードに大きく依存する機動戦におけるウクライナの成功の根底にある重要な要素となった。
欧米の援助と指揮・統制(C2)構造の変更により、ウクライナの戦闘部隊(fighting force)の質は向上した[8]。ウクライナ軍の変革に貢献したもう一つの重要な要素を見逃してはならない。それは、職業軍に加えて志願兵軍が結成されたことである[9]。専門的な訓練を受けたウクライナ陸軍に比べ、急募されたウクライナ人志願兵は訓練が不足していたかもしれないが、彼らの愛国心が、機動戦を成功させる重要な要素である国家防衛に献身的で、個人的リスクもキャリアリスクも厭わない、士気の高い部隊を生み出すのに役立った。
改善は、西側の軍事ドクトリンとウクライナの愛国心、そして西側からの援助の両方からもたらされた。その援助には、2014年にウクライナ軍が保有していたソ連時代の装備よりも先進的な兵器が数多く含まれていた[10]。最も顕著な改善は、砲兵と対戦車兵器の改良である。2014年、ウクライナの対戦車ミサイルは、ミサイルのデザインが古いため、ロシアのT-90戦車の装甲を貫通できなかった[11]。ウクライナの対戦車防衛の能力不足を解決するため、米国は2017年からウクライナへのジャベリン歩兵対戦車ミサイルの売却を許可し、2018年に最初の売却が行われた[12]。ジャベリン・ミサイル(および他国の同等品)は、ロシア軍が2022年2月に試みた最初の電撃戦(blitzkrieg)からキーウを守る上で重要な役割を果たした。2022年5月までに、ロシアは約664両の戦車と3,000台近くの装甲車と重機を失った[13]。
ウクライナが2014年以降に改良した兵器はジャベリン・ミサイルだけではない。砲兵の近代化も西側諸国の支援により行われた。ウクライナは精密多連装ロケット・システム「ビルカ(Vilkha)」の開発を強調した。侵攻以来、ウクライナは対砲列レーダー、ハンヴィー(Humvees)、狙撃銃、ドローンなど、戦場をより効果的に前方から観測するための技術をどんどん獲得している[14]。戦場を理解し視覚化することは、機動戦にとって極めて重要であり、米国はウクライナの戦場での成功に不可欠なインテリジェンスを提供した可能性が高いが、この潜在的な協力の影響を評価したり、機密扱いのない形式で議論したりすることは難しい[15]。
指揮構造の変更、義勇軍、そして西側からの最新兵器の供給により、人員不足、訓練不足、組織化されていないウクライナ軍が、攻撃的および防御的な機動戦を遂行できる高度な技術と教義を備えた近代的な軍隊へと生まれ変わることが可能になった。ウクライナ軍の変革は、キーウ防衛と2022年のハリコフ反攻において極めて重要であることが証明された。
考え方の進化:機動戦
機動戦は多くの場合、敵の主力部隊を避けながら、集中攻撃で戦場での敵のミスを突くことに依存する。敵を混乱させて崩壊させるためにデザインされた機動戦では、消耗の会戦(battle of attrition)ですべての敵部隊を物理的に破壊する必要はない。成功は、敵の結束を砕き、敵の士気を低下させ、敵の戦い続ける意志を削ぐことによってもたらされる。プロイセンの戦術家カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)は、著書『戦争論(On War)』の中で次のように書いている。
通常の意味において、機動(maneuver)という用語は、いわば何もないところから、つまり平衡状態(state of equilibrium)から、敵をおびき寄せることができるミスを利用することによって生み出される効果という考えを含んでいる。チェスのオープニング・ギャンビットに例えることができる。それは実際、バランスの取れた力のプレーであり、その狙いは成功のための有利な条件をもたらし、それを利用して敵に対して優位性を獲得することである[16]。
