ウクライナから将来の軍隊への教訓(第16章)(The Army War College)
MILTERMで、既に紹介しているウクライナから将来の軍隊への教訓(序章から第1章まで)、(第2章から第3章まで)、(第4章)、(第5章)、(第6章)、(第7章)、(第8章)、(第9章)、(第10章)、(第11章)、(第12章)、(第13章)、(第14章)、(第15章)に続き、第16章を紹介する。この章は、ロシア航空戦力についての分析である。ロシアはロシア空軍を改めロシア航空宇宙軍を2015年に新たに創設するなどいわゆる近代化を行っていたと思われていたが、ウクライナ侵攻開始から空軍力の活躍がみられないまま戦況が進んでいるといわれている。その背景には何があるのか。ウクライナの防空体制が素晴らしかったのか、ロシア空軍が能力を発揮できない要因があったのかなど興味が持たれる内容である。(軍治)
行動喚起:ウクライナから将来の軍隊への教訓
Call to Action: Lessons from Ukraine for the Future Force
第2章 1991年から現在までの米国とウクライナの安全保障協力:さまざまな記録
第14章 マルチドメイン作戦にとってのロシア・ウクライナ戦争の教訓
第16章 ウクライナ戦争でのロシア航空戦力の失敗:ドニエプル川のポチョムキン:The Failure of Russian Airpower in the Ukraine War: Potemkin on the Dnieper
Sean M. Wiswesser
キーワード:航空戦力、航空宇宙軍(VKS)、ロシア空軍、ロシア航空ドクトリン、ロシア侵攻、敵防空制圧(SEAD)、地上配備型防空(GBAD)、ロシア・ウクライナ戦争、非接触戦(noncontact warfare)
注:『Small Wars & Insurgencies』誌は、本章の前版を「ドニエプル川のポチョムキン:ウクライナ戦争におけるロシア空軍の失敗」として2023年3月に掲載した。
2022年のウクライナ侵攻におけるロシアの軍事的パフォーマンスは、あらゆる点で劣っていた。おそらく航空戦力において顕著であろう。侵攻から8カ月間、ロシアは航空優越、敵防空制圧(SEAD)、ウクライナへの航空戦力の使用拒否を達成できなかった。ウクライナが3,000平方マイル以上の領土を取り戻したハルキウ地区での9月2022年の反撃や、ウクライナがヘルソンを奪還した南部での反撃でも、ロシア空軍の不在が顕著に表れた。圧倒的な数的優位性にもかかわらず、ロシアの航空優越が意外なほど欠如していたことから、世界中の専門家や軍関係者は「ロシアの空軍はどこにいたのか?」と疑問を投げかけた。
注:ロシア航空宇宙軍(Vozdushno-kosmicheskiye sili、ロシア語でVKS)は、2015年にロシアの空軍(以前はVoenno-vozdushniye sily、VVS)、陸軍航空隊、および一部の長距離防空・宇宙軍が合併された後に改称された。簡略化のため、本章ではロシア航空宇宙軍をより一般的な「ロシア空軍(Russian Air Force)」と呼ぶ。ロシアの航空戦力がウクライナで失敗したのは、ロシア軍に航空戦役(air campaign)を計画策定する能力がなく、ウクライナの非常に効果的な地上配備型防空(GBAD)に打ち負かされたからだ。ロシアは敵防空制圧(SEAD)で惨敗し、ウクライナは逆に対抗能力で勝利した。この空中での敗北は、ロシア空軍が紛争でどのドクトリンを適用すべきか確信が持てなかったことと、そのドクトリンを達成するための適切な航空戦役を実行できなかったことの結果であった。ロシアの軍事計画立案者たちは「非接触戦争(noncontact war)」に過度に依存していたが、これはロシアのヴァレリー・ゲラシモフ(Valery Gerasimov)参謀総長らが自らの軍事ジャーナルや公式文書で広く主張してきたコンセプトだが、ウクライナで実行することはできなかった。
これらの失敗は、以前は威信と恐怖を誇った旧ソ連空軍が、かつての面影もない「紙くず(paper bear)」のようなロシア空軍になってしまったことを示している。エカテリーナ大帝(Catherine the Great)のポチョムキン村(Potemkin village)※のように、ロシア空軍は紛争が長引けば長引くほど、有能さを装うのに苦労してきた。その結果、2022年秋までに、ウクライナは戦場と空中で作戦上の基調を支配した。大西洋評議会のハンス・ビネダイク(Hans Binnedijk)は、この戦争から得た多くの教訓のひとつとして、「20世紀の重いプラットフォームのロシア部隊は、21世紀の軽いプラットフォームの部隊に完敗した」と正しく評価している[1]。
※ ポチョムキン村(ポチョムキンむら、ロシア語: потёмкинские деревни, 英語: Potemkin villages / Potyomkin villages)とは、主に政治的な文脈で使われる語で、貧しい実態や不利となる実態を訪問者の目から隠すために作られた、見せかけだけの施設などのことを指す。(参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/チョムキン村)
ロシアの航空戦力の失敗を分析しやすくするため、本章は4つの節に分かれている。第1節では、開戦時の誤った仮定と、ロシアが西側からの知覚(perceptions)に固執したことについて簡単に触れる。第2節で、航空戦のロシア側を理解するための基礎固めとして、著者はロシアの軍事文書と戦略から航空戦役ドクトリン(air-campaign doctrine)を簡単に分析する。このドクトリンからすると、ロシアの基準からみても、ロシアの航空戦力はウクライナでもっと大きな役割を果たすべきだったということになる。ただし、それは西側諸国で理解されている航空戦力の役割とは異なる。第3節では、ロシア空軍が決定的な役割を果たそうとしたが果たせなかった2022年紛争の最初の8カ月間における、このドクトリンを実行しようとしたロシアの試みと同国の損失に焦点を当てる。この議論は第4節につながり、ロシアの圧倒的な数的優勢にもかかわらず、なぜロシアは空軍力で失敗し、国のドクトリンを実行できなかったのかを検証する。終わりに、本章では、ウクライナの非常に効果的な地上配備型防空(GBAD)ネットワークが、一貫してロシアによる紛争空域の使用を拒否してきたこと、そしてロシアがこの防空ネットワークに対抗することができなかったことについて論じる。
紛争初期の8ヵ月間から、2022年10月と11月初旬にウクライナが東部と南部で反撃に成功するまでの事例は、これらの各テーマを物語っている。最終的に、この結論は、ウクライナに対するロシアの航空戦力の取組みの失敗から導き出されるであろう潜在的な教訓を提示する。ロシアは、これらの失敗した作戦の結果、ウクライナを同等レベルの敵対者として認識せざるを得なくなった。
ロシアと西側による初期の仮定
1990年代はロシア軍とその空軍にとって衰退の時代だった。チェチェン戦争は、内務省やロシア国内治安警察などの専門警察部隊を中心とした内紛(internal conflicts)であったが、チェチェンに参戦したロシア軍や空軍の部隊は、軍事的に区別されていなかった。旧式の兵器システムは貧弱で、軍隊は訓練不足で士気も低く、死傷者は多く、勝利は圧倒的な数の優越によってのみ達成された。この10年間は、ロシアの失敗、特に2008年のジョージア(Georgia)上空での失敗が目立った10年間だった。ロシアの軍部と政治指導部は変化を求め、近代化を求めた。西側諸国やNATOに対して自信と能力を示すことはロシアにとって重要であり、それは今も変わらない。
ロシアのプーチン大統領とそのシロビキ(siloviki)サークルにとって、ロシア国内と世界のロシア軍に対する知覚と思い込みは重要である。(注:シロビキ(siloviki)または「強者(strongmen))という言葉は、ロシアの強権機関、オルガニ(organi)または「権力機関(organs of power)」とも呼ばれる組織に由来するもので、プーチン自身がベテランであるソ連国家保安委員会のような保安機関も含まれる。現代では、この言葉はプーチンの側近を指すことが多く、そのほとんどがソ連国家保安委員会、連邦保安局、その他の安全保障のベテランである)。西側諸国の「ロシアの熊(Russian bear)」に対する認識には、これまで威圧的な軍事姿勢が含まれていた。こうした認識を維持することへのロシアの不安が、戦場におけるロシアの政策と軍事的意思決定を後押ししてきた。このような不安は、ロシア・ウクライナ戦争でも同様だった。プーチン大統領は、西側諸国がNATOの拡張に関する警告を無視したこと、つまり西側諸国がロシアの軍事姿勢を尊重していないことを、戦争の正当化のために繰り返し明言した[2]。