近代機動戦の原理をいち早く取り入れて成功したのは、プロイセンのフリードリヒ2世(Frederick II)だった。軍事指揮官としてのフリードリヒ2世は、会戦で勝利を収めるために機動(maneuver)を駆使することで知られていた。フリードリヒ2世の戦術は、彼が「斜行戦術(oblique order)」と呼んだもので、指揮官が自軍の片翼に兵力を集中させて敵の側面をターゲットにし、敵の主力部隊の注意を引くために小部隊に命じて、敵の主力部隊がターゲットとした側を助けるのを阻止するというものである。フリードリヒ2世は、「斜行戦術(oblique order)」を発動することで、機動戦の原則のひとつである「優勢な兵力で小さな敵部隊を攻撃する」ことを実証した。クリストファー・ダフィー(Christopher Duffy)によれば、フリードリヒ2世はロイテンの会戦(Battle of Leuthen)で、プロイセンの機動力と士気における優位を利用して、より大規模なオーストリア軍を打ち負かしたときに、その作戦術をマスターしたという。フリードリヒ2世は、「斜行戦術(oblique order)」を実行する以外にも、歩兵を使ってオーストリアの主力部隊を保持し、騎兵を使って敵の側面に衝撃を与えるという、初期の諸兵科連合の形態(form of combined arms)を使用した[17]。
もう一人のプロイセン人は、近代的な諸兵科連合機動(combined-arms maneuver)のドクトリンの先駆者である。ドイツのハインツ・グデーリアン(Heinz Guderian)将軍は、地上と空中の両方で内燃機関の応用について真剣に考え、防御における機関銃の威力を打ち破るために攻撃機動と諸兵科連合がどのように機能するべきかを理解し、電撃戦の理論(theory of blitzkrieg)を生み出した。グデーリアン(Guderian)は、スピードと衝撃、そしてミッション・コマンドと大胆さによって機会を迅速に利用する能力の重要性を強調した[18]。諸兵科連合とミッション・コマンドの適用が成功の条件を作り出した。(筆者らは、本章のレビューでこの点を強調してくれたチェイス・メトカーフ(Chase Metcalf)米陸軍大佐に感謝している)。それゆえ、グデーリアン(Guderian)は、装甲車両(主に航空戦力に支援された戦車)を師団の主力部隊とする戦術で知られたが、彼はまた、新たな諸兵科連合戦の原則(principles of combined-arms warfare)を活用するために、パンツァー師団に他の種類の部隊を配備することの重要性も強調した[19]。
より致死性の高い兵器の開発や、第二次産業革命後の近代的指揮・統制(C2)システムにおけるデジタル化された情報の応用を通じて、戦争の性質は劇的に変化した[20]。最新の精密射撃、改良されたインテリジェンス・監視・偵察(ISR)、人工知能(AI)を活用した意思決定は、機動戦の戦術を強化することができるが、永続的な観測を可能にする技術の進歩は、機動戦の本質である予期せぬ時間や場所での攻撃をさらに困難なものにしている。能力を統合(一体化)し適用することが、機動戦の成功の鍵である[21]。
開けた起伏のある地形(戦車国)は機動戦の前提条件ではないが、役に立つ。山岳、地雷原のような障害物、都市地形は機動戦を複雑にし、敵後方への迅速な突破をより困難にする。エイモス・C・フォックス(Amos C. Fox)は、機動の優位性(advantage of maneuver)を最大限に生かすには、機動力と迅速な意思決定サイクルの両方が必要だと主張する[22]。ウクライナ人は、ロシア・ウクライナ戦争の最初の年に、この2つを見せた。
ウクライナの戦場における機動戦
戦争の性質は進化したが、ウクライナの戦場では機動戦の原則が依然として適用されている。これは、開戦当初にウクライナがキーウ防衛に成功した際にも、その後のハリコフ反攻作戦でも実証されている。現代の戦場で作戦を成功させるための前提条件を提供するため、ウクライナ人は戦いの基本(basics of warfare)、すなわち小部隊戦術、兵士の技能(soldier skills)、対戦車射撃術、そして発見されにくい小要素作戦に重点を置いた。ウクライナの取組みは、防御と、ウクライナが最初のロシアの攻勢を退けた後のハリコフ反攻の両方で実を結んだ。
キーウの防御
ロシア軍はキーウの初期防衛を解除するために機動戦を使おうとしたが、心理的に会戦に勝利する戦闘・機動技法によって戦場を支配することはできなかった。たとえば、敵部隊の側面を突く機動は、劣勢や劣勢を自認する防衛部隊に大きな心理的影響を与える。ロシアはキーウに対し、空挺部隊と空襲部隊によるクーデターを試みたが、同国の攻撃を可能にする重要な飛行場の奪取に失敗した[23]。敵部隊を側面から攻撃すれば、防衛部隊が退却する可能性が高まる。なぜなら、戦闘にとどまれば、防衛部隊は自分の運命をマイナスに見積もる可能性が高くなるからだ[24]。実際、ロシア軍はキーウで劣勢に立たされ、撤退を余儀なくされた。
ハリコフの反攻
ハリコフの反攻では、ウクライナ軍は、全体的に数的に優勢な敵に対して機動するために、相対的に数的に強い地域を作った。ウクライナ軍は、攻撃地点で手薄になったロシア軍の防衛ラインを突破し、ウクライナ軍の攻撃に、小部隊の下車歩兵戦術と連動して戦力を集中させる絶好の機会を与えた[25]。ウクライナ軍は、ハリコフの急速な進撃をヘルソンで再現することができなかった。ハリコフの質の低いユニットで構成された薄く張り巡らされた防衛線とは異なり、ロシアのヘルソン防衛線は深く組織され、よりよく準備されていた[26]。ウクライナがハリコフで比較的効果的な反攻を行ったもう一つの理由は、ロシアがほとんどの師団をスロビアンスクの町の攻撃に集中させたからだ。ロシアがバフムートの町に対する攻撃を開始すると、ロシアはコストのかかる時間のかかる市街戦に移行し、ロシアのハリコフ防衛能力を低下させた[27]。
さらに不利だったのは、ロシア軍がハリコフ近郊の重要な町を維持できなかったことだ[28]。ウクライナはクピアンスクとイジウムの攻略に成功し、ウクライナ軍の士気を高めた。ウクライナの都市部占領の成功は、2003年の米国のバグダッド占領、2014年の「イラク・シリア・イスラム国」のモスル占領、2021年のアゼルバイジャンのシュシャ市占領に匹敵するもので、いずれも質の低い敵対勢力に対して機動戦の原則を用いた迅速な突破口を開いたものだ[29]。
ハリコフにおけるウクライナの反攻は、機動戦の原則が適切に適用されれば、防衛側に有利に見える技術的進歩の前でも成功を収めることができることを示した。逆に、ロシア軍がヘルソン市から撤退した後、ウクライナ軍がドニエプル川左岸のヘルソン州の残りを掃討できなかったことは、たとえ能力の劣る相手であっても、困難な地形で準備された防御の前では、攻撃作戦が常に成功するとは限らないことを示している。
ハリコフ反攻作戦は、攻勢的機動(offensive maneuver)の成功の可能性を高める条件の2つの例を示している。第一の条件は、ハリコフにおけるロシアのように、軍が浅く薄く張られた防衛線に直面する場合だ。諸兵科連合(combined arms)を適切に統合(一体化)すること、特に長距離兵器とセンサーの使用は、浅い防衛線を脆弱にする[30]。都市や山岳地帯のような近接した地形の防御上の利点を緩和する第二の条件は、防御軍が特定の場所と時間において攻撃軍の質量に匹敵する数的・質的能力を持たない場合に生じる[31]。どちらの条件もハリコフの反攻に適用された[32]。
教訓
2022年2月にロシアの攻勢が始まって以来、ウクライナは数的にも技術的にも優勢と思われる相手に対して、諸兵科連合の機動(combined-arms maneuvers)を行ってきた。ウクライナ軍は2つの方法で成功を収めた。地形をうまく利用し、適切な諸兵科連合戦術(combined-arms tactics)でロシアの攻勢に対抗したのだ。ロシアの戦車と対峙する間、ウクライナの対装甲歩兵は戦車を追跡し、時には地形により戦車の機動性が制限される市街地や森林地帯に誘い込んだ[33]。諸兵科連合のドクトリンを明確に理解し、分権化された指揮・統制(C2)を確立したウクライナは、ロシア軍にキーウへの電撃戦(blitzkrieg)を断念させ、ハリコフから撤退させた。