2022年2月にウクライナへの再侵攻が決定されると、当初の兆候はすべて、ロシア軍が迅速な勝利を確信していることを示していた。世界中の軍事専門家は、大規模な地上侵攻とともにロシアの圧倒的な航空戦力が、2022年の「新たな」紛争を数日から数週間で勝利に導くだろうと予想していた。(2022年2月の侵攻の前にはウクライナと8年にわたる戦争があり、東部とドネツ盆地での戦争はその数年の間、一向に収まることがなかった)。各方面の専門家は間違っていた。それどころか、ロシアは開戦当初から航空作戦に失敗し、空と地上の統合(一体)的な攻撃作戦を遂行することも、戦場での航空優勢(air dominance)を達成することもできないロシア空軍であることをあっという間に露呈してしまった。ロシアを含むすべての人が驚いた大きな理由は、戦争とその期間、そしてウクライナの反撃能力に関する誤った仮定にある。
意図された電光石火の侵攻作戦の一環として、ロシアは約15万の兵力を約140の大隊戦術グループに分けて地上作戦を実施した。この戦力を支援するため、ロシア空軍は開戦数週間で数百回の出撃を行い、空中攻撃を実施し、数千発の空対地ミサイル、空中発射巡航ミサイル(air-launched cruise missiles: ALCM)、ドローン攻撃を行った。ロシアが後にどんなマスキロフカ(maskirovka)を試みたにせよ、ロシア・ウクライナ戦争は、主権を持つ隣国への完全な軍事侵攻であり、現在もそうである。(マスキロフカ(maskirovka)はロシア語で「変装(disguise)」を意味する。このコンセプトは、ソ連、そして現在のロシア連邦機関、軍、インテリジェンスに受け継がれている。マスキロフカ(maskirovka)は「否定と欺瞞(denial and deception)」とも訳され、欧米では欺瞞によって敵対者を混乱させ、方向感覚を失わせ、惑わす能力を指す)。ロシア側から小規模な「特別軍事作戦」という主張があったとしても、それを差し引いても、この戦争を大規模な戦略作戦として理解することは重要である。なぜなら、この理解は、次に説明する用語とコンセプトである戦略的航空作戦(strategic air operations : SAOs)にロシアの軍事ドクトリンを適用するための鍵となるからである。
ロシアの戦略的航空作戦
軍事史家の中には、ロシアは大祖国戦争(第二次世界大戦)までさかのぼれば、常に大砲の延長として航空戦力を使用しており、赤軍空軍やその後継のロシア軍は、西側諸国のように紛争における航空優勢(air supremacy)や戦略爆撃(strategic bombing)を狙いとしたことはなかったと主張する者もいる。このナラティブは誤りだ。ロシアの軍事文書によれば、ロシア人は西側諸国と同様に航空優勢(air supremacy)を信じている。その違いは、ロシアが自国の相対的な弱さを認識し、ここ数十年で航空戦力の近代化の取組みをどこに集中させてきたかにある。しかし、大々的に宣伝され、書かれた改革や新しい戦闘機に費やされた数十億ドルにもかかわらず、ロシア空軍のドクトリンや航空作戦の欠陥はウクライナで存分に発揮されている。
ウクライナにおけるロシア空軍の主な欠点は、効果的な航空戦役計画策定(air-campaign planning)の欠如と、作戦術(operational art)を戦場に適用できないことである。ロシア軍の作戦術(operational art)は、ゲオルギー・イッセルソン(Georgiy Isserson)のようなソ連の軍事作家にさかのぼる誇り高き伝統を持っている[3]。しかし、ロシア空軍はその実行において、空間と時間という重要な作戦上の断片における航空作戦の統合(一体化)に失敗した。エレナ・イオアネス(Elena Ioanes)が2022年9月に指摘したように、「ロシアの軍事ドクトリン(戦争遂行方法を支えるはずの計画策定、システム、戦略)は、ウクライナでは特に効果的ではなかった」[4]。
ウクライナにおけるロシアの航空戦力の失敗を理解する前段階として、ロシアが主張する過去15年間の軍事的「近代化(modernization)」について簡単に調べておくことは重要である。この数年間、ロシアはジョージア(Georgia)とシリアで戦場を経験し、ロシアのドクトリンの変更とその後の近代化努力に影響を与えた。2008年8月のジョージア(Georgia)侵攻と限定紛争から、モスクワに拠点を置く戦略・技術分析センターのロシア軍事分析官、アントン・ラブロフ(Anton Lavrov)はいくつかの結論を導き出した。ラヴロフ(Lavrov)の所見は、後に他のロシア軍指導者たちにも支持された。ラブロフが指摘したように、「ロシア空軍は飛行機、ヘリコプター、戦術、兵器の陳腐化によって重荷を負っていた。・・・ロシアの航空機は無誘導兵器しか使用しなかった。・・・訓練が不十分でパイロットが不足していたため、飛行教官は戦闘出撃に駆り出された。ロシアの実質的な数的優位は、控えめに言っても、戦場での戦果には結びつかなかった」[5]。
ロシアはわずか5日間の空戦で6機の戦闘爆撃機を失ったが、隣国との限定的な紛争、それも対等なレベルの敵対者とは見なされていない相手との紛争において、ロシアにとって厳しい教訓となった。ほとんどの場合、ロシアの軍部と文民指導部は自分たちの欠点を認識していた。南オセチア紛争後の数年間、ロシアは大量の新型機を生産し、通信や訓練への投資とともに組織改革(2015年のロシア空軍の立ち上げなど)を行った。
グルジアへの介入から10年も経たないうちに、ロシアはシリアに軍事的に関与し、この紛争を派兵訓練として利用し、ロシアの戦略・戦術航空艦隊のほぼすべてをシリアでローテーションさせた。ロシアがシリアで失った航空機は非常に少なく、そのほとんどが事故によるものだった[6]。しかし、シリア、あるいはジョージア(Georgia)は、新生ロシア空軍のテストとして有効とは見なされなかったはずだ。両軍とも統合防空網を持っていなかったが、ジョージア(Georgia)軍は開戦当初、防空網を十分に誇示した[7]。しかし、どちらの紛争でも、ロシア空軍は、空域統制をめぐって組織的に争う敵対者との作戦を経験したことはなかった。このように、敵防空制圧(SEAD)のドクトリンが開発されておらず、テストもされていないことが、ウクライナで前面に出ることになる重要な欠陥であった。ロシアはこの経験不足の代償を払うことになる。
このように過去の紛争を簡単に概観することで、ロシアのドクトリンをより深く検討することができる。CNA(www.channelnewsasia.com)は2021年秋に例示的な分析を行った[8]。この分析では、ロシアの軍事文書とドクトリンを用いて、ロシアの戦略的航空作戦(SAO)を「ロシアの軍事戦略における主要戦略的作戦」のひとつと定義する[9]。ロシア語では、このコンセプトは「戦略的空宇宙作戦(стратегическая воздушно-космическая операция)」と呼ばれ、SVKOと略される。しかし、本章の目的上、筆者は簡略化のために戦略的航空作戦(SAO)を使用する。CNAは戦略的航空作戦(SAO)をロシア空軍が以下のことを試みる作戦と定義している。
- 敵対者の航空宇宙攻撃に対抗(偏向)する。
- 空域と戦略的空間における支配性(欧米でいう「航空優勢」)を獲得する。
- 航空宇宙ドメインおよび陸上ドメイン(および海上ドメイン)において、相手の航空宇宙軍および手段に損害を与える。
- 国家(行政)と軍の指揮、経済基盤の要点を防衛する。
- 相手の国家および軍の指揮を混乱させる。
- 戦略的な作戦と部隊の作戦的展開を妨害する。
- 作戦戦域間の作戦を阻止する。
- 軍事的、経済的潜在力を低下させる。
この章では、著者はロシア・ウクライナ戦争における航空作戦で最も重要な最初の5つの目標に焦点を当てている[10]。
これらのコンセプトの多くは、欧米やNATOの航空ドクトリンの専門家にはおなじみのものである。特筆すべきは、基準1と4が敵対国への航空攻撃を拒否することを強調していることである。この目標は重要であり、後述する。同様に重要なのは、ロシア空軍は米空軍に比べて敵防空制圧(SEAD)の比重が比較的低いことだ。また、敵防空制圧(SEAD)をさらなる航空作戦の前兆とみなす米国のドクトリンのように、敵防空制圧(SEAD)が強調されることもない。米空軍の公式な航空戦力のドクトリンでは、「航空優越(air superiority)は通常、他のすべての戦闘作戦の前に望ましい状態である」と記されている[11]。
これらの定義とロシアのドクトリンを米国や西側のそれと比較することで、ロシアの航空戦力の欠陥が明らかになり、21世紀の紛争でロシアがどのようにそれを適用するか、あるいは適用しないかが明らかになる。陸上と航空の統合作戦に関するロシアのドクトリンのこの欠陥は、今に始まったことではない。ロシア軍では、米国やNATOで評価されている「統合性(jointness)」に近いほど、「統合(joint)」という言葉そのものが理解されていないし、実践もされていない。過去30年間、米国や西側諸国が空地統合作戦における近代的革命を経験し、航空優越(air superiority)をめぐる戦役(campaigns)を含む紛争を経験したのに対し、ロシアは対等なレベルの敵対者の戦場に匹敵するような経験をしたことがなかった。ロシア軍には戦場での経験がなく、その経験から得られる戦役(campaigns)や作戦的デザイン(operational design)の教訓も不足していた。
マイク・ピエトルチャ(Mike Pietrucha)が言うように、「ウォーデン(Warden)大佐の『航空戦役:戦闘のための計画策定(The Air Campaign: Planning for Combat)』に相当するロシア語はないようだ。これは砂漠の嵐作戦(Operation Desert Storm)以来、米国の近代的な航空戦役の計画策定の基礎資料となっている」[12]。さらに、ロシアは「米国やNATOが航空戦役計画策定(air campaign planning)のために日常的に使用している後続のツール、プロセス、技術を開発していない」[13]。
ウクライナのロシア空軍は、徹底した専門的な航空戦役計画(air campaign plan)を示すことができなかった。なぜなら、同軍は、米国や他の西側諸国のように、成功した航空戦役計画担当者(air campaign planner)の世代を育ててこなかったからだ。ロシア軍は、米空軍やNATOのように戦役(campaigns)を計画したり、訓練任務の飛行や、ウォーゲーム(wargame)をしたりはしない。ロシアは飛行時間が限られており、年間飛行時間はおよそ100時間かそれ以下である[14]。実際の飛行時間は、ロシアが軍事的な問題をすべて秘密にしているため、入手が難しいが、著者が見つけた多くの推定では100時間が上限だったようだ。さらに、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のジャスティン・ブロンク(Justin Bronk)は、ウクライナでは夜間訓練を受けたロシア人パイロットが不足していると指摘する[15]。ごく最近まで、ロシア軍には国家レベルの指揮・統制(C2)センターがなく、近年構築されたセンターも未検証である。ウクライナにおける統合作戦とその実証の欠如に関するさらなる視点については、NATOの統合航空戦力能力センターの関連成果を参照されたい[16]。以下に取り上げる他の問題の中でも、これらの弱点は、ロシア空軍がウクライナで米空軍とその同盟国が何十年も闘ってきたような「空中での闘い(fight in the air)」を行えないことの説明になっている。
最後に、重要なドクトリン上の考慮事項は、ロシアの上級軍事指導者の現代戦争観(view of modern war)の問題である。紛争前のロシアの軍事思想に関する英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の研究において、著者のサム・クラニー・エヴァンス(Sam Cranny-Evans)とシダース・カウシャル(Sidharth Kaushal)は、ウラジーミル・スリプチェンコ(Vladimir Slipchenko)、アレクサンドル・ウラジーミロフ(Alexander Vladimirov)少将、マフムート・ガレエフ(Makhmut Gareev)前参謀総長代理、ヴァレリー・ゲラシモフ(Valery Gerasimov)参謀総長といったロシア軍の著名人の研究を取り上げ、「ロシアの失敗は、軍の幅広い層が抱いている現代戦争に関する一連の長年の誤った思い込みを反映している」と指摘した。著者は、ロシア軍の上層部が「『非接触戦(noncontact warfare)』へ執着」が膨らみすぎたと指摘する。この考え方はソ連時代の終わりから広まっており、2022年のロシア・ウクライナ戦争が短期間で終わるという仮定を広めるのに役立った[17]。
このドクトリンは、ロシアの上級指導者たちによって「非接触(noncontact)」または「接触なし(without contact)」(bezkontaktnaya voina:非接触戦争)の戦争ドクトリンとも呼ばれ、オーバー・ザ・ホライズン航空戦(over-the-horizon air warfare)に重点を置いたハイブリッド戦(hybrid warfare)を強調している(たとえば、ウクライナ侵攻を「古典的な非接触戦争(classic noncontact war)が起こっている」と特徴づけるロシア語の記事を参照)[18]。2008年のグルジアでは、ロシアは巡航ミサイルと短距離弾道ミサイル(SRBM)による大規模な空爆を試みた。2008年、ロシアはジョージアで、ロシア語で「massirovanii raketnii aviatsionii udar:大量のミサイル航空攻撃」と呼ばれる巡航ミサイルと短距離弾道ミサイル(short-range ballistic missiles : SRBM)による激しい航空急襲(air assault)を試み、続いてオセチアとアブハジアへの地上侵攻を実施した。このコンセプトはシリアでさらに強化され、ロシアは近接航空打撃(close air strikes)でパイロットを危険にさらさないよう取組み、精密誘導弾(precision-guided munitions: PGM)の使用を好んだ。こうして損失は非常に低く抑えられた[19]。
ゲラシモフ(Gerasimov)は、2013年に歩兵部隊と交戦する前のスタンドオフ航空行動と敵の破壊に重点を置いたこのロシアの新しいドクトリンについて語った。ゲラシモフ(Gerasimov)は、「軍事目標を達成するための主な方法は、空中、海上、宇宙からの精密誘導長距離兵器の大量使用による敵に対する非接触行動である」というはっきりと述べている[20]。ロジャー・マクダーモット(Roger McDermott)は、2015年以降のシリアでの作戦に関するゲラシモフ(Gerasimov)のコメントが、「ハード・パワーの『限定的な』適用」と「高精度兵器システムなどの非接触戦戦略」を強調することが多いことを論じた[21]。いわゆるゲラシモフ・ドクトリン(Gerasimov doctrine)は、ロシアの公式なドクトリンというよりは、いくつかのハイブリッドで非接触的な要素の説明であったが、その後の10年間で、ロシアの軍事指導者、専門家、ジャーナリスト、ブロガーによって繰り返し言及され、注目を集めた。しかし、ゲラシモフ(Gerasimov)の演説が非接触戦について言及した最初のものではなかった。この考え方とコンセプトは、少なくともさらに10年前にさかのぼる[22]。
予想通り、ロシアの侵攻は、ウクライナの航空戦力の主な特徴として、スタンドオフ弾道ミサイル、航空発射ミサイル、その他の巡航ミサイルに大きく依存することから始まった。ゲラシモフ(Gerasimov)をはじめとするこの問題に関するロシアの著述家たちは、「非接触(noncontact)」は非致死性の戦闘(nonlethal combat)を意味するものではなく、ロシアが(たとえば空対空戦闘で)敵と直接交戦しないという意味でもないことを強調している。ロシアは本質的に、ペルシャ湾戦争やイラク戦争、そしてバルカン半島で世界が目撃した、米国の航空戦力やミサイル攻撃の多用、つまりスタンドオフや長距離のキネティックな攻撃を模倣しようとしていた。この応用の一例として、シリア紛争の際、ロシアは、米国が数十年前の紛争で行ったように、精密誘導弾(PGM)打撃の映像を同国の夜のニュースで共有し始めた。ロシアは本質的に、国民と世界に対して、「ほら、西側諸国と同じように闘えるよ」と言っていたのだ。しかし実際には、ロシアはそうすることができず、ウクライナがその理由を示すことになる。
ロシアの非接触ドクトリンの開発も、米空軍とNATOがロシアに対する先制打撃(first strike)でやりそうなことの解釈に大きく偏っていた。NATOの打撃によって指揮・統制(C2)が無力化され、地上の航空アセットが破壊されることを恐れたロシアは、スタンドオフ・ミサイル打撃の脅威に焦点を当てた。(NATOの攻撃に対するロシアの予測と、それに対抗するためのロシアの取組みに関する優れた分析については、マイケル・コフマン(Michael Kofman)他を参照されたい)[23]。しかし、ロシアはドクトリンを適応させず、ロシア・ウクライナ戦争とその特異な戦場周囲の状況に対する高度な計画策定もしていないようだ。ドネツ盆地での8年間の紛争を経てもなお、ロシアはウクライナを敵対者として、特にウクライナを覆う非常に効果的な地上配備型防空(GBAD)ネットワークを展開する能力を明らかに過小評価していた。
このようにロシアのドクトリンを理解した上で、次の節では、ロシアの効果的な航空作戦の定義を使って、なぜこのような失敗が起こったのかを最終的に分析する前段階として、ロシアが航空作戦でどのように失敗していたかに焦点を当てる。ここでも焦点は、2022年11月上旬までの開戦から8カ月間である。
ロシア空軍の初期作戦と損失:空中でどのように敗北したか
上述の基準とドクトリンを用いれば、ロシア空軍は戦争初期に限定的な成功を収めたと主張できたかもしれない。実際、2022年11月初旬、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の報告書は、ロシアが2022年春にウクライナで当初、西側諸国で一般に知られているよりも多くの航空作戦を実施した可能性が高いことを強調した[24]。