部下がイニシアチブを取り、(指揮官の意図を支持するために)規律ある命令不服従を実践することを認めるウクライナのドクトリンとは対照的に、ロシア軍は、急速に変化する戦場において、たとえそれがもはや適切でなくなったとしても、命令に従うことを重視した。ロシア軍は、諸兵科連合で戦う能力を持つ約750人の兵士からなる大隊戦術グループとして闘った。2014年から15年にかけてのクリミアとドネツ盆地での危機では、大隊戦術グループは成功を収めたが、ロシア・ウクライナ戦争のような大規模な戦いでは、より準備が整い、より統制のとれたウクライナ軍に対して、グループはそれほど能力を発揮できなかった[34]。2014年から15年にかけてのドネツ盆地の戦役(campaign)では、ロシア軍は小さな戦域の優位性を享受し、部隊の意思疎通と迅速な対応を可能にし、ドネツクとルハンスクの親ロシア派反乱軍から支援を受けた。しかし、2022年、ロシアの大隊戦術グループは、キーウのような比較的大きな戦場で対応することが難しいことに気づいた[35]。グループの問題の少なくとも一部は、人員不足に起因していたのかもしれない[36]。
ロシアは、現在の戦争における作戦的目標および戦略的目標を達成するための国の取組みを調整するために必要な質の高い指揮・統制(C2)を持っていない。ウクライナ戦域全体を掌握する単一の作戦指揮官を持たないロシア軍は、複雑な指揮・統制(C2)ネットワークに依存しており、ウクライナの側面を疾走したり、不利な地形に滑り込む前にウクライナ軍を包囲したりといった、つかの間のチャンスを生かすために、統合部隊レベルで効果的に諸兵科連合にすることができない[37]。キーウとハリコフを占領しようとしたロシアの最初の試みは、ロシアの指揮・統制(C2)の弱さを示している。
ウクライナ軍は指揮・統制(C2)でロシア軍を上回り、ロシアの航空優越(air superiority)の達成を阻止し、同国の攻勢作戦の成功に大きな影響を及ぼした。現代の諸兵科連合戦(combined-arms warfare)は、陸上部隊の機動に航空戦力を組み込むことに大きく依存している。ウクライナでロシアが航空優越を達成できなかったのにはいくつかの理由がある。本書の航空戦力の章では、このトピックについて詳しく論じている。『キーウ・インディペンデント(Kyiv Independent)』紙によると、2022年9月7日現在、ウクライナ軍は237機のロシア軍機、208機のヘリコプター、880機の無人航空機を撃墜している[38]。ウクライナはまた、ロシアの陸上ターゲットに対抗するため、トルコのバイラクタルTB2(Bayraktar TB2)などの致死性の高い無人機を使用した[39]。ロシア・ウクライナ戦争における有人・無人の航空戦力の影響力(およびその不在)は、現代の機動戦術家が、単に諸兵科連合を適用するだけでなく、もうひとつ学ぶべき重要な教訓を示している。現代の戦場で成功するためには、マルチドメイン作戦(MDO)が重要である。
現代の戦場におけるマルチドメイン作戦(MDO)のコンセプトは、陸戦(land warfare)、海戦(maritime warfare)、空戦(air warfare)、そしてサイバーと宇宙のドメインの組み合わせを指す。サイバー攻撃によって繰り広げられる情報の戦い(informational warfare)は、現代の文脈における戦闘において大きな役割を果たしている。諸兵科連合と同様に、マルチドメイン作戦(MDO)は機動において重要な役割を果たす。なぜなら、マルチドメイン作戦(MDO)は機動の優位性の1つである敵のミスを利用し、敵が解決できない「厄介な問題(wicked problems)」と呼ばれるジレンマを敵に突きつけることを最大限に活用するからである。デビッド・G・パーキンス(David G. Perkins)米陸軍退役大将が述べているように、敵があるドメインのある能力を打ち消そうとすると、敵は別のドメインの別の能力に対して脆弱になる[40]。
陸戦と空戦の統合(一体化)(integration of land and air warfare)は、米陸軍のエアランド・バトル(AirLand Battle)ドクトリン(これも米陸軍訓練ドクトリン・コマンドの貢献で、1973年のヨム・キプール戦争に関する長年の分析が拍車をかけた)の開発に見られるように、機動戦における重要な発展であった。宇宙ドメインはますます、機動を可能にする新たな高地(high ground)を提供している。機動の攻勢を成功させ、あるいは敵の機動攻撃から防衛するためには、敵の位置と動きを正確に把握することが不可欠である[41]。現代の衛星技術によって、ウクライナの人々はウクライナのスマートフォンでもロシア軍の進撃を観察することができる。無人航空機とともに、ウクライナはターゲットが隠れられない戦場となり、作戦を成功させる機会が増えている。
機動の成功に貢献するもう一つの死活的な要因は、現在の米陸軍のドクトリンで「ミッション・コマンド(mission command)」と呼ばれている分権型指揮・統制(C2)である。分権化された指揮・統制(C2)システムは、軍から中央作戦指揮官を排除することを意味するものではない。これはロシア・ウクライナ戦争におけるロシアの大きな失策の一つであった。むしろ、このようなシステムは、指揮官の意図を達成するために、下級指揮官が規律ある自律性(disciplined autonomy)をもって作戦することを可能にする。2015年以降の改革の一環として、ウクライナはミッション・コマンドの原則の一部を採用した。この原則は、同国が良好なコミュニケーションと指揮官の意図を共有することで結びついた小規模な部隊で作戦することで、作戦を成功に導くのに役立った[42]。ウクライナは、すべての情報を指揮系統に上げ、上位の階級の将校が分析し、また指揮系統に戻すのではなく、意思決定プロセスを効率化し、ロシアの妨害に対して信号を強固にするために、タブレットと無線を使って、広範囲に分散したコミュニケーションに頼っていた[43]。機動戦は、成功を実現するために複数の統合(一体化)されたドメインに依存する。
衛星通信で結ばれた小集団で作戦することで、ロシア軍にとってウクライナ軍の特定と位置確認が難しくなり、ウクライナ軍は敵に何度も奇襲攻撃を仕掛けることができた。ウクライナの対装甲部隊の作戦は、小集団がヒット・アンド・ラン戦術を用いたため、ウクライナ歩兵の分散した集団をターゲッティングにすることがロシア軍装甲部隊にとって困難となり、作戦における奇襲要素を徹底的に反映した[44]。実際、諸兵科連合機動(combined-arms maneuvers)での対戦車兵器は、開戦1年目のウクライナの取組みにとって極めて重要であった。ウクライナ軍はジャベリンや同様のシステムを用いて、市街地や森林地帯でロシア軍戦車に対抗し、成功を収めた[45]。
提言事項
前節の考察から直接導かれる米陸軍への政策提言には、機動戦における熟練度の重要性を引き続き強調し、戦術機動編成と兵站・指揮ノードの両方における近代的機動原理の基本(basics of modern maneuver principles)を習得することに重点を置くことが含まれる。ミッション・コマンドにより、部隊は分権化された指揮・統制(C2)で小集団での機動が可能になる。中期的には、陸軍はジャベリン・ミサイル、スティンガー、バイラクタルTB2(Bayraktar TB2)ドローンなど、現在および将来の脅威を打ち負かすために使用できる重要な兵器システムの開発をさらに進めるとともに、ロシアに対する国の火力の優越を確保するために、レオパルド2(Leopard 2)戦車などの先進戦車をウクライナに送り始める必要がある[46]。火力の量と集中させるための諸兵科連合の訓練も、戦場での勝利には不可欠である。諸兵科連合の訓練(combined-arms training)には歩兵、装甲車、間接火力の使用も含まれる。明確な指揮官の意図と指針は、部下指揮官に、意図の範囲内で行動し、決定的優位性を達成するために規律ある主導性(disciplined initiative)を実行する柔軟性を与える。指導者は、指導者の成功の可能性を最大化するために、複数のドメインの作戦を統合(一体化)することの重要性を理解する必要がある。