紛争初期、ロシアは戦略的航空作戦(SAO)の第一到達目標である敵の航空攻撃に対抗することで、さまざまな成功を収めた。長い護送団(convoys)を率いていたロシア軍は、ジャベリン、地上のウクライナ軍、そして国際報道で大きく取り上げられたように、トルコのバイラクタルTB2(Bayraktar TB2)無人航空機(UAV)からの激しい攻撃を受けた。しかし、後にブロンク(Bronk)や他の人々が指摘するように、ウクライナ空軍は従来の固定攻撃機や回転攻撃機(スホーイSu-24(Sukhoi Su-24)戦闘爆撃機やスホーイSu-25(Sukhoi Su-25)戦闘爆撃機、ハインド攻撃ヘリコプター(Mil-24)やヒップ攻撃ヘリコプター(Mi-8))を使った激しい空対地攻撃も行った[25]。ウクライナ軍はロシアの戦闘機に(彼ら自身が認めているように)大きく劣っていたが、勇敢に闘い、多くの死傷者を出した[26]。一方、ロシアの地上配備型防空(GBAD)はウクライナ軍に大きな打撃を与えたが、ロシアはこれらの空対地攻撃を阻止することができなかった。
最初の数週間、ロシアは戦略的航空作戦(SAO)の第2部でもほぼ引き分けに落ち着き、航空優越(air superiority)を獲得した。どちらも航空支配性(air dominance)を握ることはできなかった。ロシアはまた、2022年の初夏に、戦略的航空作戦(SAO)の航空戦役リストの基準3(敵航空部隊に損害を与える)で一定の成功を収めた。ロシア空軍は、少なくとも基準4(行政、軍事指揮、インフラの防衛)と基準5(敵の指揮を混乱させる)では、ウクライナと同等(引き分け)を受け入れざるを得なかった。最後の2つの基準については、ロシアは春から夏にかけてウクライナに何百回もの空中発射巡航ミサイル(ALCM)攻撃を仕掛けたにもかかわらず、ウクライナの大規模な反撃を食い止めることができなかった。同時に、ウクライナは191カ所のロシア軍指揮所(CP)や指揮センターをターゲットとし、破壊や拿捕に成功し、2022年夏までに9人のロシア軍将兵を殺害した[27]。
しかし、ウクライナがハルキウ地方で攻勢を開始し、2022年9月末までに3,000平方マイル以上の領土を奪還したため、この大まかな均衡とスコアカードは2022年夏の終わりまでに劇的に変化した。この反攻は、それに対してロシア側が航空での持続的な取組みをまったくしなかったために、いっそう顕著なものとなった。ロシア側の航空戦力の欠如は、ロシア空軍の真のポチョムキンのファサード(Potemkin facade)を露呈した。この災難な行動によって、ロシア空軍は、前述のロシア自身のドクトリンにある戦略的航空作戦(SAO)航空戦役基準の5つすべてに失敗した。
戦争初期のロシアの行動を検証することは、この戦略的失敗がなぜ起こったのか、何が変わったのかを説明するのに役立つだろう。前述の2022年11月の英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の報告書でも指摘されているように、ロシア側は戦争初期に航空作戦を開始し、ウクライナの航空優勢(air supremacy)を否定しようとした。ロシアの戦略的航空作戦(SAO)ドクトリンに基づき、ロシア空軍はウクライナ側の空域の作戦利用を抑え、地上作戦へのロシアの航空支援を可能にしたかった。この流れで、ロシアの地上攻撃ヘリコプターは、初期の注目すべき攻撃をいくつか行った。(繰り返しになるが、ロシア空軍には、回転翼など、伝統的に米国や西側の空軍には含まれていない要素も含まれている)。
例えば、ヘルソンは、ウクライナ沿岸を支配したいというロシアの野望の鍵であり、クリミアへの陸上回廊の一部であると双方から考えられていた。2022年2月下旬、ヘルソンはロシア軍と空軍の初期目標のひとつだった。しかし、ヘルソン郊外の重要拠点であるチョルノバイフカ空軍基地への攻撃は、ロシア軍にとって大失敗に終わった。ウクライナ軍は数十機のヘリコプター、複数の弾薬庫、2人のロシア軍将兵、ロシア軍大隊の大部分を破壊した。この被害の多くは、ウクライナがドローンをうまく使ったことによるものだ[28]。
このヘルソン郊外での敗北は、航空優越(air superiority)がない状態で開始されたロシア軍の航空攻撃や攻勢が初期に失敗した多くの例のひとつにすぎない。この敗北は、ロシア側にとってウクライナ全土でさらなる損失をもたらす前触れとなった。3月上旬にキーウ近郊のホストメル空港で行われた同様の空からの攻撃も、ロシアの侵攻スケジュールにとって悲惨な結果となり、延期された。飛行場を失ったことで、ロシアの空挺部隊やその他の増援をキーウの玄関口まで運ぶロシアの試みはできなくなった。
紛争が数日から数週間へと長引くにつれ、ロシアの航空戦力の使用はより予測しやすく、また頻度も少なくなり、地上作戦にターゲティングすることに重点が置かれるようになり、航空優越(air superiority)を達成しようとする試みさえも重視されなくなった。問題の一部は、ロシア空軍の指揮統制(C2)が地上部隊に従属していたことと、数週間から数ヶ月に渡ってますます足止めされていたロシア地上部隊を支援するためにロシアの航空機出撃が必要だったことにあったのかもしれない[29]。ロシアの航空攻撃はしばしばあまりにも限定的であり、戦闘被害評価(battle-damage assessments)が正確であることを保証するための継続的な追跡調査が不足していた。また、評価が正確でなかった場合には、完全な破壊をもたらすために別の出撃を再展開する必要もあった。米国の航空タスク命令(air tasking orders: ATO)に相当するロシアのものは、存在しないか混沌としており、何を達成しようとしているのかという論理やパターンがほとんどないことが多かった。要するに、ロシアは効果的な航空戦役(air campaign)を組織的に失敗していたのであり、簡単な説明も解決策も見つからなかったのである。
初期の失敗はともかく、西側諸国やその他の国々の専門家の中には、ロシア空軍は目標を達成しており、未知の理由で空中の資源を抑えている可能性があると数カ月信じ続けた者もいた。西側の軍事専門家たちはこぞって、ロシアの航空戦力の失敗と持続的な航空作戦の欠如を理解するのに苦労した。数カ月間、こうした専門家たちは、ロシアはすべての航空戦力や資源を投入するのを待っているに違いないと推測し続けた。しかし、水面下の真実は、初期の数週間から数か月間、信頼できる報道がなかったために隠されていた。ロシア軍は地上でも負けていたのと同様に空中でも負けていたが、それは真の統合作戦を計画し実行できなかったためであり、航空戦役計画策定(air-campaign planning)の失敗だった。
ロシアのパイロットたちも、訓練不足もあってか、空中では負けていた。ラース・ペーデル・ハガ(Lars Peder Haga)が2020年のロシア空軍の概要で指摘したように、同概要ではロシア空軍の上級将校による多数の学術論文が引用されているが、ロシア人自身も訓練不足に失望していた[30]。2020年、ロシア空軍はまだ再編の真っ最中(ロシア政府によれば)であり、同国のパイロットがコックピットに座っている平均時間は西側諸国のパイロットの半分でもあれば幸運だ。訓練場としてシリアに配備されたとしても、重要な欠陥は、シリアがウクライナでロシア空軍が直面するであろう脅威と比較して、地上配備型防空(GBAD)がロシア空軍にとって些細な、あるいは存在しない戦場環境であったことだ[31]。
2022年の夏までには、西側の軍事専門家の多くがロシアの航空戦力の失敗に注目するようになっていた。IRIS Independent Research社のレベッカ・グラント(Rebecca Grant)社長が正しく評価しているように、「ロシアのパイロットは、離陸して高度に達した後、ウクライナに向けてミサイルを発射し、すぐに飛行場に戻るのが一般的だ」。この手順はロシアの代替航空戦略(fallback air strategy)となり、事実上、ロシア領空上で開始および終了される「撃って逃げる(shoot-and-scoot)」および「オーバー・ザ・ホライズン戦(over-the-horizon warfare)」のバリエーションとなった。「このようなパフォーマンスは、ロシアの空軍力に対するこれまでの認識を疑わせるものだ」とグラント(Grant)は続けた[32]。ゲラシモフ(Gerasimov)らが「非接触」という言葉を使ったとき、この戦略を指していたのだとしたら、ロシアは新しいアプローチに軸足を移す必要がある。それは機能していなかったのだ。
近年、ロシアの軍事改革が宣伝され、プーチンが国防費を増加させたことで、専門家の間では「ロシアの熊が戻ってきた(Russian bear is back)」という声が聞かれるようになった[33]。ウクライナ侵攻の際、世界中がロシアの熊がどのような活躍を見せるのか期待していたが、期待通りには現れなかった。問題は、ロシアの戦略的航空作戦(SAO)ドクトリン(敵防空制圧(SEAD)、ロシアの航空優越、統合(一体化した)地上航空作戦)を、2022年夏の終わりまでに、ロシアの航空戦力の発揮やウクライナの航空戦力の否定がますます欠如していることと、どのように調和させるかである。
ブロンク(Bronk)は紛争の継続的な分析の中で、「ロシアの固定翼戦闘機と攻撃機の出撃が少なかったため、ウクライナの地対空ミサイル(SAM)オペレーターと米国製スティンガー・ミサイルなどの携帯式防空ミサイル・システム(MANPADS)を装備した部隊は、ロシアのヘリコプター・ガンシップと輸送船と交戦することができ、即時の報復のリスクが大幅に軽減された」と評価している[34]。(ブロンクはその後、前述の2022年11月の英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)の包括的な研究において、ロシアの航空戦力の失敗という問題に立ち戻った)[35]。ロシアは効果的な敵防空制圧(SEAD)航空戦役を実施することができず、この失敗がウクライナの地上配備型防空(GBAD)での成功を高めた。ロシアは、ミサイル、戦闘爆撃機、回転翼機による多くの出撃と数千回の攻撃を行ったが、この戦役は体系的ではなく、ロシアの戦略的航空作戦(SAO)ドクトリンに従ったものではなかった。
ブロンク(Bronk)が指摘するように、ロシアは米国式の空中での支配性をめぐる会戦(battle for dominance in the air)に積極的に関与しようとせず、継続的な敵防空制圧(SEAD)戦役を実施しなかったため、地上での問題がますます大きくなった。数週間から数カ月になるにつれ、ロシアとの空中での交戦は少なくなっていった。2022年秋までに、ロシア空軍は敵防空制圧(SEAD)に見切りをつけた。同じ問題に関する後のポッドキャストで、ブロンク(Bronk)は、ロシアがウクライナで使える戦闘可能なパイロットを100人未満しか持っていなかった可能性を示唆する数字を、彼がウクライナ訪問中に入手したことを指摘している[36]。もしそうなら、この希少性はロシアが空中での交戦に消極的な理由の多くを説明することになる。開戦から数カ月で数十機の航空機とパイロットを失ったロシア空軍には、これ以上パイロットを失う余裕はなかった。
ウクライナにおけるロシアによる効果的かつ持続的な航空統制(air control)を、ロシアの主要な作戦上の取組み目標(operational lines of effort)のいずれかに見ることができるだろうか?効果的かつ持続的な航空統制(air control)は事実上存在せず、特に東部のハルキウ地方と南部のヘルソンでウクライナが大規模な反攻を展開した際には、その効果は絶大だった。これらの反攻が起こるまでに、デイビッド・アックス(David Axe)が指摘したように、「ウクライナの旅団が反撃してから2週間以上、最初は占領地ヘルソンのすぐ北の南部で、次に自由都市ハルキウ郊外の東部で、ロシア空軍は行動中に姿を消したかのようだった」[37]。ロシアの戦略的航空作戦(SAO)は確かに米空軍のドクトリンの一部を反映しているが、上述のようにロシアは航空戦役計画策定を最後まで遂行せず、単に実行に失敗しただけである。
効果的な航空戦役計画策定と訓練の欠如という上述のドクトリン上の失敗とともに、カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz)の「戦争は無生物に対して闘われるものではない」という忠告を考慮しなければならない。ウクライナ軍はロシアの航空戦力に対して非常に効果的に反撃した。ウクライナの取組みと同国の地上配備型防空(GBAD)ネットワークについての簡単な分析が続く。ロシアが失敗したことを立証した今、この章では、この失敗が起こった理由を調査する。
ロシアがウクライナで空軍ドクトリンを実行できなかった理由
3つの主な要因によりロシアは独自のドクトリンを効果的に実行できず、2022年秋までに戦場空間の航空統制(air control)を放棄せざるを得なくなった。
一つ目は、非常に効果的でよく管理されたウクライナの地上配備型防空(GBAD)ネットワークは、ロシアが敵防空制圧(SEAD)で対抗することができず、空中で大きな損失をもたらしたこと。
二つ目は、ロシア軍の航空機とパイロットが敵の火力またはロシアの地上配備型防空(GBAD)の友軍の火力によって撃墜されるのではないかという恐れから、ロシア軍が空中での交戦に持続的に取り組まなかったこと。
三つ目は、2022年の夏から秋にかけて、ロシアの精密誘導弾(PGM)が急速に枯渇し、その他の在庫や設備が困難になったため、ロシアは適応を余儀なくされた。
このような適応には、外国製無人航空機(UAV)の導入や、指導部が「非接触(noncontact)」であることを望んでいた航空戦争で航空支配性(air dominance)を達成できないことにロシア軍の指導部が気づいたときの、即席の選択肢(improvised options)、あるいは予備の選択肢(backup options)の試みが含まれる。
2022年11月上旬までのロシアの航空損害の見積りは、情報源によってかなり異なる。ロシアの報道が完全に遮断されていたことが、この推定を妨げていた。とはいえ、信頼できるシンクタンクや外国の防衛情報筋の多くは、ブログ「オリックス(Oryx)」のソースのしっかりした数字を含め、ウクライナ側が65機の戦闘爆撃機、75機の回転翼航空機、数百機のドローンや巡航ミサイルを撃墜したことを示している。これらの死傷者はさまざまな防空手段によってもたらされたもので、ウクライナ側によれば、戦争初期には少なくともいくつかの直接空対空の交戦があったという[38]。(注:著者は、「オリックス(Oryx)」が、事故や友軍の火力などで実際にロシアが失ったものを記録している最良のウェブサイトの一つであることを発見した。「オリックス(Oryx)」は、どちらか一方が墜落させた航空機の事例をひとつひとつ丁寧に記録しており、報道、写真、その他の証拠に言及することも多い)。
信頼できる報告によれば、戦争開始前のロシアの戦闘序列数は約700機と推定されていたことを考えると、これらの損失は現役のロシア戦闘爆撃機全体のほぼ10分の1に相当する[39]。さらに、他の近代的な空軍と同様、全航空機の約3分の1には、修理中、故障中、部品不足などの非稼働機が含まれている。ロシアの航空機整備は飛行隊レベルで適切な修理ができないことにより妨げられており、ロシアの戦闘即応性レベルは西側諸国よりもはるかに低いと思われる。旧ソ連の習慣が今も残っており、損傷した航空機を防衛産業に返却する必要がある(そしてこの慣行につきものの賄賂や汚職も)。英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)は、ロシアがウクライナに約350機の戦闘爆撃機と約100人の戦闘可能なパイロットを配備したと推定している[40]。
戦前の実際の数字にかかわらず、開戦数カ月の間に数十機の戦闘爆撃機を失ったことは、ロシア空軍にとって重大なことだった。これらの推定に加え、秋までに10万人以上の地上部隊の死傷者と、ウクライナの攻撃で失われた数千台の戦闘車両が加わる[41]。どのように考えても、この数字は近代的な軍隊にとって、たとえロシアのような規模の軍隊であっても、途方もない損失である。
これらの損失は、非常に効果的なウクライナの地上配備型防空(GBAD)ネットワークによるところが大きい。地上配備型防空(GBAD)に対抗するため、ロシアの戦略的航空作戦(SAO)ドクトリンでは「攻撃を逸らして受け流す(deflecting and parrying the blow)」ことと「相手の航空戦力を制圧するために反撃を行う」ことが求められている[42]。言い換えれば、ドクトリン上、ロシアの戦役計画策定とその実行には、ロシアの敵の空域を奪い、それをロシア空軍の効力のために利用する積極的かつ包括的な取組みが含まれているべきだった。このドクトリンの最初の段階は敵防空制圧(SEAD)であり、ウクライナの航空攻撃に対する反撃能力を破壊することであったはずだが、この段階は訪れなかった。
ロシアの航空戦役実行におけるこれらの失敗やその他の失敗は、2022年9月のウクライナのハルキウ反攻で完全に露呈した。ウクライナが数千平方マイルの領土の奪還に成功した重要な数週間、ロシア空軍は紛争からほとんど姿を消していた。この不在は、11月にウクライナが空からの容易なターゲットとなる露出した車両でヘルソンを奪還した際にも再び確認された。しかし、ウクライナの航空拒否戦略(air-denial strategy)と戦術(air-denial tactics)は成功し、ロシアのパイロットは攻撃を警戒するようになった。実際、Defense Newsの記事に要約されているように、「高速道路をゴロゴロと走るウクライナの戦車や軍用車両は・・・・・ロシア空軍にとっては楽な仕事だったはずだ。しかし、ウクライナの航空拒否戦略(air-denial strategy)によって、ロシアのパイロットはウクライナの空域に飛行すること自体を警戒するようになり、ましてや自ら徘徊したりターゲットを探したりすることはなくなった」[43]。