ロシア・ウクライナ戦争1年目は、地形や情報戦(information warfare)の課題に直面した場合でも、現在の戦場では機動が依然として重要であることを示した。諸兵科連合戦(combined-arms warfare)は成功のために必要であり、小規模で分権化された指揮・統制(C2)ノードでの作戦は、部下部隊を導く重要な指揮基盤の喪失を防ぐと同時に、機会が生じたとき、またはミッション・コマンドの原則(principles of mission command)に従って部下指導者が作り出した敵部隊への機動のための行動の自由を可能にする。最後に、すべてのドメイン(マルチドメイン作戦(MDO))にまたがる能力の統合(一体化)の重要性を理解することで、機動が可能になり、それによって将来の戦場での明確な優位性が実現する。
ノート
[1] Paul Poast, “No One Could Have Predicted Russia’s Military Failure in Ukraine,” World Politics Review (website), September 22, 2023, https://www.worldpoliticsreview.com/russia-war-ukraine/.
[2] Robert Burns, “Russia’s Failure to Take Down Kyiv Was a Defeat for the Ages,” Associated Press (website), April 7, 2022, https://apnews.com/article/russia-ukraine-war-battle-for-kyiv-dc559574ce9f6683668fa221af2d5340.
[3] Adrian Bonenberger, “Ukraine’s Military Pulled Itself out of the Ruins of 2014,” Foreign Policy (website), May 9, 2022, https://foreignpolicy.com/2022/05/09/ukraine-military-2014-russia-us-training/.
[4] Bonenberger, “Ukraine’s Military.”
[5] Cory Welt, Ukraine: Background, Conflict with Russia, and US Policy, Congressional Research Service (CRS) Report R45008 (Washington, DC: CRS, updated October 5, 2021).
[6] Liam Collins, “In 2014, the ‘Decrepit’ Ukrainian Army Hit the Refresh Button. Eight Years Later, It’s Paying Off,” Conversation (website), March 8, 2022, https://theconversation.com/in-2014-the-decrepit-ukrainian-army-hit-the-refresh-button-eight-years-later-its-paying-off-177881.
[7] Collins, “‘Decrepit’ Ukrainian Army.”
[8] Louis-Alexandre Berg and Andrew Radin, “Ukraine Updated Its Defense Institutions—and Is Defying Expectations,” Washington Post (website), March 29, 2022, http://www.washingtonpost.com/politics/2022/03/29/ukraine-military-upgrade-procurement-defense-assistance/.
[9] Jake Steckler, “ Why Ukraine’s Civilian Volunteers Are the Unsung Heroes of the War, TIME (website), August 2, 2023, https://time.com/6300653/why-ukraine-civilian-volunteers-matter/.
[10] Alex Horton, Claire Parker, and Dalton Bennett, “On the Battlefield, Ukraine Uses Soviet-Era Weapons against Russia,” Washington Post (website), April 29, 2022, https://www.washingtonpost.com/world/2022/04/29/urkaine-russian-soviet-weapons/.
[11] Collins, “‘Decrepit’ Ukrainian Army.”
[12] Luis Martinez, Conor Finnegan, and Elizabeth McLaughlin, “Trump Admin Approves New Sale of Anti-Tank Weapons to Ukraine,” ABC News (website), October 1, 2019, https://abcnews.go.com/Politics/trump-admin-approves-sale-anti-tank-weapons-ukraine/story?id=65989898.
[13] Corky Siemaszko, “U.S.-Made Javelin Missiles Are ‘Vital’ to Ukraine’s Fight against Russia, Experts Say,” NBC News (website), March 22, 2022, https://www.nbcnews.com/news/world/us-made-javelin-missiles-are-vital-ukraines-fight-russia-experts-say-rcna20878; and Carlos Coelho, “Why Is Russia Losing So Much Military Equipment in Ukraine?,” Radio Free Europe/Radio Liberty (website), May 13, 2022, https://www.rferl.org/a/russia-ukraine-war-military-equipment-losses/31847839.html.
[14] “Vilkha M Multiple Launch Rocket System,” Army Technology (website), March 2, 2022, https://www.army-technology.com /projects/vilkha-m-multiple-launch-rocket-system/; “Radars, Reconnaissance, and Software Are Shaping the Artillery War in Ukraine,” Army Technology (website), June 10, 2022, https://www.army-technology.com/comment/radars-reconnaissance-and-software-are-shaping-the-artillery-war-in-ukraine/; and Jim Garamone, “U.S. $3 Billion Military Package to Ukraine Looks to Change Battlefield Dynamics,” U.S. Department of Defense (DoD) (website), January 6, 2023, https://www.defense.gov/News/News-Stories/Article/Article/3261583/us-3-billion-military-package-to-ukraine-looks-to-change-battlefield-dynamics/.
[15] Julian E. Barnes and Helene Cooper, “Ukrainian Officials Drew on U.S. Intelligence to Plan Counteroffensive,” New York Times (website), September 10, 2022, https://www.nytimes.com/2022/09/10/us/politics/ukraine-military-intelligence.html; and Ellen Mitchell, “How US Weapons and Intelligence Helped Ukraine’s Rout of Russia,” Hill (website), September 16, 2022, https://thehill.com/policy/defense/3645393-how-us-weapons-and-intelligence-helped-ukraines-rout-of-russia/.
[16] Carl von Clausewitz, On War (Princeton, NJ: Princeton University Press, 1989), 451.
[17] Christopher Duffy, Frederick the Great: A Military Life (New York: Routledge, 2015).
[18] Jeff Chrisman, “Guderian’s Last Victory,” Warfare History Network (website), February 2016, https://warfarehistorynetwork.com/article/guderians-last-victory/.
[19] Heinz Guderian, Achtung-Panzer!: The Development of Tank Warfare (London: Weidenfeld & Nicolson, 2012).
[20] Mark A. Milley, “Strategic Inf lection Point: The Most Historically Significant and Fundamental Change in the Character of War Is Happening Now—While the Future Is Clouded in Mist and Uncertainty,” Joint Force Quarterly 110 (Autumn 2023).
[21] Milley, “Strategic Inflection Point.”
[22] Amos C. Fox, “ The Russo-Ukrainian War and the Principles of Urban Operations,” Small Wars Journal (website), November 10, 2022, https://smallwarsjournal.com/jrnl/art/russo-ukrainian-war-and-principles-urban-operations.
[23] Liam Collins, Michael Kofman, and John Spencer, “ The Battle of Hostomel Airport: A Key Moment in Russia’s Defeat in Kyiv,” War on the Rocks (website), August 10, 2023, https://warontherocks.com/2023/08/the-battle-of-hostomel-airport-a-key-moment-in-russias-defeat-in-kyiv/.