ロシアは結局、ウクライナの攻勢に対してまったく準備ができておらず、地上でも空中でも対抗することができなかった。ウクライナが成功した航空拒否戦略(air-denial strategy)は、ロシアがこの戦略に対応できなかったことと相まって、ハルキウ郊外とその後のヘルソンでのウクライナの反攻を成功させる重要な要因となった[44]。戦場での航空作戦の拒否は、ウクライナにとってもロシアにとっても新しい戦術ではなかった。ロシアはこの戦術を予見していたはずだ。なぜなら、これは2014年以来東部戦線で見られた航空均衡(air parity)の一部の延長だったからだ。
ウクライナの地上配備型防空(GBAD)ネットワークは、SA-300、Buk、9K33 Osa、および他のシステムのウクライナの非常に効果的な目録を使用する防衛の拡張ゾーンを含んでいた。これらのシステムは、NATO諸国から迅速に輸入された数百発のスティンガー・ミサイルを含む、他の移動式地対空ミサイルや人型携帯防空システムだけでなく、西側の新しいシステムによって補完された。こうしてウクライナ軍は、侵略者と化した旧ソ連の同志たちに対して、ソ連時代の防空ドクトリンを効果的に用いた。
その結果、航空援護の傘(umbrella of air cover)が確保され、その中には2022年9月の反攻の際にウクライナが大いに効果を発揮した移動型部隊も含まれていた。西側諸国の新たな技術はロシアの空中侵攻の賭け金を引き上げ、ロシアにとってパイロットと航空機を増やす潜在的なコストを増大させた。ゲパルト・システム(Gepard systems)のような新しい自走式対空砲システムは、ウクライナ軍がOsaや他の砲の隣にある地上配備型防空(GBAD)ネットワークの隙間を埋めるのに役立ち、空中発射巡航ミサイル(ALCM)や短距離弾道ミサイル(SRBM)に対抗するために、より高価で高高度の兵器在庫を節約することを可能にした[45]。
ウクライナが開戦から7ヶ月で達成した成功のもう一つのケース・スタディとして、デイビッド・アックス(David Axe)は、かつて最前線にいたロシアのエリート戦闘爆撃機連隊の損失が与えた影響を分析している。「7ヶ月間の激しい闘いで、ウクライナの防空は、モロゾフスク(Morozovsk)を拠点とする第559爆撃機航空連隊に所属する乗組員の4分の1を撃墜したと報告されている」[46]。アックス(Axe)が指摘するように、部隊の半分近くが失われ、このようなロシア空軍の部隊は致命的な打撃を受けた。
ウクライナが効果的な地上配備型防空(GBAD)で成功を収めたのは、皮肉なことに、ロシアが国境沿いに同じように効果的な地上配備型防空(GBAD)を設置していたことと、ロシア側が地上配備型防空(GBAD)からの友軍火力を恐れていたためである。このような空中の課題(air challenge)は、ロシアに限ったことではない。地上配備型地対空ミサイル(SAM)部隊による友軍火力は、1990年以降の複数の紛争において、西側諸国とロシアの空軍にとって同様に問題であった[47]。しかし、これらの事件によって、欧米空軍が紛争中に作戦を停止することはなかった。NATOはバルカン半島などで同様の課題に直面したが、有能な空軍が、手ごわい地上配備型防空(GBAD)に対して空から出撃するための時間的あるいは高度的な空間の窓(space windows)を設定することを実証した。米国とNATOは効果的な通信手段を持ち、信頼関係を築くために訓練で出撃のリハーサルを行っている。ロシアはそのような能力(competence)をまったく示さなかったので、空軍は必要なときに地面に座り込んでいた。
本章では、ウクライナにおけるロシアの航空戦力の失敗に焦点を当てるが、ウクライナ人の戦場における勇気とプロ意識は、完全で、地域によっては奥の深い統合防空網(integrated air defense network)を構築したことで、称賛に値する。第559爆撃機航空連隊が被ったような損失は、ロシア空軍全体で繰り返されるに違いない。ローレンス・フリードマン(Lawrence Freedman)が要約しているように、「軍事力とは、国家の軍備とその使用技術に関するものだけではない。敵の資源だけでなく、同盟国や友好国からの貢献も考慮しなければならない」[48]。
ウクライナ人が祖国防衛に成功したことは称賛に値するが、彼らだけの力ではない。2022年9月から11月にかけてのウクライナの反攻は、ウクライナの同盟国や友好国がロシアの空軍力に対抗する上でいかに大きな影響を与えたかを示した。高移動型砲兵ロケットシステム(HIMARS)は、西側の防空資産と結びついて戦争の流れを変えた。同時に、交戦のたびに、ロシア空軍の不在は、同軍がいかに戦場での出来事に影響を与えることができず、ウクライナ側がいかに効果的にロシア空軍の戦術的な空中の利用を拒否し始めたかを示していた。ウクライナがますます効果的になる地上配備型防空(GBAD)で航空拒否を課し、戦争が予想以上に長引く中、ロシア空軍は紛争において航空戦力を維持し続ける方法を考え出すのに苦労した。
2022年晩秋、ロシアはヘルソンでの攻防に失敗した後、精密誘導弾(PGM)や空中発射巡航ミサイル(ALCM)が明らかに不足するなか、大規模な無人航空機(UAV)戦やドローン戦に切り替えようとした。両陣営で多用されたインテリジェンス・監視・偵察(ISR)戦術に加え、ロシアは戦場での航空戦力のギャップを埋めるために無人航空機(UAV)を採用しようとしたが、ほとんど失敗に終わった。この適応はまだ進行中であり、ウクライナの戦場における無人航空機(UAV)とその役割についての詳細な議論は、この研究の範囲を超えている。しかし、これまでの紛争における無人航空機(UAV)の使用に基づいて、いくつかの簡単な一般化ができる。
侵攻直後、ロシアの国産ドローン機は、ウクライナがトルコのバイラクタルTB2(Bayraktar TB2)やその他のドローンを非常に効果的に使用したのに比べ、明らかに二の足を踏んでいた。ロシア空軍がまだウクライナの地上配備型防空(GBAD)の有効性を理解していなかった戦争初期、ロシアのオルラン10(Orlan-10)ドローンは大きな損害を被った。このようなロシアのドローンの大きな損失は、精密誘導弾(PGM)弾薬庫の減少とともに、2022年10月までにロシアがイランのシャヘド(Shahed)ドローンを大量に購入することにつながった。ロシアはこれをGERAN-2と改名し、当初は国産として戦場に持ち込もうとした。ロシアは2022年の冬、こうしたイランのドローンを何百機も投入し、民間人や電力網や公共施設などの民間インフラをターゲティングしたテロ戦役(terror campaign)を展開した。
ウクライナの地上配備型防空(GBAD)は、紛争のこの段階でも大きな影響を与えることになった。イラン製のドローンは大量に撃墜され、ウクライナは2022年の初冬、新型の「神風ドローン(kamikaze drones)」に対する成功率は70%だったと発表した[49]。概して、ロシアによるドローンの使用は、戦争や航空戦力の手段として成功したわけではない。イラン製のドローンの使用は、ロシアが最終的にウクライナのインフラ(特に電力網を集中的に)に対する実際の航空戦役(actual air campaign)を試みていることを示唆したと主張する人もいるかもしれない。これらの戦術は、コソボ紛争やペルシャ湾戦争(Persian Gulf War)で使われた米空軍のドクトリンに従ったもので、いわゆる「同心円状の攻撃(concentric rings of attack)」というジョン・ウォーデン(John Warden)の米空軍のドクトリンに沿ったものだった。(欧米の航空戦役の流派では有名なウォーデン(Warden)の主張は、敵の指導部やインフラなどの同心円を攻撃することは、戦略的な「麻痺(paralysis))につながるというものだ)[50]。しかし、ロシア側では、ドローンはテロの道具(tool of terror)として使用されようとしている。第二次世界大戦におけるあらゆる側の住民に見られたように、こうしたテロ攻撃はほとんどが逆効果で、ウクライナ国民を団結させるためだけに役立っている。
結論
非常に効果的な防空ネットワークは、ウクライナにおける航空戦役の計画策定と実行におけるロシアの失敗に直面し、戦争が1年の節目に近づくにつれ、ロシア空軍は解決策を模索することになった。空中発射巡航ミサイル(ALCM)、短距離弾道ミサイル(SRBM)、ドローンによる無差別攻撃でウクライナの民間人に悲劇的な影響を与えたのは悲しいことだが、ロシアの航空戦力は、ウクライナをめぐる紛争のすべての戦域で、戦略的な結果に影響を与えることはできなかった。もっと簡単に言えば、ロシア空軍はそのドクトリンを実行し、任務を果たすことができなかった。
2022年11月現在、ロシアの戦闘機と爆撃機の大半はウクライナで交戦中ではなく、紛争から逃れている。ロシアの奥深くにあるエンゲルス2空軍基地のような基地の駐機場で受動的に座っているときでさえ、ロシアの爆撃機は攻撃を受けていた。例えば、ウクライナが2022年12月にロシアの爆撃機基地に対して行った長距離ドローン打撃である[51]。地上攻撃用ヘリコプターは、紛争初期やチョルノバイフカ、ホストメルでの会戦で大きな犠牲を出し、それ以来、紛争から身を引いている。
ロシアの空中発射巡航ミサイル(ALCM)やその他の弾道ミサイルは、ゲラシモフ(Gerasimov)の非接触ドクトリン(noncontact doctrine)に従って地平線上を攻撃しようとするロシアの主力兵器となっている。しかし、これらの弾道ミサイルは不正確で効果がないことが判明した。ミサイルはほとんどロシアの支配地域からのみ発射され、距離も長いため、その精度を評価するのは難しい。この不正確さは、ロシアの全地球航法衛星システムからの誘導が不十分であることを反映しているのだろうか?不正確さは、誘導の失敗、システムの整備不足、地形追跡の不備によるものなのか?理由はどうであれ、弾道ミサイルはロシアのドクトリンである非接触型航空戦争の実現には役立っていない。空中発射巡航ミサイル(ALCM)や短距離弾道ミサイル(SRBM)は決定的な手段とはなっていない。
高度な防空システムと地上配備型防空(GBAD)は、双方の伝統的な航空戦力とドローンの有用性を制限している。しかし、ウクライナの地上配備型防空(GBAD)はロシア側で麻痺しているにもかかわらず、ウクライナは前述のように東部と南東部の両方で大規模な反攻を成功させている。ウクライナはまた、ロシア国内の防空を無視し、ドローンでロシアの奥深くまで侵入している。
ロシアの劇的な敗戦を、前述のジョージア(Georgia)やシリアでの限定的な経験と比較し、ロシアのドクトリンに教訓を引き戻してみると、ウクライナでは何が違うのか、ロシアのドクトリンや作戦計画はどこで変わったのか、あるいは変わらなかったのか。それ以前の紛争では、ロシア空軍は統合防空システム(integrated air defense system)に直面していなかった。2022年、ウクライナ軍は地上配備型防空(GBAD)を配備し、壊滅的な効果を上げるとともに、地上配備型防空(GBAD)を欧米製のシステムで補強・統合(一体化)した。ロシア空軍はこの地上配備型防空(GBAD)に対抗しておらず、効果的な航空戦役計画策定ツールも経験も理解も不足していた。ウクライナでの経験は、ロシアのパイロットが敵防空制圧(SEAD)について十分効果的な訓練を受けていなかったことを示している。そして、ロシア空軍は、この重要な任務を達成することをほとんどあきらめた。
ロシアの数的優越にもかかわらずウクライナの地上配備型防空(GBAD)が有効であったことは、ロシア(あるいは他の地域大国)が航空戦力の投射を試みる可能性のある将来の紛争におけるパラダイム・シフトを示唆している。ブロンク(Bronk)は、ウクライナの地上配備型防空(GBAD)が有効であることから、西側諸国が増援と新たな防空システムを供給することを強く求めていると主張する[52]。しかし、ウクライナにおけるロシアの航空戦力の失敗を概観することを意図した本章では、政策決定はその範囲を超えている。
ウクライナの地上配備型防空(GBAD)の成功はまた、現代の戦場において、少なくとも敵対者の攻勢を足止めする上では、航空優越(air superiority)を主張する航空拒否戦略(air-denial strategy)が効果的であるという議論を必然的に強めるだろう。とはいえ、大損害を被ったにもかかわらず、ロシアが敵防空制圧(SEAD)任務を継続的に遂行できなかったことは、敵防空制圧(SEAD)と航空優越(air superiority)を他のすべての航空兵力の先駆者として支持する米空軍のドクトリン上の論拠を強化することになる。
最後に、西側諸国と世界中の軍事専門家は、ロシアの空軍の強さと軍事の強さ全般を誤って評価していた。この紛争とロシアの準備と計画策定の失敗に関する研究は、今後何年も続くだろう。上記で論じたように、ロシアのドクトリン、2022年の侵攻前にロシアが試みた近代化、そしてこれらの改革の効果については、さらに検討されるべきである。この章では、このドクトリンの一部を概観し、垣間見ることができるだけである。戦争に関するロシアの一次資料が入手できるようになれば、今後さらに多くのことが発見されるだろう。
テロ戦術や脅迫の試みにもかかわらず、ウクライナは闘い続けている。そして、軍事専門家がようやく同意し始めたように、ロシア空軍は無能であることが証明された。レベッカ・グラント(Rebecca Grant)がうまくまとめてくれた:「ロシアの空中戦でのパフォーマンスはひどいものだった。・・・・結局のところ、彼らは大陸空軍のようなものだった。彼らは夜間飛行を好まない。彼らはウクライナの遠くまで飛ぶのを好まないんだ」[53]。実際、特に9月から10月にかけての反攻から判断するに、ロシア空軍はまったくと言っていいほど会戦に参加していなかった。上記のゲラシモフ(Gerasimov)のドクトリンは、ロシアが非接触戦争(noncontact war)を行うことを求めている。ロシアの非接触戦争とその成功の可能性はここまでだ。
この失敗は、ロシア・ウクライナ戦争とロシアのマスキロフカのゲーム(game of maskirovka:変装のゲーム)から引き出されるべき主要な教訓のひとつである。ロシアは尊敬されることを望み、自国の軍隊が恐れられることを切に望んでいる。しかし、西側諸国はポチョムキンの村(Potemkin villages)や軍事力の予測(projections of military might)にはあまり注意を払わず、航空戦役におけるドクトリンとその実行にもっと注意を払うべきだ。ウクライナでは、ロシアの航空戦力の実践はこれまでも、そして現在も、大失敗に終わっている。
ノート
[1] Hans Binnedijk, “Lesson for Military Planning: Nimble Modern Weapons Can Defeat Larger, Conventionally Armed Forces—Especially When on the Defensive,” Six Months, Twenty-Three Lessons: What the World Has Learned from Russia’s War in Ukraine (blog), August 23, 2022, https://www.atlanticcouncil.org/blogs/new-atlanticist/six-months-twenty-three-lessons-what-the-world-has-learned-from-russias-war-in-ukraine/.
[2] Angela Stent, “The Putin Doctrine: A Move on Ukraine Has Always Been Part of the Plan,” Foreign Affairs (website), June 15, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/ukraine/2022-01-27/putin-doctrine.
[3] Georgii Samoilovich Isserson, The Evolution of Operational Art, trans. Bruce W. Menning, 2nd ed. (Fort Leavenworth, KS: Combat Studies Institute Press, 2013).
[4] Ellen Ioanes, “Here’s What We Know about the State of Russia’s Military,” Vox (website), September 18, 2022, https://www.vox.com/2022/9/18/23359326/russia-military-failures-ukraine.
[5] Anton Lavrov, Russian Military Reforms from Georgia to Syria (Washington, DC: Center for Strategic and International Studies, 2018), 20.
[6] Lars Peder Haga, “Russia: Modernizing Air and Space Capabilities,” in Air Forces: The Next Generation, ed. Amit Gupta (Hampshire, UK: Howgate, 2020), 60.
[7] Michael Kofman, “Russian Performance in the Russo-Georgian War Revisited,” War on the Rocks (website), September 4, 2018, https://warontherocks.com/2018/09/russian-performance-in-the-russo-georgian-war-revisited/.
[8] Michael Kofman et al., Russian Military Strategy: Core Tenets and Operational Concepts, Research Memorandum no. DRM-2021-U-029755 (Arlington, VA: CNA, 2021).