[24] Dermot Rooney, “Slaughter, Manoeuvre, Infantry and Psychology,” Wavell Room (website), September 25, 2018, https://wavellroom.com/2018/09/25/slaughter-manoeuvre-infantry-and-psychology/.
[25] Steve Maguire, “ Yes, Manoeuvre Is Alive. Ukraine Proves It,” Wavell Room (website), November 4, 2022, https://wavellroom.com/2022/11/04/yes-manoeuvre-is-alive-ukraine-proves-it/.
[26] Maguire, “Manoeuvre Is Alive.”
[27] Maguire, “Manoeuvre Is Alive.”
[28] Anthony King, “ Is Manoeuvre Alive?,” Wavell Room (website), October 7, 2022 , https://wavellroom.com/2022/10/07/is-manoeuvre-alive/.
[29] King, “Is Manoeuvre Alive?”
[30] Stephen Biddle, “Ukraine and the Future of Offensive Maneuver,” War on the Rocks (website), November 22, 2022, https://warontherocks.com/2022/11/ukraine-and-the-future-of-offensive-maneuver/.
[31] Guderian, Achtung-Panzer!
[32] Amos C. Fox, “Ref lections on Russia’s 2022 Invasion of Ukraine: Combined Arms Warfare, the Battalion Tactical Group and Wars in a Fishbowl,” Association of the United States Army (AUSA) (website), September 29, 2022,https://www.ausa.org/publications/ref lections-russias-2022-invasion-ukraine-combined-arms-warfare-battalion-tactical.
[33] Fox, “Reflections.”
[34] David Saw, “The Rise and Fall of the Russian Battalion Tactical Group Concept,” European Security & Defence (website), November 8, 2022, https://euro-sd.com/2022/11/articles/exclusive/26319/the-rise-and-fall-of-the-russian-battalion-tactical-group-concept/.
[35] Biddle, “Ukraine.”
[36] Michael Kofman and Rob Lee, “Not Built for Purpose: The Russian Military’s Ill-Fated Force Design,” War on the Rocks (website), June 2, 2022, https://warontherocks.com/2022/06/not-built-for-purpose-the-russian-militarys-ill-fated-force-design/.
[37] Keith Crane, Olga Oliker, and Brian Nichiporuk, Trends in Russia’s Armed Forces: An Overview of Budgets and Capabilities (Santa Monica, CA: RAND Corporation, 2019), 9; and Fox, “Ref lections.”
[38] Fox, “Ref lections.”
[39] Arda Mevlutoglu, “Ukraine’s Military Transformation between 2014 and 2022,” Politics Today (website), April 7, 2022, https://politicstoday.org/ukraine-military-transformation/.
[40] David G. Perkins, “Multi-Domain Battle: Joint Combined Arms Concept for the 21st Century,” AUSA (website), November 14, 2016, https://w ww.ausa.org/articles/multi-domain-battle-joint-combined-arms.
[41] Perkins, “Multi-Domain Battle.”
[42] Kris Osborn, “Ukraine’s Decentralized Command Puts Russia on the Defensive,” National Interest (website), September 10, 2022, https://nationalinterest.org/blog/buzz/ukraines-decentralized-command-puts-russia-defensive-204714.
[43] Osborn, “Ukraine’s Decentralized Command.”
[44] Osborn, “Ukraine’s Decentralized Command.”
[45] Benjamin Phocas and Jayson Geroux, “The School of Street Fighting: Tactical Urban Lessons from Ukraine,” Modern War Institute (website), July 13, 2022, https://mwi.westpoint.edu/the-school-of-street-fighting-tactical-urban-lessons-from-ukraine/; and Fox, “Reflections.”
[46] Jack Watling and Nick Reynolds, Meatgrinder: Russian Tactics in the Second Year of Its Invasion of Ukraine (London: Royal United Services Institute, May 19, 2023).