[9] Ministry of RF Encyclopedia, s.v. “Стратегическая воздушно-космическая операция” [Strategic aerospace operation], quoted in Kofman et al., Russian Military Strategy, 56.
[10] Kofman et al., Russian Military Strategy, 55.
[11] Department of the Air Force, “Airpower and the Range of Military Operations,” in Operations and Planning, Air Force Doctrine Publication 3-0 (Maxwell Air Force Base, AL: Curtis E. LeMay Center, updated November 4, 2016), 28–35; and Department of the Air Force, Air Force Basic Doctrine, Organization, and Command (Maxwell Air Force Base, AL: Curtis E. LeMay Center, 2011), 45.
[12] Mike Pietrucha, “Amateur Hour Part II: Failing the Air Campaign,” War on the Rocks (website), August 11, 2022, https://warontherocks.com/2022/08/amateur-hour-part-ii-failing-the-air-campaign/.
[13] Pietrucha, “Amateur Hour Part II.”
[14] Haga, “Russia.”
[15] Justin Bronk, Jack Watling, and Nick Reynolds, The Russian Air War and Ukrainian Requirements for Air Defence (London: Royal United Services Institute [RUSI], 2022).
[16] Rafael Ichaso Franco, “Russian Air Force’s Performance in Ukraine,” Journal of the JAPCC 35 (Winter 2022/2023): 47–52.
[17] Sam Cranny-Evans and Sidharth Kaushal, “ The Intellectual Failures behind Russia’s Bungled Invasion,” RUSI (website), April 1, 2022, https://rusi.org/explore-our-research/publications/commentary/intellectual-failures-behind-russias-bungled-invasion.
[18] Leonid Dmitriev, “«Идет классическая бесконтактная война»—военный эксперт Леонид Дмитриев о первом дне вторжения в Украину” [“There is a classic noncontact war going on” – military expert Leonid Dmitriev on the first day of the invasion of Ukraine], Insider (website), February 24, 2022, https://theins.ru/news/248864.
[19] Michael Kofman and Matthew Rojansky, “ What Kind of Victory for Russia in Syria?,” Military Review 98, no. 2 (March-April 2018): 6–23.
[20] Valery V. Gerasimov, “Organizatsiya oborony Rossiiskoi Federatsii v usloviyakh primeneniya protivnikom ‘traditsionnykh’ i ‘gibridnykh’ metodov vedeniya voiny,” Vestnik Akademii Voennyh Nauk 2, no. 55 (2016): 19–23, quoted in Samuel Charap et al., Russian Grand Strategy: Rhetoric and Reality (Santa Monica, CA: RAND Corporation, 2021), 27.
[21] Roger McDermott, “Russia’s Entry to Sixth-Generation Warfare: The ‘ Non-Contact’ Experiment in Syria,” Jamestown Foundation (website), May 29, 2021, https://jamestown.org/program/russias-entry-to-sixth-generation-warfare-the-non-contact-experiment-in-syria/.
[22] M. A. Gareev, “Xharakter budushic voin” [Character of future wars], Law and Security 1-2 (2003): 23–31; and Makhmut Gareev and Vladimir Slipchenko, Future War (Fort Leavenworth, KS: Foreign Military Studies Office, 2005), 48.
[23] Kofman et al., Russian Military Strategy.
[24] Bronk, Watling, and Reynolds, Russian Air War.
[25] Bronk, Watling, and Reynolds, Russian Air War.
[26] Bronk, Watling, and Reynolds, Russian Air War, 9–12.
[27] Jakub Janovsky et al., “Attack on Europe: Documenting Russian Equipment Losses during the 2022 Russian Invasion of Ukraine,” Oryx (blog), February 24, 2022, https://www.oryxspioenkop.com/2022/02/attack-on-europe-documenting-equipment.html.
[28] Zhanna Bezpiatchuk, “ Ukraine War: Chornobaivka Airbase, Symbol of Russian Defeat,” BBC News (website), November 29, 2022, https://www.bbc.com/news/world-europe-63754797; and Lawrence Freedman, “ Why War Fails: Russia’s Invasion of Ukraine and the Limits of Military Power,” Foreign Affairs (website), June 14, 2022, https://www.foreignaffairs.com/articles/russian-federation/2022-06-14/ukraine-war-russia-why-fails.
[29] Mikhaylo Zabrodskyi et al., Preliminary Lessons in Conventional Warfighting from Russia’s Invasion of Ukraine: February–July 2022 (London: RUSI 2022).
[30] Haga, “Russia.”
[31] Haga, “Russia.”
[32] Zamone Perez, “Russia’s Invasion of Ukraine Offers Lessons on Land, at Sea and by Air,” Defense News (website), August 1, 2022, https://www.defensenews.com/global/2022/08/01/russias-invasion-of-ukraine-offers-lessons-on-land-at-sea-and-by-air/.
[33] Jeff Schogol, “Europe: The Russian Bear Is Back,” Air Force Times (website), September 14, 2015, https://www.airforcetimes.com/news/your-air-force/2015/09/14/europe-the-russian-bear-is-back/.
[34] Justin Bronk, “ The Mysterious Case of the Missing Russian Air Force,” RUSI (website), February 28, 2022, https://rusi.org/explore-our-research/publications/commentary/mysterious-case-missing-russian-air-force.
[35] Bronk, Watling, and Reynolds, Russian Air War.
[36] Justin Bronk and John Baum, “Russian Airpower in Ukraine: Lessons for the West,” January 7, 2023, in The Aerospace Advantage, produced by Patrick Gensel, podcast, streaming audio, 16:13, https://mitchellinstituteaerospaceadvantage.podbean.com/e/episode-110-russian-airpower-in-ukraine-lessons-for-the-west/.
[37] David Axe, “ Ukraine’s Ex-German Air-Defense Guns Are in Action, Supporting the Counteroffensive,” Forbes (website), September 26 , 2022 , https://www.forbes.com/sites/davidaxe/2022/09/26/ukraines-ex-german-air-defense-guns-are-in-action-supporting-the-counteroffensive/?sh=57dbf576110a; and David Axe, “The Russian Air Force Is Back in the Fight in Ukraine. But It’s Not Making Much of a Difference,” Forbes (website), September 16, 2022, https://www.forbes.com/sites/davidaxe/2022/09/16/the-russian-air-force-is-back-in-the-fight-in-ukraine-but-its-not-making-much-of-a-difference/.
[38] Janovsky et al., “Attack on Europe.”
[39] Haga, “Russia,” 40.
[40] Bronk, Watling, and Reynolds, Russian Air War, 6.
[41] Tara Copp, “100,000 Russian Troops Killed or Injured in Ukraine, US Says,” Associated Press (website), November 10, 2022, https://apnews.com/article/russia-ukraine-zelenskyy-europe-army-joint-chiefs-of-staff-688e99d37f25ac8340b6a96a79a89abf.
[42] Kofman et al., Russian Military Strategy, 64.
[43] Maximillian K. Bremer and Kelly A. Grieco, “Success Denied: Finding Ground Truth in the Air War over Ukraine,” Defense News (website), September 21, 2022, https://www.defensenews.com/opinion/commentary/2022/09/21/success-denied-finding-ground-truth-in-the-air-war-over-ukraine/.
[44] Bremer and Grieco, “Success Denied.”
[45] Axe, “Ukraine’s Ex-German Air-Defense Guns.”
[46] David Axe, “Ukraine Said to Have Mauled a Russian Fighter Regiment, Shooting Down a Quarter of Its Crews,” Forbes (website), September 29, 2022, https://www.forbes.com/sites/davidaxe/2022/09/29/ukrainian-air-defenses-mauled-a-russian-fighter-regiment-shooting-down-a-quarter-of-its-crews/?sh=2756f4537cf0.
[47] Bronk, “Mysterious Case.”
[48] Freedman, “Why War Fails.”
[49] Andrew Meldrum, “ Ukraine Cites Success in Downing Drones, Fixes Energy Sites,” Associated Press (website), October 24, 2022, https://apnews.com/article/russia-ukraine-kyiv-europe-middle-east-climate-and-environment-e7ed7dba24880f15b1b0766b5f155f68.
[50] John A. Warden III, The Air Campaign: Planning for Combat (Washington, DC: National Defense University Press, 1988).
[51] Andrew E. Kramer, Michael Schwirtz, and Marc Santora, “ Ukraine Targets Bases Deep in Russia, Showing Expanded Reach,” New York Times (website), December 6, 2022 , https://www.nytimes.com/2022/12/05/world/europe/ukraine-russia-military-bases.html.
[52] Bronk, Watling, and Reynolds, Russian Air War.
[53] Perez, “Russia’s Invasion of Ukraine.”